腐れ縁 ~中原・太宰~
「今度こそ芥川先生を連れて帰ってくる! 俺の力を見てろよ、志賀直哉!」
紅潮した顔で意気揚々と宣言した太宰の後ろで、志賀が腕を組んだまま冷めた目で眺めていた。
「おー、がんばれよー」
その口調もどこかおざなりだ。もう何日も芥川探しで潜書し続けて疲れ切っていた。しかもその相方がいちいち突っかかってくる太宰だ。おかげで志賀の苦労と疲労は何倍にも増幅されていた。
だからさっさと芥川がでてくれば彼にとっても喜ばしい。別に自分が連れてこようが、太宰が見つけてこようがどちらでもよかった。
目の前の本の中へ太宰の姿が消えたのを見計らって、志賀はこらえていたため息をついた。浮き沈みの激しい彼にこれでも気を使っているのだ。
「芥川じゃねえとわかるたびにこいつが際限なく落ち込むんだもんなあ。さっさと出てきてくれた方が太宰の精神状況的にもいいんだが・・・しかしなんでこないんだろうなあ、芥川は」
表示されている時計の潜書時間は四時間半だ。いつもよりは長い。だがこれが芥川を示す時間なのかはわからない。
「太宰の時はたしか五時間だったか。だとすると違う可能性が高いが、まあやってみるか」
そういって志賀は司書から預かっている調速機を取り出して、太宰が潜った書籍の上へかざした。
調速機の時計の針が急速に回転し始める。時計の針がゼロに合わさった瞬間、本が青い光を帯びて輝きだした。
目の前に人の姿が浮き上がる。それも二人。
芥川かと志賀も心なしか緊張する。だがそこに現れたのは彼ではない。
なぜか青い顔をして逃げようともがいている太宰と、その首をしっかり腕で巻きつけて離さない赤い顔をした酔っぱらい。
「・・・誰だ? お前の知り合いか」
首をかしげて志賀は太宰に尋ねた。
すると酒瓶を持ったそいつは不機嫌な顔をしてがんを飛ばしてきた。
「なんだよ、俺のこと知らねえってか。俺様は中原中也だ、覚えておきな」
ひっくとしゃっくりをするとふらりと足下をふらけさせた。どうやら相当酔っているらしい。
太宰の首に回した腕に力を込めて、彼の顔をさらに近づけさせた。
「それにしてもおめえはよぉ、俺の顔を見たとたんに逃げやがって。そんなに俺と酒を飲みたくないっていうんじゃねえよな」
慌てた様子で首を振る太宰。いつも過剰なほど自信家の彼がここまで人に対してうろたえるのは珍しい。
「そうか、ならこれから付き合えよ。ここ酒あるんだろ、歓迎会くらいしてくれねえとな!」
「無理強いはよくねえんじゃねえか? それにあんただって飲みすぎ・・・」
さすがに子犬のように震えている太宰が哀れになったのか、志賀が助け舟を出そうとする。だが中原は細い目をさらに座らせて睨み付けてきた。
「ああ? 俺がいくら酒飲もうと関係ねえだろ。それにこいつとは古い付き合いでな、言いたいことがいくらでもあるんだよ・・・てめえ、俺のこと言いたい放題言ってくれたみてえじゃねえか。なんだナメクジってああ!」
首を思いっきり絞めて太宰の体を思いっきり揺らす。
「い、いや、その・・・」
「まあいい、酒の席でとっくり聞かせてもらおうじゃねえか」
「え、それは遠慮・・・うわぁぁぁ!」
ずるずると引きずられて去っていく太宰を中原の酒乱による妙な気迫に押されて見送るしかなかった。
中也さん来ました。文ストとあんまり違和感ないような。背が低いのは共通属性みたいですね。
酒瓶抱えて出てきたのはあなたくらいですか。あとはとっくり持って出てきた若山さんくらいか。二人で毎日食堂で酒飲みしてそう。そしてまもなく飲酒禁止命令が出る。
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