ゆめうつつ

刀剣乱舞・文豪とアルケミスト関連の二次小説。主にコメディ中心。

秘宝の里 ~髭切~

「ふうん、それは僕が隊長をやるってこと?」

 先ほど引いたくじの細長いこよりを指先でもてあそびながら、髭切は目の前に座る小柄な人間の少年に問いかけた。髭切の引いたくじの先にある数は肆、つまり四番目となる。

 彼はこの本丸に集う刀の付喪神たちを人の身に顕現させた稀なる力を持つ審神者。長い時をかけて幾人もの名のある主の手を渡り伝えられた古い刀である髭切の今生の主。

 髭切も数多の主を渡り歩いてきた身だが、武家の総領に伝わる刀ということでかつての主は武人も多い。もちろん、刀も振るえぬようなものもいなかったわけではないが。ただ、この目の前の子供は果たしてその細腕で刀を持ち上げられるのかといえるほど頼りなく細い。

 少年の審神者はここにいる太刀たちがすべてくじを引いたのを確認して、邪気のない素直な笑みを浮かべて見渡した。

「はい。皆さんはそのくじの順番で出陣してください。以前と同じく部隊の編成は隊長が決められます。今回の里は以前よりも厳しい戦いとなる可能性があるため、誰とは熟考の上決めるように・・・」

「主! なぜ、俺と兄者が別の隊なのだ!」

 身体を乗り出した膝丸に詰め寄られて、主は思わずのぞけった。

「そ、それはですね。政府の通達で今回髭切さんと膝丸さんが同時になってしまったので」

「膝丸、主を無理に問い詰めることは許さん」

 すかさず長谷部が肩に手を伸ばして主の傍から膝丸を引きはがす。その様子を眺めていた髭切はあははと楽しげに笑った。

「だめだよ、主が困っているじゃないか」

「しかし兄者は俺と隊が別でもいいと言うのか」

「うーん、たまには別行動もいいんじゃないかな。ほら、いつも一緒だと飽きると代わり映えしなくて思わないかい?」

 飽きる、といわれて一瞬にして膝丸は顔色を失った。がっくりとうなだれる彼をさすがに哀れに思った長谷部が慰めるように背を叩く。

「気にするな。あいつなりのいつもの冗談だろう」

「なーんてね。かわいい弟をそんな風に思う訳は・・・あれ?」

 わざとらしく人差し指を立てて冗談めかして言った髭切だったが、どうやら余りのショックに弟の耳にはもう何も聞こえていないようだ。 

「兄者が俺を飽きる・・・そんな・・・」

「彼にとってはその発言は冗談にならないようですね」

 困ったように笑む主に髭切は少しむっと唇を曲げて反論した。弟のことを他人がさも分かったように言われるのは少し腹が立つ。

「僕の弟のことずいぶん分かったように言うね、主」

「はい、あなた方が来られてからずっと見てますから。源氏の重宝である二振りを。本当に仲が良いといつも思っています」

 にっこりと答える主に隣に控えていた山姥切がちょっと待てと口を挟んだ。

「あれで仲がいいと言えるのか。俺にはいつも膝丸がいいように振り回されているばかりにしか見えないんだが」 

「私も山姥切に同感です。そもそも髭切は弟の名前すら満足に言えたためしがないではないですか」

 さらに長谷部にも言われ、髭切はさすがに気分を害した。

「ひどいなあ。僕らはとても仲がいいんだよ。外からとやかく言われたくはないけど」

「ならば弟の名をここで言ってみろ」

「うーんと、うざ丸?」

「違う、俺の名は膝丸だ! もしや兄者は俺のことを実はそのように思っていたのか?」

 勢いよく立ち上がると、目に涙を浮かべて髭切の胸にしがみついた。

 その様子を見ていた山姥切がうんざりした表情で隣の主に向けて冷ややかな視線を向けた。

「今日の間違いは一段とひどいな。本当にあれで仲がいいと思っているのか、あんたは」

「ええと、源氏のご兄弟は仲がいいと思いますよ、たぶん」

 そう言いながらも主もさすがにそれ以上何も言えずに笑うしかなかった。

 

 

 激しい斬撃と共に鮮血が目の前をはぜる。敵を薙ぎ払ったその瞬間、飛び散る血のその赤に酔いしれる。

 白い旗は切り倒す敵が増えれば増えるほど、赤く染まってゆく。かつて自らが兵をあげて追い落とした赤い旗の一族のように。落日の陽のごとく、やがて日の本の国に白い旗を掲げた一族もまたその業の災いを受けたのかおびただしい血の海に消えていった。

 ただ今の髭切にとってはそれも遠い昔に過ぎ去った人間たちの話に過ぎない。

 時間遡行軍の血で染まった刀を振り払って、刃についた血を宙に落す。

「いくら切ってもきりがないねえ。あとどれくらい倒せばいいんだい?」

 前を見据えてのんびりつぶやいた髭切の言葉に、敵を倒して落ちた玉を拾っていた薬研藤四郎が顔を上げた。

 里を包む濃霧はゆっくりと動いているが決して晴れることはない。彼の肩にある白い布が戦場の湿った風に揺れた。

「敵の大将まであと3マスある。それまで敵札が二回来たら最高で三戦ってところじゃねえか」

「なんだ、それだけでいいんだ」

 どれだけ大変かをわかっていないのか、のんきにつぶやく髭切を見上げていた薬研はいやそうに顔をしかめた。

「それだけっていうけどよ、札が重なるたびに敵は強くなっていくんだぜ。盾刀装を三つ装備してるあんたは敵の攻撃を防げるからいいだろうけど、俺の刀装はそれほど防御力の高いのをつけられねえからな。他の奴らはすでに刀装がはがされているのもいる。あんまり敵が続くとこちらの戦況は厳しいっていうところが本音だ」

