ゆめうつつ

刀剣乱舞・文豪とアルケミスト関連の二次小説。主にコメディ中心。

江戸城 ~毛利・和泉守~

「元気ねえじゃねえか。もうへばったか? 疲れたんなら隊長は変わってやってもいいぜ」

 にやっと笑って和泉守兼定が手をさし延ばしてきた。

 その上から目線にむっとして毛利藤四郎は差し出された手から目を逸らした。地面に手を付けて自力で立ち上がる。顔をそむけたまま不満げにつぶやいた。

「そうじゃありません。隊長は僕です。西軍総大将の懐刀だった僕が譲るはずはないでしょう。ただちょっと気分が乗らないだけです」

「へえ、贅沢言うじゃねえか。隊長ってだけでもありがたいだろうに何が不満だっていうんだ?」

 軽く顎を上げて腕を組んだ和泉守は余裕ありげに見下ろしてくる。本丸にいる刀のなかでも長身の彼の顔は自分の頭よりもずっと上にある。毛利は首を上に傾けて見上げていたが小さな口から重くため息がこぼれた。

「なんだよ、俺の顔になんかついてるっていうのかよ」

「そうじゃありません。どうして僕の部隊はこんなに大きな人ばかりなんでしょう」

「は? 短刀のてめえよりでっけえ奴らばかりなのはあたりまえじゃねえか」

 江戸城探索部隊として編成された第三部隊は隊長の毛利を筆頭として、幕末刀の打刀のこの和泉守に相棒の脇差の堀川国広。同じく打刀の亀甲と脇差の物吉という貞宗の二振り。確かに短刀の毛利よりは図体は大きい。

 しかし毛利は目を閉じてうつむくと、拳をきつく握りしめて力説した。

「違うんです。僕が求めるのは小さい子! あの天使のような笑顔を振りまく愛らしい子たち。戦いながらもけなげさを失わないあの姿。ああ、考えるだけでも胸がときめきます。なのにやっと部隊に配属されて隊長になったというのに・・・」

 毛利は恨めし気に自分の部隊の者たちを見渡した。額に手を当てて絶望を目にしたかのようにふるふると頭を振った。

「こんなにも育ってしまった方々ばかりなんて・・・」

「あたりめえだろ。俺たちは短刀じゃねえんだ、でかいのはしかたねえじゃねえか」

 呆れを隠せない和泉守は隣で黙って控えている自分の相棒に耳打ちした。

「おい、国広。話には聞いてたがこの粟田口の新しい奴ってなんか変わってるっていうか、俺にはこいつの言ってることがさっぱり理解できねえんだが」

「兼さんにはそうかもね。でもほら好みは皆それぞれって言うから、気にしなくていいんじゃないかな。あ、でも兼さんはあっちの世界のことは無理に分からなくていいからね」

 相棒の堀川国広がにっこり笑ってそう言うと和泉守はそうだよなあといいつつ首を傾げながら頭をかいた。

「この部隊で小さい奴っていうとおまえより小さいのいるだろ。ほら、こいつ」

 そう言って和泉守はそこにいた赤い髪の少年を指さす。この部隊のもう一振りの担当である愛染国俊は小さいと言われて少し不満そうだったが。

 だが毛利は残念ですがと呟いて力を込めて首を振った。

「この部隊は愛染さんだけじゃないですか。僕が求めるのは一振りだけじゃないんです。最初この第三部隊は短刀たちの夜戦専用部隊だって聞いたから、僕より小さな子がいっぱいいるんじゃないかってわくわくしてきたんですよ。でも実際にはこんな、こんな大きな刀でばかりでとても残念で・・・。それに彼が一緒じゃないかってちょっと期待していたんですよ。長船の謙信君ですか、僕よりも後に来た彼はとても初々しくて、はにかみながら挨拶してくれたんですがこれがもう・・・。粟田口の僕の小さい兄弟たちも可愛いのですが、彼らは皆とても強くて僕に頼ってはくれないんです。でも謙信君だけは困っていると僕をあのきらきらした純粋な眼で見つめてくれてそれがとても僕の心に刺さるんです」

