ゆめうつつ

刀剣乱舞・文豪とアルケミスト関連の二次小説。主にコメディ中心。

猫 ~徳美組~

 ※基本、刀たちがじゃれ合っているだけの話です。シリアスはどこかへ出陣しました。

 

 俺たちが下りたつことが許された阿津賀志山は夏のはずだ。だがぴりぴりと肌を刺激する嫌な感じは何だ。

 夏草の生い茂る草地に漂うもやっとした空気の間を吹き抜ける冷たすぎる風。

 周囲の違和感に神経をとがらせつつ、南泉一文字は刀を引き抜き隊長としての命を勢いよく発した。

「偵察に猫を飛ばせー!」

「おや、猫などどこにいるんだい、猫殺しくん」

 上品で落ち着いた声音ながらささやかに揶揄を帯びた嫌み。

 戦場での高揚気分に中途半端に水を差された南泉は恨めし気にそちらを睨みつけた。

「う、うるさいにゃ。何を言おうと勝手だろ」

 語尾がおかしくなるのは動揺している表れだ。余裕めいた表情で笑みを浮かべているそいつも長い付き合いでそれを十分知っている。

 刀としての誇りと矜持をそのままに容姿に表したかのような奴だ。古馴染みの山姥切長義は端正な口元に怜悧な微笑みを崩さずにいる。

「どうも気になったからね。このすぐ近くでは荒々しい騎馬武者たちの集団が戦いの火ぶたが開くのを待っている。そんな不穏な場所に気配に鋭敏な猫など居るはずはないだろうと思ってね」

 理論で責められる南泉はとっさにうまい言い返しが思いつかず口元を不機嫌に曲げる。

「・・・何が言いたいんだよ」

「隊長として任を全うするのであればもう少し言動にも気を付けた方がいいと思ってね。人語を解さない猫には常識的に考えて偵察などできないだろう。いや、猫を切って呪われた君だったら猫の言葉くらいわかるかもしれないね。どうかな、猫殺しくん」

 余裕綽々のその顔がむかつく。いらっとした南泉は戦場だと言うことも忘れかけて怒鳴り声を返した。

「いちいち細かいんだにゃ、お前は。厭味ったらしくねちねち言うんじゃねえ。だいたい俺は呪いをかけられただけで猫じゃないっていってるだろ!」

「その短気なところも直したほうがいいんじゃないかい?」

「怒らせにきているのはお前の方だろうが! どうせまたなんかいらっとしたことあったんだろ。そのたびに気晴らしで俺をからかうのはなあ」

「言いがかりはよしてくれるかな。俺は部隊の一員として隊長である君に忠告しているだけだよ」

「やまんばぎり、もうおこったにゃーー!」

 今にもとびかかりかけた南泉を遮るように小柄な影が二振りの間に素早く入り込んだ。陽光に艶めいた長い黒髪が彼らの目の前をゆったりと宙にそよぐ。

「はいはい、そこまでですよ」

 にっこりと邪気のない笑顔を浮かべた鯰尾藤四郎が両手を広げて目の前に立つ。

「そろそろ偵察しないと、敵が来ちゃいますよ」

「鯰尾、ちょっと待ってくれないか。何を頭につけているんだ」

 先ほどの余裕はどこへ消えてしまったのか、山姥切が頬をひきつり気味に鯰尾に問いかける。

 頭の上にちょっと手をやると彼は眩しい笑顔で言ってのけた。

「なにって、これ可愛くないですか?」

 みごとな黒髪に合わせた色合いのふさふさした毛艶。頭の上にそこには人型としてはあるはずのない耳がちょこんとのっている。誰が見ようが間違えることはないだろう、どう見てもそれは猫の耳だ、間違いはない。

