ゆめうつつ

刀剣乱舞・文豪とアルケミスト関連の二次小説。主にコメディ中心。

返礼② ~その後~

【注】返礼①を読めない方は三日月が山姥切にいたずらを仕掛けた後と思ってくれれば何とか読めるかも。

  ですがほんのりみかんばです。まだ片方よくわかってません。

 

 触れるギリギリのところで三日月の動きが止まる。自分を見つめていたその眼が、切なげにふっと緩んだのに気付く。

 すると先ほどまでの緊迫した響きはどこに霧散したのか、いつもの彼らしい穏やかな声が降ってきた。

「今はこれ以上何もせぬよ、国広」

 至近距離でふっと三日月が微笑む。

「無理やり手折るのは粋ではないからな。その気にならぬうちはからかっておったほうが面白かろう」

「・・・から・・・かう?」

 かろうじて小さな声が口から洩れる。先ほどの衝撃で頭は真っ白になり、体も思うように動かせない。

 軽く目を見開いて、何事もなかったかのように自分から離れていく三日月をただ見つめていた。

 触れられた手のひらがむず痒い。熱を帯びてまだ熱く火照っている。

「それに・・・」

 軽やかだった声音が急に低く冷気を帯びる。

「これ以上はそなたの保護者が許さないであろうからなあ」

 ひたりと三日月は山姥切の背後へ油断ならぬ視線を投げて目を細めた。微笑みは絶やさないながらも、その眼は笑ってはいない。

 ゆらりと三日月が立ち上がる。袂を口元に当てて悠然と微笑んだ。

「のう、堀川国広」

 つぶやかれたその名に驚いて、急いで後ろを振り向いた。

 自分とそろいのジャージを着た小柄な脇差が冷ややかな気配をまとっていつの間にかそこにたたずんでいた。

「三日月さん、いったい何をなさっていたのでしょうか」

 青い双眸は静かに対する三日月を見据えている。鮮やかな色合いが今は深く闇に沈むかのような濃さに変わっていた。

 同じ国広の名を持つ兄弟刀は駆け寄るとごく自然に体を寄せてきた。

「兄弟!」

 自分の視線に気づくと堀川はにこやかな笑顔を浮かべてそっと手を肩に置いた。

「探してたんだよ、こんなところにいたんだね」

 その馴染んだ手の暖かさに体の力が瞬時にぬける。そのまま頭から倒れこむように後ろの堀川の胸に顔をうずめた。

「ちょっと、大丈夫!」

 だが何も答えることが出来なくて思わずぎゅっと堀川の胸元をつかんだ。

 この温かさ安心する。このぬくもりは知らないところではない。だから怖いなどと感じない。

 堀川はしがみついて離れない山姥切を抱えるように背中に手を回した。

「兄弟がこんなになるなんて普通じゃありませんよ。本当に何をしたんですか?」

「はっはっは、そう怖い顔をするな。大したことはしておらぬよ」

 頭の上彼らの会話が飛び交ってゆく。頭はいまだ混乱してそれらの意味することが理解できずにいた。

 山姥切を抱えたまま、堀川はどこまでも冷えた口調で問い詰める。

「とにかく、これ以上兄弟に近づかないでください」

 自分の背中に回されたその腕に力が入る。指先からかすかな震えが伝わってくる。

「それはそなたが決めることか? もしそこの国広が許すと言えば、堀川は否という権利などないであろうに」

 痛いところを突かれたのか、堀川はぐっと言葉を詰まらせて顔を苦々しくしかめた。

「山姥切国広の心は誰のものでもない。己自身のものだ。違うか?」

「・・・でもあなたのものでもありませんよ。すべては兄弟が決めることです。だから無理にというのは絶対に認められない」

 低い声音でじっと三日月を見上げながら堀川は静かに宣言する。明らかな宣戦布告と受け取った三日月もまた目を細める。

「言うたな」

 視線が交差する。熱くなく冷ややかな目線は互いに譲る気配はない。

 堀川は軽く山姥切の背を叩いた。

「行こう、兄弟。主さんが君を探しているんだ。待たしてはいけないよ」

 そう言って無理やり立たせようとする。よろよろとした足取りで何とか立ち上がったところで、顔が自然と後ろを向いた。

