ゆめうつつ

刀剣乱舞・文豪とアルケミスト関連の二次小説。主にコメディ中心。

秘宝の里 ~山伏国広~

「まったく、鶴丸殿には驚かされてばかりです」

 これで幾度目の溜息か、一期一振は傍らを歩く鶴丸国永に苦言を申し立てた。

 本丸に帰投した鶴丸たちの部隊は主への報告のために長い廊下を連れ立って歩いていた。中央の表の建物を抜け、審神者の部屋のある一角へは結構距離がある。その間、鶴丸は部隊の面々から口々にあきらめ交じりの苦情を言われていた。その言われている本人は立て板に水とばかりに真面目に取り合いはしない。

 一期の苦言に鶴丸は目を細めて笑いながら反論する。

「おれたちの刃生にも驚きくらい必要だろ。そうでないと身体も心も錆びちまうぜ」

 「たとえそうだとしても槍の札の四枚目はいただけないね。一枚目でも盾の刀装をつけていない僕らは当たり所が悪ければ重傷だと言うのに、四枚目まで引いてくれるとは運が悪いにもほどがある」

 軽妙に笑ってかわそうとする鶴丸を歌仙兼定が容赦なく追撃する。槍の攻撃を一身に受けていたのは彼ら打刀なのは間違いない。なぜか敵は組しやすいとする者ばかり狙う。こちらの戦力を見抜く力でもあるのか。

 歌仙の恨み言はまだ続く。先ほどから黙っている長谷部も時折冷やかにこちらを睨むところから同じことを思っているのだろう。

「隊長は里で味方が残っている限り攻撃されないからいいだろうけど、代わりに攻撃を受けるこちらの身にもなってくれないか。里を出れば自然回復するとはいえ、攻撃されれば痛みはあるのだからね」

 真剣必殺の時のような凄みを見せて歌仙が睨む。

「それは悪かったなあ。だがどの札が出るかは俺のせいではないだろう?」

「そうだとしても、札を引く者の影響はあると思いますよ。第一部隊隊長殿」

 名ではなくあえて役職で呼ぶ一期に鶴丸も彼が胸の内に煮えたぎる激しい想いを抱えているのは察した。一緒に出陣した弟たちが被害を受けているからその怒りは心底怖い。

 腕を組んで彼らの後ろを歩いていた厚藤四郎はそんな彼らの重苦しい雰囲気など気にしてないかのような明るい声で呟く。

「でもさ、俺はまさかあんなにいつまでも里をぐるぐる回る羽目になるとは思わなかったぜ。周回記録のひどさでは三日月のじいさんと並ぶんじゃね?」

「鈴がでなかったからな」

 ぼそりと骨喰藤四郎が応えた。三日月の率いる部隊の時も鈴が出なくて難儀していたのは記憶に新しい。

 「まったく平安刀どもはそこまで似なくてもいいだろう。太鼓ばかり無駄に拾ってくるところもな!」

 一切口を挟まなかった長谷部が我慢できなくなったのか忌々しげに吐き捨てた。周回が増えれば里に入る手形を得るために小判を使わざるを得なくなる。本丸の会計担当としてはそこだけは許せなかったか。

 ついに部隊全員が味方してくれないことに鶴丸も顔色を変えた。

「おいおい、だからって楽器まで俺のせいか。あれは時の運だろう」

「いや、日ごろの行いのせいだね」

「歌仙殿に同感ですな」

「いち兄に同意」

「わるい、鶴丸。否定する要素が見つからない」

「いい加減に自分のせいだと観念しろ」

 口々に否定されてぐっと言葉を詰まらせた。冷ややかに睨みつけられる皆の視線にいたたまれなくなって、ふと顔を逸らすと前からくる集団に目を止めた。白い布の宝冠をつけた山伏を筆頭に進んでくる彼らもまた鶴丸たちに気付いたようだ。

 鶴丸はふっと口元を笑ませる。

「新たな第一部隊のお出ましだな」

 

 

