ゆめうつつ

刀剣乱舞・文豪とアルケミスト関連の二次小説。主にコメディ中心。

秘宝の里 ~鶴丸国永~

「引け、鶴丸国永」

 有無言わさぬ強い声音と共に突き出されたそれを、鶴丸国永は何事かとじっと見つめる。きつく握りしめられた拳から突き出した一本の白いこより。何の意味がある、これは何かの罠か、それとも驚きへの招待状か。

 だがそれを持っているのが真面目な山姥切国広となると、ふざけたことなどするはずもないだろう。

 開け放たれた障子の向こうの庭からは張り合って鳴きあう蝉の声が耳にうるさいくらい聞こえていた。

 ああ、外はだいぶにぎやかだな。視線は差し出されたその一点に向けながらも思考は別のことを考えようとしている。

 この本丸に今年もうだるような暑さと共に夏がやって来ていた。

 何もしていなくても額に浮かび上がった汗がたらりと頬を伝って落ちる。

 鶴丸とて今日のような雲一つなく太陽がさんさんと照りつける日は邪魔な着物の袂を肩あたりまでたくし上げるだけではなく、だらしなく見えない程度に襟ぐりを心持ち広げていた。本心を言えば他の奴ら見たいに豪快に脱いでみたいものだが、身だしなみを崩しすぎていると同じ伊達の刀の彼らに何を言われるか。涼を感じられて、しかも見苦しくない程度を保つのもなかなかに難しいものだ。

 それなのにだ。正面でしかめ面をしてこちらを睨みつけている山姥切といえば、いつものように頭からすっぽりと布で身体を覆っている。寒かろうが暑かろうが年中すそのほつれた布をまとって姿を隠すのをやめようとはしない。

 本丸にいる時の彼は内番以外はおおむね装備を外した状態の戦装束を着ている。さすがに上着は脱いでいるようだが服は首元まできっちりしめていた。しかもねくたいとかいう首を飾る細い布のようなものまでこの暑いのにきちんとしてるなど正気か。

 鶴丸ですらじんわりと汗が肌にじんでいるというのに、彼はそれがどうしたと言わんばかりの顔をしていた。

 今は夏も盛りの昼間だ。あんな暑苦しい姿を見ているこちらの方がうんざりする。

 突き出された彼の拳から覗くそれを指さして、強張った場を和ませようと軽い口調で尋ねた。

「それを引けというなら引いてもいいが、なぜこれ一本だけなんだ?」

 膝を突き合わせるように目の前に座る山姥切のまなじりが険しさを帯びて細くなる。睨まれようと鶴丸はいつもの事と全く動じはしない。だいたい一つしかないものをわざわざ引けと言うのも面倒ではないのか。

 説明されなくても何のためのものか鶴丸にはわかっていた。

 このくじは秘宝の里への出陣順を決めるためのくじだ。今回の対象者はたしか太刀が六振りと聞いた。その中には当然この鶴丸も含まれているそうだ。

 鶴丸は鷹揚に肩をすくめた。

「どうせこれで最後なんだろう。あと一つだけなんだから別に俺を呼び出して引かせなくてもよかったんじゃないか」

 どこか投げやりな鶴丸のからかい交じりの声を聞いた山姥切の眉間が不快げに深く寄せられた。ようやっと口を開いたかと思えば、零れるのは不満がありありとこもった声だった。

「あんたが最期になったのは他の者たちを主が呼んだ時に来なかったからだろう。だいたいさっきまで本丸の門に何を仕込んでいたんだ」

 天井の羽目板を見上げながら鶴丸はとぼけた表情でつぶやいた。

「ほら、最近は何かと物騒だろう? 時間遡行軍が直接本丸に攻めてくるかもしれない」

「それなら敵にだけ反応するように罠を作ればいいだろう。それが出来なければやるな。つい先ほど帰ってきた遠征部隊から苦情が来ている。門に足を踏み入れようとした瞬間に丸太が上から転がってあやうく潰されそうになっただけではなく、得体のしれない匂いの液体が降りかかりそうになったと。隊長を務めていた和泉守があやうく直撃を食らうところだったと相当怒っていたぞ」

