ゆめうつつ

刀剣乱舞・文豪とアルケミスト関連の二次小説。主にコメディ中心。

秘宝の里 ~隊長 鶯丸~

「これから出陣でしょうか、鶯丸様」

 支度を済ませ自室を出ようとしたところで声をかけられた。

 眼下で耳のあたりで切りそろえた茶色の髪が動きにつれて揺れる。粟田口が一振り、平野藤四郎がめずらしく戦装束に身を包んだ鶯丸の姿を目にしたためか、丸くした瞳に驚きの色を浮かべている。

「ああ、そうだ。主の命令でな、秘宝の里とやらに行かねばならないらしい」

 鶯丸をじっと見上げていた平野の顔が不意に柔らかくほどけた。

「なんだか、とてもうれしそうですね」

「そうか? 俺はさして変わっていないつもりだが」

「いいえ。どことなくお心が弾んでおられるのが私にもわかります。もしやこのたびの出陣、あの方もご一緒ではありませんか?」

 他の者の心の機微をよくわかる刀とは思っていたが、こうもたやすく見抜かれるとは。鶯丸はかすかに口元で苦笑しながら肯定を示すように頷いた。

「ああ、やっと俺と肩を並べられるまでに人の身体に慣れたようなのでな」

 待ち望んだ彼が顕現してから、ただ待ってきた。

 その言葉の意味するところを察した平野もまた喜ばしいと笑顔になる。

「強くなるための努力は決して惜しまない方ですからね。これほど短期間で急成長するとはと、出陣に同行していた兄弟たちも驚いていました」

「君たち兄弟にはだいぶ世話になったみたいだな。だがそれをあいつには言わないでくれ。誉められればすぐ図に乗って手が付けられなくなる」

「あの、前から思っていたのですが、聞いてもよろしいですか?」

「うん、なんだ?」

 ほんの少し目をそよがしてどういうべきか迷うそぶりを見せた平野は言葉を選びつつ問いかけてきた。

「鶯丸様はあの方が顕現する前はいつもそばにいるかのように語りかけていたではありませんか。あのご様子から察するにさぞかし仲の良いご兄弟だろうと前田たちと話していたのです。ですが実際にあの方がこの本丸に来られてからというものの、存外厳しいお言葉ばかりかけていらっしゃるように思えて。いえ、他の刀派のことは私たちにも深くうかがい知れないことはありますし、それがお二方の親愛の印なのかもしれないかと・・・」

「なるほど。俺があいつに冷たいとそう言いたいのだな」

「いえ、決してそのような!」

 慌ててさっきの言葉を否定しようとする平野に鶯丸は鷹揚に頷いた。

「それは事実だから仕方がないな」

「え?」

 あっさり肯定されて目を見開いた平野の動きが止まる。

「いったいどういう意味で」

「ああ、それはだな・・・」

 説明しようと口を開いたとき、どこからか聞きなれた怒声が響き渡った。

「鶯丸、話がある。どういうことか説明しろ!」

 大音声を響かせて長身の大包平が鶯丸の元へやって来た。

「騒がしい奴だな。今度はなんだ?」

「部隊編成の件だ。次の出陣では貴様が隊長だと。どういうことなんだ!」

 食って掛かる激しさは彼の燃え立つ赤い色によく似合う。だがいくら怖い顔で睨まれようが鶯丸には慣れきっているのでひるみもしない。

「主の命令だ、といっても納得はおまえはしないだろうな。この秘宝の里への出陣は近侍曲とやらがもらえる奴が隊長となって楽器を取ってくるそうだ。今回は俺が含まれていたらしい。ちなみに大包平、おまえのはまだだ。残念だったな」

「なぜだ。俺はかなり練度とやらを上げたぞ。まだ足りないというのか!」

「そう急くな。お前の番もいずれ来るだろう。しかし俺が隊長なのがそんなにいやなのか? それが不服なら他の隊へ行けばいいだろうが。たしか三日月宗近から熱心に勧誘されていたのではないか?」