「やっと帰って来たか」

 意味ありげに低くつぶやいた山姥切国広に、傍らにいた山伏国広が豪快に笑い飛ばす。

「これでやっと我らの出番となるか。久々の出陣愉しみであろう、兄弟よ」

 思いっきり背中を叩かれて山姥切は耐えきれずに思いっきり前にのめって片膝をついた。叩かれた背中に手を当てて恨めし気に見上げる。

「痛いぞ。力の加減をしろといつも言っているだろうが」

「相すまぬ。どうやら拙僧も兄弟たちと出陣できるのが嬉しくて仕方がないようでな」

「筋肉が喜んでうなっているんですよね。それならしたかたないよね」

 にっこり笑う堀川国広もいつもより心なしか声が弾んでいる。極の修行より帰ってより表情がどことなく明るい。

「しかたなくねえだろ。おい山姥切、大丈夫か。結構力いっぱいぶっ飛ばされたみてえだが」

 見るに見かねた和泉守兼定が半分しゃがんだままの山姥切に手を差し出す。

「・・・すまない。兼さ・・・いや、和泉守」

 差し出されたその手を山姥切は掴む。手をにぎり返す前のほんの一瞬だったがどうしようか迷うように視線が動いたのを見逃さなかった。だが和泉守はあえてそれに触れずにおいた。

 遠慮がちに掴んで和泉守に引き上げられるように立ち上がると、乱れた布を深く顔を隠すように引き下げ大きくため息をつく。

 そうしている間に鶴丸率いる部隊が山伏たちの部隊のすぐそばまで近づいてきた。

「よう、遅くなって悪かったな」

 片手を上げた鶴丸は軽快な口調で山伏に挨拶をした。

「構わぬ。時を待つのもまた修行であるゆえ」

「・・・待て、今回は時間制限があるんだ。鶴丸の部隊が遅くなったのを修行だからと無理やり片づけるな」

 全く気にするそぶりのない山伏を、胡乱な眼で山姥切が止める。だがそんな苦情など万事鷹揚な彼が気にとめるはずもない。

「して、秘宝の里はいかがであったか、鶴丸殿?」

 山伏の問いかけに鶴丸は顎に指先をつけて考え込むようにほんのわずか上の宙を見上げた。

「前よりは敵が強くなっているな。特に槍は要注意だ。陣形によっては太刀でも一撃でやられるぜ。ただ悪いばかりじゃない。薙刀の攻撃を防ぐにはこちらにも有用な手ができたからな」

 鶴丸は後ろに控える骨喰に流し目で視線を移した。ちらりと鶴丸を見てから彼はこくんと頷いた。

「俺たち脇差がもっとも役に立つのは大太刀や薙刀との戦いだろう。堀川、俺と同じく修行を修めて帰ってきたお前ならわかると思う」

「そうだね。僕が攻撃を防げばみんなを守れるってことだよね。わかってるよ、どんな手を使っても防げるように頑張ってみるよ」

 笑顔を崩さずにさらりと言ってのける堀川を今度は和泉守が呆れて見つめた。

「どんな手を使ってもってなんだよ。国広、あの人のところで何を学んできやがったんだ?」

「それは戦場でのお楽しみだよ、兼さん」

 人差し指を立てて堀川は愉快げな声で答えた。先の極修行でかつての主のもとへ潜入したと言っていたがその新撰組で何を覚えてきたのか。その笑顔が逆に怖いと思ったのは和泉守だけではなかったようだ。

「・・・兄弟」

 山姥切は手合わせですでにその学んできた技の一端を目の当たりにしている。まだあるのかと絶句するその後ろで、次郎太刀がやれやれと肩をすくめた。

「あの子も修行とやらに行ってだいぶ吹っ切れたねえ。少々危なっかしいけど、どこか思いつめていた前よりはいいんじゃないかい」

 それにしても、と次郎は自分よりはるかに小さな短刀を見下ろした。

「この部隊にあんたが入ってくるのは意外だね。なんでだい?」

 見上げるほど大きな次郎太刀に急に声をかけられて、背の低い後藤藤四郎がきゅっと身体を縮めた。この短刀とは同じ部隊で戦った経験が少ないため、よくは知らない。

 堀川派は当然のこととして、堀川の相棒の和泉守は縁があるだけでなく、戦場でも力押ししたがる傾向がある。大太刀を豪快に振るう次郎とてその例外ではない。頭よりも身体が先に動く堀川派と戦い方が似てるがゆえに部隊としての調和は取れていると思われる。

