ゆめうつつ

刀剣乱舞・文豪とアルケミスト関連の二次小説。主にコメディ中心。

再会 ~平野・前田~

 僕が先に修行に旅立つことになった時、前田は僕の手を取って何かを想いをこらえた顔で声を抑えながら言った。

「主のために強くなってきて帰って来てくださいね」

 口にした言葉は主のために。決して自分のことは言わない。それが前田だ。

 同じ粟田口の兄弟たちの中でも、一番そばにいて一緒にいた。きっと彼がそう言うだろうということはわかっていた。

 言葉にしなくてもわかる。遠く離れていても思いは通じていると思っていた。

 だから修行の旅から帰ったら、前田に会いたかった。修行の旅で見たいろいろなこと、前田の殿様の話や、あの時代の懐かしい風景など、語りたいことはいっぱいあった。

 しかしそれはもしかしたら僕だけだったのかもしれない。

 

「あ、平野お帰り!」

 先触れもなくふわりと鳥居の中の時代の揺らぎから舞い降りる。切りそろえられた髪がふわりと耳元に下がった。

 はじめに平野の姿を見つけたのは同じ粟田口の後藤藤四郎と厚藤四郎だった。後藤がぶんぶんと元気に手を振っている。

「おー、修行の旅から戻って来たのか。へー、それがおまえの極の戦装束か。かっこいいじゃん」

 厚が顎に手を当てて平野の衣装をしげしげと見ていると、横にいた後藤が少し頬を膨らませて不満そうにつぶやいた。

「いいよな。俺だって強くなりてえよ」

「後藤はまだ極になれるかは決まってないからなあ。ないものねだりだぜ。それにお前、今まで大阪城でさんざん迷子になっていた挙句やっとこの間ここに来たくせに、修行に行ける練度にすらなってねえだろ」

「なっ、迷子じゃないぞ! たまたまいち兄たちと会えなかっただけだ!」

「どうだか。大阪城でやっと見つけた時、お前完全に泣き顔だったじゃねえか」

「それはいうなーっ!」

 ぎゃんぎゃん吼える後藤を無視して、厚は平野に声をかけた。

「やっぱ、まずは前田に会いに行くか? ちょうどそこの縁側のあたりにいたぜ」

 そう言って厚は庭から池を挟んだ向こうの東棟を指さした。そこに日当たりの良い軒下の縁側に座っている人影が見えた。

 自分と同じくらいの背格好で、まっすぐ切りそろえられた髪がなびいている。遠くてもそれが誰だかは平野にはわかる。

「まえ・・・!」

 声をかけようとして、止まった。誰かと前田は楽しそうに話している。

 大きな体の見慣れないあれは誰か。

「ああ、一緒にいるのは大典太光世だな。お前のいない間に来てくれたんだ。たしか前田家にいたんだっけ?」

「前田、喜んでたよなー。あれからずっと一緒だもん」

 何気ない後藤の一言が胸を刺す。修行の旅で自分がいない間、前田の隣に誰がいようと気にはならなかった。だけど、帰ってきた後にその隣の場所に自分ではない誰かがいたとしたら、どう思う。

 急にうつむいた平野に、心配そうに厚が声をかける。

「どうした、顔色が悪いぞ。疲れでも出たか?」

「いえ、何でもありません。ここに帰ってきたことをまず主にご報告しなければいけませんので失礼します」

 くるりと踵を返して平野は歩き出した。突然の早変わりに厚も後藤も声をかける暇はなかった。

「あいつ、どうしたんだろうな。絶対にまず前田に会いたいと思ったのにさ」

「・・・」

 不思議そうに見つめる後藤だったが、厚はただ黙ってその背を見送るだけだった。

 

 

「では、失礼いたしました」

 主の部屋から礼儀を正して退出すると、平野は深くため息をついた。

 なぜあの時、前田から逃げるようなまねをしたのだろう。気付いてはいないだろうがそれでもなぜか心は後ろめたい。

 逃げなくてもよかったのに。何気なくそばに行って帰ってきたと言えばよかったのに。

 一度逃げてしまったら、次にどんな顔をして会えばいいか・・・。

「平野!」

 懐かしい声が自分を呼んだ。ばっと顔を上げて前を見る。

 本丸の廊下を急ぎ歩きでこちらに向かってくる前田がそこにいた。平野のそばにくると突然飛びついて抱きつかれた。

 あまりの勢いに二人そろって後ろに倒れ込む。下になったせいでしたたかに腰を撃ちつけた平野だったが痛みなど気にせず、抱きついたままの前田を見下ろした。

「前田、廊下でそんなことをしては危ないですよ。それにどうしてここが・・・」

「厚兄さんが教えてくれたんです。飛びついてごめんなさい、平野が帰って来てつい嬉しくて。あなたのいない時間はとても長く感じたんですよ」

「・・・本当に?」

 思わず真顔になって前田を見つめた。そんな平野の些細な変化に気付いていないのか、前田はにこにこと嬉しそうに笑っている。

「あたりまえでしょう。平野はいつも一緒にいようって言った僕の大事な人なんだから」

 立ち上がるとまだ廊下に尻もちをついている平野の腕を取って引っ張り上げた。

 そういえばなぜここが分かったのだろう。けげんな面持ちで平野は前田に問いかけた。

「どうしてここへ?」

「厚兄さんから聞きました。主様への報告はもう終わったんでしょう。だったら一緒に来てください。大典太さんに僕の大切な兄弟を紹介するって約束しているんです。大典太さんにはずっと君がどんなにすばらしい兄弟かいつも言っていたんですよ。さっきだって今日帰ってくるはずの君のことを話していたのですから」

 縁側で仲よさそうに話していた二人。そうなのか、彼らは自分のことを話していたのか。

 ふっと苦い想いが心をよぎる。そんな負の想いは屈託のない前田の笑顔によって霧散していく。

(何を勝手に考えていたんだろう、僕は。前田は何も変わっていなかったのに)

 つながれたその手を平野はギュッと握った。驚いて振り向いた前田が平野を見てにこっと笑い返した。

 何も変わらない。この本丸の僕らの日常はどんなことがあってもかわることはないんだ。

 


 平野君の修行中に大典太さんが来ましたので、こんな話に。

 平野君と前田君はいつも一緒のイメージ。髪型も似てますから。

 それでも離れていると多少ずれが生じるのかなと思いまして。でもすぐ元通りになりそうな二人ですが。

 次は前田君が修行に行けるといいな。まだ練度足りないけど。

 

 短刀 平野藤四郎  二〇一六年十二月二十四日 極修行帰還

 

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