ゆめうつつ

刀剣乱舞・文豪とアルケミスト関連の二次小説。主にコメディ中心。

道場 ~長谷部vs山姥切~

「あーあ、清光とばっかり打ち込みしてるの飽きちゃった」

 道場にごろんと転がった大和守安定は、綺麗に磨き上げられた板の間に手足を投げ出して大きく伸びをした。そのまま寝たふりをして怠けだした彼のもとに、肩に木刀を軽く打ちつけながら、本日の相手の加州清光が渋い顔をして近づいてきた。

「こら、さぼったら駄目だろ。それに俺が相手で飽きたってどういうことだよ」

「だって、いつも沖田君を一緒に見てたせいかな、相手が君だとなんとなく僕と太刀筋が同じで意外性がないんだもん。それなのに内番ではいつも君とばっか組まされるしさ。楽しくないからたまには別の奴とやりたいよ」

「ふーん、だったら言っておくよ。安定があんたとやりたいって、長谷部に。たしかお前がいつも馬屋当番サボっているから仕置してやると、昨日言ってたっけ」

「う、うわわわ! そんなこと言わないでよ! 大体サボっていたのは君もじゃないか! 頼むから、言わないでぇぇぇ!」

 慌てて立ち上がった安定は加州の胸倉をつかんで揺さぶりながら、激しく抗議した。だが彼はそっぽを向いて涼しい顔でしらんぷりしている。

「さあて、どうしよっかなあ・・・あれ?」

 何かに気付いて加州が道場の入り口の方に目を向けた。つられて安定もそちらに目をやる。一方的に誰かが文句をまくし立てている。

「・・・だから貴様は主への敬意がなってないというんだ」

 その声を聞いた瞬間、げっと明らかに嫌そうな声が二人から漏れた。

「ねえ、清光。ほんとに彼をここに呼んではいないよね」

「まさか、まだ何も言ってないって」

 ひそひそ声で二人がつかみ合いながら言い合っていると、入り口から良く通る大きな声が道場内に響き渡った。

「今日の手合せの内番はどこだ!」

 声を張り上げた長谷部は厳しいまなざしで道場を見渡した。するとこそこそと反対の縁側からこっそり逃げ出そうとする二人の姿を捉えた。

「加州清光、大和守安定! 貴様ら、どこへ行く」

 見つかってしまったのでもう逃げるわけにはいかない。加州はため息をついて長谷部の方を振り返った。

「で、なあに? 長谷部がわざわざ道場まで来て何の用さ」

 まさか本当に二人に説教しに来たのだろうか。だが長谷部の注意は加州たちの方を向いていない。いまいましげに睨みつけたのはその後ろ。

 長谷部の背後に白い影が動くのが見えて、事情を察した加州は目を細めて呆れた顔をした。

「また? 俺たちが内番の時にばっか面倒事押し付けないでよね」

「またとはなんだ。今日こそ山姥切の性根を叩き直す。加州に大和守、内番のお前たちが立会人をしろ」

「ええぇ・・・」

 明らかにやる気のないげんなりとした顔の安定にしかたないと加州は肩をすくめた。

「あきらめろ、安定」

 道場の壁にかけてあった木刀を取ろうとした長谷部の背に低く静かな声が投げかけられた。

「それでいいのか?」

 この道場に入って初めて山姥切が口を開いた。

 ぴくりと長谷部の肩が跳ねて険しい視線を投げ返す。道場の入り口で立ち尽くしたままの山姥切が己の本体である刀の鯉口に指をかけ、悠然と言ってのけた。

「俺を叩きのめすのだろう?」

 顔を隠す布の下から、彼の翠の眼が挑発するように長谷部を見ている。

 彼が煽るように刀に手をかけるのを見て、加州と大和守の顔つきも緊迫したものへと変わる。

「マジかよ・・・」

 加州の喉がごくりと鳴る。真剣での立会いは本丸で定められた規則を守れば道場でのみ許される。だが、仲間となった刀同士でそれを行う者はまず皆無。

「僕たちがいたから、じゃない? 内番が練度の低い刀たちだったらたぶん彼もそんなこと言いださない」

 安定の意見に加州も同意だった。だから自分たちが内番の時に限って余計なことが起きる。

