秘宝の里 ~隊長 一期一振~
「今回私たちの出陣が遅れたことについて燭台切殿から直接謝罪の言葉をいただきました。ですから彼を責めてはいけませんよ」
一期一振は弟たちを前にして神妙に告げた。彼らもまた尊敬する長兄の言葉を真面目に聞いている。
その中で前列に足を崩して座っていた厚が手を上げた。
「それは俺も聞いたぜ。燭台切さんは俺たちへのお詫びに豪華特盛パフェってのを作ってくれるってさ。ちなみに好きな具や味のリクエストも受け付けてくれるって言ってたぜ」
「燭台切殿にはかなり気を使わせてしまっていますね。申し訳ない」
ここまでしていただかなくてもとうなだれる一期に、短刀なのになぜか大人びた口調の薬研が助け船を出した。
「燭台切の旦那もずいぶんへこんでるみたいだからな。くれるっていうならありがたく受け取っておいてもいいと思うぜ。その方が向こうも気が楽になるんじゃねえか。弟たちもあんなに喜んでいるしな」
彼らの後ろでは早くもどんなのにするか話し合い始めていた。その他愛のない無邪気さに緩みかけた顔をいけないと引き締める。
「では本題ですが、今回の私が隊長を務める部隊はこの粟田口で編成してほしいと主から命じられています。残り五枠、布陣を決めなければなりません」
一期のその言葉に彼らはピタリと口を噤んで、長兄をじっと見つめた。沈黙が下りる中、誰かが口を開いた。
「それは練度が高い順で決めるの?」
どんな状況でも物怖じしない信濃が純粋な興味本位で尋ねてきた。すぐさま傍らにいた後藤が反論する。
「あほか。極と特じゃ練度が同じでも能力に違いがありすぎるだろ。だからといって基準もないからそう簡単に比べられるものじゃねえし」
「そろばん勝負にするばい。早く計算終えたもんが勝ちと!」
「博多、それはさすがに今回の件とは違うかと思いますが」
そろばんを持って宣言した博多に平野が困ったようにたしなめた。
弟たちは次々意見を言うが、新たな意見が出れば出るほどまとまらなくなってゆく。混沌としてきた話し合いにうんざりした薬研が助言を求めるように一期の眼を見つめ返した。
「これだけ意見が出たけれども、いち兄はどうしたいと思っているんだ」
彼の薄紫色の瞳が揺らぎもなく見つめている。気付けば他の兄弟たちもこちらを窺うようにじっと見ていた。
隊長として誰かを選ばなくてはならない。だが兄としては弟たちを優劣つけて選びたくはないという想いが大きくなってゆく。目の前に並ぶ弟たち、その誰もが愛おしい。
それでも選ばなくてはならない時がある。
一期は息をゆっくり吸うと意を決して軽く閉じた眼を見開いた。
「このたびの我らの部隊は殿軍。その出陣で手抜かりがあってはなりません。ゆえに今まで各部隊から送られてきた戦況報告に基づき、各々の適性と戦力を主に私は選抜したいと思います」
その力強い言葉に厚がニッと笑う。
「つまり実力重視ってことだな」
「そうこなくっちゃな」
甲高い音をさせて後藤が拳で手を打ち鳴らさせた。他の短刀たちもまだ修業に行けない包丁をのぞいて目を輝かせている。
その包丁は他の兄弟たちから与えられた菓子を抱えてご満悦であった。
短刀たちの後ろで膝を抱えて座っていた鯰尾は気負いたつ極の彼らとは反対に妙に落ち着いていた。
「じゃあ、俺たちは無理かな。極の弟たちには機動では絶対に負けるし」
残念と言っている割にはあっさりとした彼の物言いに、骨喰は不思議そうに首を傾げた。
「残念ではなのか、兄弟」
「まあそうだけどさ。だっていち兄と出陣できるのは今回が最後ってわけじゃないだろ。俺たちだってきっともうすぐ修行に行くからそのあとでもいいじゃないかな。今回は弟たちにゆずってさ」
「・・・なんか兄弟が真面目なことを言っている」
「なんだよそれ、俺が普段からいいかげんみたいじゃないか。さすがに鶴丸さんほどじゃないと思うけどな」
「そう思っていた。違ったか」
骨喰は本気でそう思っていたらしく、表情の乏しい顔に珍しく困惑の色が浮かぶ。それを見て鯰尾はがっくりと肩を落とした。
畳の上に広げられた書類を一期を中心として短刀たちが囲む。
「適性と練度を考慮すると、俺たちから出陣できるのは・・・」
