ゆめうつつ

刀剣乱舞・文豪とアルケミスト関連の二次小説。主にコメディ中心。

秘宝の里 ~隊長 三日月宗近~

「はて、この箱はなんだ?」

 どこからどう見ても何の変哲もない箱である。上に丸く穴があけられているほかは外に何も書かれていない。頭をくぐらせて下まで覗いてみたが、そこにまた穴があるわけでもない。

 それともこの穴の中に何やら罠が仕掛けられているとでもいうのだろうか。

 袂で口元を隠しながら三日月宗近は目の前の箱を見つつ、思案した。

「なにを難しく考えているんだ、三日月。この箱から一つ玉を取ればいいだけだ」

 いつまでも悩んでいる三日月に、箱を抱えた山姥切国広が苛立たしげに言い放った。

 彼の背丈で抱えるほどの箱は軽々と抱えられているように見えるので、大きさの割には重くはなさそうだ。彼の言う通り玉を一つとるのはたやすい。

 だがそれではつまらぬ。

 隠した口元の端をわずかに上にゆがめ、三日月は目の前の彼に問いかけた。

「これは例の秘宝の里とやらの出撃順を決めるためだと言っておったな。このような簡単な方法ではなくもっとおかしげなものにしなかったのか?」

「おかしげなものってなんだ」

 常ならばたやすいことでは表情を変えない彼の顔がかすかにひきつった。これは上々。

 三日月は右に少しだけ首を傾げ、ふわりと笑む。

「先日鶴めがなにやら楽しい催しをしていたではないか。俺の時もあるのかと期待していたが、今度はお主が考えてくれたのか」

「は? そんなものあるか。だいたいあんたは鶴丸の仕掛けたとんでもない饅頭でも食いたかったのか? 万が一、あんたがあの激辛のやつを食べたらただじゃすまなくなるからやめてくれ」

「ほう、国広は俺のことを心配してくれているのか」

「違う! どうしてあんたはすぐ違う方へ話をはぐらかす。俺が言いたいのは前回みたいな面倒事は起こしたくないから、このくじでさっさと順番を決めることになったと言ってるんだ。これは主からの指示だからな」

 徐々に山姥切の声が荒くなっていく。徐々に湧き上がる怒りからか、頬がかすかに紅潮している。

 こちらがからかえばからかうほど、山姥切が自分自身を隠すために作った仮面のような作り物の表情がはがれてゆくのだ。

 ほんにお主はからかいがいのある。さてどこまで攻めるか。

 三日月は箱の穴を指さしてとぼけたふりをして問う。

「この中に罠でも仕掛けてあるのではないか?」

「だからそんな面倒なことするわけないだろ。いいかげんにしろ、三日月。あとがつかえているんだ、さっさと引け!」

 山姥切の目つきがかなり鋭くなってきた。蒼が溶けた翠の瞳が伏せれられて深く濃い色に変わってゆく。これは彼が本気で怒る手前の眼の色だ。

 今日はなぜか彼の怒りの沸点が低いらしい。仕事続きで疲れておるのか。

 まあ、このくらいが潮時か。もうすこしからかっていたかったが。

「わかった。これに手を入れて玉とやらを取ればよいのだな」

「ああ、そうだ」

 彼の肩の力が抜けたようだ。こちらが素直に箱の中に手を差し入れたのを確認したからだろう。おざなりに返された言葉もかすかな安堵がにじむ。

 箱の中へ三日月は手を差し入れた。その時少しだけ上目づかいに彼の顔を見上げる。

 山姥切はと言うと持っている箱に注意が向いているせいか、こちらが見ていることには気づいていない。無意識に肩の力を抜いたその顔は普段よりも幾分幼く見える。

 気を張っているあの顔は作り物か。自分と相対する時は隙のあるこのような表情などほとんど見せてはくれぬ。

 そう思い至った時、なぜか胸がざわついた。

 箱の中を探っていた指先が丸い何かに触れた。指に触れるいくつかの中から一つだけを引き上げる。抜き出したそれを山姥切もじっと見つめた。

 白く丸い玉に書かれていたのは壱という数だった。

「あんたが先陣か」

 山姥切がその言葉を口に出したあとに、厄介だなと声に出さず唇だけが動いたのが読めた。隠すかのようにあえて言わずにいたことが少々不愉快で、先にこちらから言ってやった。