 だがそこに粟田口の短刀とは。正統派の戦い方をする彼ら一派からすれば、この部隊の戦い方はおそらく強引過ぎてそぐわないのではないだろうか。

「・・・いや、力で勝てる戦い方を見習えば俺もあんな風に強くなれるのかなって志願したんだ。身体だけじゃなくてもっと自信を持てる大きな男になりたいんだ」

 ボソッとつぶやかれたその言葉を聞いて次郎は意外そうに見返した。だが次の瞬間大きな口を開けて笑い出した。

「あっはっは、そうかい。そういう理由があったんだね。いやぁ、かわいいじゃないか、ねえ!」

 がしがしと頭を乱暴に撫でられて、さすがの後藤の顔も赤くなる。

「やめっ、子ども扱いすんなよ!」

「あたしから見たら短刀たちなんてみんな子供だよ」

「それは見た目だけだろ。刀としての生まれなら俺たちの方が古い・・・ってきいてねえ。くそー、いつかでっかくなってやるからな!」

 短刀の中でも一番身長を気にする後藤だが、修行の結果大きくなったという感じはしない。分かってはいても誰もそれをあえて指摘しないのはせめてもの優しさだ。刀の付喪神である彼らの背丈と見た目は本体である刀身によって左右されるため、たとえ鍛えたからといって背が伸びるわけはない。

 それでも次郎は親愛の気持ちを込めて後藤の肩を叩く。

「そうかい、それじゃ楽しみに待っているよ」

「あ、馬鹿にしているな。絶対、あんたたちより大きくなってやるからな!」

「そりゃいいや、夢はでっかいほうがいいって言うしねえ」

 必死に背伸びしながら次郎の肩をぽかぽかと叩く後藤を笑いながら愛おしげな眼で見つめる。

「こら、後藤。次郎殿になにをしているんですか!」

 次郎に対して乱暴を働いている勘違いしたのか一期が止めに入った。それを次郎は笑って否定するように横に手を振る。

「大丈夫よぅ。あなたの弟こんなにむきになっちゃって可愛いじゃない」

「だから子ども扱いするなっていってるだろ!」

 にぎやかさを増した二人を何やってんだと言いたげに山姥切が見つめていた。

「これからすぐ出陣だ。じゃれ合っている暇はないんだが」

 今回は部隊長ではないのに、長いこと第一部隊の隊長を務めていたせいかどうしても部隊のことを気にしてしまうのはもう無意識の習性なのだろう。本人はそれに気付いていない。堀川はそんな兄弟を見上げてくすっと笑う。

「親睦を深めているみたいだからいいんじゃないかな。それより兄弟こそ大丈夫? 主さんの補佐と出陣の両立は厳しいでしょ」

 堀川の心配する声にいつものことだから何でもないと首を振る。

「それは問題ない。長谷部が本丸に戻って来たから俺の出陣が終わるまで代理をしてくれる予定だ。それに出陣しない奴らにも声をかけて手伝ってもらうように頼んだからな」

 すっと後ろに立った長谷部に視線を向ける。彼は表情一つ動かさず鋭利な視線を山姥切に向けていた。

「主にかわりないだろうな、山姥切」

「ああ。むしろ最近調子が良いから目を離すとどこへ行くかわからないから危ない。それより博多の方が参っていたな。小判の乱費が激しすぎるとずっとわめいていた。今は目の下にくまをつくって半目で小判を数えながら、一枚でも小判が増えていないかずっと確認している」

「・・・まったくあいつは」

 眉をひそめて長谷部は頭が痛むのか額に手を当てた。鶴丸の部隊の予想外の周回数増加で小判を使いまくったせいであるのは明らかだ。博多をなだめるのは昔なじみの長谷部の役目だ。なぜか博多はこの気難しいはずの長谷部に妙に懐いていて、経理に関する苦情と文句はしっかり言うが最終的には彼の言に諭されて従う。

 山姥切は長谷部の後ろにいた厚に目線を向けた。

「厚、帰ったところすぐで悪いが、俺たちがこれから出陣するにあたって里の情報が欲しい。何か情報を書き写したものはあるか」

「わかってるよ、山姥切。いつものだろ。簡単だけどまとめておいたぜ」

 厚が手慣れた様子でほいと懐から出した数枚の紙を山姥切に差し出した。厚が出陣する時は必ず戦場の情報を現地で書き記して渡してくれる。この辺りは戦術に長けた前の主の影響か戦場を見渡すその見識には気付かされるものがある。

