ゆめうつつ

刀剣乱舞・文豪とアルケミスト関連の二次小説。主にコメディ中心。

後味 ~山姥切・三日月~

 三日月宗近という名を持つあの刀はよくわからない奴だと思う。

 俺よりもはるかに長い時代を渡ってきた刀ゆえか、突然あちこちに飛んでゆく思考も全く理解できないし、次に何をするか単純な行動すら予想もつかない。

 そもそもこの国の歴史にその名を残す名刀中の名刀が、写しの俺に興味を示したこと自体ありえないくらいおかしなことだろう。

 たぶん顕現してすべてが物珍しく暇なのだろう。いずれ飽きると思って受け流してきたが、なぜかいまだにことあるごとに俺の名を呼ぶ。

 何が目的なのか、さっぱりわからない。

 今日もこいつは俺の行く手を遮るように現れて、いきなりわけのわからないことを言い出してきた。

 

 

「国広や、俺にちょことやらをおくれ」

 三日月は右の手のひらを上に向けてこちらに差しのべながら、さも当然という顔をして自分を見つめている。

 零れ落ちそうなほど大量の書類を脇に抱えたまま、山姥切国広は眉間を思いっきりしかめた。

「俺は今あんたの戯言に付き合っている暇はないんだ。見てわからないのか?」

 書類の束を指さしながら声を低くして文句を言った。

 ここ連日続いている出陣や遠征のせいで、各部隊から送られてくる報告書の整理が間に合っていない。腕に抱えているこの書類も一昨日のものだ。昨日、今日のは机の上に山積みになったまままだ手を付けられずにいる。

 遅れれば遅れるほどさらに仕事はたまる。こんなところで油を売っている暇なんてないのだ。

 目深にかぶった布の下からにらんだが、三日月はさらりと余裕の笑顔で受け流した。

「それはすまぬな。だが俺の方は今日でなくてはいけないらしくてな」

「今日・・・なにかあったか?」

 目を不機嫌に細めながら山姥切は聞き返した。

「うむ、短刀の子たちに聞いたのだ。厨房でなにやら楽しそうに作っていたのでな。今日という日は好きなものからちょこという菓子をもらう日らしいな。なので俺もお主からもらいに来たというわけだ。そら、遠慮せずともよいぞ」

「・・・ちょっと待て、何かいろいろ情報が微妙に間違っている気がする」

 眉間に指を当てて痛み出した頭を押さえた。

 そういえば今日は二月十四日だったか。主や短刀たちが数日前からこそこそ話しながらいろいろ準備をしていたことを思い出す。異国の風習など大して興味もなかったし、忙しいこともあったからとっくに忘れていたが。

「確かあれはお世話になった者に感謝の意味を込めてチョコを渡す日だろう。兄弟はそう言っていた」

「・・・兄弟とは堀川のことか。あの者の言うことならばすぐ信用するな」

「当たり前だ。俺たちは兄弟だからな」

 何を疑うのだと力強く答えた。だが三日月は何か言いたげにこちらを見つめている。

「しかしはて、そういう日であったのか? まあよい、俺は国広からもらえればよいのだ。どのようなものでもよいぞ」

 そこではたと重要なことに気づいた。

「なんで俺があんたにあげることを前提で話しているんだ」

「おや、くれぬのか?」

 袂で口元を抑えながら、悲しげにまつ毛を伏せる。その優雅で物憂げなしぐさについ、自分の方が悪いことを言っている気分にさせられる。

 細められた瞳に浮かぶ月に一瞬目を奪われかけ、慌てて視線をそらす。

 だからこいつの相手は嫌なんだ。

 話しているうちに知らず知らず三日月のペースに飲み込まれている。気づいた時にはもう遅い、相手の要求を受け入れざるを得なくなるのだ。

 そうなる前にさっさと話しを打ち切るしかない。逃げるように山姥切は体をひるがえした。

「・・・俺は忙しいんだ。菓子がほしければ他をあたってくれ」

「他の者では意味はないぞ、俺は国広から欲しいのだ。ともに戦う仲だというのにそのように邪険にするのか、悲しいぞ」

 弱々しく嘆く三日月の気配を背中で感じた山姥切は立ち去りかけた足を止めてしまった。

 あいつはこんなことで泣くような奴じゃない。戦で敵を屠る時ですら、顔色をまったく変えず、眉一つ動かさないのに。

 そうわかってはいても結局突き放せないのが自分の甘さ。山姥切は深くため息をついた。

 三日月宗近は天下に名だたる名刀で、この世に存在することになったその時から誰からも愛でられ誉れられた至宝の刀。

 この本丸でもどれだけ長い間顕現を待ち望まれてきたか。

 対する自分は山姥切長義の写しとして打たれ、さしたる逸話もないまま、本科の由来すらも写しとって名づけられてしまった刀だ。

 刀として対等になどおこがましいだろう。正直、同じ場所にいると三日月の存在のまぶしさにいたたまれなくなる。写しなんていつか必要なくなるだろうと自分はいつまでも思い続けて。