「何が厄介なのだ」

 気付かれていないと思っていたのだろう、ややうつむき加減で考え込んでいた彼の顔が跳ね上がった。まっすぐ自分を見つめたその眼に映るのは驚きと狼狽の感情の色。

 顔を隠すように俯いているいつもなら、布に遮られて俺からは見ることはできないその顔が、こうやって向こうから見上げられるとよく眺めることができる。

 恥じるほどでもない。むしろその姿に自信を持ってよいくらいだ。堂々と晒せばよかろうに、それができぬところがこの山姥切国広という刀に刻まれた定めというものなのだろうか。

 俺にもそういうものがないわけではないが、まあよい。

「言ってみよ、国広。それとも俺に言えぬ理由でもあるのか?」

 山姥切はぐっと喉を詰まらせた。こちらを見上げたその眼が逡巡を表すかのように左右にかすかに泳いだが、唇と軽く噛み締めると毅然として見つめ返してきた。

「あんたの力量を疑っているわけじゃない。隊を率いる刀としてなら俺なんかよりずっとふさわしいはずだ。だが俺が厄介だと言ったのは、あんたが必要とされる楽器が他の奴らと比べて面倒なものが多いからだ」

「なんのことだ? 楽器とな?」

「待て、あんたさっき配られた資料を読んでるのか」

「これのことか?」

 懐を探ってまったく手を付けていない書類を取り出した。折り目もしわも一切ない。渡された時のままのそれを見て、山姥切は肩を震わす。

「だからあんたはさっきからすっとぼけた質問ばっかしてきたんだな。道理で話が通じない訳だ!」

「おや、これは先に読むべきものだったのか」

「当たり前だ」

「だがこのように細かな字で書かれている文章は読みづらくてな。代わりにお主が読み上げてくれぬか?」

「なんで俺がそこまでしなければいけないんだ。そのくらい自分で読め!」

 勢いに任せて一気に叫んだ山姥切は荒く息を吐くと片手を額に当ててがっくりとうなだれた。

「なんだか不安になってきた。あんたが先陣で本当に大丈夫なのか」

 その顔は明らかに青ざめている。今までのやり取りがどうやら彼の不安をあおったらしい。

 なぜそこまで言われなくてはならないのかわからない三日月は少々不服げだったが、ふと何かを思いついたのか突然満面の笑顔を浮かべた。

「そこまで言うのであればお主も俺とともに出陣すればよいではないか。うむ、副隊長が国広であれば俺も心強い」

「だから勝手に決めるな。だいたい俺はあんたと一緒になんか・・・」

「いいのではないか。貴様もたまには誰かの下につく経験も必要だろう」

 抗議する山姥切の言葉を後ろから響いた冷静な声が遮った。

 勢いよく振り返った彼は邪魔をした声の主をきつい目線で睨みつけた。

「長谷部、あんたには関係ない」

 いつの間にそこにいたのか、すぐ後ろに立っていた長谷部が顔色一つ変えず淡々と話しだした。

「たしかに貴様個人のことには関係ないが、これが本丸全体の益となるのであれば話は別だな。たしかに隊長は誰よりも長く務めている貴様だが、そのせいで誰かの下につくことはないからな。たまには他の奴の下についてその指揮を学ぶのも悪くはあるまい」

「だからと言って三日月と一緒には」

「おや、俺では不服か」

 三日月の言葉に山姥切ははっとして向き直ると、明らかに気まずい顔をして目を逸らした。

「そういうわけじゃないが・・・」

「他人のふり見てわがふり直せ、とは違うが、そこの三日月は本丸ではこれだが戦場では別人のように変わるぞ。傍で見ておいて損はない」

「長谷部の。お主も言い方には気を付けた方が良いのではないか」

 棘のある物言いに三日月は文句をつける。だが長谷部は涼しい顔でそんな抗議など歯牙にもかけない。

「俺は見たとおりにしかものは言わないからな。戦場での貴様の働きぶりは見事だが、それが本丸でとなると役立たずというのは当初から変わらん。評価を変えてほしければもう少し仕事と規則を覚えろ」

