ゆめうつつ

刀剣乱舞・文豪とアルケミスト関連の二次小説。主にコメディ中心。

出陣組 ~小夜・骨喰・和泉守~

 乱戦の最中、鋭利な刃が脇をすり抜けた。早い。影を目で追って向いたときにはもう横を通り過ぎていた。

 力任せに振り下ろされた刃を頭上で迎え撃っていた小夜左文字は駆けつけることもできず、ただ視線を向けるしかできなかった。

 狙われたのはすでに先に放たれた敵の攻撃で刀装を砕かれた大和守安定。前屈みに身体を庇っていた彼は痛みを堪えているのか俯いていて、すぐそばまで刃を向けて迫りくる敵に気付いてはいない。

「危ない!」

 誰かが気づいて叫ぶも間に合うはずもなかった。寸前で後ろに飛び退ったが刃は避けきれない。捨て身に近い渾身の一撃は大和守の胸に深い傷を刻みこんだ。飛び込んだ敵は駆け寄った仲間の短刀の二振りによって地面に叩きつけられる。

 鮮やかな血が真白い雪の上に艶やかな朱の文様を花開く。

 苦しげな顔のまま大和守は刀を地面に突き立て、よろめく身体を支えながら空いている手で傷口を抑えた。口から吐き出される荒い吐息がこぼれるたびに、胸元の指の隙間から血が絶え間なく流れ落ちてゆく。

 そばにいた物吉貞宗が駆け寄るが彼の傷を覗き込んで青ざめている。

「大和守は重傷だ。これ以上の進軍は無理と判断する」

 血の付いた刀を振り払って大和守を一瞥したへし切長谷部はそのまま小夜の方を向いて容赦ない進言した。それに牙をむいたのは当の大和守だ。

「待ってよ。僕はまだまだやれるよ。このくらいで終わりしてたまるか!」

 大地に突き立てた刀を支えにして長谷部を睨みつける。だが当の長谷部は睨まれようが顔色一つ変えず一笑に付した。

「立てないくせに何を言っている。戦えないならばそこにおとなしく寝ていろ」

「そういう長谷部だって、相当ひどい怪我してるじゃない。服だってボロボロになってるしさ!」

「ふん、このくらい俺には何ともない」

 腕から流れ落ちて手に伝った鮮血を口元でなめる。余裕の笑みを浮かべて見下す長谷部に戦場で気が高ぶっている大和守の顔がみるみる険しくなる。

「僕だって立てるさ、まだまだやれる。見てろよ!」

「ちょっと大和守さん、無理はしないでください」

 血に濡れた刀の柄を握りしめ、新たに現れた敵に足を踏み出そうとした大和守を後ろから腰を羽交い絞めにして物吉が抑えこむ。いくら彼が細身とはいえ打刀と脇差では体格差がある。物吉一人で激昂している彼を抑えるには厳しい。

「あいつは戦場で敵から攻撃を受けるたびに好戦的になるのはどうにかならないのか。勇猛と無謀は違うといってもあれではわからないか」

 ため息交じりにつぶやく長谷部に、小夜はそれはあなたもでしょうと思わずにはいられない。

「主命を受けた時のあなたといい勝負だと思いますけど」

 冷静さを崩さないようにしているが長谷部も激昂すると我を忘れる方だ。特に彼の敬愛する主が関わる時は特に。

 小夜の言葉に応えず、長谷部は切れ長の目をさらに細めて前方に現れた敵の群れを厳しいまなざしで挑むように見つめた。

 新たな敵は六体。黒く禍々しい気をまとって殺気を隠すことなく研ぎ澄まされた得物を煌めかせ立ちはだかる。だがこちらは満身創痍、刀装も幾つも砕かれ、無事なものは少ない。

 状況は明らかにこちらに不利。たとえ目の前の敵をぎりぎりで倒せたとしても、また新たな敵が僕らの前に立ち塞がる。

「僕らは引きます、長谷部。あとは次に控える仲間に任せましょう」

 味方の状況とを瞬時に熟慮して、第一部隊の隊長を任されている小夜は率いる者としての判断を下す。隊長としての任はどうして自分が選ばれるのかと未だに思わずにはいられないけれど、でも主がそう決めたのなら僕は与えられたことをちゃんとやるだけ。

