ゆめうつつ

刀剣乱舞・文豪とアルケミスト関連の二次小説。主にコメディ中心。

秘宝の里 ~江雪左文字~

「どうしました、お小夜。浮かない顔をして」

 心配そうな声にふと顔を上げる。

 戦装束を着込んで出陣の時を部屋で座って待っていた小夜はやって来た兄弟の宗三左文字を見上げた。 

「宗三兄様。いえ、なんでもありません」

「なんでもなくはないでしょう。そのような浮かぬ顔をして。きっと江雪兄様もそのようにおっしゃって心配なさりますよ」

 もう一人の兄の名を出されて小夜は再びうつむいた。小さな掌がギュッと膝の上で握りしめられる。

「何か気にかかるのであれば言った方が楽になりますよ」

 促されて小夜はうつむいたまま小さくつぶやいた。

「江雪兄様は戦いが嫌いなのかと思ったから。最近は出陣機会がなかったのに、急に出ることになってどうなのかなと」

 ああ、と宗三はゆるりと表情を崩した。

「そういうことでしたか。大丈夫ですよ。確かに戦事はお嫌いな方ですが、覚悟を決めた後は強い、左文字の刀とはそのようなものでしょう?」

 その時すっと閉ざされていた襖が開いた。法衣のような戦装束をまとう江雪からは清廉な気しか感じる。戦で血にまみれるのではなく、ただその悲しみを救いに行くかのような。

「宗三、お小夜。支度はできていますか?」

 どこまでも落ち着いた声音にこれから戦場へいく高ぶりは微塵も感じられない。だが一度刀を抜いた兄は和睦を受け入れず向かってくる敵には決して容赦はしない。

「ええ。僕ら左文字が三振り、久しぶりの出陣ですから」

 妖しい笑みを浮かべる宗三に頷いて、江雪は硬くなって座ったままの小夜に視線を向けた。

「お小夜」

 名を呼ばれてびくっと肩を震わせた。

 高潔な志を持つ兄だ。復讐だけを心に抱いて顕現した自分とは立場が違うと思って遠慮して近づかないでいたのだけれど。

 ふわりと暖かな手が頭の上にのせられた。慈しむようにそっと小夜の青い髪をなでる。

「貴方は相手の心を想う優しい子なのですね」

 しっかり聞かれていた。思わず顔が真っ赤になる。

 小夜が戸惑う様子を見て、隣の宗三が顔を背けてくすくすと楽しげに笑っている。

「ずるいですよ、江雪兄様。僕も小夜をなでたいのに」

「おや、したらよいではないですか」

 本人を目の前にしてのろけられるとさらに恥ずかしくなる。誰かに優しくされることに慣れていない小夜はただただ戸惑うしかない。

 かつて細川の家や黒田の家で仲間の刀たちと語らう時間はあったけれど、この本丸に来て兄という存在にただ無償の愛情を注がれるのはまだ慣れない。

 立派な兄たちに可愛がられることに狼狽えていつまでも申し訳なくて。でも湧き上がるこの気持ちがうれしいという感情なのだと気付いたのはいつだっただろう。

 この二振りの兄たちは新しく湧き上がる感情に戸惑う小夜をそっと見守ってくれていた。押しつけもせず、自分から近づいてくれるのをただ待って。

 こうやって頭を撫でてくるようになったのも、小夜の復讐への気持ちの整理がついた修行の後からだ。

 江雪に負けじと宗三が気持ちを抑えて我慢していたのか、ぎゅっと小夜を抱きしめた。

「僕も小夜が大事なのですからね」

 ふわりといい匂いの香が身体を包む。

 ちょっと恥ずかしくていたたまれない。でもその懐は温かくて、高ぶっていた心がすとんと落ち着いた。

「すみません、兄弟愛を確かめ合っているところお邪魔して申し訳ないんですけど、そろそろ出陣の時間だって主さんが言ってましたよ」

 障子の隙間から鯰尾が顔を出してにっこり笑いながら告げた。

 すっと江雪が裾を払う。衣擦れの音をさせて立ち上がった。

「もうその時間でしたか。行きますよ、宗三、お小夜」

「わかっていますよ。そういえば僕らのほかに部隊には誰が入りますか?」

 宗三に尋ねられて鯰尾がやや上に視線を投げながら答えた。

「えっと、たしか来派の蛍丸さんと、明石さんですねー」

 その名を聞くや否や、切れ長の宗三の眼がさらに厳しい輝きを帯びて甫染まった。

「明石ですか。なぜあの男を入れたのですか。この本丸の刀の中でも一、二を争うぐうたらでしょう」

 不満げな宗三に江雪は静かに答えた。

「蛍丸殿が一緒であれば働くと主が申しておりましたので私たちの部隊に入っていただきました」

「保護者を自称しておきながらなんですか、それは。まあいいです、役に立たなければこの魔王の刻印を刻まれた僕の力を見せつければよいのでしょう。あの男のせいで江雪兄様の晴れ舞台を台無しにさせるわけにはいきませんから」

 物騒な光を宿す宗三に鯰尾がささやかながら援護に回る。

「大丈夫ですって。明石さんもそんな馬鹿な真似はたぶん、いえ、おそらくしないと思いますけど」

「それはどうでしょうか。僕が先に行ってあの男に一言申してきます」

 冷ややかに言いきって宗三は先に参りますと、部屋を出て行った。その後を肩をすくめた鯰尾が追いかける。

 ぼんやりと座ったままの小夜の目の前にすっと細い指先が差し出された。

「私たちも行きましょうか、お小夜」

 穏やかなその声にこくんと頷いて、その手を握り返した。白くて冷たいと思っていたその手はほのかに温かく優しかった。

 

 

2017年葉月 第五回秘宝の里

 第二陣 隊長 江雪左文字

        明石国行

        鯰尾藤四郎

        蛍丸

        宗三左文字

        小夜左文字

 

出陣回数 36回 笛7個 琴5個 三味線4個 太鼓5個 鈴4個