 よく見れば薬研も腕や足にいくつか細い傷を負っている。後ろを見れば他のものも大なり小なり傷ついていた。無傷なのはなぜか髭切だけだ。

 傷一つない自分の身体を眺めて首を傾げる。

「それでなんで僕だけ無事なのかな」

「隊長はなんでか里では味方がいるうちは単独で狙われねえんだよ。原理は知らねえけどな」

 玉を拾い終わった薬研は入った袋を抱え直し、すっと立ち上がった。短刀といえどこの黒髪の彼は口調も表情も子供らしくなく大人びていた。だが長い時を存在している髭切にとってはどの短刀も幼子にしかみえてはいない。

「そっかあ、じゃあ君たちが頑張ってくれてるんだね。えらいえらい」

  自分よりも頭一つ分は低い短刀の彼の頭をぽんぽんと叩く。しかし頭を子供のように叩かれた薬研はどうしていいのかわからないのか複雑な表情をしていた。

「ん、子ども扱いされて不満なのかな」

「それじゃなくて。俺は兄弟の中ではいち兄の代わりをすることも多いからな。他の奴も俺を短刀として扱わねえから、今更こういうことされるのは慣れないっていうか」

「つまり照れるってことだね。かわいい、かわいい」

「・・・だからあんたはなあ」

 それだけ言うとついていけなくなったのか、ふうと重い息を漏らした。

「いまいちペースがつかめねえんだよな、あんたは。これじゃ膝丸も苦労するはずだ」

「僕の弟が? どうしてかな」

「当の本人がまったく理解してないからだよって言ってもこれじゃわからねえか・・・」

 玉の入った袋を肩に担いで薬研は歩き出す。小さなその体なのに揺らぐこともなく堂々と頼もしく見えるのは彼もまた長い道のりを戦い抜いてきたからか。

 先に行こうとするその背に声をかけて呼び止める。

「君も粟田口の弟なんだよね。あの一期一振の。なんで君たちの兄弟は彼のことを慕うのかな」

 兄を弟が慕う。血がつながっているから、そんな理由だけなのだろうか。自分が刀である時に同じ血を分け合った兄弟が憎しみ合い血で血を争うのを幾度も見てきた。

 膝丸の元の主も兄の後姿を必死に追いかけていた。振り向いてほしい、自分を認めてほしいその一心で戦い続け、勝ちつづけたことでその名は兄を追い越そうとし、そして疎まれ殺された。

 刀は人間たちと同じというわけではないだろうが、同じ父なる刀匠によって打たれた刀という伝承をもつ刀ゆえ兄弟であろうと言われている。

 しかし兄とされる自分には弟の気持ちはわからない。なぜあんなにも弟はこの自分の後を追いかけてくるのか。

 何を言ってんだと言いたげに薬研が目を細めて振り返る。

「決まっているだろ。いち兄が好きだからだ。みんなそう思ってるぜ。理屈でも何でもなく、一緒にいたいと思わせるのが兄の力だろ」

 にっと白い歯を見せて薬研が笑う。

 軍勢を差し向けられても、殺せと命じられても、それでも兄の名を堂を燃やす焔の中で呼んでいたという。鎌倉の館の奥でその知らせを聞いた僕の主はただじっと黙って報告を受け取っただけだ。

 たがえてしまった道筋。源氏の総領として名を下した髭切の主は心の内では何を感じていたのか。その想いはもう知ることはできないが。

「じゃあ、兄として何をすればいいのかな」

 白い霧に閉ざされてみることのできない空を見上げながら髭切は問う。白い髪がゆらりと揺れる。

 今更何を言うんだかと薬研がおかしげに苦笑した。

「笑って受け止めてればいいんだよ、弟を。簡単だろ」

「君の兄上ならそういうのお手の物だろうけどねえ。普段から弟以外にも普通にやっているみたいだし」

「ああ、いち兄は来る者拒まずなところあるからなあ。たまにそれってどうなんだと思うところはあるが。まあいち兄を参考にとは言わねえが、あんたなら自分の弟一人くらい受け止められるだろ。それになんだかんだ言って好きなんだろ、弟のことが」

 気持ちを伝えるならわかりやすい方がいいぜと言い残して薬研は他の仲間のところへ駆けて行った。

「まったく、僕より若いくせに生意気言うねえ」

 粟田口の短刀は主の懐に抱かれるがゆえか、心の機微をよく読む。その懐で主の心のわずかな揺らぎをその刀身で感じ取っていたためか。人には言えぬ胸の内からこぼれたかすかな言葉をただ己だけが懐で聞き取っていたからか。

 それでも彼の言うことには頷けなくはない。

「帰ったら僕も弟を可愛がって見ようか、君たちの真似をして」

 それであの弟が喜ぶなら。君の元の主が望んでいたその姿を僕たちが今生で体現するとはね。

 いや、僕のかつての主も、誰にも自分にすらも見せたりはしなかったけど、本当は今の僕たちのようにただ笑いあいたかったのではないだろうか。

  これは僕の憶測でしかないけれど。

 

2017年葉月 第五回秘宝の里

 第四陣 隊長 髭切 

        骨喰藤四郎

        薬研藤四郎

        数珠丸恒次

        石切丸

        五虎退

 

出陣回数 38回 笛11個 琴5個 三味線8個 太鼓3個 鈴3個