 長谷部はまだ動きを止めたままだ。しかし一度木刀に触れた手を下ろして彼は嘲るように笑った。眉間には見事な青筋を立てている。

「よかろう。貴様の望みどおりにしてやる。後悔するなよ」

 腰に差した刀の柄を持って、長谷部は道場の真ん中へと歩み寄る。それに歩調を合わせるように山姥切も刀を手に、視線は長谷部に据えたまま、ゆっくりと近づいた。

 そこから少し離れたところで、大和守が険悪な雰囲気をまとう二人を交互に見やった。

「ほんとに真剣でやる気? 軽い怪我程度じゃすまなくなるよ」

「もうこの二人に何言っても無駄だって。まあ、長谷部もなに熱くなってんだか。まんばもマジになりすぎんなよ・・・って聞いてないな、あいつ」

 視線はずっと長谷部に据えたまま、道場に入った時から一度たりとも加州たちの方を見やしない。刀を構えてからは声だって聞こえていないだろう。

「まんばちゃーん、おーい。うん、聞こえてないね。普段だったらこうやって呼んだらすぐ怒るくせに」

 ふざけた声で呼んでいる安定にも目を向けない。あれはもう完全に戦闘態勢だ。ああなったあいつは一言もしゃべろうとはしない。

 敵はただ一人、目の前のへし切長谷部のみしか見ていないはずだ。

「ごちゃごちゃ何を言っている。さっさと合図をしないか!」

 鞘から刀を引き抜いて構えている長谷部に怒鳴られて、加州は仕方ないと一歩前に進み出て両者に向けて両手を水平に差し出した。

 長谷部は上段の構え、山姥切は鞘に刀を収めたまま腰を低く構えている。両者はじりっと視線をぶつけながら間合いを測る。

「いーい、二人とも。いつも言ってるけど、ここは本丸の道場。戦場ではないし、お互いに同じ主の元で戦う刀だっていうのを忘れないで。あと、道場は壊さないでねー。・・・いくよ、始め!」

 声と共に勢いよく手が交差される。加州の合図と共に両者が一斉に動いた。

 まず速攻をかけたのは長谷部。機動力の高さを最大限に使って一気に間合いを詰める。刀が重く振り下ろされる。

 だが振りかざした長谷部の刃は、下方から鞘より素早く引き抜いて振り上げた山姥切の刀に遮られた。激しい剣戟が道場内に響き渡る。

 打ちつけられた刀はそのまま力比べへともつれ込む。刀の交差は根元にまで達し、ぎりぎりと互いの力を振り絞った鍔せり合いが続く。

 二人の視線が至近距離でぶつかり合う。どちらとも引く気はさらさらない。

 山姥切の刀をわずかにまさる力で押しのけた長谷部が突如飛び下がって、床に着いた足に重心をかけるとすぐさま全力で横に薙ぎ払う。

「遅い!」

 山姥切の目が見開かれた。刀を縦に構えて防御したが長谷部の動きはもっと早い。とっさに対応できなかったため、重い剣戟の勢いは殺すことはできず、そのまま後ろへと吹っ飛ばされた。

 壁に打ちつけられた激しい音が周囲一帯に鳴り響く。

 打ちつけられた姿勢のまま山姥切は壁にそってずるっと床に落ちた。そのまま座り込むような姿勢でうなだれている。

「まんば!」

「どうした、大口をたたいたにしてはそれで仕舞か!」

 その声に反応したのか、山姥切の手にした刀が床に突き刺された。それを支えにして、ゆらりと立ち上がる。

 顔を切ったのか流れる血を手の甲でぬぐうと、口の中に溜まっていた血を腕に軽く吐き出した。引き抜いた刀を両手で構え直し、冷めた感情のない眼で目の前の長谷部を睨みつけた。

「これで終わりのわけはないだろう。これからが本番だ」

 言い終わらぬうちに床を蹴って駈け出した。長谷部と比べて小柄な彼はあっという間に相手の懐に入り込む。

「くっ!」

 横から薙ぎ払われた刀は後ろに飛びのかれて避けられたが、刀の勢いは殺されてはいない。山姥切はそのままの勢いで体をひねらせて刀を取って返すと、今度は上から長谷部に向かって叩きつける。

