ゆめうつつ

刀剣乱舞・文豪とアルケミスト関連の二次小説。主にコメディ中心。

兄弟 ~虎鉄~

「あーあ、今日も兄ちゃんたちを仲良くしてもらおうとしたけどだめだったよ」

 部屋の中央に置かれた座卓の上に浦島虎鉄は倒れ込むように突っ伏した。隣に座っていた物吉貞宗が心配そうに彼を眺める。

 顕現した刀の数が多くなったこの本丸では大広間だけでは人が多すぎて話し合いがしにくいと言う意見が多数出たため、主に申請すれば集まりごとに相応の大きさの部屋が与えられることになっていた。

 この部屋は脇差たちが情報交換と休憩にと申請を出して与えられた部屋だ。中央には脇差の皆が座れる円卓がある。今は丸いちゃぶ台だが、冬には寝れるほど大きな炬燵が導入されるため脇差だけでなく他の刀たちも茶菓子を手土産に温みにくる。どうやらこの部屋はのんびりできるのか居心地がいいらしい。

 最近の脇差はみんな練度が限度まで上がってしまったため出陣機会も少なくなり、内番の仕事が割り当てられていない時はここでくつろぐことが多くなっている。

 座卓の上に浦島が何かを放り投げた。物吉は投げ出されたその一冊の冊子を手に取って表紙を見た。

「虎鉄兄弟仲良し大作戦覚書?」

「ああ、これ僕もいくつか作戦書いたんですけど効果ありませんでしたか?」

 物吉の横からひょいっと鯰尾藤四郎が顔を出した。その後ろには寡黙な骨喰藤四郎もやって来ていた。

 物吉ははらりと冊子の表紙をめくってその中身を読む。ずらっと並んだ作戦の項目は紙を黒くするかのようにびっしりと書き込まれている。そしてその項目の横に大きく朱色でつけられたばつ印。

「ずいぶんいっぱい書いてありますね。でも横にあるこの赤い印はなんですか?」

「それ全部だめだったやつだよ。もー、どうすれば兄ちゃんたち話してくれるのかな」

 書かれていたのは入れ替え作戦、一緒に戦おう作戦、好物作戦、スイカ作戦、落とし穴作戦などなど。中にはこれは逆効果ではないかと思うものもあったが、多種多彩な作戦がそこには記されていた。

「もしかして印ついているの全部ですか。これだけ全部実行するなんて浦島さん凄いですね」

「でもにいちゃんたちが仲良くなってくれなければだめだよ」

 もうネタ切れだよと台に突っ伏して浦島が嘆く。

 浦島の兄である蜂須賀虎鉄と長曽根虎鉄は刀としての真贋から端を発して仲をこじらせていた。出会う前から互いにわだかまりを抱えた関係だ。その間にはさまれた浦島はどちらも大好きな兄であったしなんとか二人を和解させたいが、今日までそれが実ったことはない。

 彼らはともに浦島に対しては優しく兄弟として接する。だがお互いだとどうしてもだめなのだ。さりげなく避けて会わないよにするか、ばったり出会いでもしたら相手に嫌みを言うか。

 嫌いならば無関心になるはずだ。でもどう考えても二人とも相手を気にしているのが分かるから、浦島が何とかしたくなる気持ちはわかる。

 互いに歩み寄れないからこそ何かきっかけが必要なのだろう。だがそのきっかけがうまく見つからないと言う。

 何かないと聞かれて物吉も考えてみる。だが兄弟でいさかいを起こしたこともなく、あちらから好意を示してくれる貞宗派の物吉からすればこういった場合の経験はないに等しい。

「すみません、思いつきません。幸運を運ぶのが僕の役目なのに、手助けできないなんて」

 しょぼんと肩を落とす物吉に気にしなくていいよと浦島は笑って手を上下に振る。

「んー、でも物吉は気にしなくていいよ。この本丸にいるいろんな人に聞いてみたけどさ、どれもあのにいちゃんたちにはきかなかったから。刀派によっても違うけど、うちほどすれ違っているところはないよね」

「でも蜂須賀さんも結構気になっているみたいだね。物陰から覗き見ているのをよくみるよ」

 突然低い小声で会話に割り込まれた物吉たちは身体をびくっと震わせた。にっかり青江は浦島と物吉の間に座ってにっこりと笑っていた。話に夢中で全然気づかなかったからその登場は驚くしかない。

