ゆめうつつ

刀剣乱舞・文豪とアルケミスト関連の二次小説。主にコメディ中心。

秘宝の里 ~隊長 燭台切光忠~

「そういうわけで僕が隊長になって秘宝の里に出陣することになったから、しばらく厨房の仕切りは頼めるかい? 歌仙君にばかり負担をかけるようになってしまうけど、帰ってきたら僕も手伝いくらいならできるから」

 朝食用の味噌汁をかきまぜながら燭台切は申し訳なさそうに言った。手元の鍋からは温かな湯気と丁寧にとられた出汁のかぐわしい香りが厨房に漂う。

「いまさら何を言っているんだい、燭台切」

 隣で玉子焼きにするための大量の卵を割っていた歌仙は手元から視線を外して怪訝な面持ちで燭台切を見やった。

 これだけたくさんの刀が集まった本丸の一介の食事の量は膨大だ。歌仙の目の前にある卵はゆうに百を超える。これをすべて割って入れるボールの大きさも尋常ではない。それでも彼は手元を見ることなく、話している間も手も止めずに実に見事に卵の中身だけをボールに割りいれてゆく。

 軽快に卵を割りながら、さも当然という顔をして歌仙は言い切った。

「それは主の指示だろう? むしろ君の番が来て僕は喜ばしいくらいだね。こちらのことは気にしなくてもいいよ。久々の出陣だろう、君は存分に戦ってくるといい」

「そう言ってくれると気が楽になるけど、でもやっぱり心配だよ。みんなの食事を君だけで三食すべて作れるのかなって」

「だから大丈夫だと言っているだろう。ここには手伝ってくれる者はたくさんいるからね。こんな時にために君がこの本丸へ来る前から僕はみんなを厨房で使えるように厳しく仕込んできたんだから」

「仕込んでって・・・歌仙君」

 おたまを持ったまま、何とも言えない顔をして燭台切は苦い笑いを浮かべる。その時厨房の入り口に朝から元気な声が響いてきた。

「あ、遅れてしまいましたか。朝食の手伝いに参りました」

「僕の支度に手間取ってしまって、ごめんなさい」

 今日の朝食当番は彼らか。遅れたと言っているが、実は今の時間は当番で決めた開始時間よりほんの少し遅いぐらいだ。

 さわやかな声を響かせる平野藤四郎と、申し訳なさそうに謝る秋田藤四郎に向けて歌仙は優しい笑顔を向けた。

「大丈夫だよ。今日は僕たちが早めにはじめてしまっただけだから」

「早めにというと何か急ぐ理由でもあるのでしょうか?」

 心配そうに問う平野に歌仙は苦笑する。

「いや、今日から新たな任務で出陣する部隊があってね。戦支度のある彼らのために早めに朝食を用意しておこうと思っただけだよ」

「それではなおさら急がないといけないのでは」

「いや、どうやら出陣部隊も食堂には来ていないし、まだ余裕はあるみたいだからね。ただいつでも食べれるように準備だけはしておかないと。君たちには早速だけどそこにあるきゅうりを薄切りに切って塩を振っておいてくれないかな。小鉢用の塩もみにするんでね。あとそこの駕籠に盛ってあるナスをいちょう切りに切ってほしい。こちらは味噌汁用だよ」

 歌仙の指示に平野は明瞭な声で了承した。

「わかりました。では手を洗ってさっそく手伝いを始めましょう」

「あの、歌仙さん。僕まだきゅうりの薄切りが苦手なんで、なすの方を切ってもいいですか?」

 秋田がきゅうりが山と積まれた籠を見ながら歌仙に尋ねた。彼らの会話を燭台切は調理する手は止めずに耳をすませて聞いている。

「だけど苦手だからとやらないでいるとうまくはならないよ。多少不恰好でもいいから練習だと思って丁寧に切ってごらん」

 歌仙ははっきりと諭すように言ったが、その言葉には相手にやればできるという自信を持たせるような優しさがあった。

「はい、頑張ってみます」

 それはしっかり彼にも伝わったらしい。ぐっと手を胸の前で握って気合を入れた返事をした秋田は平野と共に手を洗いに流しへと向かった。

「短刀たちには優しいよね、歌仙君」

「そういうつもりでもないんだが。ただ彼らには厨房のことを憶えようという熱意があるからね。こちらが細かく教えたこともちゃんと吸収してくれるから実に教えがいはあるよ。初めからいる子なら僕に代わって簡単な食事くらいは作れるようになっているしね」