「それが賢明だな。主からも無理はするなと仰せつかっている」

 彼も自分と同じ判断に至ったのだろう。傷を庇って立ち上がった大和守を横目に見て、天を仰ぐ。

 いつまでも降り止むことのない雪が昏い空より舞い降りて凍った大地に消えてゆく。僕らと敵以外に周囲には誰の気配も感じられない。

 こんなにもここは敵の数多の死骸と血で穢されて醜い殺気に満ち溢れているのに、どうして寂しいなんて思うのだろう。戦場に降り注ぐ雪は音もなくとても静かだ。

「それで、どちらに任せる」

 つい空を見上げて我を忘れかけたのを固い長谷部の声が現実へと引き戻す。後に控える部隊の顔ぶれを思い出して、小夜は少しだけ考え込んだ。

「和泉守さんの部隊に。敵は刀をはじくほど堅牢ですがあの人のところなら力で押せるはずです。今は僕が隊長ですから殿を務めます、いいですよね」

 小夜の言葉を受けた長谷部は幼い姿をした自分に殿を任せることに逡巡したようだが、冷静に状況を見渡せる彼は私情を挟まずにただちに他の仲間たちに部隊の撤退を伝えた。この部隊で今もっとも無事なのは自分だから。長谷部も平然として立っているけど、利き腕をやられているのは隠しててもわかっている。

 もっとも傷の浅い自分は自身の本体である短刀を横に構え、動くのに支障のある仲間が敵の手から逃げれる時間を稼ぐために殿として立ちはだかった。

 振り下ろされた大太刀の刀をその短い刀身で受け止めると、すぐさま刀の向きを変えて力を削ぐ。懐に入り込んで一撃を食らわせられなくはないけれど、そうしたら他の奴らに隙を与えることになる。

 今求められるのは敵を倒すことじゃなくて、敵の注意をこちらに引きつけて時間を稼ぐこと。振り下ろされる刀をできる限り受け止めることなく、短刀の中でも機動力のある素早い動作で避け続ける。

 それが殿を守る隊長としての役目なんだと、かつてずっと第一部隊の隊長をしていたあの人は言っていた。僕もそう思う。だからこの刀で最期を守る。

 まず抗う大和守を無理やり横抱きに抱え込んだ長谷部が支える物吉と共に気配を消す。続いて間合いを取りつつ後ろに退いていた包丁藤四郎が消える。

 殿の役目は第一に仲間の退路を確保し時間を稼ぐこと。そして。

「小夜さん、もう平気です。行きましょう!」

 必死なその声に小夜は後ろを見やる。五虎退がうるんだ目でこちらに手を差し伸べていた。敵はまだいる、刃を握る手は熱を帯びて熱い。

「僕はまだ・・・」

「駄目です。主さんはいつも言っています。誰も欠けることなく帰って来てくださいって」

 五虎退の言葉にはっと目を見開いた。

 戦いは僕の凍った心を高揚させる。迫りくる敵の咆哮、手にした刃はまだ血を求めている。

 でもいまはそれじゃいけない。主のために、僕がここで折れては駄目だから。

 戦場にまだ留まりたいと動こうとしない足を無理やり大地から引きはがして、小夜は差しのべられたその白い手にためらいがちに手を伸ばす。

 堅くはなすまいとつながれたその手。五虎退の虎が彼の背を加え、小夜ごと包み込む闇の中へ引きずり込む。

  背後には敵の刃の気配が迫っている。あと少し遅ければ背に容赦ない一撃が振り下ろされただろう。だが時空の闇は間一髪のところで閉ざされた。

 

 

 高らかに手を打ちあわせる音が鳴り響く。

 汚れを祓う柏手のごとく、敗戦の雰囲気を漂わせた戦場の空気を真白く一新する。

 

 

 

 時のはざまより大地に足を踏みしめた瞬間、外に晒した素肌から言いようのしれぬ冷気を感じ取り身体がぶるりと震えた。

  見上げれば濃い灰色の空からひらひらと白い雪片が舞い降りている。どおりでこんなにも寒いわけだ。隣で白い息を吐く相棒に和泉守兼定は気遣わしげな声をかけた。

「おい、国広。結構寒いみてえだが平気か?」

 寒さにほんの少し頬を赤く上気させていた相棒の堀川国広はふっと零れるように笑うと、小さく首を振った。

「大丈夫だよ、このくらいの寒さならぜんぜん。兄弟と行った雪山の方がずっと寒かったからね」

 雪山というのは去年の今頃、堀川派の兄弟そろって山に修行に行って突然の猛吹雪に閉じ込められた時のことだ。あれに比べたら雪がちらちらするこの天候なんて大したことはないと言いたいんだろうが。