 隊長が和泉守だとすると、遠征に行っていたのは新撰組の刀で組んだ部隊だったか。先日の饅頭の一件以来、当事者の長曽根を除いた彼らからはあたりがきつい。

 わざとではないし、あそこまでするつもりはなかった。まあ、しばらくすればあいつらも忘れるだろうと距離を置いていたのだが。

「一応、ここの奴らが通る時は反応しないようにしたつもりだったんだが」

 顎に手を当てて考え込むと、山姥切の口元が忌々しげにゆがんだ。先ほどよりも殺気に満ちたその目に鶴丸の動きも止まる。

 低く抑えに抑えた声音が地を這うように響く。

「・・・危うく兄弟にも被害が及ぶところだった。門からなんとなく嫌な予感がしていたから難なく避けられたとは言っていたが、兄弟のように勘のいい奴らばかりじゃないからな。今後はこのようなことがないようにしてくれ。あんたが先日来た小竜景光と意気投合したのはわかるが、この本丸を要塞化する必要は今のところないからな」

 山姥切が怒っている理由はどうやら自分の兄弟が危険にさらされかけたことが一番の要因だと気付いた。堀川派の兄弟たちは普段は自己管理は自分でやるという考えのせいか、互いのことによほどでなければ口出しはしないが、一旦兄弟に危害が及べばすぐさま一致団結して牙をむく。

 その矛先が自分にも向けられていると悟った鶴丸は素直に詫びた。

「君の兄弟には迷惑をかけたみたいだな。あいつらには後でちゃんと謝る」

「分かった。だがこれ以上門を勝手に改良するのはやめてもらいたい」

 いつになく真剣な眼でこちらを睨む様子から、どうもこれは彼だけの意見ではないだろう。背後に誰かしらの強い意図を感じられる。

 少なくとも堅苦しい長谷部や歌仙は確実に同意見だとみていい。ここにあいつらがいないだけでもましか。山姥切は口数が少ないせいもあって睨むだけだが、長谷部たちにつかまったら説教が何時間に及ぶことか。

 鶴丸が門に施したのは先日来た新入りの影響だ。

 新参の小竜景光とやらはかの楠公の愛刀だけあって、少人数で大軍を相手するゲリラ戦に関する戦法をよく知っていた。それも正攻法とは違うなかなか興味深いものばかりだった。

 この本丸にもぜひ取り入れたいとは思ってこっそりやっていたが、敵にしか反応しないはずの罠が仲間たちにも発動してしまうのでは実用化はまだまだ難しいようだ。

 まあいい、罠を仕掛けるのは別の場所を見つけるとしよう。

 ひょいと両手を上げると鶴丸は降参だと言わんばかりに笑んだ。

「これ以上君たちに迷惑はかけないさ」

「本当だろうな。まあいい、主にはあんたが一応反省しているらしいと報告しておく」

 おいおい、思いっきり目が座っているぞ。どう考えても俺をぜんぜん信用していないだろう。

 鶴丸は何かを思い出したように周囲を見渡した。そういえばここはその主である審神者の部屋なのにその当人がここにはいない。気配も近くにない。

「そういや、主はどうしたんだ。いつも一緒じゃないのか」

「いくらなんでも主の傍に常に付き従っていられるわけはないだろう。今は巴形薙刀が供をしている。この真夏に部屋の中にいては暑いだろうと、木陰の涼めるところへ行っているはずだ」

 確かにここの気温はあの虚弱な主には辛いだろう。日は当たらなくてもじめっとした湿気で暑さがさらに不快度を増す。倒れる前に避難させたという訳か。それならば別にここに呼び出す必要はないんじゃないのか。

「ならお前もついていけばよかったじゃないか。ここは結構暑いぜ」

「俺には仕事が残っているからな。それにここには頼りになる刀は大勢いるんだ。もう俺なんかがそばにいなくても平気だろう」

 先ほどまでの威勢はどこへやら徐々に声が小さくなり、山姥切は顔のあたりの布をほんの少しつまんでうつむいてしまった。

 もしかしてこいつ、拗ねている?