 なんで振り向いたのかわからない。だがそこには自分を見つめる三日月の姿があった。かすかに首をかしげ悠然と笑むその表情にはなぜか先ほどまでの傲慢な光はない。

 穏やかな春の陽光を思わせるその微笑み。なのになぜだろう。どこか遠くを見つめるような切なげな眼をしているのは。

「兄弟、早く」

 この場から早く引き離したいのか、堀川が手首を引っ張る。

「・・・ああ」

 せかす堀川に促されながら、三日月を残し山姥切たちはその場を後にする。手首はまだきつく握りしめられたままだ。

 その時先ほど触れられた手が目に入って思わず顔が赤くなってしまった。思い出せば指先に感じた彼の熱さがついさきほどのことのごとく手のひらによみがえる。

 吹きかけられた吐息の熱。思ったこともないあの柔らかな感触。

 思いだしてしまって恥ずかしさで顔があげられない。

 三日月の視線は視界に届かなくなる最後の瞬間まで背中に感じていた。

 だからこそこの胸に湧き上がる気持ちの吐き出す先がわからなくて、心がもやもやする。どうしようもなく苦しくなって胸元の布を掻き抱いた。

 胸の奥でくすぶり続けるこの想いはなんだ。

(次にあんなことをしたら、今度は絶対に殴るからな。三日月宗近!)

 きつくこぶしを握り締め、山姥切は激しい怒りを込めて心に誓った。

 

 

「主、用とはなんだ!」

 力任せに審神者の部屋の襖を開け放って、山姥切は怒鳴った。

「うるさいぞ、静かにしろ」

 ちょうど部屋で報告していたへし切長谷部が目を逆立てて注意する。

 彼の陰から主がひょこっと顔を出した。

「ああ、切国。実はですね・・・」

 言いかけたところで主の表情が止まった。じっとこちらを見つめてどうしようかと逡巡している。

「どうした、早く要件を言ってくれ」

「・・・やっぱりいいです」

「は!?」

 急に拒まれて声が思わず裏返る。

「呼びつけておいていいとはどういう意味だ。それはやはり俺が写しだからからかっているのか・・・」

「違います。そうではなくて」

 言葉に詰まって主は長谷部に救いを求める。冷ややかな眼で見ていた長谷部がため息ともに不機嫌に言い放った。

「貴様、顔を見ろ。ひどい顔をしているぞ。主は仕事はいいから休めと言っているんだ。ありがたく受け取れ」

 さすが長谷部。言わなくても主の想いを瞬時に読み取れるようになっているようだ。どうしてそこまでわかるのかは謎だが。

 怪訝に思って手で頬を抑えた。

「顔? そんなことはないはずだが・・・」

「だから一度鏡で見てみろ。なにがあったかは知らんが、そんな不景気な顔をしているとこちらまで気分が悪くなる」

「休めなんて、いきなり言われても困るんだが」

「ぐだぐだいうな!」

「そうですよ。無理しないでください」

 主たちに言われてそれ以上押し通せない。

 仕事を休めと言われてもどうすればいいんだ。何もしないでいるとまた、思い出してしまう。どうしようもなく胸の奥がうずく。

 ならば忘れるくらい体を動かせばいい、そう思った時にはすでに口からその言葉が出ていた。

「長谷部! 俺と手合わせしろ、今すぐだ!」

 大声で怒鳴りつけて、長谷部は軽く目を見開いた。

「休めと言われてなぜ手合わせをするんだ。大体なぜ俺が貴様の相手をせねばならん。俺は仕事が山積みだ、そんなことをやっている暇はない」

「くっ、勝負を逃げるのか!」

「くどいわ、山姥切!」

 長谷部は大声で打ち切るように叫んで拒絶した。山姥切はきつく唇をかみしめる。

「わかった、もうお前には頼まない!」

 激しい音を立てて襖が勢いよく閉められた。廊下を乱暴な足取りで駆け去っていく音が聞こえる。

 残された主はどうしたものかと戸惑った顔で心配している。

「あんなに心が揺れている切国はめったにありませんが、どうしたのでしょうか」

 本気で心を痛めている主を見つめて、長谷部はうんざりとした表情で答えた。

「あいつのために主が思い悩む必要はありません。・・・まったく、主に心配させるなど何を馬鹿なことをしているのか。たわけめが」

 

 