「それならちょっと聞くけど、教えるのに苦労しているのって誰かいるのかい?」

「・・・それはもちろん太刀勢かな。もちろん例外もいるよ。だが彼らのほとんどが初めから覚える気もなければ、ただ単純に食べることにしか興味はないようでね。手伝いよりも厨房の目新しいものを見つけてはすぐ気を散らすし、少しでも難しいことを頼めばできないとすぐ文句を言うし、それになにより僕が許せないのはなんでもすぐつまみ食いをするんだよ。初めは僕も我慢はしていたが、つい力に訴えたくなってしまってね・・・」

 自分には覚えがないからおそらく来る前の事だろう。だがその時の惨劇がなぜか容易に想像できて燭台切は何も言えずに瞠目した。

 だから厨房の手伝いに太刀の彼らが入ることが少ないのかと納得する。たとえ来たとしても短刀の子たちが出陣などで出払っていて極端に手が足りない時くらいで、しかも初心者でも簡単にできる手伝いくらいしかさせないのはそれが原因だったか。

(僕らの本丸では山姥切君と長谷部君がなにかあるとよく刀を手にしがちだけど、実は歌仙君も彼らと同じなんだよねえ)

 しかもみなの胃袋を握りなおかつ生活面を知られている歌仙の方が、実は怒らせると怖いかもしれない。前の主の影響と言うが、それだけではないような気がする。

  そんな歌仙だけに自分の留守中の厨房を任せるのも何か問題を起こさないか気になったが、決まったことは覆せない。

 自分にできることは早く必要な楽器をそろえて終わらせることだけだ。

(それに僕も厨房で料理するのが好きだからね)

 刀の姿であったときはただ見ているだけで。あの時から少しずつ人の生活に興味を抱いていたのかもしれない。

「ああ、そういえば燭台切、一緒に出陣する者はもう決まっているのかい」

 いつの間にか平静に戻った歌仙の声に、燭台切は我に返る。

「うん、一応伊達のみんなを入れて組んでみたんだけどね」

「伊達・・・ね」

 歌仙の雰囲気が再び不穏な気配を帯びる。それを敏感に感じ取った燭台切はしまったと目を閉じた。今の歌仙に伊達のみんなの話は禁句だった。

 卵をかきまぜるその規則正しいはずの音が少しずつ乱れてゆく。穏やかなのを装った声が低く耳に届く。だがその声は明らかに不機嫌だ。

「君が彼らを連れて行ってくれるならかまわないよ。こっちも本丸をかき乱されなくて済むからね」

「この前の鶴さんのいたずらについては君にもすまないと思っているよ」

 あまりにも気配が怖すぎて顔も見れない。網で焼いている魚に目線を落したままひっくり返す。

「あれについては君が謝る必要はないだろう。彼だって責任のとれる個人だよ。それに僕と一期とで見張りながら今も罰当番をやらさせているしね。ただ一切いたずらをしようとしないであまりにも真面目に毎日当番をしているのが不気味なんだが」

「真面目にしてても疑われるているの。鶴さんったらどれだけ信用をなくしているんだか・・・」

「彼が信用してもらおうなどと考えて行動したことはあったかな? 僕には覚えがないんだけれど」

「ちょっと歌仙君、包丁、危ないから下ろして」

 包丁の切っ先を上に向けたまま笑顔でこちらを振り向いた歌仙を必死に止めた。しぶしぶとまだ不満げに包丁をまな板に置いたのをみて、燭台切はやっと息をつく。

「とにかく鶴さんはしばらく僕が責任もって面倒をみるから」

「まあ、君が彼らを連れて行ってくれるならこちらとしては構わないよ。伊達の刀たちの扱いは君が一番慣れているのだろうけど、鶴丸だけではなく、彼もとなると負担が大きすぎるんじゃないのかな」

 ふいっと背を向けて歌仙は朝食の小鉢の盛り付けに集中する。その背はこれ以上のこの会話を続けることを望んではいなそうだ。

 自分とは厨房での仕事を通じて歌仙と仲良くなったとはいえ、それが同じ伊達の刀たちに対しても同じとは限らない。彼は隔たりのある者たちの話題になると、突如壁をつくり、こうやって物言いが高圧的になる。