「それについては俺も同意見だな、三日月」

「む、国広まで言うのか。ひどいではないか」

 意味ありげな視線を長谷部だけではなく山姥切にまでむけられて、三日月はへそを曲げた。

「とにかくこの件は俺の方から主に伝えておく。あの主のことだ、それは面白いですねとでも言われて即賛同するのは間違いない。貴様は三日月と出陣の相談でもしておけ」

 それだけ言うと長谷部はさっさとその場を後にした。

「だから勝手に決めてさっさと伝えるな。長谷部、おい!」

 山姥切の制止の声も全く聞いていない。実力行使で止めようと追いかけかけたその背に三日月が声を放つ。

「部隊を構成する隊員の選択は隊長にその権限が一存される、であったな」

 その言葉に動き出そうとしていた山姥切の足がぴたりと止まった。動きの悪いからくりのように顔をこわばらせてゆっくりとこちらを振り返る。

「あんた、都合のいいところだけ聞いていたな」

「使えるものは遠慮なく使わせてもらうのが俺の信条よ。それにこれはお主が言っていたことであろう。二言はあるまい。そういうわけでこたびの出陣はよろしく頼むぞ、副隊長殿」

「くっ・・・わかった」

 

 

 出陣ゲートの鳥居の前に集まった山姥切はこれで幾度目かわからぬため息をこぼした。

「憂鬱だ」

 あれからというもの三日月に呼び出されて出陣の手伝いをほぼすべて自分がとり行った。間に彼が入る分、自分が隊長として出陣するよりも余計な手間がかかるのはなぜだ。

 準備に手間取りすぎて危うくこの集合時間にすら間に合わなくなりそうだった。

 ぐったりとした山姥切とは正反対に三日月はえらく上機嫌だった。時折、こちらに笑顔を向けてくるので、睨みつけてやる。

 三日月が選んだという奴らも気を重くさせる原因の一つだ。

 よりにもよって大典太光世、数珠丸恒次という天下五剣の二振りを入れてきた。本人いわく、大包平も入れたかったが、声をかけてみたところ即全力で拒否されたと嘆いていた。手合わせやら内番やらでことあるごとにからかっていれば当り前だ。

 そして残りの枠の隊員はと言うと。

「よろしくおねがいいたします、やまうばきり!」

 元気な声を響かせて今剣が大きく手を振って歩いてきた。その後ろには柔和な笑顔を崩さない石切丸がついてくる。

「今回三日月と出陣する三条は今剣と石切丸だけなのか」

「ええ、小狐丸も今回の楽器集めで隊長に任命されてますし、岩融はいつもように練度上げの方で別部隊に組み込まれてますからね」

「それにぼくたちはおめつけやくなんですよ、みかづきの」

 どこか不満げに言い放った今剣を山姥切はいたわりの眼で見つめ返した。

「ああ、あいつの見張りか。それは大変そうだな」

 なにげなくそう言った瞬間、ふっと彼らの雰囲気が変わった。なにかというのはわからない。ただ自分を見つめるそのまなざしから感情の色が消えた。

 山姥切は戸惑った。自分の何が彼らの癇に障ったのか。

 しばし無言だった今剣が大きなため息をついた。

「むじかくというのはこわいですね。あれだけやっていまいちつたわってないみたいですから。このぼくでもみかづきにちょっとどうじょうしてもいいかなとおもってしまいました」

「まあそういわないで。そこが彼のいいところなんだから」

 口を曲げてむくれる今剣を石切丸がなだめる。それを不思議そうに眺めていた山姥切が首を横に傾げた。

「俺のどこかがおかしいのか?」

 そこで三日月の名前が出てくることもよくわからない。

 答えをもらう前に、彼らのいるその場へ出陣の音が鳴り響いた。音を聞くや真剣な表情に立ち戻った今剣と石切丸はもうそれ以上この会話を続ける気はないらしい。

 気にならないと言えばうそになるが、今は出陣に集中する時だ。

 鳥居の前で隊長である三日月が佇んでいる。

 足を前に踏み出し、意を決して彼の脇に並ぶ。顔を見ると月を宿したその瞳がまっすぐこちらを向いていた。口元はゆったりと笑み、こちらの決意を促している。

 上等だ。あんたの前で無様な姿など見せたりはしない。

 たとえ血まみれになろうとも俺は俺の戦い方を貫くのみ。

 あんたには負けない。

 鳥居の内側の空間が揺らぎ、秘宝の里への入り口が開く。

「では参るか、山姥切国広」

「ああ、あんたの戦いをみせてもらうぞ。三日月宗近

 

 

2017年 秘宝の里 水無月

 第一陣 隊長 三日月宗近

        山姥切国広

        数珠丸恒次

        今剣

        石切丸

        大典太光世

出陣回数 65回 笛 12個 琴7個 三味線10個 太鼓10個 鈴7個

 

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