 だが三日月は気づけば目の前にいる。そして国広と俺を呼ぶ。

 山姥切は服の隠しにあいている右手を伸ばした。服のあちこちを探して、右側の隠しに目的のものを見つけた。先ほど主から一つだけもらった袋に入った小さな菓子だ。

三日月宗近

 振り向いて彼の名を呼んだ。

 後ろに顔を向けるほんの一瞬だが、三日月の瞳が少し驚いたかのように見開かれたが気のせいか。

「どうした、国広」

 柔らかな笑顔の三日月の問いかけには答えず、山姥切はわきに抱えていた書類の束を無造作に下ろした。

(たしかこれは分けられると言っていた・・・)

 先ほど探し出した菓子を両手で持つと、軽く力を込めて袋ごとそれを割った。 

 真ん中に割れ目があるのでたやすくきれいに二つに分かれた。それを袋から取り出して片割れの一つを持って三日月に差し出す。

「これをやる。今はほかに持ち合わせがないからな」

 だが三日月は山姥切が持った菓子を見つめたまま、手を伸ばそうともしない。

 その様子を見てさすがにこれではまずかったかと、山姥切も苦い顔をする。

「悪いな。本当なら丸ごとあげるべきだが、これ一つしかないんだ。俺もこのチョコの味はまだ食べたことないから、食べたくて。だからもしというならこれで我慢してくれないか。だが写しの俺からこんなふうに半端なことをされたのが不快だというなら謝る・・・」

「謝る必要などないぞ。喜んで受け取らせてもらおう」

 三日月の細い指先が差し出したチョコの菓子をつまみ上げた。

 菓子を顔の前に掲げながら彼はうれしげに微笑んでいる。

「まさか本当にくれるとは思わなかったのでな」

「・・・あんたには世話になったからな」

 三日月が自分に向ける微笑みが気まずくて、顔を下にそらしながら早口に理由を述べた。

「先日の連隊戦で第一部隊で隊長を務めていた俺はあんたたちが次に控えていたから、心置きなくあの戦場で戦うことができた。背中を守ってくれる存在の大きさにあれほど心強いと思ったことはない。俺が言うのはおこがましいかもしれないが・・・俺は共に戦う仲間としてあんたのことは信頼している。だからその礼だ、三日月。あんたからすれば全然大したものではないかもしれないが・・・」

 言うだけ言うと急に恥ずかしくなって布で顔を隠してうつむいた。こうなれば自分の顔も相手に見えないだろうし、だからそれを言った後の三日月の顔も当然見えはしなかった。

「仲間・・・か。そうか、そうだな」

 独り言としてつぶやいたのか、彼らしくない力のこもらぬ小さなその声を聞きとって山姥切は顔をあげた。

「三日月?」

 見上げた時にはもう三日月はいつもの穏やかな笑顔を浮かべていた。懐から懐紙を取り出すと、手渡された菓子を大事に包み込み、また懐へそっと仕舞い込んだ。

 茫然とする山姥切を三日月はただ見下ろしている。

「俺もそなたのことは誰よりも信における刀と思っているぞ、国広。そう、誰よりもな。その心、確かに受け取ったからな」

  月の瞳を細めて微笑みながら、三日月は背を向けて立ち去って行った。

 一人残された山姥切はしばし呆然とその後ろ姿を消えるまで見送っていたが、ゆっくりとひざを折ると床に置いたときに散らばってしまった書類を集めた。わきに抱え直して立ち上がると、まだ手にしたままだった先ほどの菓子の片割れに目をやった。

 これをもらった主からは二つに割って分け合って食べるものだと教えてもらったが、あの時は三日月と分け合うことになろうなどとは思ってもみなかった。

 山姥切は手にしたそれを勢いよく一口に放り込んだ。

 転がした舌の上にまず感じたのはチョコという菓子に特有のほろ苦さ。一息に噛み砕くとその中から酸味のある柑橘のさわやかな甘みが後からふわりと広がってゆく。

 初めに感じる味がさほど甘くないからこそ、後から来る甘酸っぱさが引き立っている。ゆっくりと口にその名残を味わいながら、ふと山姥切は半分にしたもう一つの事を思い出した。

