ゆめうつつ

刀剣乱舞・文豪とアルケミスト関連の二次小説。主にコメディ中心。

潜書 ~太宰・志賀~

「芥川先生、どこにいるんだよ。見つからないのは愛か、俺の先生への情熱が足りないからなのか・・・」

 潜りこんだ書籍の仮想空間から図書館の現実へと戻ってきた太宰はどんよりと顔を暗くしてうつむいた。

 本の中へ潜るのは思った以上に精神力を消費する。今回は長い時間潜っていられたから今度こそと思ったが、やはり芥川は姿を見せなかった。

 本の最奥の場所に代わりに現れたある者の心の残滓が手のひらに残る。

「いまさらそんなこと言うなんてざけんじゃねえよ。くそっ、次は・・・いや、俺は本当に見つけられるのか・・・」

「どうした、ずいぶんと落ち込んでいるじゃねえか」

 頭上から声をかけられて太宰は勢いよく上を見上げた。今一番見たくない奴がそこにいた。

 書庫の上部に立てかけられた梯子の上に腰を掛けて、心ここに非ずといった風に志賀は古い書物をめくっていた。天窓から差し込む光が当たるその場所は、鮮やかに周りから浮かび上がって見える。

 舞い散る埃が天窓から差し込む光できらきら煌めいている。

 読んでいた書物から目をあげて、志賀は無表情に太宰を見下ろした。

「威勢がいいのも最初のうちだけか。お前の芥川への想いはそんなものか?」

 鋭く胸を突かれる。余計なことは飾らないその言葉は志賀の時分へ言いたいことをただそのままに言葉にのせて心をえぐってくる。

 そんなものか。そんなに軽いものだったのか。疲弊と心労で本当だったら倒れこみたい今の太宰に志賀の言葉は重すぎた。

 あざけるように笑われる。近づくことさえ拒絶された遥か高みから見下ろされて、太宰の顔から血の気が引く。

「どうした、図星なのか。太宰治

「・・・い、いうな」

 頭の中が渦巻いて混乱する。どんな誹謗を投げつけても、怒ることなく冷静に批評を返してきたあの時と同じ状況になる。

 あいつは、文壇に聳え立つ小説の神様。俺と同じ若い姿で転生しても、その威圧はまったく変わることはない。

 反論する言葉すらいえない太宰に志賀は冷たい目を向けていたが、おもむろに目を伏せた。

「なら芥川は俺が見つけるとするか。そんな無様な姿のお前を見たらあいつもがっかりするだろうからな」

 はじかれたように太宰が顔をあげた。志賀のその言葉だけは受け入れることはできない。

「だ、ダメだ! あの人は俺が見つけるんだ、見つけなきゃいけないんだ!」

 置いて行かれてしまったから。憧れだったあの人と並び立てる前に、顔を見ることもできない場所へいなくなってしまった。

 ここへ転生して今度こそやっと隣に立てると、だから今まで戦ってきた。あの人がいればきっともう死にたいなんて思わなくなる。

 高みから見下ろしていた志賀は太宰の心の覚悟を見定めるかのように、じっと見つめている。

「そういう気持ちがあいつに通じればいいんだけどな」

 口の中でつぶやいた志賀の言葉は太宰には届かなかった。先ほどまでの突き放すような冷たい響きはそこにはない。しかも窓から差し込む光を背にした志賀の表情は下にいる太宰からはよく見えていなかった。

 見えたならばきっとありえないと驚いて目を見開いたはずだ。幾多もの荒波を越えた年長者が人生の道に迷う若人を諭し導こうとするかのような、その暖かなまなざしに。

 しかしそんなことも全く知らず、血がにじみ出るほどきつくこぶしを握り締めて、太宰は怒りで顔を紅潮させた。

「自分の方が先生の事を知っているからってえらそうにすんじゃねえ。あんたにだけは負けるものか!」

 怒りにまかせて志賀の乗っている梯子を蹴飛ばす。固定されているので倒れはしなかったが、蹴りの力が強くその衝撃にバランスを崩しかけて手にした本が下に落ちた。

「こら、太宰、てめえ!」

 舌を出してあっかんべをしながら太宰は書庫から駆け去って行ってしまった。

 志賀は梯子から飛び降りると、床に落ちた書物を拾い上げて傷んでないか確かめた。古い本だから心配だったが、綴じが壊れたり折れ曲がったりはしていないようだ。

 本を閉じると、横の本棚にぞんざいな口調で声をかけた。

「いるならさっさと出てこいよ。なんで隠れているんだ」

「ふふっ、悪役ご苦労様」

 書庫の本棚の陰から現れた室生はにこにこしながら志賀に近づいた。

「は、なんのことだか」

「太宰君は誰よりも不安定だからな。芥川がこなくて落ち込んでたから、嫌いな君にはっぱかけられて少しは元気が出たと思うよ」

「俺はガキの面倒を見るのは性分じゃないんでね。あいつに言ったのは皮肉でもなくただの本音だ」

「そんなこといって、口悪いわりに気に入ったやつはちゃんと面倒見ているのは知ってるからな。まああれでしばらく死にたいなんて言わなくなるだろ。なんせ君に先に見つけられるのだけは本気で嫌がってるからね」

「だからあいつとかかわるのは面倒なんだ」

「面倒だと言いながら、ちゃんと彼の気持ちを煽り立てた。志賀さん、あなたは彼にぶつけた言葉の数々を後悔していたんだろう。書面ではなく、面と向かって相対していれば彼の苦悩にも気づけたんじゃないかって」

 前を向いたまま、室生は志賀の方を見ずに淡々と言う。

 その澄ました顔が憎たらしくなって、広く見えるその額を強く指ではじいた。

「・・・っ!! 痛い!」

 おでこを抑えて室生は涙目に非難してきた。

「いや、他人事のように澄ましているからな。お前だって人のことどうとか言える立場じゃねえだろ。後悔しているのはお前も同じだろ。最後に訪ねてきた芥川に会えていればと死ぬまで悔いていたそうじゃねえか」

 ぐっと室生の唇がかみしめられる。

「一度すれ違ったことはもとには戻せない。だがここでならもう一度死んだやつとも話すことができる。まったく、あのバカ、いつ来るんだか」

「馬鹿って、あの人はあれでもあなたのことを慕っていたんですよ。態度があれなんでわかりにくかったかもしれませんが」

 声の調子が落ち着いたようだ。穏やかないつもの室生だ。

「・・・俺たちに会って笑ってくれますかね、芥川は」

「さあな。だけど笑わなければ無理矢理でも笑わせてやればいいんだ。今度こそあいつのサインを見落とさないようにしなければいけねえけどな」

「太宰君といい、芥川といい、一つどころかかなりの癖を持つ人物が集まりますね」

「ほんとだな。相手にするとどいつも厄介で面倒だが、俺はここでの生活は楽しいと思っているぜ」

 

 

 芥川はいつになったら来るのかなー。

 芥川の死に後悔する室生と、太宰の自殺に負い目のある志賀。公式では出てないネタですな。

 文豪同士で結構交流があるので、調べていくと意外なつながりが面白いけど大変。

 志賀は長生きしてたくさんの文豪を見てきたので、ここでは達観した視点を持っているんじゃないかと。

 太宰はどうみてもなつきやすそうで、嫌いなのにはおもいっきりかみつく子犬のようですが。

 芥川が来たら太宰の捌いた鶏鍋でお祝いしましょうか。

 

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