「確かにそうだけどよ。あいつは第四部隊で長船の新人と組ませてるからな。いつかは同じ部隊にはなれるだろうけどよ。いまは俺たちで我慢するべきじゃねえのか。出陣は遠征と違って戦場に戦いに来てるんだ。遠足じゃねえんだからよ」

「でも僕は小さい子たちがいいんです」

「はーん、言ってくれるじゃねえか。つまり俺たちじゃ不満だっていうのかよ」

「・・・小さくて可愛くなければ駄目です。和泉守さんも身体だけは大きいので可愛くはありません」

「それはちょっと聞きづてならないんだけど」

 不穏な気配を感じてはっと和泉守の顔色が変わる。

「く、国広?」

「悪いけど兼さんはちょっと黙っててくれる?」

 顔に影が差して暗い色彩を帯びた堀川の冷ややかな目線に和泉守はこれは余計なことは言わねえ方が賢明だと覚ったらしく、すぐさま口を噤んだ。

 一歩踏み出した堀川の足元に乾いた土埃が風に舞った。

「毛利君、さっきからずいぶん言いたいことを言ってくれるね。兼さんが可愛くない? 君に彼の真価が分かっているのかな。新撰組の時代に修行に行った和泉守兼定は時代の最先端をゆく刀として格好よく立派になって帰って来たよ。でもね、そんな格好いい兼さんでも僕がいないと朝はおきられないし、自分で髪は結えないし、油断するとすぐ内番はさぼろうとするし、かぶとむしを見つけたらすごい楽しそうな顔をするし、ごはん粒つけたまま気付かないで御馳走様をしようとするし、こんなにも可愛らしいところがあるんだよ。なのに小さくないから可愛くないなんてちょっと了見が狭すぎると思うけどなあ」

「おい、ちょっと待て国広。それ半分以上誉めてねえぞ」

 和泉守のつっこみを聞こえているはずなのにあえて堀川は聞き流す。彼は一歩さらに近づくと自分よりも背の低い毛利を笑いながら目の奥に冷たい光を湛えて見下ろした。

「僕は和泉守兼定の助手で、ずっと一緒で誰よりも彼のことを知っているんだよ。だからね、僕の兼さんを悪く言うなら・・・ちょっと許せないかな」

 刀を一切抜いてなくてもその言葉はのど元を狙って刃を向ける。真っ向からその視線を受け止めた毛利もまた目を逸らしもせずにごりのないそのまなざしをじっと見つめ返していた。

 毛利の薄い紅色の唇がかすかに動く。

「別にあなたの大切な彼を侮っているという訳ではありません。ただ僕は小さくなくて残念だと思っただけです。でも貴方の相棒の和泉守さんですか。幕末のこの本丸でももっとも若い刀ですよね。彼は身体は大人でも心はまだ子供じゃないですか」

「うーん、それは否定できないかな」

「俺の相棒ならそこは否定しろよ!」

 だが和泉守の叫びも考え込んでいる堀川には届かない。ここでもうひと押しと毛利は言葉にさらなる力を込める。

「もしですよ、刀の種類ごとじゃなくて、打たれた時代順に顕現した姿が決められるとしたら彼は一番小さい子になります。あの口調で自信に満ち溢れた態度でも、どこか背伸びをしたい子供、そんな彼をどう思いますか?」

 視線をどこかに彷徨わせた堀川はぐっと手を握りしめて右の親指を上に突き立てた。

「・・・いいかも。なかなかいいこと考えつくよね、毛利君。すごいや」

「わかっていただけて光栄です」

 妙なところで意気投合した二振りに取り残された和泉守が激昂する。

「おい、ちょっと待て! 俺はガキなんかじゃねえぞ! って聞けよ、国広!」

 「子供なのに口調も服装も大人みたいにするのがいいよね」

「それもありですね。でもせっかく小さいならその時にしか着れないかわいらしい服を着させるのもいいですよ」

「うーん、だとしたら兼さんはどんなのが似合うかなあ」

「だから、何話してんだよ、おめえらはよ!」

 

 短刀 毛利藤四郎 二〇一七年十月二十二日 練度上限到達