ゆめうつつ

刀剣乱舞・文豪とアルケミスト関連の二次小説。主にコメディ中心。

刀剣顕現 ~大典太光世~

「あれ、山姥切さん、なんでこんなところで食べているんですか?」

 廊下の曲がり角から首をかしげながら問いかけてきたのは秋田だった。淡い桃色の髪が綿菓子のようにふわふわと漂うように近づいてくる。

 縁側に座ってうどんを食べていた山姥切は、食べていたどんぶりから面を上げた。口に残っていたうどんの最後の一本をすすりこむ。

「汚れた戦装束のまま食堂へ入るなと歌仙に言われたからだ。すぐ出陣するのにわざわざ着替える必要もないだろう。あまりにうるさいからここで食べていた」

 残っていた汁を飲み干す。歌仙の作るうどんは澄んだ出汁がよくきいて香りも高く、たしかにいつ食べてももうまいが、少し物足りない。やはり自分にはもう少し味も色も濃い汁のほうが口に合うらしい。

 食べ終わって空になったどんぶりを膝に置いて礼儀正しく一礼する。

 空になった大きなどんぶりを見ながら、秋田が目を丸くする。

「たしかさっきも昼食を結構食べていましたよね。山姥切さんって細いのにたくさん食べる人だったんですね」

「出陣すれば腹が減る。このぐらい普通だ」

「普通・・・かなあ」

 彼が昼食で食べていた山盛りの白米を思い出して、秋田は何とも言えない顔を浮かべた。しかもしっかりおかわりまでしていたはずだった。

 庭先を誰かが急いだ様子で駆け抜けていった。きれいに切りそろえられた髪がなびくのが見えた。

「・・・前田、か?」

 いつも粟田口の一期の弟らしく落ち着いた雰囲気の彼だったが、ちらりと見えたその顔はいつになく緊迫して、目が輝いていた。

 秋田もそれを感じたらしく、驚いたように前田が走り去っていった方角を見つめていた。

「どうしたんでしょう。あんなに慌てるなんてめずらしいです」

 遠く本丸の向こうが何やらにぎやかになりつつある。何を言っているかわからないが、歓声ともいえない声が徐々に大きくなっていく。

「なにか、あったのでしょうか」

 小さな声で秋田がつぶやいた。

 今は連隊戦でほかの部隊が出ているはず。異常事態でも生じたのかと、山姥切は食べ終わったどんぶりを片手に立ち上がった。

『山姥切国広殿!』

 ほの白い霊力を具現化した焔をまといながら現れたはこんのすけだった。いつもは主の部屋の奥で控えているはずのこの狐が本丸のほかの場所に現れるのは珍しいことだった。

 怪訝そうに見つめる彼らにこんのすけは落ち着きを払った様子で要件を告げる。

『主さまが自分の部屋の奥まで来てほしいと伝言です』

「あいつになにかあったのか?」

 胸がざわつく。彼らの主は重要なようがなければ呼び出さない。

 今は連隊戦の最中だ。呼び出す原因としたらそこで何かあったとしか思えなかった。または審神者自身に何か起こったか。

 山姥切の顔色を見て、何を感じ取ったのか悟った狐はゆっくりと首を振った。

『実は現れたのです』

 口ごもるようにこんのすけが告げる。

「は? 何がだ」

『ですから連隊戦で現れると言われていた刀です。天下五剣が一振り、大典太光世がこの本丸に顕現いたしました』

 頭が真っ白になる。手の力が思わず抜けた。

 足下で派手にどんぶりが割れた音がしてはっと我にかえる。

「・・・しまった!」

「大丈夫ですか!」

 

 