「に、に、にっかりさん、いつからそこにいたんですか」

「いい作戦はないかって聞いたところかな。君たちが話してて気づかないうちにこっそりとすわっただけだよ」

 どうやら前にいた鯰尾たちは気付いていて知らないふりをしていたようだ。

「にっかりも驚かせるの好きだよな。二人ともびっくりしてるじゃないですか」

「そういう兄弟も黙っていただろう」

 厨房からもらってきたよとにっかりは後ろに隠していた木の器に山盛りのおはぎを座卓の中央においた。

 本日のおやつの出現に鯰尾の目が輝いた。

「あ、おはぎだ。あんことごまあんがある。兄弟どっちから食べる?」

「ごまがいい」

「じゃあ俺はあんこの方かな」

 誰が言うでもなくてきぱきと手際よく役割分担をしつつ、ちゃぶ台にとりわけ用の小皿を並べて準備をした。早速食べようと大口を開けた鯰尾に骨喰がふと何かに気付いたかのように話しかけた。

 脇差の皆が座れるようにと主に頼んで買ってもらった大きな座卓だったから、誰か欠けているとそこがぽっかり空いたようになってしまう。今日も物吉の隣が一人分空いていた。

「そういえば堀川はどうした?」

「僕がどうかしましたか?」

 大きめの給湯器と急須をお盆にのせた堀川国広が丁度部屋に入ってきた。

「おやつの時間だと思ったのでお茶を持ってきましたよ。おはぎだから日本茶がいいですよね。あ、ほうじ茶もありますけどどうします?」

 てきぱきと皆の急須を出すと好みに合わせてお茶を入れ始めた。

「さすが手が早いね。あ、お茶の支度のことだよ」

「僕は兼さんのお世話するのが当たり前だから、いつも何かしてないと落ち着かなくて」

「動いている方がいいなんて君も難儀な性格だねえ」

 部屋に集まった脇差たちはおはぎのおやつと熱いお茶とでひとときくつろぐ。

 口元にあんこをつけた鯰尾がもうひとつおはぎに手を伸ばした姿勢で浦島に尋ねた。

「次の作戦はどうする?」

「うーん、次っていってももう思いつかないよ」

 でもさ、と拳を固めてすくっと浦島は勢いよく立ち上がった。

「俺は絶対に兄ちゃんたちに仲良くなってほしいんだ。だって二人ともちゃんと話したいのに虎鉄の意地とかそんなのが邪魔して自分から素直に話せないんだよ! そうじゃないよね。俺がなんとかしなきゃだめなんだよね。そうだよな、亀吉!」

 浦島の肩でじっとしている亀吉は寝ているのかピクリとも動かない。だが浦島はだよなと勝手に亀吉も賛同していることにしている。

「浦島の落ち込んでもすぐ立ち直るところが彼のいいところだよね」

「でも仲良くなる方法ですか・・・」

 しかしあの二振りを仲良くさせるというのはこの本丸でも最大難易度に値する試練の一つではないだろうか。浦島だけではなく他の刀たちも二人の間を取り持とうといろいろ画策したという。だがすべて見破られたり怒らせたりして徒労に終わったそうだ。

 もしかしたら現在一番強いと言われる延享の時間遡行軍と連戦で戦った方が勝率は高いかもしれない。

「そうだ、僕さっき主さんのお手伝いをしたらこんなものもらったんですよ」

 堀川はひらりと三枚の札の形を下した紙を取り出した。厚手の薄紫の和紙に墨で流麗な文字で書かれたそれを浦島が読み上げる。

「万屋直営茶屋、新作あんみつ試食ご招待券?」

「ええ、なんか燭台切さんと太鼓鐘さんがここの喫茶店の新作甘味の考案を手伝ったらしくてそのお礼に何枚か招待券が届いたそうですよ。でも主さん、身体の具合もあって外に行けないじゃないですか。だから代わりに行っておいでってもらったんです。これを使ったらどうですか? ちょうど三枚ありますし」

