ゆめうつつ

刀剣乱舞・文豪とアルケミスト関連の二次小説。主にコメディ中心。

留守番 ~新撰組~

「・・・落ち着かん」

 頑なに沈黙を守り続けてやっと発した言葉がそれだった。

 縁側で乱雑に胡坐をかいて庭先をただ睨みつけた姿のまま、蜂須賀虎鉄を見送ってよりずっと長曽根虎鉄はそこにいた。

 何をするでもない。ただ何をしていようとどうしても落ち着かない。ならばなじみの場所で座っていれば心が落ち着くだろうと新選組の集う部屋に連れてきたがどうも無駄だったらしい。

 苦りきった顔で歯を擦りきるように噛みしめて忌々しげにつぶやく。

「これならば後をつけてでも共に行くべきだった」

 不穏なその言葉にすかさず待ったをかけたのは加州清光だった。呆れた顔で縁側に不機嫌に座り込む長曽根の背中に呼びかけた。

「だめだよ、長曽根さん。いくら心配だからって一人で旅立つのが約束の修行にこっそりついていったら今度こそ本当に蜂須賀に嫌われるよ」

「そうそう、あっちでどれくらい時間が流れても本丸だときっかり四日後には帰ってくるんだし。のんびりおやつでも食べて待っていようよ。そういえば今日の晩御飯のおかずは唐揚げだって。楽しみだなー」

 口いっぱいに饅頭を放り込んで幸せそうにもぐもぐしている大和守安定が部屋の中から呼びかけた。

「しかし何もできず、何もわからないと言うのがこれほどつらいとは。・・・今からでも主に願い出て後を追うか」

「だから仮にも局長の愛刀がすとーかーみたいな真似するのはやめてよ。なんかいろいろと洒落にならない気がするし」

 立ち上がりかけた長曽根を加州が止める。放って置いたらこれは確実に主に願い出かねない。

 普段はよそよそしくてお互いに顔を合わせることすら避けているというのに、当の相手がいないとこうも変わるのか。

 ぶつぶつと何やらつぶやいている長曽根を加州は目を細めて見下ろした。

 いかなる風評があろうと己は己と信念を持ち続けるこの強い刀が、はっきりとつながりがあるとは言えない弟のためにここまで豹変するとは。少しはそうなるかもなって気はしていたけどと加州は心の中でため息をつく。

(長曽根さんはもともと仲間には情が強い性質の刀だったけど、蜂須賀へのそれは俺たち新選組の刀に対してとは全然違って度を越しているっていうか)

 同じ弟の浦島にはそこまでじゃないのに。長曽根さんは蜂須賀の中に何を見ているんだろう。

 眩しい日差しを手で遮って遙か頭上を見上げる。空の向こうに高く、筆で刷いたような白いすじ雲が伸びていた。風の流れに沿うようにずっと山の向こうへと延びるその雲の先。

 なだめられて上げかけた腰を再び沈めた長曽根もまた、ぼんやりと遠い空を見るでもなく見つめていた。

 どこかさびしげなその背に加州はさりげない風に声をかけた。

「蜂須賀なら大丈夫だって。あいつ、ちょっと箱入りっぽいところあるから長曽根さんが心配になるのもわかるけどさ。俺たち打刀の中では誰よりも真面目で与えられた責任にはしっかり応えようとしてるよ。それって長曽根さんもよくわかってることだよね。主から与えられた修行という主命を無事にちゃんと果たして帰ってくるから。だからそれまでここで待てばいいじゃん」

 そうだぜ、と部屋の中で安定と一緒にまんじゅうを食べていたはずの和泉守兼定が同調する。

 一口で頬張った饅頭を飲み込むと、切れ長の目を細めてにやりと笑った。

「そーそー、いつもみたくどんと構えてりゃいいんだよ。待ってる奴らが心配ばっかしてたら出てった奴も旅先で落ち着かねえもんな。そいつのことを信じて、笑って待ってればいいんだよ」