「おい、あれと比べんなよ。どっちかって言えばあれは遭難しかけてただろ」

「ちゃんと自力で帰って来れたんだから遭難したわけじゃないと思うけど。食糧だってちゃんとあったし。山伏兄さんみたいにこれも修行であるって思えばあれくらいどうってことないよ」

「命がけで修行かよ。ついていけねえ」

「何言ってんの、次は兼さんも一緒に行くんだからね」

「俺もかよ!」

「仲いいのは結構だけどよ、敵がこっちに向かって来てるぜ」

 呆れ気味に厚藤四郎が雪を舞い上げてこちらに突進してくる巨大な敵の群れを親指で指さした。

 禍々しい気を纏いながら、明確な殺意をもってものすごい勢いで近づいてくる。先ほど戦っていた小夜たちの部隊を見失っていきりたっているのだろう。

「完璧に俺たちを殺る気満々ってとこだな」

 和泉守はすらりと白銀の刀を引き抜く。柄に近い部分を力強く握りしめ、磨き抜かれた刃を正面に敵に向けて不敵に笑う。

 ひたりと寄り添う堀川もまた迫りくる敵を凝視したまま自身の脇差を引き抜き、刃を真横に向けて顔面にかかげる。

「僕たちが邪魔なんだろうね。きっと。でもそう簡単にやられるつもりもないけどね」

「あたりめえだろ。たしか残りの奴らは俺たちで全部ぶっとばしていいんだったよな。・・・存分に暴れてやるか。俺について来いよ、国広」

「わかってるよ、兼さん」

 

 

 闇は冷たいというのだろうか。素肌に触れる空気は動かずにいるとじわじわと体温を奪っていかれる気がする。

 本丸の鳥居より飛び込んで舞い降りたこの場所は連隊戦で先に戦う仲間たちの呼びかけを待つ仮初めの場所。骨喰藤四郎は任された部隊の者たちと共にこの闇の中で待っていた。

 虚ろで、どこか不安定で、目をとじれば本丸に顕現する前のまだ刀であった頃のおぼろな意識が漂う場所に似ている気がする。

 当然自分が立つこの場所も定かではなく、見渡してもただ暗い空間が広がるばかり。

 暗い闇にいくら耳を澄ませても音など聞こえることもない。届くのはただ仲間たちの張りつめた息遣いと時折漏れる不安げな囁きばかり。

「みなさん遅いですね」

 闇の奥をうかがいながらつぶやいたこの声は粟田口の兄弟の平野藤四郎。

 声に呼ばれて和泉守の率いる第四部隊が時のはざまに飛び込んでから幾分時がたった。いつもならばすぐさま引き上げてきた部隊が入れ替わるように現れるはず。なのにどこへ消えた。

 無意識のうちに腰にさした脇差の柄に手をかけたところで横合いから声をかけられた。

「慌てるな。じきに来る」

 片膝を立てて座りながら眠っているのかと思っていた大倶利伽羅が薄目を開けてこちらに視線を向けていた。短いながらも力強く確信に満ちた響きに、骨喰は刀に触れた自身の手を見、自分が心を乱していたことに初めて気づく。

 それだけを言うと竜王の名を持つ彼は再び目を閉ざす。どこかぼんやりした目で大倶利伽羅を見下ろしていた骨喰は不思議そうに問いかけた。

「めずらしいな。あなたが他の者を気にかけるのは」

 予想はしていたが応えはない。この伊達の刀は群れるのを嫌う。主の命とはいえ、かつてはどの部隊で戦った時も、一人で戦うことをつねとして共に戦うことなどめったになかったが。

 だからといって決して他人に冷たいというわけではないことは長い付き合うのうちに気付いていた。めったに笑わないからといって何も気に留めない訳ではない。ただ思ったことを滅多に口にしないだけだ。自分と同じように。