「え、いいの。三枚あったらそっちの兄弟たちと行けるんじゃない?」

 券を手にして浦島が堀川の顔をまじまじと見つめ直す。彼の刀派は三振りでこの券がちょうどのはずだった。

「いいんですよ。僕たちはあとで普通に行きますし、それに僕たちだと三枚じゃ足りないじゃないですか。だって兼さんと兄弟たちと一緒に行くんですから」

 当然だといわんばかりに堀川は満面の笑顔で言った。

 ああ、とその場にいた脇差すべてが納得する。たしかに三枚では足りないなと。相棒の和泉守兼定は絶対にはずせないだろう、彼にとっては。

「どうやれば仲良くなれるかなんて後で考えてもいいんですよ。まずはきっかけを作らないと」

 何かを思い出すかのようにその眼の奥が濃くなり、浦島を見ているようで見ていない。どこか遠くに想いをさまよわせている。

「蜂須賀さんも長曽根さんもいろいろ考えすぎて相手に踏み込めなくなっているんだと思います。長曽根さんは自分と関わるのを望まない相手に対しては一歩身を引いてしまう人です。それに長曽根さんはあの局長の刀であることが誇りで、今もまだ局長の望んでいた刀であろうとしていますから。それがいいとか悪いとか、僕には言えません。でもこれだけは言いたいんです。言いたいことがあればその時にちゃんと伝えていかないと駄目だって。相手はこうだからって思いこんで伝えないままでいたら、お互いにどんどん心は離れて行ってしまう。あとで伝えようとしても心が離れてしまっていたら、どんな言葉でも相手には届かなくなる。その人の為だって自分勝手に言い訳して近づかないようにして、後で後悔するのは結局自分になる。・・・僕はあともう少しでそうなりそうだったから」

 胸のところで手を握りしめ、乾いた声で堀川は笑った。しんと静まり返った部屋でにっかりだけが彼に声をかけた。

「そういえば堀川がここに顕現した時に君の兄弟とすれ違いかけたからだね。あの時の君たちは見ていて痛々しかったよ」

「堀川さん、兄弟とうまくいかなかったって本当ですか。たしか俺たちが来る前だとここに来てたのは・・・山姥切さんですよね?」

「今では考えられませんが。だってあの方は口では言わないけれどいつも堀川さんの事気にかけていますよ。出陣したら堀川さんはどうだったかとか心配している口ぶりで尋ねてきますから」

「そうなの? だったらうれしいなあ。別に隠していたわけじゃないし、あの頃ここにいた刀はみんな知っていたことだからね。もちろん今はそんなことないよ」

「仲のいい堀川派でもそんなことあったなんて知らなかった」

 思いもかけないことを聞いて浦島が呻く。物吉もそうだ。どの刀派も兄弟仲は良いところが多いが、堀川派の三振りは言葉にしなくても互いのことを分かり合っている感じがしていたからだ。ただそこに至るまで僕らが知らないことがあったと言うだけで。

 よしっと浦島が気合を入れて大きな声を出した。

「俺もがんばる。やればできるよね!」

 「そうそう、長曽根さんと新撰組で一緒にいる僕からもう一つ助言するね。長曽根さんって局長の刀だからまっすぐにぶつかった方がいいと思うんだ。小細工とか嫌いな人だからね。大事な弟の浦島さんにお願いされればお二人とも嫌とは言えないでしょう?」

「確かにそうだよな。今までも先に長曽根にいちゃんに見破られることあったし」

「長曽根さんは勘がいいからね。僕も全力でお手伝いするよ」

「じゃあ、作戦名はどうする?」

「もう決まってるよ、当たって砕けろ」

 

 

「茶屋へ甘味の試食のご招待?」

 浦島から見せられた券を手に長曽根は困惑の表情を隠さなかった。

「長曽根にいちゃんも甘いもの好きだったよね。だから俺と一緒に行かない?」

「いや、確かに嫌いではないがこれだったら他の・・・もっと違う奴といった方がいいんじゃないのか?」

 長曽根が言葉を濁した相手が誰なのかは何となく浦島も察した。名前すらも呼べない、でも気になるくせに。じれったくなるほどみえみえなんだけどな。だがここで引いたら負けだ。

「俺は長曽根にいちゃんと行きたいんだ。俺、こないだ練度が上限に行ったって言ったよね。だからそのお祝いを一緒にしたいんだ!」

「・・・そこまで言うならおまえのために付き合うしかないな」

 

 

「浦島と外出なんて久しぶりですね」

「おれも蜂須賀にいちゃんと一緒でうれしいな」

 本丸の正門を潜り抜け、どこにあるか知らない古風な町を二人は歩いていた。人は多く、すれ違うのも気を使うほどにぎわっている。歩いていると時々どこか見知った顔に出会うのは、おそらくここがこの世界に数多あるというどこかの本丸と繋がっているからだろう。