「なにやってんだ、あんたは」

 戸口のところで立ったまま、山姥切は呆れた声を出した。視線の先には床に座り込んで自分を見上げている主の姿があった。

「いや、ちょっと腰を抜かして動けなくなってしまってね」

 床に崩れて座ったまま、主はあははと力なく笑う。こんのすけ曰く、連隊戦開始から二日目にして早くも新たな刀が顕現した事実に驚いて動けなくなってしまったとのことだ。

 いつもいつも刀の顕現については運のない主だが、予想外に始まってすぐ顕現したのを目の当たりにするとここまで驚くのか。

「まったくいくらツキがわるいあんたとはいえ、こんなことで腰を抜かすな。じじいじゃないんだ、人間としてはまだ若いはずだろ」

「うーん、こればかりはさすがに驚いたからね」

 差し出された山姥切の手を借りて主は体を起こす。ふらついたその体に腕を貸して立たせてやった。

 主の目が正面の大きくうつった画面に注がれる。

 戦国の時代に生まれたこの身としては機械で覆い尽くされた四角いほの白い明かりがともるばかりのこの薄暗い部屋は落ち着かない。ほかの刀も多くは同じ気持ちを抱くだろう。それがわかっているからかもしれないが、主は初期刀の山姥切を含め、よほどのことがなければこの部屋に入れようとはしなかった。

 四角く空間を切り取ったその画面には鳥居の前の光景が映し出されていた。

 出陣から帰ってきた第三部隊に囲まれながら、見慣れぬ精悍な体をした男に前田がしがみつくように抱きついている。

「あれが大典太光世か」

 先に顕現した三日月宗近とはずいぶん違う。あちらは平安生まれらしく細身の優雅な殿上貴族らしき風体だが、大典太はどこか影のある無骨な感じだ。同じ天下五剣とはいえ、その刀の性質はだいぶ異なるらしい。

 「いつもの儀式を行わないとね。一応決まり事だから」

 ふわりと顔をほころばせる主を、山姥切は冷めた目で一瞬だけ視線を投げた。

「天下の名刀が増えたんだ。俺はもうあんたのお守りの役目を下りてもいいよな」

「何を言っているのかな、切国は。これからどんな刀が来ても君がこの本丸で私のそばにいる大切な初期刀っていう事実は変わらないよ」

「な!?」

 驚いて顔が赤くなるその慌てぶりに、主はうれしそうに笑った。

 

 

「私がこの本丸の審神者を務めている者です。あなたも本日からこの本丸で戦いを共にする刀の一振りとなりましたが、ここでは戦うためだけではなく、人としての器をもったことを十分に楽しんでいただけたらと思います」

 姿勢をただし主は端正な姿で正座をしていた。このような場ではかならず黒い詰襟の制服というものを主は着る。普段着なれている着物ではない。それは初心を忘れず自分の心をしゃんとさせ奮い立たせるために着るのだとかつて言っていた。

 主の左右にはそれぞれ山姥切と長谷部が控えている。彼らもまた姿勢を正したまま、じっと見定めるように目の前の新たな刀を見つめていた。

 先ほど顕現した大典太光世はその大きな体躯に見合わないどこか頼りなげな眼を主に向けて注いでいた。その傍らには当然という顔をして前田藤四郎が付き添っている。

 緊迫しかけた部屋の空気を主の柔らかな声がほぐす。

「刀を一度私に預けさせていただけませんか?」

 刀は彼らの本体であり、魂のよりどころ。今まで来た刀の中にはそれを拒んだ者も何振りかいた。だがその都度主は時間をかけて彼らをゆっくりと説得してきた。

 天下五剣だ、そうやすやすとは渡さないだろうという山姥切たちの予想を覆して、大典太はなんのためらいもなく己の刀を差しだした。

 主は両手を差し出してその刀を恭しく押し戴く。

「では拝見させていただきます」

 柄と鞘に手をかけ、ゆっくりと引き抜く。見事に鍛え抜かれた刀身が光を帯びて輝いた。鞘を畳の上においた主は右手で刀剣の印を型作り、何事かを呟きながら大典太光世の刀を触れるか触れないかの程度で横になでていく。