 道場では手の空いた刀たちが互いに手合わせを繰り広げていた。木刀を肩に掲げて大和守安定は大きく欠伸をする。

「あー、今日は平和だな。うるさい清光もいないし、ちょっとサボってもかまわないよね・・・っと」

 不穏な気配を感じて道場の入り口を見やると、そこにいる人物を見て安定は顔をこわばらせた。

「げ、山姥切。なんで君ここにいるの?」

 無意識に彼の後ろを探るが、どうやら今日は長谷部はいないらしい。ちょっとほっとしたが、ならばなぜ彼が道場にいるのか。

「加州はいないのか・・・。しかたない、大和守安定。俺と手合わせしろ」

「え、僕?」

 鬼気迫る迫力の山姥切に気圧されて、大和守は顔を青くする。

「やだよ、なんで君と手合わせしなきゃいけないのさ。君、木刀だって絶対に手加減しないじゃないか。遊びにならないから嫌だ!」

 この本丸に来た時から練度が先行している彼にはどれだけ手合わせで痛い目にあってきたか。手合わせだろうと戦闘だろうと一切手を抜く気はない山姥切だ。本気で立ち向かわなければ即手入れ部屋行きにさせられる。

 しかも今はどう見てもものすごく機嫌が悪そうだ。この状態で相手をするのは危険だと本能が告げている。

「いいから相手をしろ。ここにいる奴らの練度では相手にならない」

 山姥切は道場にいる刀たちを一瞥して、再び安定に視線を定めた。見ればその背からほの暗い何かが立ち上っている気がする。

 確かにここにいるのは現在練度上げ真っ最中の第四部隊の刀ばかりだ。彼らの練度ではいくら太刀勢とはいえ、今の彼に敵うかどうか。

「ほう、相手にならないとは聞きづてならないな」

 眉間に青筋を立てながら大包平が木刀片手に近づいてきた。

 威圧するように彼は山姥切の前に立ちふさがる。だが長身の大包平から険しい顔で見下ろされようが、気圧されるはずもない。

「事実だ。今のお前たちの力では俺にはかなわない」

「言ったな!」

 怒鳴られても山姥切の表情は変わらない。その眼には激しい何かが秘められていようとも、口を引き結び一切の感情を表そうとはしていなかった。

「それなら一戦やってみればいいだろ。俺も一度あんたとは一対一でやってみたかったからな」

 軽く肩をすくめてソハヤノツルキが笑う。

「そうだな、実力で示せばいいのだろう」

 木刀を握り締め大包平も不敵な表情を浮かべる。

 その様子を見ていた安定は額を手で抱えた。知らないというのは恐ろしいものだ。

 無表情に自分に立ち向かおうとする二振りを眺め、ふっと山姥切の口元が緩んだ。

「いいだろう、相手になってやる。そら、かかってこい」

 

 

 胴を横なぎに払われた大包平が耐え切れず床に片膝をついた。打刀でも機動力のある山姥切の打ち込みに太刀ではついていけない。

 飛ばされた木刀が道場の床に落ちて乾いた音が鳴りひびいた。

「くそっ・・・はやい・・・!」

 木刀の切っ先をしゃがみこんだ彼に向けて山姥切は言い放った。

「動きが甘い。まだ人の身体に慣れていないだろう、もっと修練を積むんだな」

「そりゃ慣れていないでしょ。まだ大包平もソハヤもこの本丸に来て3か月もたっていないんだよ」

 呆れたように大和守がつぶやいた。

「だからどうした。俺は顕現した初日から出陣していた」

「君の時とは状況が違うんだって。まったく、同じにしてほしくないよね」

  大和守の後ろでは先にこてんぱんにのされたソハヤが床の上に大の字になって転がっていた。

「やっぱあいつ、強えなあ」

 感嘆と自嘲をこめた声をつぶやくと疲れたと目をつぶった。

 壁際に当然のように居座って茶をすすっている鶯丸が軽快な笑い声をあげる。道場に大包平がいるときは常に彼もここで茶を飲んでいるのが恒例なっていた。誰かが気を利かせたのか、すでに専用の渋い緑色の座布団まで用意されていた。

