ゆめうつつ

刀剣乱舞・文豪とアルケミスト関連の二次小説。主にコメディ中心。

潜書 ~志賀・太宰~

「では本日の潜書分の洋墨だよ。頑張ってくれたまえ」

 目の前に突き付けられた大量の洋墨が入れられた籠を志賀は半目で睨み付けた。山のように盛られた洋墨は司書の期待が込められているようでずっしりと重い。

「・・・で、なんで毎日俺がやらなきゃいけねえんだよ。潜書したらずっとここに縛り付けられるし、この間は食事の時間も忘れられてたしな。だいたいこの間までお前が役目だったじゃねえのかよ、北原」

「なぜと言われても、司書の指示だからな。これに関して苦情や文句、および任務変更願い等はすべて受け付けないと司書は言っていたよ」

 本日の助手を務める北原白秋がつべこべ言わずに受け取れとさらに洋墨を顔面に突き付けてくる。

 思いっきり顔をしかめたままそれを受け取った志賀は白秋の横で別の大量の洋墨の入った籠を持って苦笑いしている室生に目をやった。

「400個の潜書は一日二回のみっていう決め事だったな。戦ってるやつらの補修で使うから足りなくなる恐れがあると言ってたが。で、そっちはどうするんだ」

「ああ、君の分じゃないよ。これは・・・」

 籠に目を落として説明しようとした室生の言葉は入り口のドアを壊すのかと思うほど激しく開け放った衝撃音とテンションの高い耳障りな声でかき消された。

「やっと俺の出番だな! 芥川先生はやっぱり俺が呼びに行かないと・・・ってなんで志賀がここにいんだよ!」

 部屋にいた志賀の顔を見るなり、太宰治は驚いてまっすぐ指差した。眉間のしわはこれでもかというほどよっているところを見ると、本気で嫌がっているようだ。

 そこまで嫌な顔をされたらこちらの気分も悪くなる。

「・・・それはこっちのセリフだ」

「まあ、二人とも。実は司書が関わり合いの深い文豪ならきっと呼べるんじゃないかって言い出したことがきっかけなんだ」

 生来の人当たりと面倒見の良さを見込まれて半ば強引に司書から助手の世話係を命じられている室生が苦し紛れに説明する。

 二人の年代の差を考慮すれば志賀のほうが上で本来なら口調を改めなくてはならないだろう。だが志賀は転生してからそういったことは無頓着な上、気安く話しかけてくるものだから、時が経つうちについつい室生も言葉づかいが親しげになっていた。

「志賀さんは生前から芥川と親交が深い。そして太宰君も芥川を尊敬し思慕している思いは誰にも負けないだろう? だから二人に芥川探索を任せればいいと司書が命じたんだ」

「当然。俺の先生への想いはほかの奴らには負けないからな! だからあんたより先に芥川先生は俺が見つけて見せる!」

 自信満々の芥川はびしっと指を志賀の顔に突き付けた。

「はいはい、勝手にしろよ」

 呆れる志賀に小生意気にふんと鼻を鳴らした太宰は、図書室の数えきれいない本の中から表紙が汚れて見えなくなった一冊を選んで机の上に置いた。

 大量の洋墨を本の前に置いて、手をそっと本にのせた。書名のかすれたその本は古びて紙も薄い茶色に変色しているが、擦り切れることなく大事にされたことがわかる書物であった。

 祈るように目を閉じた太宰がうつむくと、淡い光が発して本と洋墨が光り始める。

「本よ、道を開け。芥川先生の元へ!」

 言葉に応えるように本が青い光を帯びながら光の奔流となって輝き始める。

 手を組みながら薄目を開けた太宰の姿が光の粒に溶け込んで本の中へと消えた。

 太宰の姿が消えるとともに、本は再び古ぼけた一冊へと戻ってしまった。まじめな顔つきでその様子を眺めていた北原が腕を組みながら感心しつつも苦笑気味につぶやいた。

「太宰君は本当に芥川君一筋だねえ」

「そりゃあ彼は芥川のこととなると見境なく生前からいろいろやってくれましたから」

 苦笑する室生は不機嫌なまま動かない志賀に気づいた。

「どうした。潜書しないのか?」 

「納得いかねえんだよ。俺ははっきりしないことは嫌いでな。だいたいお前だっていいじゃねえか。作風を対比批評されるお前だったら資格充分だろうが」

「それは無理だろ。俺は所詮田舎者だよ。都会の香りを漂わせる芥川とは比べ物にならないさ」

「とか言いながら内心はどうだかわからねえけどな。だがそうなると俺が指名された理由があいまいすぎるぞ。室生、吐けよ。どうせあの司書の事だ、ほかにくだらないこと考えてんだろ」

 室生の胸元の服を軽くつかみあげて、精彩に笑いながら軽く締め上げた。無論、志賀とて本気ではないし、対する室井もそれをわかっている。だが首をつかまれればそれはさすがに息も詰まって苦しくなる。

「自然を愛する一介の詩人に暴力はやめてくれよ。言うけど怒らないでほしいけどな。俺が聞いたところによると司書の情報網では出現が稀な文豪を呼び出すのにつながりの深い文豪が潜書したほうが確率がいいという噂があるらしくてね。たしか都市伝説とかいってたかなあ。それで司書もそういう噂はすぐ本気になるから、ここでも真似してやらせてみようということになったんだ」

「は・・・!? そんないい加減な情報だけで俺にずっとやらせたってわけか?」

 軽くつかんでいただけの室生の首元の服を両手で思いっきりつかみあげた。怒りに身を任せたせいで加減というものをすっかり忘れている。

「くび、くるし・・・って」

「ちょっと、志賀。うちの室生を締め上げるのはやめてくれないか!」

 北原に止められてやっと手を放す。体をかがめてけほっと軽く咳き込んだ室生は涙目に志賀を見つめ直した。

「あぶな・・・理性飛びかけた。まったく、乱暴はやめてほしいよ。司書の言葉は俺だって何一つ覆せないんだからな」

「あー、悪かった。つい頭に血が上ってしまってな」

 気まずげに目をそらした志賀はしかたなく横に置いた洋墨の籠を抱えた。

「あのわがままな司書の命令じゃしょうがねえよな。だが俺だって誰を呼べるかわからないぞ。芥川が出るなんて補償はねえからな」

「かまわないよ。転生した俺たちの時間はまだたっぷりあるんだから。呼び続ければきっと芥川も惹かれて出てくるさ。あいつはああみえても結構さみしがり屋だからな」

 乾いた笑いを浮かべた室生を志賀は静かに一瞥する。うつむいて乱雑に髪を書き上げる。

「・・・悪い、違ったな。必ず連れて帰ってみせるさ、俺がダメなら、太宰の奴がきっと。ここにあいつがいてほしいと願うやつが大勢いるってことを今度こそ教えておかなくてはな」

 一冊の本を手に取り志賀は目を閉じた。『羅生門』と記された一冊の本にすべての祈りを込めて。

 

 

 現在の潜書係は志賀と太宰です。この二人で出たって意見があったので、都市伝説かもしれませんが。

 あとなぜか出ない田山さんどうしようか。ドロップもきつそうだし。太宰出たのになんでこの人でないんだろ・・・。

 呆れる志賀に太宰が敵愾心剥き出し。その後を知っているから志賀は太宰を嫌えないんでしょうなあ。

 

 

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