 俺いいこと言ったぜと、どや顔の和泉守に、いくつめかわからない饅頭を手にした大和守が首をかしげて悪気なく尋ねた。

「あれ、なんか偉そうなこと言ってるけどさ。堀川が修行に出た時一番取り乱していたの和泉守だったでしょ? わすれてないよね」

「ばっ、いつ俺が。嘘言うんじゃねえ!」

「嘘じゃないよ。みんなの前では平気な顔してたけどさ、後でこっそり男泣きに泣いてたじゃん。堀川になにかあったらどうすればいいんだとか、へんなもの食ってないだろうかとか、一人で寝るのはさびしくないかとか。あの時和泉守の狼狽えっぷりは半端なかったよね。僕たちの中でも堀川が一番一人でも大丈夫そうなのにさ。あ、他のみんなには言ってないから安心して。ねー、清光」

「もー、なんで俺に振るんだよ。ま、あの時の和泉守はちょっと大げさすぎるなって思ったけどさ」

「とか言うけどなあ、加州! てめえだって大和守が修行に行ってた時はしょっちゅう気が呆けたようにぼーっとしてたじゃねえか! 何もねえところでこけたり、聞き間違えて単純な仕事を失敗したりしてたの知ってるぞ!」

「え、なにそれ、なにそれ。もしかして清光は僕が居なくて仕事が手に付かないほどさみしかったってこと? もっと聞かせて。清光ってばそういうの絶対に話してくれなくてさあ」

「だからなんで俺の話になるんだよ。和泉守、これ以上俺の余計なこと喋んなくていいから!」

「今日も相変わらずにぎやかですね。何の話をしてたんですか?」

 お代わりのお茶の入った大きな急須を抱えて、堀川国広が部屋の入り口でにっこり微笑んでいた。空になった湯呑に一つずつ丁寧にお茶を注いでいく。

「んー、修行に行っている仲間を待ってるときの話してたんだよ。そうだ、堀川は和泉守が修行でいない時、どうだったの? 僕らの前では普通だったけどさ。部屋に帰って一人でこっそり泣いたりした?」

 お代わりのお茶を受け取った大和守がこともなげに聞きにくい質問を言う。ちらっと向こうを見れば気になっているのか和泉守が心配そうな、でも期待のこもった眼差しで待っている。

 それに気づいているかわからないが、堀川がそうですねと顎に指を当てて少し考え込んだ。

「だって兼さんですよ。強くてかっこよくてすごい兼さんはちゃんと修行の任務を果たして帰ってくるって僕は信じてましたから」

 盛大なのろけのような誉め言葉に拍子抜けした大和守はこそっと顔を寄せて加州に耳打ちした。

「ちょっと意外。ずいぶん冷静じゃない?」

 確かに思い出してみればあの時の堀川はあれって思うほど普段と変わりなく動きまわっていた。落ち込んだり寂しそうにはしてなかったし、記憶に浮かぶのは笑っている顔ばかり。まあ、堀川の事だからあえてっていうのもあるかもしれないけど。

 話を聞けばたしかにそれぞれだなとは思う。そう考えて加州はちらりと隣の相棒に視線を投げた。

(安定は俺が本丸からいなくなったらどうするのかな)

 寂くなるのか、それとももしかしたら泣いてくれるのか。いつも一緒にいるのが当たり前で、俺がそうだったようにもしかしらたおまえも。

 だが落しかけた目線を上げて、安定の顔を見た時加州は今ほんのり抱いた甘い感情が跡形もなく崩れ落ちた。最後の饅頭を口いっぱい頬張った姿を見たらまず無理な気がしてきた。

(なんか安定の事だから結構けろっとした顔で、俺がいないの忘れてたとか言われそうな気がする)