「大包平もその辺にしておけ。どうやら総隊長殿は今日はいたく機嫌が悪いらしい。今のお前では無理だろう」

「・・・ぐ」

 木刀で上半身を支えたまま、動けずにいる大包平は言葉を無くして黙り込んだ。

 切っ先を下に振り下ろした山姥切の目線が相手を求めて道場をさまようと、最後に大和守をまっすぐに見据えた。

「やはり練度が同じでないと試合にならない。大和守、相手をしろ」

「ええ、やっぱり僕なの? 鶯丸さん、助けてよ」

 後ろを振り向いて救いを求めるが、当の鶯丸は湯呑を手にしたまま動こうとはしなかった。

「はっはっは、俺はただの見物だ。それに怪我をするのは勘弁だな」

「えー、見捨てないでくださいよ」

「ごちゃごちゃ言ってないで、さっさと構えろ。いくぞ」

 木刀を構えて睨み付けてくるその眼は完全に戦闘態勢だ。

「もー、なんでこんな時に限って清光はいないんだよ。・・・わかったよ、やればいいんでしょ。戦うなら僕も本気で行くからね、知らないよ!」

 両手で木刀を握り締めて切っ先を上に横に構えた大和守の眼が瞬時に闇の狩人のそれに替わる。それを見た山姥切もまた、口角を軽く上げ眼の色を変えた。

 互いに強く床を踏み込んで、次の瞬間両者の木刀が激しい音を立ててぶつかり合った。

 

 

 「今日はご機嫌だな、三日月」

 縁側で茶を飲んでいる三日月の隣に、ひょっこり現れた鶴丸が腰を下ろした。

「そうか。俺はいつもと同じだが」

 澄ましたその顔に鶴丸は微妙な笑みを浮かべた。

「さっきあんたのことを探してたんだが、通りかかった堀川にどこにいるか知らないか聞いたんだ。そうしたら知りませんといたく冷たくされてね。あんたの名前を聞いた瞬間の堀川の奴、満面の笑顔でいながら背後にどす黒い何かを滲み出したぞ。いつもはうまく立ち回る温和な刀なのに。あんた、何かやらなかったか?」

「さてな」

 さらりとかわされて鶴丸はやれやれと首を垂れる。

「堀川が激怒するなら相棒の兼定がらみか、あるいは国広の兄弟刀か・・・ってまさかとうとうあいつに手を出したんじゃねえだろうな」

 意味ありげに視線を流して三日月はふっと笑う。

「どうであろうなあ。まあ、大したことはしておらぬよ」

「大したことってあんた、やっぱり何かしているじゃねえか。やめてくれよ、おかげで俺もとばっちりを食うじゃねえか」

 やれやれと大仰にため息をついて、鶴丸は額に手を当ててうなだれた。

 

 

「うわっ、なにこの惨劇」

 道場に入るなり、加州は顔をしかめて中を見渡した。

 そこには床に打ち身だらけで寝転がる大和守と、木刀を立ててしゃがみながら荒い息を吐いている山姥切がいた。どちらも木刀で叩きつけ合った結果なのか、青あざに擦り剥け傷などひどい状態になっている。

 加州の声を聞きつけてがばっと大和守が起き上がった。おでこには思いっきり打ち付けられたのかこぶが赤くはれ上がっていた。

「清光ったら遅いよ! もー大変だったんだから」

 ぼこぼこと胸を叩かれて加州はわけがわからず大和守を押しとどめた。

「だから、何があったのさ。それになんであいつと手合わせすることになったの」

「加州か。ちょうどいい、次の相手になれ」

 ゆらりと山姥切が立ち上がる。そんなにやられているのにまだ戦うつもりなのか。いつになく好戦的な彼にさすがに加州もおかしいと感じた。

「どうしたの。そんなに苛立って、いつもの君らしくないんじゃない?」

 わざとからかいをこめた問いかけに、ふざけるなとか反抗的な答えを予想していたが、まったく返ってこなかった。

 睨みつけられてぞわりと背筋に寒気が走る。彼もまた大和守に負けないくらい体に打ち身を食らっているのに、まだ殺気を収めようとはしていない。

 演練帰りで加州とて疲れている。いくら相手も疲弊しているとはいえ、あれだけやる気に満ちた相手では本気でやったとて無事に済むとは思えない。

 自分の相方とあれだけやりあった後でのあの殺気。どう考えてもおかしいだろう。

 しかし加州にはその理由はわからないし、思い至ることもない。どう考えてもとばっちりにしか思えない。

「俺だって痛いのは嫌なんだけど」

「うるさい、さっさとしろ」

 いつもは卑屈なのに戦闘になると誰よりも好戦的になる山姥切の性格が前面に出ている。あれではこっちが何言おうが、彼の気が収まるまでは聞きやしない。

 加州がしかたないと覚悟を決めてまぶたを閉じようとした。

 閉ざされようとする視界の端で、なにかがこちらを向いていた。

「え」

 加州たちを注視して背後にそれほど回していなかった山姥切の背後に黒い影が現れた。彼もその気配を察したのか慌てて振り向いたが、胸部を防ぐまもなく鞘の先で思いっきり打ち付けられ、いともたやすく崩れ落ちた。