薬研が戦力状況が書かれた書類を手に、紙へと名を書き写してゆく。
「まず厚、次に俺。あとは五虎、信濃、・・・げ、後藤もか」
「げってなんだよ、薬研!」
すぐさま怒った後藤は薬研の白衣をつかみあげてがくがくと上下にゆすった。
「いやあ、信濃と後藤がそろうといろいろと騒々しくて面倒っていうか。ってそんなに乱暴にするなよ、首が閉まる」
「ええ、俺も? 俺はただ後藤で遊んでいるだけなんだけどな」
頬に指を立ててかわいらしく首を傾げた。そのしぐさが逆にあざといと乱が常々言っている。
「後藤と、じゃなくて、後藤でってとこが問題なんだよ。後藤がいじられやすいってところがまず問題なんだろうけどな」
「結局俺のせいかよ!」
厚のつぶやきにすかさず後藤がかみつく。遅れて本丸に来たのに彼らにいじられ過ぎてつっこみの反応速度も驚異的に上がっていた。
互いに手を出し口を出し騒ぐ年長の短刀たちに一期は軽く頭痛を覚えため息をつく。
じゃれ合う短刀の兄たちを横目に五虎退がおそるおそる一期に近づいた。
「あのいち兄、すみません。その名簿に僕の名前があるんですけれど、僕は入れないんです。小狐丸さんの部隊に入れてもらったので、その・・・」
「そうでしたね、うっかりしていました」
一期はふわりと微笑むと、優しく五虎退の柔らかなくせのある髪の上に手を置いた。
「小狐丸殿の部隊には五虎退が相応しいからと選ばれたのでしょう。それは誇っても良いのです。私も弟が他の方々に認められるのはうれしいですよ」
「いち兄・・・」
顔をくしゃっとさせて泣きそうな顔で五虎退は笑んだ。
「はい、僕、小狐丸さんの部隊で頑張ってきます!」
五虎退が外れるのを受けて、薬研は再び名簿を睨みつけた。
「ここから五虎がいなくなると、あとは練度が横並びなんだよな。あそこは高速槍の攻撃がきついから、先制攻撃を取るか、防御力を取るかってところなんだが」
「まあ、最後はいち兄の判断次第ってとこだろうな。どうするんだ、いち兄」
彼らの後ろからその書面を見ていた一期は深く思案した。たしかに練度は横並びだ。弟たちはそれぞれ特性があるから一概に誰が強いとは決められない。ただあの里の敵よりも厄介なのは。
「決めました。部隊に入れるのは平野です」
「え、平野? なんでだ?」
困惑する厚をよそに、薬研が納得のいった口ぶりで一期を見上げた。
「なるほど、統率重視で選ぶんだな。この中では現時点で平野が一番上だからな。そうすると俺たちの刀装は・・・」
「あなたたちの刀装は銃で統一させます。主殿との戦略会議で白刃戦に持ち込む前に先制攻撃で敵を打ち払うのが有利という結論になりましたので」
短刀のみ装備できる銃の刀装は敵の堅い装甲すら撃ち貫ける。そのとなれば甚大な被害を与えられるだろう。
その方針の意図を実戦経験の長い弟たちはすぐに理解する。
「今回の部隊には大太刀配属なしだもんな。複数攻撃をこちらができない以上、先に敵の数減らした方がいいっていう訳か」
「厚、つまり残った奴らは攻撃される前に俺たちの機動で倒せばいいんだろ。やってやるぜ」
「俺は懐狙うのは得意だもんね!」
「信濃はいつもそればっかだな。おまえだけ敵に突出しすぎて逆に返り討ちにされるなよ。それに平野も秘宝の里は初めてだったな。だが俺たちについて来れば大丈夫だ」
「薬研兄さんも大変ですよね。僕も精一杯お手伝いしますから」
互いに頷きあった彼らはそれぞれに手を一期に差し出した。彼らの中心にいた薬研が自信に満ちた声で言う。
「じゃあ、行こうぜ。いち兄!」
「ええ、参りましょう」
差し出されたそれらの手を集め、一期もまた信頼を込めてにぎり返した。
2017年秘宝の里 水無月 第六陣(粟田口部隊)
隊長 一期一振
薬研藤四郎
厚藤四郎
後藤藤四郎
信濃藤四郎
平野藤四郎
出陣回数17回 笛2個 琴2個 三味線2個 太鼓1個 鈴2個
合計出陣回数272回 玉121591個
笛49個 琴32個 三味線40個 太鼓17個 鈴28個
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