 細く鳴った山姥切の目の奥が徐々に冷たく不信の色を帯びてゆく。

「ちょっと待ってくれ、戦場で何をふざけているんだい?」

「ふざけてなんていませんよ。僕はいつだって真面目ですからね」

「僕のはどうですか、山姥切さん」

 ひょこっと顔を出した物吉貞宗の頭にも髪に合わせた色合いのふわふわとした毛が生えた耳があった。

 鯰尾が後ろに隠れようとする後藤藤四郎の襟首を掴んで前に引きずり出す。その後藤の頭にも曲のある髪に隠れるように耳が立派にのぞいている。

「ほら後藤、隠れなくてもいいだろ」

「い、いやだ。恥ずかしいだろ。でもまあ、他の兄弟たちがいないだけましかもしれねえけど」

「そういや、薬研と信濃が写真撮ってきてとか言ってたっけ。ま、そんな手間とるよりも直接本人を連れてくほうが早いよね。これの事おしえてあげたらみんな後藤が帰ってくるの楽しみにしているって言ってたよ。もちろんいち兄も」

「うわあああ、なんで誤魔化してくれなかったんだよ、ずお兄! もう終わりだ!」

 頭を抱えて天を仰いで悶える後藤。

「な、何が起きたんだ」

「さあ。俺も知らねえよ」

 なぜいきなり部隊の刀たちの頭に猫耳が生えたのか、しかもそれを当然のように受け入れている異様な状況に険悪だった南泉と山姥切は顔を見合わせ戸惑うしかない。

 ふっと太陽の光が遮られて首を傾けて翳った方を見上げると、やや照れ気味に困った様子でうつむいた太郎太刀の顔がそこにあった。

「どうなんでしょう、これは。私でも本当に似合っているのでしょうか」

 冗談も真面目に受け止めてしまう太郎太刀のその頭にも凛々しく先端をとがらせた猫耳が鎮座しているのをみつけて、今度こそ南泉も山姥切も絶句してしまう。

 頬をうっすらと朱に染めて戸惑い気味に猫耳に手を当てているが、どうやらいやではないらしい。

「これは時間遡行軍の謀事なのか。いや、南泉、お前の呪いが暴走したわけではないだろうな」

「どうしたらそんな考えになるんだよ。俺の呪いはそんな都合よく暴れたりしないからな。濡れ衣だにゃ!」

 目の前の事態が理解できずに顔を青ざめさせた南泉たちに気付いたのか、鯰尾が軽く手を振ってそうじゃないですよと笑った。

「よく見てください、これが本物のわけないじゃないですか。ほら、ちゃんととれるでしょう」

 持ち上げてみると猫耳はヘッドバンドにくっつけられているだけのものだと分かる。ひそかに自分の呪いの影響かと疑いかけた南泉はほっと胸を降ろす。だが当惑が激しかった分怒りの治まらなくなったのは山姥切の方だった。

「俺たちをからかうためにこんなくだらない企みごとをしたとでもいうのか? 理由次第では戦場で不真面目な行いをしたと主に報告させてもらうが」

「もう、このくらいの冗談も通じないんですからねえ。こんなので驚いていては鶴丸さんのいたずらだったら盛大に驚かされて呼吸止めますよ」

 本丸でも古参である鯰尾は人の身になってまだ日の浅い二振りのかつての同胞を呆れたように見つめた。

「でもなんで猫耳なんてつけたんだ?」

 首を傾げ南泉はそもそもの疑問をぶつけた。それにたいする彼の答えは非常に明確だった。

「面白そうだからに決まってるじゃないですか」

「は?」

 南泉と山姥切の当惑した声が重なる。

「ほら、南泉が偵察に猫を飛ばせっていつも言っているじゃないですか。じゃあ、偵察する俺たちが猫の真似したら面白いんじゃないかなって。猫は素早いですからね、真似をすれば偵察ももっとうまくいくんじゃないですか」

 今度こそ絶句する山姥切に物吉がはいと何かを差し出した。

「山姥切さんの分ももちろん用意してありますよ。あなたにはこれが似合うはずだと総隊長さんが選んでくれました」

 その瞬間、彼の周囲の空気が鋭い音を立ててひびを入れた音が聞こえた気がした。おそるおそる南泉は傍らの山姥切の顔をうかがう。

 やや俯かれた顔は流れる銀髪で隠れ気味だ。だがその奥、怜悧なその瞳の蒼が触れるだけで凍りつきそうな冷たさを帯び始めている。

 自分たちの本丸で総隊長と呼ばれているのは初期刀でもあるあいつで。それはつまりこいつの。

「へえ、偽物くんが・・・ね」

 ああ、怒っている、怒っている。脇に垂らした利き手をこぶしにして、血が出んばかりに握りしめている。

 逆鱗に触れるのを覚悟でなだめるか、いや、こうなったらこいつが俺の言うことを聞くのか。止めるか止めないか南泉が迷っていると、物吉が陽光のような穏やかな笑顔で山姥切の前に寄り添って下から顔を覗き込んだ。