 それを一瞥して背の低い彼に険しかった表情をわずかに緩ませた。

「さすがだな。これだけあれば当面は平気だろう。細かい事項は別に正式な報告書にまとめて主に渡しておいてくれ」

「おう、わかったぜ」

 出陣で敵情視察の任を請け負っている厚はいつものことだと気軽に答えた。山姥切は厚から渡された書類を山伏にも見せようとする。

「兄弟も見ておけ。今回はあんたが隊長だからな」

「ふむ、だが拙僧はこのような些事は難しくてな。向かってくる敵は薙ぎ払えばよかろう。こういったものは手慣れているお主に任せる」

 渡された書類を見ているのかわからぬうちにあっさり山姥切の手元に返す。先ほどまでの何を考えているか読めないおぼろな表情はどこへやら、兄弟の前だと山姥切も自然に感情をあらわにする。怒気を込めながら取り合わない山伏にくってかかる。

「俺か! 隊長はあんただ、真面目にやってくれ」

「それは難しいんじゃないかな、性格的に。隊長は敵の状況を見て全軍の進むか否かの指揮をとるのが役目で、細かいことは僕らが補佐をすればいいんだよ。僕も手伝うからさ」

「兄弟、あんたもこいつを甘やかすな」

「いいじゃない、僕らは兄弟なんでしょ。それに君のことだって僕はもっと甘やかしたいくらいなんだけどなあ」

 急に矛先を向けられて慌てた。

「なっ、俺には必要ない」

「顔赤いよ、兄弟」

「かっかっか、仲良きことは美しきかな」

 じゃれ合う堀川派の三兄弟をやや離れたところから見つめていた和泉守はやれやれと肩をすくめる。

「国広が愉しそうだからいいけどな。しかし兄弟仲のいいこった」

 どこかあらぬ方向へ視線を投げていた彼に落ち着いた声が投げかけられた。

「和泉守、君も出陣するんだね」

「之定」

 和泉守とは同派だが世代を超えた生まれゆえ、どうしても堀川たちのような関係にはなれない。彼にとっては同派の憧れである名刀、歌仙兼定は穏やかに笑む。

 歌仙は戦装束に身を包んでいる和泉守を上から下までゆっくりと眺め渡して嬉しげに口を開く。

「初めのころに比べて実に頼もしくなったようだね。身だしなみも整っていていい。同派としても心強く、うれしいよ」

 いつもはその所業を怒られることが多いのに、今日は珍しく誉められた。歌仙はよほどでないと誉めることはない。

 内心ではどうした之定と思いつつも、よっしゃと飛び上がりたい気持ちでないまぜになっている。だがさすがに表情に出すことまでは必死で思いとどまる。それはあまりに格好悪すぎる。

「あ、ああ、当然だろ」

 平然を装って答えるが、かすかに口元が苦笑している歌仙にはお見通しだったかもしれない。

 和泉守の背の高い肩に歌仙はぽんと手を乗せた。その手の温もりは衣を通して優しく力強く肩に伝わる。

「次の出陣は頑張ってくれたまえ、和泉守。君は僕と同じ兼定だ。その力を存分に敵に見せつけてくるんだよ」

「・・・ああ、もちろんだぜ、之定」

 

 

  澄んだ鐘の音が鳴る。にぎやかに騒いでいた彼らの誰もが口を噤む。

 時を渡る門の準備ができた合図だ。出陣を準備せよと告げている。

「では拙僧たちは参るとするか」

 山伏の一言に部隊の者たちは一様に頷く。

 対する鶴丸も長谷部を振り向いた。

「俺たちも報告に行かないとな。主が待っているだろう?」

「これ以上主を待たせるわけにはいかん」

 相変わらずな返答に鶴丸もただ笑うしかない。止まっていた二つの部隊が動き出す。

 それぞれの隊長を筆頭に新旧の第一部隊がすれ違う。

 山伏と行きかう時、鶴丸は拳にぎって腕を高く掲げた。心得たとばかりに彼も腕を上げて前腕部を鶴丸の腕へ軽く打ちつけた。

 互いに前を向いたまま視線は交わさない。だがその心は言わなくても通じる。

 戦場へ向かうものたちと、去りゆくものたち。

 純白の衣をひるがえし、戦いを終えた鶴丸は目を閉じた。庭から通り抜けて穏やかにそよぐ風をその肌に感じながら。

 

 

2017年葉月 第5回秘宝の里

 第三陣 隊長 山伏国広

        山姥切国広

        堀川国広

        和泉守兼定

        次郎太刀

        後藤藤四郎

 

出陣回数 28回  笛7個 琴2個 三味線3個 太鼓5個 鈴2個