「え、なに?」

 あまりの早業に加州も大和守も目を丸くする。崩れ落ちた山姥切を片手で抱えるその姿を見てさらに驚く。

「長谷部、どうしたの」

 ふんと鼻を鳴らして、手に抱えたそいつを冷ややかに見下ろした。

「こいつが道場で暴れているという報告を受けたので確認しに来た。加州、こいつと大和守を手入れ部屋へ放り込め。しばらく暴れないように見張ってろ」

 胸を抑えたまま、うめき声を上げて動けずにいる彼を加州は痛そうに見下ろした。

「うわー、本気で腹に叩きこんだのか。これ、もしかして骨折れたんじゃないの? 相変わらず長谷部は容赦ないね」

「そのぐらいしなければ、こいつは止まらないだろうが」

 大和守との打ち込みの傷と、長谷部の一撃のせいで動けなくなった山姥切はなにやら長谷部に恨み言を呟いたようだが、言われた方は聞く気もなく受け流す。

「しっかしなんでこんなに苛立っていたんだろうね。ここまでなるのは珍しいけどさ」

「そんなことまで俺が知るか」

 

 

「どうやらどうじょうのさわぎはおさまったようですね、しずかになりました」

 三条の者達のくつろぐ部屋で座卓に頬杖を突きながら、今剣は道場の方にぼんやりと視線を投げていた。

 向かい側に座っている岩融が大きく頷く。

「山姥切殿が道場破りを仕掛けたと耳に挟みましたが、めずらしいですね。何かあったのでしょうか」

 長い毛並を櫛で整えながら小狐丸が問う。

 「たいちょうがどうじょうやぶりですか。そうですか・・・それでみかづき、あなたはなにをしたのですか?」

 すっと今剣が目を細めて視線をあげた。障子を開けたその先の廊下にちょうど三日月が茶道具をのせた盆を手に歩いていくところだった。

「なんのことだ?」

 立ち止まった三日月は部屋の中へと笑顔をむけた。こちらはまた機嫌がよさそうだ。

 彼と長い付き合いの三条派の者達はその笑顔の意味することを暗に悟って大きくため息をつく。

 彼らは黙って視線を交わすと、まず小狐丸が口を開いた。

「総隊長・・・山姥切殿に何かされたでしょう」

「おや、ずいぶんな言いがかりだな。大したことはしておらぬよ。途中で邪魔も入ったことでな」

「大したって、やはり何かしているではありませんか」

「戯れただけだ。気にすることでもあるまい」

「貴方の戯れは悪趣味すぎるのです! いつも貴方がその調子だから我々までが主殿に変な目で見られるのですよ」

「あの主はそんなことは気にせぬよ」

「わからぬではありませんか! 疑われそうなことはおやめください」

 激昂した小狐丸が手のひらで机をたたいた。小狐丸とて主基準のその主観は見事にぶれていない。

みかづきはかくしんはんですもんね」

「わかっているからこそ、性質が悪い」

 今剣も岩融もそろって冷ややかな目を注ぐ。

「なにをしたかはききたくないのでききませんが、ぼくたちさんじょうがほりかわはににらまれるのだけはやめてくださいね。あのひとたちいつもはにこにこしているのに、おこらせるとすごくこわいんですよ。まんがいちのときは、あなたひとりでせきにんをとってください、みかづき

「なに、そなたらに迷惑はかけぬよ」

「その言葉こそが信用なりませぬ」

 かみつく小狐丸にふっとあざ笑った三日月はそれ以上何も言うことなく去って行ってしまった。

 黙って見送っていた今剣が投げやりで胡乱な目で小狐丸を見やった。

「ではしゃざいがかりはこぎつねまるでけっていですね」

「なんで私があやつの尻拭いをしなければならないのですか!」

「石切丸は主殿の補佐で日々忙しいからなあ。今剣と俺は出陣部隊に組み込まれて本丸にはおらん。だとすれば今、我らが三条では任のないお主しかおるまい」

「がんばってくださいね、ぼくたちのみらいはあなたにかかってるんですから」

「ですから謝罪は私ではなく、張本人の三日月にやらせるべきではないのですか!?」

「いまみかづきがいってもひにあぶらをそそぐだけです」

「うむ。それにあやつが素直に行くわけはないだろうが」

 がっはっはと岩融が豪快に笑った。今剣が立ち上がってぽんと小狐丸の肩を叩く。

「ではみかづきのことはたのみましたよ」

                                                                                               ・・・to be continued ? 

 

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