「これをつけていただけたら僕らとお揃いになりますね。南泉さんはもともと髪が猫耳みたいに見えますし。だからどうでしょう。ほら見てください、山姥切さんの綺麗な銀髪の色合いと同じですよ。いかがですか」

 物吉が腕を伸ばして山姥切の頭に重ねるようにかかげた。どこから取り出したのかすぐさま鯰尾が目線の先に手のひらほどの手鏡を向けた。

 山姥切の口が何か言おうと開きかけて閉じた。物吉たちの真摯な瞳に直面してきゅっと口を噛み締めたのが見えた。目の中から力ある光が消えたと思うと、瞠目して小さくため息をつく。

「ここで嫌だと言っても君たちは簡単には引き下がらないんだろうね。いいよ、君たちの遊びに付き合ってあげるよ。だけどこれっきりにしてほしいかな」

「わあ、ありがとうございます」

「じゃ、遠慮なく。うわあ、やっぱり似合いますね」

 自分からつけると言ったくせに、いざ身に着けた姿を鏡に映して気まずげに目をそららす。その様子に満足したのか、物吉たちは偵察へと向かっていった。

 猫耳をつけた物吉たちがその機動力と隠蔽性を生かして敵の潜んでいそうな場所へと飛び出していった。太郎太刀はその長身の特性を利用して少し離れたところで周囲を警戒している。

 隊長の南泉は報告を待ちながら草原に立っていた。草原を低く吹き抜けた風に乗って馬のいななきと人間の怒声がとぎれとぎれに聞こえてくる。もうすぐ戦が始まる。

  ふわふわと風にそよぐ自分の髪を指先でいじった。猫の耳のようにくせづいたその髪は緩やかな空気の流れに揺られただなびいている。

 傍らで同じように遠くを見つめている山姥切に声をかけた。

「まさかほんとにつけるとはおもっていなかったにゃ」

「うるさいよ、猫殺しくん。期待されているのであれば応えるべきだろう」

「本当にそうか、にゃあ」

 上手い具合に物吉と鯰尾というおだて上手にのせられたようにしか見えなかったが。規律を乱すのを嫌う山姥切も旧知の二振りの懇願とあっては断りきれないに違いない。

  南泉に疑い深げな眼を向けられた山姥切はまなじりを鋭くする。だが猫耳をつけているせいで強張った顔をすればするほど笑いを誘う。こらえきれなくなって吹き出しかけると、さらに冷ややかに睨みつけられた。

「だけどあいつには苦情を言わないとね。偽物くんのくせに本歌である俺に指図するとは自分の立場を分かっていないようだからね。本丸へ帰還したら余計なお世話だと言ってやらないと」

「でもあいつ第一部隊の隊長のはずだから、俺たちと入れ替わりで出陣するはずだぜ」

「なんだと」

「時間遡行軍の動きが活発になってるらしくてしばらく交代で出陣って話だ。あいつに次に会えるのは当分さきのはずだぜ」

「本当なのか、それは。くっ、俺に文句を言われるのが嫌で逃げれるように編成を仕組んだな」

「それはちがうんじゃねえかな。むしろあいつはお前と話せる機会を待ってるくらいだろって。まて、山姥切。敵発見したからって一人で先に突っ走るんじゃねえ、にゃ!」

 

 

