褒美 ~三日月・山姥切~
「やっと連れてまいったぞ」
出陣から帰ってきた三日月が戦装束の袂をひらりとよけさせると、その後ろから子供の姿をした短刀が現れた。青みがかった髪を後ろに一つで結わき、自信に満ちた笑顔を浮かべた短刀は開口一番に元気な名乗りを上げた。
「俺は太鼓鐘貞宗。噂の貞ちゃんだ、よろしくな!」
「初めまして。私がこの本丸の審神者を務めている者です。よろしくお願いします」
主が立ち上がって慇懃に一礼する。太鼓鐘は自分よりちょっと目線が高い主を見上げて、品定めするように眺めた。宝玉のような金色の目が光を受けて明るく煌めく。
「へえ、俺と同じくらい・・・よりちょっと大きいのか? 意外だな、俺たち刀を率いているっていうからもっと大人の奴が審神者をしているんだと思ってた」
「他の本丸だと大人の方が審神者を務めているところが多いですね。私のような子供は少ないんですよ。ただ今まで立派な主に仕えてきた貴方がたからすれば、私はあまりに若すぎて頼りなく思うかもしれませんが」
「いや、見た目が近いほうが話しやすそうだから俺はいいけどね!」
頬をかすかに紅潮させてやや興奮気味な主と初めての場所なのに余裕めいた太鼓鐘が話している間、山姥切と長谷部は表情を崩さず、にぎやかな彼らを平然と見つめている。それを眺めて三日月が不思議そうに首をかしげた。
「ふむ、聞いていた話と違うな。日本号殿と数珠丸殿が来た時はもっと驚いたと耳にしたが」
その言葉を聞いた山姥切が三日月に冷たい視線を投げた。
「ここ数日で十分驚いたからな。この程度ではもう驚かない。ようは慣れだ」
「そういうものなのか」
ふいっと目線をそらしてすぐさま中断していた書き物に戻ってしまう。袂を口元に当てて三日月は意味ありげな視線を浮かべた。
「いささかつまらぬな」
聞こえぬよう小声でつぶやくと、おもむろに口元を笑ませてひざを折ってしゃがんだ。山姥切の顔に目線を合わせて、柔和に問いかける。
「ではそなたから俺に褒美をくれぬか?」
「は? なんであんたに俺が褒美をあげなくてはならないんだ」
思いつきもしない言葉に彼の手は止まり、細くなった目できつく睨み返される。いつも通りの予想した反応。当然これでひるむ三日月ではない。
「国広が俺に探してこいと言ったではないか。俺はこの通り太鼓鐘貞宗とやらを見つけてまいったぞ。お主の命じたことをやり遂げたのだ、それ相応の褒美を与えるのが筋ではないのか」
「相応のって、俺なんかがあんたにあげられるものなんか・・・」
「別に大したものではない。簡単なことだ。俺をはぐしてくれ」
「はぐ・・・?」
ほれほれと両手を広げて嬉しげに待ち構えた。
「粟田口の刀たちがよくやるであろう。一期殿が弟たちを抱きしめているだろう、あれよ」
見事なまでに山姥切の顔が凍りついた。手からぽとりと筆が落ちる。
期待をこめて見つめてくる三日月から、ぎこちない動きで長谷部に視線を動かす。
「俺を巻き込むな。貴様が自分で処理しろ」
書類から顔をあげることなく長谷部はひたすら書き物に没頭する。むしろこちらを絶対に見ないことで面倒なことに関わらないという意思を全身で主張していた。
「たやすいことであろう。何をためらうのだ、国広」
じりじりと迫ってくる三日月から逃れようと、後ろに下がろうとしているが体がこわばって思うように動けずにいる。困惑と混乱に満ちた翠の瞳がすぐそこにあった。
蜜色の爪のごとき月を秘めた瞳が逃がさぬと射抜く。術に囚われたかのように山姥切は動くことも声を上げることもできない。
手を伸ばした。捕まえようと思えばすぐに触れられるほど近く、今こそ望み続けたものに届く。
「さだちゃーーーん!」
燭台切の歓喜に満ちた声が本丸中に響き渡った。