「三日月もこれと同じものを食べているんだよな」

 手渡した時に見せたあの顔。そんなに良いものをあげたわけでもないのにあんなに嬉しそうに笑うのか。

 自分には近寄りがたいと思っていた刀の知らなかった一面を思い出して、山姥切は一人顔を緩ませた。

 

 

 本丸の廊下を緩やかに歩きながら、三日月はそっと瞼を閉じる。

 まだ誰も使っていない部屋の続くこの廊下はいつも誰の気配もない。だからこそ三日月は再び面を上げると、その顔から表情を消した。

 他の刀派の者達には見せたことのない、月の名を持つ刀の怜悧な一面を。

 瞳の中の黄金の月が妖しく揺らめいた。

「俺を仲間とな。たしかにあの者にとっては俺もまたこの本丸に集う刀の一振りでしかあるまいて」

 自嘲するようにつぶやくその声は言葉とは裏腹にどこか物寂しく聞こえる。

「このような催しものに積極的に関わらぬとわかっていたから、ちとからかってみようと思っただけであったが」

 なのにまさか本当にくれるとは思ってもみなかった。いつものように戸惑って逃げるか、またはふざけるなと怒るとばかり考えていたのに。

 建物の角にあたる部屋の前で立ち止まった三日月は入り口の障子を開いてその中へと入った。そこは中央に炉がしつらえられた茶室だった。炉には茶釜はなく当然火の気もない。ただ山水を描いた掛け軸の前に置かれた花入へ生けられた一輪の鮮やかな赤い椿だけが誰か訪れた人の気配をそこに残していた。

 炉の前に正座をして座った三日月は懐に大事に入れた懐紙のつつみを取り出した。乾いた音を立てて紙がひらかれ、先ほど与えられた菓子の片割れが現れる。

 三日月は口を閉じたまま無表情にそれを見つめた。

 これが差し出された時に心が躍ったのは真だ。思わぬことに出会うと人というものは言葉が出なくなるというのは本当だったようだ。仮初めの人の器を与えられたこの身でもそのようなことが起こるとは。

 だがその喜びもほんのひと時のこと。

 悪意などかけらもない、真情からの言葉だとわかっている。だからこそよけいその言葉の意味が重く突き刺さる。言った本人はわかってなどいないだろうが。

 三日月は懐紙の上に載ったその菓子をそっとつまむ。口を小さく開けてそれを小さくかじる。

 前に同じような菓子を食べたことがあるがあれは甘かった。だからこれもそのようなものと思っていたが、違った。

 甘味はほのかというほど弱い。その上をざらっとした舌触りの苦みが走る。わずかながらも甘みがあるからこそ、この菓子の強い苦みがさらに際立ってしまう。

 このような菓子が好みの者もいるだろう。だが三日月は端正な顔をかすかにしかめた。

 中から感じられる柑橘の味も、甘さの中にある苦みが気になって仕方がない。

 なぜこんなにも素直に味を楽しむことができないのであろうか。ほろ苦い味だけが口の中にいつまでも残っている。

 初めは退屈な現世でのささやかな遊びのつもりだった。それがいつから戯れでなくなっていったのか。いや、最初から戯れなどではなかったのか。

 菓子を手にしたまま三日月は瞼を伏せて動かずにいる。

「これを食している時、どう思っているのであろうな。いや、何も気にかけるはずはないか、国広は」

 己がこの本丸へ顕現した時には、最初の一振りの近侍として山姥切はとうに多くのものを背負っていた。

 天下五剣の名を持つ己であっても特別などありえない。彼にとっては自分も時間遡行軍と戦う仲間の一振りでしかないのだ。

 その中であの者に背中を預けられるほど信頼していると言われたことに満足すればそれでいいのだろうか。それとも望んでいるのか、それ以上を。

 姿勢正しく正座している三日月はそれ以上何も言うことなく、残っていた菓子をゆっくり口に入れた。

 

 

 バレンタインの話を一本書いてみました。

 山姥切は三回目なので、親しい者に感謝の意味を込めてチョコをあげる日という認識。間違っていると気付いているのはいるけど、誰も訂正しない。

 三日月は本丸に来て初めて。なので短刀や鶴丸から断片的な情報だけ与えられて変な風に解釈しています。

 山姥切が出したチョコはキットカット。二つに分けて二人で食べたけど、味はそれぞれ違う受け取られ方という方針で。

 ここまで深くは書く気なかったのに。もうちょっとライトに行こうと思ったんだけどなあ。

  

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