 時間遡行軍と戦う刀剣男士や審神者たちが必要なものを買物をし、時には店でくつろいだりするそんなささやかな休息を提供する場所なのだ。

 浦島はきょろきょろと目的となる店を探す。堀川が言っていた店はたしかこのあたりのはず。

 人通りの多い通りのその先に、軒先に赤い毛氈をかけた長椅子が並べられた茶屋が目に入った。客に日陰を提供しようと広げられた大きな赤い蛇の目傘が目立っている。

「にいちゃん、あそこだよ」

 浦島が指差した先を蜂須賀も視線を向ける。

「ふうん、江戸時代にあるような茶屋だね。だいぶ人が来ているようだが・・・あれは!」

 茶屋の壁にもたれるようにして誰かを待っていたその者もこちらを見て驚いたようだった。

「浦島に、蜂須賀か。そうか、そう言うことだったんだな」

 ずかずかと歩み寄ると蜂須賀は周囲にはばかることなく険しい声を上げた。

「なぜ贋作がここにいる!」

「俺は浦島に呼ばれたから待っていただけだ。浦島、これが目的か」

 長曽根に面倒なことをと言いたげな眼を向けられて、だまし討ちにしたような形の浦島はごめんと心の中で手を合わせて詫びた。

「だってこうでもしないと兄ちゃんたち一緒に来てくれないじゃないか。俺は兄ちゃんたちに一緒に祝ってもらいたいんだ。二人とも約束してくれただろ!」

 浦島の必死のお願いに兄二人はぐっとつまる。互いに目線をかわして重いため息を漏らす。

「浦島の頼みならばきいてあげたいのですが、よりにもよって贋作と一緒とは・・・」

「仕方ない」

 一言つぶやくと長曽根は突然蜂須賀の腕をつかんだ。

「なにをするんですか」

「ここでもめていては往来の迷惑だ。話なら中ですればいい」

 大声でもめていたせいで人が何事かとこちらを見て足を止めている。営業妨害の可能性とさすがの長曽根も気まずさを感じたのか、蜂須賀を無理やり引っ張ってそろって店の中へと入った。

 引き戸を開けて中へ入るなり、外からの予想とは違う店内の内装に驚いた。

 外側とは裏腹に店内は模様の入った色硝子の窓がはめ込まれ、柔らかな温かみのある光が差し込んで明るかった。店の中の調度品も舶来の古いもので統一されている。

 流れる音楽はなじみのない音だったがしっとりした曲調の中に時折遊びのような音が混じる調子の良い曲だった。

 予想外の店内の様子を眺め渡した浦島がポツリとつぶやく。

「なんかとってもおしゃれなところだよな」

「もしかしたらではないが、これも燭台切たちの趣味が入っているのではないのか?」

 あの伊達の二振りが全面協力して行ったとしたらそれも頷ける。外見から江戸時代のような簡素な茶屋を想像していたら予想外に裏切られた。

 ただならぬ彼らの様子に店員が気をきかせたのか、他の客からは少し離れた窓際の席へ案内される。隣の客の声もさほど気にならない席で、浦島たちは黙って席に坐した。

「それで何をさせたいんだ浦島」

 こうやって対面してしまったからにはもう小細工もあるまい。堀川の言った通り真っ向からぶつかって見せる。

「お話ししようよ、長曽根兄ちゃん、蜂須賀兄ちゃん。二人とも言いたいことがたくさんあるんでしょ。俺は兄ちゃんたちに仲良くしてもらいたいだけなんだよね」

「だけど浦島、贋作と話をすることなんて・・・」

「なにいってんの。昨日だって長曽根にいちゃんが道場で打ち合いしているの木の影からずっと見てたんでしょ」

「な、な、なんで浦島がそれを知ってるんだい」

「にっかりさんが教えてくれたよ」

 真っ赤になって狼狽える蜂須賀にあっさりネタ元をばらすと、今度は長曽根の方を向いた。

「長曽根兄ちゃんも無関心を装っているふりをして本当はそうじゃないよね。聞いたよ、秘宝の里への出陣で俺たちの隊長だった大倶利伽羅さんとこっそり話してたよね。蜂須賀兄ちゃんの戦い方のくせとかやり方とか伝えてたみたいだけど、よくそこまで細かいこと見てるなってあの他人には関わらない大倶利伽羅さんが俺に言ってきたよ」

「まて、贋作。どういうつもりだ。俺はそんなに頼りないのか」

「ちがう。いや、そうではなくてな」

 愚弄されたと思い込んで怒る蜂須賀に浦島は平静を保って言葉を添えた。

「頼りないんじゃなくてその逆。長曽根にいちゃんはただ助言しただけだよ。蜂須賀兄ちゃんの力を信用しているから、その隊長となる大倶利伽羅さんに知ってほしかったんだよ。大倶利伽羅さんとは今まで一緒に戦ったことがないから、仲間の詳細な情報は必要でしょ。だから兄ちゃんのことをよく知ってる長曽根兄ちゃんがそれとなく教えたんだ。戦場で蜂須賀にいちゃんが力を存分にふるって活躍できるように」