 三日月宗近と聞いて大包平の額に青い血管が浮かび、顔は忌々しげなしかめ面になってしまった。彼は吐き捨てるように言った。

「あのじじいの配下で戦えるか。いくら断ろうがしつこく脅しまがいに誘われていただけだ。あの天下五剣に背を預けるなど俺には出来ん!」

「そうか。出陣したければ俺の隊で我慢するんだな」

「・・・っ!」

 笑みを浮かべたまま顔色一つ変えない鶯丸に苛立ったのか、大包平は大きく舌打ちをして踵を返した。

「主にこの俺を隊長に任じてもらえるよう直訴してくる」

「まあ無駄だとは思うが、おまえの好きにすればいい」

 余裕の顔で止めようとはしない鶯丸にさらに苛立ったのか、大きな足音を響かせて大包平は審神者の部屋へと行ってしまった。

「もうすこしお優しくされてもよかったのでは?」

 大包平がいた間は控えて会話に割り込むことのなかった平野が、恐る恐るといった様子で聞いてきた。

「あのくらいではまだ足りないくらいだな。そう言えば先ほどの君の質問だが、あいつは怒らせた方が伸びる奴だからだ。自分の未熟さを他から指摘された時ほど欠点を克服しようと燃え上がる。誰にも負けないという気概こそが大包平の強さの源だからな。天下五剣を超える刀よとただ褒めちぎるだけではあいつはそこまでの刀になってしまうだろう」

 他人の評価がどうであれ、天下五剣の称号などなくても己は己だと悟れるほど強くなるまで。その道は果たしてどれだけ遠いかわからないが。

「なるほど。そのようにお考えなのですね」

 勉強になりましたと律儀に小さく平野はお辞儀した。

「では出陣の準備のお邪魔になるといけないのでこれで失礼いたします。ご武運をお祈りしていますね」

 丁寧に出陣を言祝ぐと彼は反対の方角へと去って行った。

 半分冗談のつもりだったかが予想外に真面目に受け取られたようだ。確かにそう思っているが、それ以上にからかって大げさに反応する大包平の表情を眺めたいだけなのかもしれない。

 出陣の集合場所である鳥居へ向かおうと廊下を歩いていると、向こうから先ほど噂した三日月が歩いてきた。これまで出陣していたのか相手は戦装束を解かぬままだ。

 何を考えているかわからない顔が鶯丸を見て花をほころばせたかのような笑みを浮かべた。

「おや、鶯丸ではないか。次の出陣はお主か」

「あいにくな。そちらはもう終わったのか?」

 戦場でいくぶんくたびれた衣装を見渡して三日月は苦い顔で笑う。

「ああ、これでもだいぶ里をまわったぞ。どうしても鈴とやらが出なくてなあ。俺が太鼓ばかり見つけてくるものだから、山姥切めが怒ってしまってな。戦いの最中もずっと文句を言われ続けたぞ」

「それにしてはずいぶんと楽しそうではないか、三日月。おまえの顔が嬉しくてたまらんといっているぞ」

 鶯丸が指摘すると三日月はほんの一瞬真顔になったが、すぐに人をはぐらかすような笑みが口元に浮かんだ。

「背中を任せられると思うた者と共に戦うのは、これほどまでに心強く、胸が熱くなるものなのだと知ってしまったからなあ。ようやっと相棒が来たお主もそう思わぬか?」

「まあな。ただ俺の方はまだ預けられるにはいたってはいないぞ」

 練度はともかく心身の方がまだ未熟だ。横綱といわれる刀であればもっと心構えからどっしりと性根を据わらせておけばいいものを、いまだに些細なことで激昂するのが欠点か。ただそれが大包平の面白いところでもあったが。

 普段は自分にも他人にも鷹揚なのに、なぜか身内にだけは点の辛い鶯丸に三日月はただ笑うばかりだ。

「手厳しいな。ただあやつも少しはできるようになっておろう。そうだ、出陣祝いにこのじじいが手合わせの再戦を望むと伝えてくれ。多少はつかえるようになっただろうなと言ってな」

「戦場であいつを燃え上がらせる申し出をすまないな、三日月」

「なに、これより隊長として出陣するお主へのほんの手土産よ」

 さらりと言い置いて三日月は何もなかったかのように行ってしまった。

 審神者の部屋のあたりから、大包平が激昂する声が聞こえた。他の刀たちとの怒鳴りあう声が本丸に響き渡っている。無駄だと分かっていることにどうしてあのように力を入れられるのか。

 にぎやかな奴だ。あいつがいればこれからも飽きずに済むに違いない。

「本当にあいつは俺を退屈させてくれない奴だな」

 

 

2017年秘宝の里 水無月 第四陣

 隊長 鶯丸

    大包平

    次郎太刀

    御手杵

    同田貫正国

    小烏丸

    

出陣回数41回 笛6個 琴3個 三味線9個 太鼓2個 鈴2個

 

太刀 鶯丸 二〇一七年六月二四日 練度最高値到達

 

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