 それを見ていた大典太の顔がわずかに動いた。審神者と刀とをつなぐこの儀式に霊力があるといわれる彼は何かを感じ取ったのだろう。

 印を刀の先端まで滑らせた主は刀を構え直し、切っ先を上に向け、刃を己に向けた。

相模国審神者たる私はここに大典太光世と新たなる契約を結ぶ」

 何かがつながる。主から頼りなげなほど細い光が伸びたのが見えた気がしたが、瞬くとそれはもう消えていた。

 甲高い音を立てて刀が再び鞘に収められた。

「大事な刀をありがとうございました」

 主は作法通り丁寧に刀を大典太に返した。彼もまた慇懃に一礼する。

「長く蔵の中にいて外界の様子もよくわからない。不徳の致すところもあるかもしれないが、よろしく頼む」

 主との対面が無事終わったのを見届けて、堅かった前田の顔がほっと緩んだ。

「ではこの僕が本丸を案内しますね。主様も大典太さんをどうかよろしくお願いいたします」

 小柄な前田に引っ張られるように、大典太は主の部屋から退出する。

 襖がしめられて足音が遠ざかって行ったのを確かめてから、突然ふにゃりと主が崩れ落ちた。

 襖がしめられて足音が遠ざかって行ったのを確かめてから、突然ふにゃりと主が崩れ落ちた。

「うう、これはいつも緊張する。力がでない・・・」

「主、大丈夫ですか!」

「いつものことだろ。今回は天下五剣が相手だ。あんたも大典太光世の存在に慣れるまでは霊力が不安定になるだろうからおとなしくしてろ。審神者のあんたの体調不良が長引いて、先の長い連隊戦でこちらに影響が出てはかなわんからな」

  必要以上に心配する長谷部をあざ笑うかのように、山姥切は冷たく言い放つ。それを聞いて長谷部の額に青筋が立った。

「山姥切、少しは主の心配をしたらどうだ」

「心配だと? このくらいいつもの事だろう。本丸にいる限り主は無理をしなければ大丈夫なんだ。甘やかしすぎはよくないじゃないか」

「ほう、よく言うな。先ほど主が動けなくなったと聞いて、どんぶりを落とすほど動揺したと聞いたが?」

「あれは違う! 予想以上に早く大典太が顕現したからだ。話を勝手に歪曲するな! だいたいいつも鍛刀運がないと嘆いているくせに、いざ現れれば腰抜かすのは主として腑抜けている証拠だ」

「貴様、主に向かって腑抜けているなどと。そのようなこと動揺してどんぶり落としたたわけた刀に言わせはせん」

「・・・偉そうにしているが、長谷部、俺もあんたのことは聞いているぞ。あれが顕現したと聞いて、本丸と主に何かが起こる天変地異の前触れではないかと慌てて石切丸に占いと祈祷を頼んだそうじゃないか」

「な、貴様どこでそれを!」

 顔を付けていがみ合いそうな彼らをグイッと間から押しのけるように引き離した。間に挟まって両手で引き離しながら主は深いため息をつく。

「長谷部も切国も私を挟んでケンカしないでください。そんなに見せつけなくてもあなたたちの仲がいいのはわかっていますから」

「こいつとどこが仲がいいっていうんだ!」

「どこを見て仲がいいというのですか、主!」

 思わず声が重なった二人を交互に見て主はにこっと笑った。

「ほら、そろった。そこが仲がいいところだよ」

 はたと顔を合わせた山姥切と長谷部はぷっと顔をそむけてすねた表情を浮かべた。

 

 

「前田」

 黙って後ろをついてきていた大典太に声をかけられて、前田は笑顔で振り向いた。

「なんですか、大典太さん」

「・・・ここはいい場所だな。前田が幸せそうなのがよくわかる」

「はい、僕はここが大好きです。だからきっと大典太さんもここが好きになりますよ」

 

 

 

 大典太さん来ました。連隊戦二日目と言うまさかのハイスピード。

 いままで鍛刀で出てこなかったのはなんだったのか。

 あまりの顕現の早さにしばらく現実が受け止められなかった審神者です。

 今は前田君と一緒に仲良くレべリングしてます。

 次はソハヤだ。よし。

 刀の顕現とかカンストが続いて書くのが間に合わなくなっている。

 

 太刀 大典太光世 二〇一六年十二月二十一日 刀剣顕現

 

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