「どういうことだ。お前にそんなことをされる理由は・・・」

 厳しい目で蜂須賀は目をそらしている長曽根を睨む。言葉を濁しながら彼は怒り治まらぬ様子の蜂須賀に黙っていては事態を悪化させるだけだと理解したのかしぶしぶ説明した。

「俺は虎鉄の真作であるお前に輝いてほしいだけだ。お前の力は本物だ。だからこそその力をいかんなく発揮できるようにいくつか彼に助言をしただけだがどうやら迷惑だったようだな。不快な気分にさせてすまない。以後は余計な手出しをしないと約束する」

「とかいって長曽根兄ちゃん、新撰組のみんなに対しては助言どころかむしろ放任だって堀川さん言ってたよ。戦闘では好きなようにやらせていただきましたって。なのに俺たちに対しては稽古をしてくれたり助言してくれたり、親切っていうよりは心配なのかな。俺たちにはけっこう甘いよね」

 卓上に腕を組んであごを乗せながら浦島は横目で長曽根をにっこり笑いながら見つめた。浦島の眩しい視線にぐっと長曽根は声を詰まらせる。

 ごほっとせき込んで彼は苦しげに言った。

「あいつらはいいんだ。和泉守や堀川たちは自分なりの戦い方があるからな。今更俺がどうこう言う必要はない」

 目の前に置かれていた水をぐっと飲み干して長曽根は息をついた。

「なんか今日はだいぶ辛辣だな。いつものお前らしくないぞ、浦島」

「そりゃそうだよ。言いたいときに言わないと後で後悔するよ助言されたからね。せっかく兄ちゃんたちが揃ったんだ。ちゃんと言っておかないと」

 それに、と浦島は黙りこくった蜂須賀と気まずげな長曽根を交互に見やった。

「兄ちゃんたちの情報は他にもたくさんあるんだけどばらしていいかな」

「まだあるのか。だいたい一体どこから仕入れた情報なんだそれは」

脇差情報網に決まってるじゃん。俺たち偵察得意だからね。もちろん俺一人じゃないよ、みんなが俺のためにいろいろしらべてくれたんだよね。堀川さんの新撰組極秘報告にも面白いのがいっぱいあったけど、まずはにっかりさんの誰にも知られてはいけない秘密情報からでいい?」

 そう言って浦島は懐から取り出した分厚い手帖をめくりだす。浦島の手帖に書かれている事柄には彼に知られては都合の悪いものがかなり混じっていると察した長曽根が最初に観念した。

「・・・それはやめてくれ。わかったお前の言うとおりにしよう」

 にっかりの情報と聞いてなにかとんでもないものが出てきそうな気がしたらしく、長曽根がしかたがないとうなだれた。

「今日のことはもしや堀川が一枚咬んでいないか。いやあいつが主犯か」

「あ、長曽根兄ちゃん鋭いね。やっぱりわかるんだ」

「お前たち脇差の中で、俺を逃げ場のないほどえげつなく追い込めることができるのはあいつしかいないだろう。脇差の奴らの中で新撰組にいたあいつほど闇の世界に踏み込んだ奴はいないからな」 