 自分だけで思い込んで、そして落ち込んで、ずっと変わらないなと鶴丸は内心でため息をつく。かつて第一部隊で共に暴れまわっていた時からずっと同じだ。

 悩んでいる若い奴を放ってはおけない性分だった。余計なことと思いながらも一言はさまずにはいられない。

「それはお前さんが勝手にそう思っているだけだろう。主に聞いてみたことはあるのか?」

「・・・鶴丸

 顔を上げた山姥切の言葉を遮るように、鶴丸は彼の手からひょいっとたった一本残ったこよりをつまみあげた。ねじられたそれをくるくると回して開く。紙の中央には墨で何やら書きつけてある。堂々とした骨太の文字を読んだ鶴丸の眼が見開かれる。

「まじか、冗談かよ。俺が第一陣だと?」

「厳選なる抽選の結果だ。こちらも不安だが主の決めた方法に文句は言えない」

 わざとらしく重々しいため息をついた山姥切を、今度は鶴丸がねめつける。

「不安ってどういうことだ」

「言葉通りだ。どうせあんたを出陣させればろくなことにはならないだろうからな」

 だからこれだと言って山姥切は胸元にひそませていた一通の書類を取り出した。広げたそれを鶴丸のすぐそばに見せつけるように置いた。

 書き連ねられたその名にさすがの鶴丸もわずかに顔色を変える。

「へし切長谷部、一期一振、歌仙兼定、厚藤四郎・・・なんだこの編成は」

 この本丸の中でもこちらの言い分を聞く気がない融通の利かない面倒な刀ばかりだ。頬をひきつらせた鶴丸に山姥切が説明の補足する。

「あんたの部隊への志願者だ。あと一枠開いているところは一期が適任者を連れていくと言っていたな」

「だから待て。たしか部隊編成は隊長が決められたはずだろう」

「そうだ。だがあんたは野放しにしてはまずいと長谷部が断言した。鶴丸はきっと伊達の奴らを選ぶと。だが伊達の奴らではあんたに甘やかす。特に燭台切は身内に甘い。秘宝の里で政府に報告できないとんでもない事態を引き起こしては後の祭りだと見張りを置くことにしたそうだ」

「ほぼ全員見張りじゃないか。・・・おや、そういえば山姥切の名がないが。君のことだから真っ先に俺の動向を見張るだろうと思っていたぞ」

 山姥切がわずかに目を見開いて鶴丸を見つめるやいなや、すぐに布を目深にかぶってうつむいてしまった。

「俺は、その」

「なんだ?」

 顔を下に向けているせいでよく聞き取れない。鶴丸は薄く笑いながら顔を近づけた。もごもごと先ほどとは打って変わった歯切れの悪い声が耳に届く。

「それは、俺は兄弟たちと出陣することになって。だからあんたのところの編成からは外させてもらった」

「ああ、山伏のところだな」

 そういえば彼の兄弟の山伏国広も今回の出陣で該当する刀であったか。

 少し間を開けて山姥切が小さく頷く。布で隠れた顔がわずかに赤い。嬉しそうにしたいのにできなくて、どうしようもなくなって困りきった顔を見てればあの兄弟たちが何かと構いたくなるのもわかる気がする。

「いや、あんたがそれで俺だけわがまま言う訳にはいかないな。今から主に編成の変更を・・・」

 立ち上がろうとした山姥切の頭に鶴丸はポンと手を置いた。

「俺に構うことはないぜ。君がいままで兄弟たちとは情に惑わされないで編成を組んでいたことは知っているからな。三人一緒は初めてだろう。こういうときくらい私情を通してもいいんじゃないか?」

「だが」

「むしろ俺は戦場であいつらと一緒なら心強いくらいだぜ。それとも俺に隊長職が務まらないとでも思うか?」

「あんたが真面目に戦えば信頼はできる」

「おいおい、前提条件付きかよ」

 だが反論もできそうもなかったので、鶴丸は苦笑するにとどめた。

「ではこの任務、まずはこの鶴丸国永が驚きの結果をみせてやるぜ」

 

 

 

2017年葉月 第五回秘宝の里

  第一陣 隊長 鶴丸国永

         一期一振

         厚藤四郎

         骨喰藤四郎

         へし切長谷部

         歌仙兼定

 

 出陣回数 61回  笛12個 琴7個 三味線7個 太鼓5個 鈴3個