 それが彼なりの己を守るための防御壁だと知っているから自分は気にならなくなったけど、でも知らずにまともに受け取って喧嘩になってしまう者だっている。

 政宗公の一振りである大倶利伽羅。孤高を貫く伊達の刀は特に歌仙とそりが合わない。話も、戦い方も、ある意味二人は対照的だ。

(だけど加羅ちゃんも加羅ちゃんで自分で慣れあわないとか言ってるからねえ)

 気が合うとか合わないとか、そういう次元じゃなくて初めから、そう出会った時からたぶんこいつとは関わりたくないと感じてしまったのか。歌仙は心を閉ざして極力関わらないようにしているし、大倶利伽羅もまた歌仙の存在を気にするでもなく自分から話しかけるなどまずありえない。

「延享の江戸への出陣も、いそがしくて最近行けなくなったから困ったな」

 あの出陣で完全に仲たがいしてしまった彼らは以来本丸でも出会えばぎすぎすした雰囲気をあたりにまき散らす。あまりのひどさに長谷部から他の奴らへの悪影響だからなるべくあいつらを一緒にするなとなぜか燭台切に文句が来た。

 だが出陣のなくなった歌仙はいつも本丸の厨房で忙しいし、大倶利伽羅はふらりと自分だけでどこかへ行ってしまうので食事の時さえ気をつければ接点はない。

 それでも燭台切はこのままの状態がよいとは思ってはいなかった。

(小夜君と貞ちゃんと彼らの仲直りの方法を探していたところだったんだけど、なんかいいものを見つけたかな)

「僕も何か考えないとねえ」

「何を独り言を言っているんだ燭台切。魚を網から上げないと焦げてしまうよ」

 いい塩梅に焦げ目のついた魚からかすかに焦げのようなにおいがしはじめていた。

「ああ、ごめんよ」

 急いで網から上げて並べていた皿の上に移す。作業台いっぱいに並べられて盛りつけられた焼き魚をはじめとした皿の数々は実に壮観だった。だがこれが朝だけであっという間に皆の腹の中へ消えてしまう。

 作るのは楽しい。美味しいと喜んでもらえればなおうれしい。

 食べ物とは誰の顔も笑顔にできるものだ。たった一品の料理で争っていた人の心すら和ませる力がある。

 あの政宗公も美味しそうに食べるみなの顔を見たくて自ら包丁をふるっていたのだろうか。今の僕のように。

 ちらりと眼だけを動かして、燭台切は料理を運ぶ平野達に配膳の指示を出している歌仙へと視線をうつした。

(料理か。僕の得意なもので二人の間のわだかまりをほどくことができたなら。試してみてもいいかもしれないね。ただ歌仙君が喜びそうなものって何かなあ)

「燭台切さん、他に運ぶものはありますか?」

 厨房ののれんを手でのけて顔を出した信濃をはじめとした短刀たちが何か自分たちにも手伝うことはないかと尋ねてきた。食堂もだいぶ集まってきたようだ。

「じゃあ、こっちの魚も頼めるかい。足りない分は今焼いているから、先に来ている席に配って」

「はーい」

 威勢良い返事をして短刀の子たちが次々と皿を運んでゆく。

 にぎやかな本丸の朝がまた始まろうとしている。今日からおそらく自分も出陣することになるだろう。

 絶妙の焼き加減で燭台切は魚を箸で表に返す。いい匂いがみちる厨房、にぎやかに食器が触れ合う食堂、そして交わされあうおはようといただきますの挨拶。

 いつもと変わらない朝の光景。だけど今日という一日は決して昨日と同じではない。

 前に進んでゆく、僕たちは人と同じように。

 

 

 秘宝の里へ出陣する前の、厨房の主である燭台切と歌仙のやり取り。

 現時点で伊達と細川の回想は途中までで最後まで回収しきれていないのを前提としています。

 秘宝の里で太鼓が出なくて、時間かかりました、本当に。

 

 2017年水無月 秘宝の里

  第二陣  隊長 燭台切光忠

          大倶利伽羅

          鶴丸

          太郎太刀

          髭切

          膝丸

  出陣回数 83回 笛15個 琴10個 三味線13個 太鼓5個 鈴7個

 

                                               = TOP =