 「なら長曽根兄ちゃんは了解ってことでいいね。で、蜂須賀兄ちゃんは?」

 太陽のような笑顔をそのまま蜂須賀に向ける。この兄は自分の笑顔にめっぽう弱い。言いかけた言葉を飲み込んでどうすべきか逡巡するかのように目線を泳がせた。

 「俺は贋作など・・・」

「真贋なんて俺は気にしないよ。だって蜂須賀兄ちゃんも長曽根兄ちゃんも俺の憧れの刀なんだからね! 本当はそう思ってるんじゃないの?」

 ぐっと唇をかみしめて蜂須賀の動きが止まる。立ち上がろうとしたところを浦島が手をかけて止めた。

「今日は俺のお祝いをしてくれるって約束したじゃん。行かないでよ」

 浦島に止められて蜂須賀は目の光をわずかに緩める。そして向こうで黙ったままの長曽根を一瞥した。

「俺は虎鉄の真作だ。その矜持をなくしてしまったら世にある虎鉄としての真価を踏みにじることになる。だからこそ真作よりも多く存在する贋作を許すことはできない」

 頑なな蜂須賀は言を変えない。浦島がほんの少し哀しげに目元を下げたその時だった。傍にいた浦島にしか聞こえない小さな声で言葉が力なくこぼれた。

「だが、銘など何もないただの刀としてであれば長曽根はいかなる力にも折れることのない見事な刀だ。それだけだ」

 目を見開く浦島をよそに蜂須賀はふいっと不機嫌に視線を逸らした。自分の今の顔を見られたくないのだろう。

「めったにない浦島の願いだ。今日のところは我慢しよう」

 ぱっと浦島の顔が輝く。

「ありがとう蜂須賀兄ちゃん」

「礼などいい。兄として当然のことをしたまでだ」

 相変わらず長曽根の方を見ようともしない。だが浦島にとってはこの三振りで同じ卓を囲んでいることだけでも初めての事だった。

 仲良く話をするという目標には届かなかったけど、ちょっとずつ進んでいけばいい。俺たちの刃生はまだ先は長そうだから。

 

 

「聞いたんだが浦島に続いてお前も練度が上がりきったそうだな、蜂須賀」

 あんみつを食べていたその手が止まる。蜂須賀は何が言いたいと目の前の長曽根を睨みつける。

「だからどうした」

「いや、おめでとうと言っておこうと思ってな。さすが・・・だな。強くあろうと鍛錬を欠かさないお前はやはり虎鉄の誇りだ」

 それ以上を言わず長曽根はもくもくと手元のあんみつを食べた。隣の浦島がこちらを覗き込んだ。

「大丈夫、蜂須賀兄ちゃん。顔が赤い・・・」

「これだから贋作は・・・」

 口元を抑え、うつむくしかない。いつも不意打ちだ。

 だがその飾り気のない率直な言葉が何よりも心に響く。真作である以上蔑むことしか許されない自分がどこかで彼に認められることを望んでいたとは。

 それは表だって喜んではいけないことだ。いまほんのわずかに湧き上がった気持ちは胸の奥に深く沈めておけばいい。

 虎鉄の名を背負う以上、贋作に認められるなど許されない。許してはいけない。

 それでも口元はほんの少しだけ上にあがる。ただ今このひとときだけはその嬉しさを噛み締めてもいいのだろうか。

 

 

 「お帰り、浦島。どうだった?」

「あんみつ食べて帰って来たよ。おいしかった!」

「新作のあんみつ、おいしいのか。いいなあ。なあ兄弟、俺たちも外出許可もらって食べに行こうよ」

「また兄弟はすぐなにかに影響される。・・・だが悪くはないな」

 

「長曽根さん、渋い顔してたでしょ」

「うん。そうだ、長曽根兄ちゃんから堀川さんに伝言。あとで望み通り直々にしごいてやるから和泉守ともども覚悟していろだって」

「あ、やっぱりお見通しかあ。さすが長曽根さん。でも今回の兼さんはちょっとだけ僕の手伝いしてくれただけどな。まあいいや、後で長曽根さんに道場でしごかれてくるよ。でも僕たちもおとなしくはやられないけどね」

 

「情報は役にたったかい?」

「にっかりさん情報はばっちりでした。それにしてもどこでこんな極秘情報を仕入れてくるんですか?」

「それは企業秘密だよ。秘め事は全部ばらしたら面白くないだろう?」

 

「幸運は訪れましたか?」

「うん、一緒にあんみつ食べただけだけど、うれしかった」

「それは何よりですね」

「じゃあ今度は物吉の番だな」

「え?」

「お前の兄弟を探しに行かなきゃ。だって兄弟は一緒にいるのが一番だからな」

「ありがとうございます。でも僕の刀派の場合はどうでしょう。あの人はどうも特殊な趣味をお持ちのようですから」

「もしかして変わった奴なのか、おまえの兄ちゃんは」

「・・・そうですね。会ってみたらよくわかるかと」

 

 

 虎鉄兄弟の仲を取り持つのは浦島君しかいない。彼の明るさは太陽だからきっと大丈夫。虎鉄兄弟の解釈は踏み込みすぎたかな。

 あと堀川と山姥切の初めのすれ違いはそのうち書きたいなあとは思ってます。ただあくまでうちの本丸の中での話。誤解だったってわかった反動か、いまは山伏と一緒にすごい仲良しです。

 

 脇差 浦島虎鉄  練度到達 二〇一七年四月十二日

 打刀 蜂須賀虎鉄 練度到達 二〇一七年四月十三日