 己よりも巨大な存在を体格の差など意にかけることもなく冷静に押し切ったへし切長谷部は刀を振るって刃についた血を振り払った。

 周囲を見渡せば立っているのは本丸の仲間たちのみ。共に出陣した六振りが無事であるのを確認し、敵の姿が見当たらないことを改めて確かめてから刀を収めた。

「それで最後だな。では一度本丸に帰投する」

 横から声をかけられて視線だけそちらに投げた。

 彼の背中に朱色の長い細布がひるがえるのが見えた。毅然と顔をあげまっすぐ長谷部の元へ近づいてくる。

 この部隊の隊長である山姥切国広が傍らに立った。

「ずいぶんと派手に暴れたな」

 足元に転がるいくつもの残骸を見て、長谷部は言葉を吐き捨てた。

「しかしきりがないな。奴らはいくら叩きのめそうと諦めるいうことがない」 

「仕方ないだろう。ここは武士の時代の始まりであり、歴史の変換点になりうる時代だ。奴らもそう簡単にはあきらめられないんだろう。とにかく俺たちと交代で休息に入っている南泉たちの部隊が次に出陣する予定だ。俺たちも必要なものは手入れをして、疲労が取れるだけ少し休んだらまたここへ出陣することになるだろうが」

 探知される時間遡行軍の動きは相変わらず活発だった。特に自分たちと時間遡行軍の両方を敵とみなす検非違使と遭遇する頻度も上がってはいたが。

 隊長である彼は他の者にも声をかけつつ怪我がないかなどの様子を聞いている。

 そういえばと長谷部は本丸の経理中に見つけた不可解な点を思い出した。

「経費の申請で物吉たちから利用用途のわからない物品の購入を頼まれたのだが、何か知らないか」

 長谷部の言葉に静かに顔がこちらを向く。動揺など欠片も感じさせず平静と返答してきた。

「ああ、聞いている」

「やはり貴様もかんでいたのか。あいつらは何を考えているんだ。猫耳など何に使う気だ。主の口添えで認めてやるにはやったが」

 本来ならば理由不明な無駄金などは長谷部は認めるわけにはいかない。奴らに聞こうにも入れ違いの出陣になってしまい、問いただす時間はなかった。

 長谷部の方を向いていた山姥切国広がふいっと視線を戻した。どこか遠くを眺めるようにつぶやく。

「この本丸にきた本歌は俺たちとうまくなじめずにいたからな」

「本歌? 山姥切長義のことか?」

 それには応えることなく山姥切国広は背を向け続けている。あれが来てからこいつは時折こうやって遠くを見ながら物思いにふけるようになった。

 長谷部は深く立ち入るつもりはない。本歌を元として打たれた写しであるその存在がわかるなにかがこいつにはあるのだろう。だが本丸の秩序を守るのを己の任務と自負する長谷部はくぎを刺すことだけは忘れなかった。

「何を企んでいるかは知らんが、奴の逆鱗に触れるような真似だけはするなよ。本丸の刀同士でいがみ合えば主の心労が増す」

「ああ、わかっている」

 ひらりと一片の桜の花びらがどこからか飛んできて風の中へ幻のように消えていった。それを目で追う彼の口元はうっすらと笑みさえ浮かんでいた。

「しかし俺が見れないのだけは残念だな。鯰尾に写真でも撮ってくれるように頼んではみたが、本歌がそう簡単にとらしてくれるだろうか」

「まて、貴様。猫耳をあいつにつけるつもりだったのか。俺が言った言葉を聞いていたか。自ら地雷を撒きに行ってどうする」

 慌てて聞き返すと、きょとんとした目で彼は不思議そうに長谷部を見た。

「いや、俺は本歌が自らつけるのを了承すると思っているぞ。物吉たちが揃って頼めばすがるものを無下に拒めるような奴ではないからな」

「ずいぶんな自信だな」

「ああ、俺はあいつの写しだ。俺が本歌のことをわかってやらないでどうするんだ」

「むこうは今のお前のことを理解できないようだが、まあいい。どうせまた一悶着起きるのは決定だろう。ただ貴様たちがもめるのは勝手だが、また主に心労をかけさせるようなことだけはするなよ」

「善処はする。・・・ところで長谷部、俺も本歌とおそろいの猫耳を買ってみたんだが。できれば一緒に並んで写真も撮りたい。長谷部、一緒に頼んでくれないか。あいつはお前の仕事ぶりに感心しているようだからもしかしたら聞いてくれるかも・・・」

「貴様、俺の忠告などまるで聞いてないだろう! それに俺まで貴様らのくだらないじゃれ合いに巻き込むんじゃない!」

 

第三部隊 練度上げ強化部隊

 隊長 南泉一文字

    山姥切長義

    鯰尾藤四郎

    物吉貞宗

    後藤藤四郎

    太郎太刀