三日月の瞳がわずかに逸れる。その隙にはっと目が覚めたように目を見開いた山姥切がすばやく布で顔を隠して立ち上がり、迫っていた三日月から全力で飛びのいてできるかぎり距離を引き離した。
主の部屋に現れた燭台切はいつものクールで外見を気にする態度はどこへやら、人目も気にせず太鼓鐘に抱きついた。
「さだちゃん、やっと来てくれたんだね。待っていたよ!」
「おー、みっちゃんも久しぶりだなー」
彼らは手を取り合って笑顔でくるくると回り始めた。
周囲にほんわかと花が舞い散るのが見えるような感動の再会の名場面が主の部屋で繰り広げられた。さすがの長谷部も顔をひきつらせて、手に持った筆を折りかない力で握りしめている。
壁際に逃げるように身を寄せた山姥切は胸元の布をかき抱くように握りしめて、荒く息をしていた。
「あ、あぶなかった・・・」
目前で逃げられてしまった三日月は不機嫌な顔をして口を曲げた。
「なぜ逃げるのだ。俺の褒美はどうなる」
「だから、なんであんたに俺が褒美をやらなければいけないんだ。約束もしていないのに、勝手なことを言うな」
顔を真っ赤にして大声で拒否される。
だがそれで諦められるはずもない。優雅に立った三日月は一歩一歩足を進めて再び山姥切に近づく。
「天下五剣であるこの俺に命じたのだ。それなりのことをしてもらわねばな。これでも高望みはしておらぬぞ? 国広が大それたことをできるとは思ってもおらぬゆえな」
笑いながらその眼は決して笑ってはいない。はたから見ればただ仲良くじゃれ合っているようにしか見えなくても、正面から三日月の眼をとらえている山姥切にはその真意が違うところにあるのを感じとっているはずだ。
「あの、切国と三日月はなにを・・・」
「あいつらは放っておきましょう、主。関わりあう必要はありません」
心配するようにうかがう主を、見えないようにと長谷部が体で遮断する。あちらからの助けはもう望めないはずだ。
「さあ、国広・・・」
捕らえたと思ったその時だった。後ろから勢いよく誰かが三日月に抱きついてきた。
「な・・・っ!」
抱きついてきたのは誰かと三日月も驚いて振り向いた。後ろから抱きついていたのは燭台切だ。三日月を見上げるその眼は歓喜に満ち溢れていた。
尊敬のまなざしを向けたまま、涙声で彼は礼を言う。
「貞ちゃんを連れてきてくれてありがとう、三日月さん!」
「あーあ、みっちゃんったら、泣くなんてかっこわるいぜ」
太鼓鐘に呆れた声をかけられていたが、しがみついたまま泣き崩れた燭台切はいかにしても離れない。
突然の出来事をただ茫然としていた山姥切は予想外の事態に戸惑ってめずらしくうろたえている三日月の顔を見て相好を崩した。口元に手を当てておかしげに苦笑する。
「よかったじゃないか、あんたの望みどおりにハグとやらをしてもらえたな」
「・・・違う、俺が望んだのはこういうことではないぞ、国広」
思った通りにはいかぬなと、ひとつため息をついた。
貞ちゃん来ましたー。夏からずっと君を待っていた。
今日は宴会ですね、もちろん大量の枝豆とずんだ餅は必須で。
三日月と山姥切の組み合わせはいちばん好きなんですが、うちの本丸ではやらせませんぞ。どこまでもおじいちゃんがじらされるはず。
山姥切はなんだかわからないけど危機感は覚えてて、逃げ回ってます。なんでかはわからないけどただ苦手だという意識しか自覚してないと思う。
はたして望みがかなう日は来るか、たぶん来ないだろうなあ。
貞ちゃんメインはまた後日。
第一部隊 太鼓鐘貞宗捕獲部隊
隊長 三日月宗近
江雪左文字
一期一振
鶯丸
蛍丸
太郎太刀
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