 避けきれなかった長谷部の左肩が切り裂かれた。にじみ出た血が服を赤く染める。傷ついた場所を手で押さえながら長谷部は自嘲するように笑った。

「ふん、貴様とはこうでなくては面白くない」

「戯言はいい。そっちが来ないなら俺から行くぞ」

 刃の切っ先を長谷部に向けながら、一撃を浴びせたにもかかわらずその表情は無表情のまま動かない。

 そのふてぶてしい態度にさらに長谷部の怒りがかきたてられた。柄を力の限り握りしめる。

「主のために、ただでは済まさぬ!」

 道場をうち震わせる怒号とともに刃が宙を走った。

 再び本気でぶつかり合う二人を、立会人の加州たちはなぜか入り口にだらしない格好で座り込んで呆れたように見ていた。

 両手で頬を抑えた姿で、安定がけだるげにつぶやく。

「いつもいつも飽きないよね、あの二人。あんなに本気になってめんどくさいじゃん。今日はなんで戦っているんだろうね」

「さあ、どうせまたまんばが長谷部の前で主に暴言吐いたんじゃない?」

 見てもいないのに見事に加州は言い当てた。二人の争いの発端は大体同じだ。

 不意に二人の上に影が差した。振り返るといつの間にそこにいたのか、三日月宗近が珍しそうに道場の戦いを眺めていた。

「にぎやかな気配がしたから来てみれば、なんとも物騒なことになっておるの。ここでは手合いは真剣でやるのが流儀か?」

 険悪な道場からは場違いなほどのほほんとした表情を浮かべている。流血沙汰になりつつあるあの戦いを見ても顔色一つ変わらない。

 後ろに立つ三日月を振り仰ぎながら、加州は乾いた笑いを浮かべた。

「そんなわけないよ、三日月さん。ここで真剣でマジで戦うのはあの二人ぐらいだって」

「そうそう、出陣すればいくらでも敵の首落とせるしね。こんなところで本気になる刀なんてほかにいないよ」

 それでも三日月は袂を口に当てたまま、不思議そうな顔で二人の戦いを見つめている。

「ふむ、ではなぜあの二人だけ真剣で戦うのだ?」

「そういえば三日月さん、まだ知らないんだっけ。まあわざわざ説明することでもなかったからね。うちの本丸の道場でのルールはあの二人のせいで決まったようなものだし」

「るーるとな?」

新撰組の法度みたいなものですよ。一、本丸内で真剣を使った私闘は道場以外は禁止。二、刀同士が問題解決のために試合をするときは必ず道場で行うこと。三、真剣での試合を希望する場合は必ず手合い内番の立ち合いの元で行うこと。この三つかな、いろいろあって主さんがまとめたんです」

「普通は木刀でやるばっかだし、内番の立会人はあまり必要ないんだけど、あの二人の場合は木刀でもそうはいかないからね。しかも今回はひさびさに真剣で試合をやりだすし」

「二人ともいろいろ忙しそうだったから、真剣を持ち出すほど溜まってんだろうね、きっと。これは血を見ないと収まらないかなあ」

「もしかすると・・・あの惨劇の再来になりそうな予感かな?」

 何かを思い出したのか、顔を少し暗くすると揃ってため息をついた。

 それを聞いて興味深そうなそぶりで三日月は二人を見つめた。彼の瞳の中の三日月の文様が揺らめく。

「なにがあったのだ?」

「三日月さんが来る前の話かな。あの二人、いつも主の傍で仕事しているでしょ。ずっと一緒にいるからぶつかることも多くて、今以上に仲が悪くなってきていたんだよ。でも主の手前、表立って争うことはできないし、本丸中にもぴりぴりした雰囲気が伝わっちゃうしで他の刀たちがどうにかしてくれってことで主と話し合ったんだ。そしたら一度本気で戦わせてみたらすっきりするんじゃないかってことで真剣での立ち合いになったんだけど・・・」

  言葉を濁した安定のあとを加州がつなぐ。

「あまりに本気になりすぎて二人とも折れる寸前まで言ったんだよ。あの時は大変だったな。あの二人はあの時ここの最高練度だったから誰も勝てなくて、結局第一部隊総出でなんとか止めたんだっけ」

 本気でぶつかり合う当の二人の試合を眺めながら、加州は冬至のことを思い出しながら語っている。 

「それで本丸では真剣での試合は禁止にしようって流れになりかけたんだけど、それを聞いていた主が言ったんだ。戦うためにこの世に現れた刀同士の真剣の立ち合いまで禁止するのはどうかって。うちの本丸の刀って他の本丸よりも激しい気性っぽいからそれも仕方ないんだろうね。結果、妥協案として今後試合をしたい場合は手合いの内番が必ず立ち合いにつくことになったわけ」