 軽く頭痛を憶えて加州はそれ以上無駄な思考回路を使うのをやめた。俺がいない時のことまで期待しない方がいいかもしれない。

 一方、相棒を信頼しきった返答に不満だったのか、頬張った饅頭を無理やり飲み込んで大和守は再度堀川に詰め寄っていた。

「ほんとにそれだけ? あの和泉守だよ、旅の空の下で変なことしてないかとか心配で眠れないとかなんかなかったの?」

「さっきからだまってれば。おめえ、けっこう俺のこと馬鹿にしてるだろ」

 横合いから割り込んできた和泉守にむっとして邪魔するなと突っぱねる。

「なにさー、僕は堀川と話してるんだからね。和泉守は引っ込んでて。で、なんかないの、本当に」

 顔を迫るように問い詰められて堀川は照れたように白状した。

「僕って一人でも大丈夫そうに見えてそうじゃなかったみたいで。兼さんが修行中も僕ずーっと一緒にいるつもりで話しかけてたみたいだったんですよね。僕ったら言われるまで全然気づかなくて。誰もいないはずなのについ兼さんがいるように何度も呼びかけているから兄弟たちにすごく心配されました」

「え、和泉守の幻覚? それって結構やばいのじゃない?」

「なんか素直に喜べねえんだけど。国広の奴、大丈夫・・・なんかじゃねえよな?」

 どん引きする彼らを目の前にして、恥じるように指先で頬を掻きながら堀川は僕って駄目ですよねと明るく笑っている。

 大きく床を打ち鳴らした乱暴な物音が聞こえて、加州ははっとして縁側を振り返った。刀の鞘を手に握りしめて、長曽根がのそりと立ちあがっていた。

 その背からは焦燥と何もできない己への怒りがにじみ出ていた。

「・・・やはり無理だ。主のところへ行ってくる」

「ちょっと待って。だかれそれをやったら今度こそ蜂須賀が本気で愛想を尽かしちゃうよ。・・・和泉守、安定! 俺一人じゃ長曽根さんを止めるの無理だって」

 腕にしがみついて引きずられながらも何とか食い止めている。だが助けは来ない。

「長曽根さんも蜂須賀のことになると見境なくすよねえ。面白そうだから止めないでいるってのは駄目?」

「怖いこと言うなよな、安定!」

「わかったよ、清光。まったくもう、面倒くさいなあ」

 頭を掻いてだるそうに立ちあがった大和守をちらりと見送って、堀川はやや沈んだ面持ちでうつむいた。

「僕も何となくその気持ちはわかるかな。兼さんに対しては当然だけど、兄弟たちに何かあっても僕は多分冷静でいられないと思うし・・・」

 影になったその瞳の青い色がどんよりと深く濃く沈んでゆく。

「少しでも気持ちを傷つけたとしたら絶対に許せないかな・・・」

「おい、国広。すんげえ眼が怖えんだけど」

「あ、ごめん。つい」

 和泉守に言われて笑顔を取り戻した堀川の眼の色は、彼を見つめた時にはもういつもと同じ柔らかな青に戻っていた。

 だからついってなんだよといいかけて和泉守は堀川の有無を言わさぬ笑顔に押し返されてなんとか思いとどまった。笑顔が聞くことを拒んでいる。無理に暴くのは趣味じゃない。

 堀川の微笑みにはぐらかされた和泉守は乱暴に後頭部を掻くしかなかった。

 

 縁側では両脇からしがみついた沖田の二振りが引きずられながらも主の部屋へ行こうとする長曽根を引きとめていた。

「だから、ここで待っていなよ、長曽根さん!」

「離せ、加州」

 これは無理だと早々にあきらめた大和守はあっさり手を離すと、立てかけてあった自分の刀を取り出してきて鞘ごと横に構えた。

「さすがに力じゃかなわないや。ねえ、清光、これ使っていいかな。こういうのさすがに法度外の緊急事態でしょ。大丈夫、長曽根さんの首までとらないよ。刃も抜かないからさ、いいよね?」

 戦場で見せる凶悪な光を目の奥に宿らせて、大和守は笑みを浮かべた。相方の豹変にさすがの加州も顔色を変えた。

「ちょっと待って。お前まで暴走してどうするんだよ! ・・・もう、蜂須賀早く帰ってきてくれよ!」