 しかし大倶利伽羅は修行に行ってから少し変わったとは思う。じっと見つめる視線に気づいたのか、大倶利伽羅は顔を上げてこちらを見上げた。

「お前こそ、珍しく動揺している」

 柄に手をかけたことを言っているのだろう。自分でもなぜそんな仕草を取ってしまったのかわからない。

「たぶん兄弟たちが戦っているからではないだろうか」

「それだけが理由とは思えないが」

 ふっと視線を逸らすと大倶利伽羅はそれっきり口を閉ざす。どういう意味だろうと考え込んだ骨喰は前方の闇に目を凝らした。

 座り込んで待っていた仲間たちも気付いたのか、一人、二人と腰を浮かせて体を乗り出す。

「長谷部さん、それと大和守さん!?」

 血まみれで動けずにいる大和守を抱え込んだ長谷部の姿を捉えた平野と前田が直ちに駆け寄った。

 下に大和守を降ろすと、長谷部も無造作にその脇に座り込む。

「心配するな。あんまり暴れるので当身を食らわせて気絶させただけだ」

「相変わらず過激だな、長谷部は」

 苦笑しながら近寄ってきた薬研が横たわった大和守の傷の具合を確かめる。

「当然だ。主より預かったこの身を何だと思っている。折れるまで無理をするなといつも言われているはずだ。まあ、戦闘でわがままを言って暴れる奴を抑え込むのには慣れているからな」

「暴走する奴らの抑えは最初っから長谷部の役目だったからなあ。だがそれに慣れているってのもどうかと思うぜ。最悪、余計な怪我が増えていることもあるからな。そのせいで俺の仕事も増えているってのも忘れないでくれ」

「文句があるなら暴れる奴らに言え。俺は主の命に従って行動したまでだ」

「だからやることが極端なんだって言ってるんだよ、長谷部の旦那は。・・・ほら、隠してねえでそっちの腕見せてみな。怪我しているんだろ、大和守が終わったら応急処置くらいするぜ」

 気付いていたのかと苦い顔を浮かべる長谷部を逃すかと、薬研は腕をつかんで男気あふれる笑みを浮かべた。

 ぽろぽろと涙があふれて止まらない五虎退の背を優しく撫でながら、鯰尾藤四郎が分からないと言った感じで首を傾げた。

「それでなんで戻ってくるのに時間かかったんだ?」

「さあ、なぜだろうか」

 先を行く部隊の呼びかけに応えればすぐさま入れ替えが行われるはずだった。稀にだがこういうことがあるのは知っていた。だがその理由までは聞いていない。

 五虎退の隣でおとなしく座っていた小夜が骨喰たちの会話を聞いていたのか、遠慮がちに見上げて口を開いた。

「主から聞いたのですが、政府が管理する時空を超える装置に起こる誤作動のせいでなないかと。この本丸だけではなく他の本丸も僕らと同じくこの連隊戦で戦っているそうです。同時期にたくさんの刀が過去へと送り込まれるせいで支障があらわれるのではないのかと言っていました。原因ははっきりとはしていないらしいですが」

「あ、だから戦ってるとき時々身体が重くなったりするのか。なんか戦ってばかりだとだるくなるんだよねー、そういうことか」

「兄弟、それは違うと思うぞ」

「ま、詳しいことはあとで主さんに報告しておけばいいでしょ。でも小夜たちがちゃんと帰って来れてよかったよ。頑張ったよね、えらいえらい」

 ぐりぐりと頭を撫でまわされて小夜の戦陣にまみれて乱れた髪がさらにぐちゃぐちゃになっていく。でも小夜は抗わずに少し照れながら撫でられるがままになっている。

「そ、そうですか」

 戸惑いながらうかがう小夜に鯰尾がいたずらっぽい光を目に浮かべてくったくなく笑った。

「そうだよ。ちゃんとみんなを守って部隊を引き上げたんでしょ。隊長の役目、果たしたんだから胸張っていいんだよ。主さんもきっと誉めてくれるよ」

 

 

 

2017年~2018年 連隊戦  御歳魂 333256個 

第一部隊 隊長 小夜左文字

        へし切長谷部

        五虎退

        物吉貞宗

        大和守安定

        包丁藤四郎

第二部隊 隊長 骨喰藤四郎

        大倶利伽羅

        鯰尾藤四郎

        薬研藤四郎

        平野藤四郎

        前田藤四郎

第四部隊 隊長 和泉守兼定

        堀川国広

        愛染国俊

        厚藤四郎

        信濃藤四郎

        後藤藤四郎