「そう、だからあの二人の場合、僕たちがここにいなくちゃいけない理由は・・・」

 言いかけた安定の顔がふっと道場の方に戻った。加州も顔を険しくして同じ方向を見つめる。先ほどまでけだるげだった二人の眼の色が瞬時に変わる。

 ふわりとそばにいた三日月の濃き青の衣が風を受けて浮き上がる。間髪入れず、二人はそばに置いてあった自身の刀を手に飛び出した。

 その素早さはまさに風神のごとく。

 二振りの白刃が今まさに相打ち覚悟で討ちかかろうとしていた長谷部と山姥切の間に身体を割り込ませて入った。

「そこまで」

 二人の間合いに加州と安定は互いに相手に刀を突きつけた姿で、得意げににやりと笑う。

 加州の刃は上段で頭上から打ち込もうとしていた長谷部の顔面に、安定の刃は胸元を狙って刃を突きたてようとしていた山姥切の首元に。
 
 沖田総司の刀たちは互いに笑顔のまま、恐れも躊躇いもなく二人の間に飛び込んで刃を振りぬくことなく試合を止めた。

 戦いの興奮にのみ込まれていた長谷部たちも、加州と安定の気迫に動きを止めざるを得なかった。

 誰一人動かない。

 暗殺を主とした新撰組の刀の狂気が二人の眼に宿っている。動けば確実に切られると本能が告げたがゆえに、長谷部も山姥切もこれ以上動くことができない。

「はいはい、立会人の僕たちが入ったからもうおしまいだよ」

 目の奥は一切笑っていない安定が、にこやかに試合終了を告げる。

「刃こぼれしたのはまんばの方か。長谷部も本気出し過ぎだって。いいかげんにしないと俺も怒るよ」

 かすかに刃に傷をおった山姥切の刀をちらりと見やって、加州は長谷部に苦言を呈した。

 苦虫をかみつぶした顔をした長谷部だったが、明らかに疲弊しているのか息が上がって返事もできないみたいだ。

「ほら、二人とも刀を収めて」

 まず、長谷部の手から力が緩む。続いて、山姥切も大きく息を吐いて片膝をついた。その足元には細かい金属がこぼれている。

 刀の切っ先は山姥切に向けたまま、安定はしゃがみこんで心配そうに問いかけた。目の前の彼は打ちつけられた傷であちこち服が赤く染まりかけている。

「うわー全身血だらけ。それに本体も傷ついてるけど、まんばちゃん大丈夫?」

「・・・その呼び方やめろ」

「うん、反応した。もう正気に戻ってるから大丈夫みたいだよ、清光」

 後ろの加州を振り返りながら安定は言った。加州は背中越しに呆れた声をかけた。

「おまえもさあ、我忘れるくらい本気になるなっていつも言ってんじゃん。とにかく今日は引き分け、いいね? さっさと手入れ部屋行ってきなよ。道場の片づけはそのあとでいいからさ」

「べつにこのくらいたいしたことは・・・」

「血まみれでそんなわけないだろ。君が怪我したままだと今度は僕たちが堀川に怒られるんだから! 怒った時の彼はほんとに怖いんだからね。ほら、さっさと行く!」

 ぐいぐいと背中を押しながら安定は無理やり道場から手入れ部屋へ連れ出していった。

 それを見送りながら刀を鞘に収めた加州は腕を組んで、長谷部に冷たく視線を投げる。

「で、気が済んだ?」

「ふん、途中で邪魔をされたからな。気が済むわけないだろう」

 道場を掃除すると言って、長谷部は道具を取りにさっさと出て行ってしまった。途中で三日月に気付いたのか、一瞬視線を投げたがそのまま声をかけることなく行ってしまった。

「つまりそなたたちは止め役というわけだな。二人が互いに戦いにのめり込んで止められれなくなってるが故に」

 黙って成り行きを見守っていた三日月の言葉に加州は軽く首をすくめた。

「そういうこと。さすがに練度が低い刀には危なくて任せられないけど」

「二人ともさすが戦国の刀だな。気性が激しく、戦い方もすさまじい」

 激しい戦いの最中も途絶えることのなかった三日月の笑顔が不意に消える。

「なれど、やはり戦場とはちがうなあ」

「なんのことだよ」

 加州が訳が分からないと首を傾げる。あれほど激しく戦っているのを見て何を言うのか。

 その様子をちらりと見やって三日月は思わしげにくすりと笑う。

「ここでの戦いは児戯に過ぎぬということよ。刀の本来の力はここでは発揮しきれぬ。あれは戦場においてもっとも輝くものよ」

 三日月の眼がかすかに細められた。視線がどこか遠い。何かを思いだしているのだろうか。

「三日月さん、どういう・・・」

 しかし加州が何か言う前に、三日月はもう興味を無くしたかのように身をひるがえして廊下を去って行ってしまった。

 

 

 本丸での争い事は道場で、という本丸のルールです。

 長谷部と山姥切が試合する場合は、加州達みたいな一軍経験者でレベルがカンストしているのでないと止められません。

 二人ともカンストしてから出陣してないからストレスたまるだろうなあと思ったりしてますが。

 ふつうは試合するときは木刀を使います。真剣をつかうのはよほどのことがないと。

 

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