新入り ~ソハヤ・村正~
「江戸城で発見した千子村正だが、奴の教育係は貴様に頼むぞ。ソハヤノツルキ」
出陣から戻るなり主の部屋へ呼ばれたソハヤはへし切長谷部にそう告げられた。
長谷部の文句を許さぬ厳しい口調は相変わらずだ。
堅苦しくないのかねといつも思うが、いつもそばにいる奴に聞いたところ前からずっとだと言われてこれがこいつの性分なのだなと思うことにした。世の中には気楽にすることが難しい奴もいるはずだ。
この本丸に顕現して様々な刀がいることに驚いた。元は同じ玉鋼からできている刀なのに、渡ってきた来歴と元の主の影響もあるのか一振りたりとて同じ性質の刀はいない。刀に宿る霊力を読むことのできるソハヤはそれを面白く思っていた。
だが任すと言われたその刀の名を聞いたソハヤの眉がほんのわずか顰められる。
「なんで俺なんだ? 俺はまだこの本丸に来て日が浅いだろ。もっと他の奴らの方がいいんじゃねえか? 同派ならたしか蜻蛉切がいただろう」
「蜻蛉切だけでは手におえないと思ったからお前に声をかけたんだ」
普段なら能面の表情を崩さない長谷部の顔がめずらしくしかめられる。しかも口元がひくついているほどだ。
これはなにかあったなとソハヤは直感して下手に藪蛇をつつかないように口を閉ざした。長谷部は小さく舌打ちして言葉を続ける。
「貴様の言う通り本来ならばまだ練度上げをしている奴に任せる事案ではない。俺も最初はこいつに任せるつもりだったのだが・・・」
長谷部は視線を後ろに投げた。先ほどからなぜか布をかぶったまま長谷部の背に隠れるようにひっそりと気配を殺している彼をソハヤも見つめる。
「そこにいるのは山姥切だろ。どうしたんだ?」
彼から感じられる霊力もなんだか乱れている。ソハヤが声をかけてもこちらを見ようともしない。布をきつく握りしめて顔を隠したままだ。しかもよく見ればなんだか震えてないか。
動こうともしない山姥切から目線を外した長谷部は呆れたようにため息を漏らした。
「主との対面で少しな。奴は今、主と蜻蛉切が本丸の中を案内しているところだ。もうすぐ戻ってくるはずだが・・・」
ぞわりと背中に知らぬ何かを感じた。いや、どこかで覚えがある。似たようなものを以前にも感じた。これは。
「huhuhu、今日は暑いデスね。脱いでもいいデスか?」
「駄目だ。主の御前だ。控えろ」
押し殺した怒声、これは蜻蛉切のだ。いつもは穏やかな彼が声を荒げるのは珍しい。困った口調で主の声も聞こえる。
「暑ければ脱いでも構いませんよ。ただ、常識の範囲内でお願いしたいのですが」
「私はすべて脱いだ状態がいいデス」
「村正!」
最初に開かれた障子から姿を現した主が、ソハヤの姿を見てにこっと笑う。
「お帰りなさい、ソハヤ。今回の出陣も問題ありませんでしたか」
いまだ幼さの残る少年の審神者は慣れた所作で袴をさばくと、綺麗な仕草で長谷部の隣のいつもの場所である座布団へと座った。少し長くなった前髪を揺らしてわずかに首を傾げて微笑む。
ふっと顔が翳って見上げるとすぐそばに見知らぬ顔が近づいていた。
「おやどこかで見たことがありマスね」
「こら、名乗る前から失礼だろうが」
後ろから来た蜻蛉切が猫の子をつかむようにグイッと首元をつかみあげて引き離した。
「痛いデスよ。蜻蛉切」
「いいからおとなしくせい!」
廊下の障子を背面にして蜻蛉切はむりやりその者を座らせた。
「えっと、もしかしてこいつが・・・」
ソハヤの訝しげな視線を受けてにやりと妖しい笑みを浮かべた。
「ワタシは千子村正。妖刀と言われているあの村正デスよ」
しかしソハヤがそれほどめだった反応をしないのを見て、村正はおやと首を傾げた。
「どうしたのデスか。驚かないのデスか?」
「いや、あんたが力のある刀だってのはわかるけどよ、別に妖刀じゃねえだろ。おまえの伝説はただの創作で、むしろあの狸爺はおまえたち村正の刀を好き好んで集めてたくらいだぜ」
淡々と語るソハヤに少し目を丸くした村正は、何かを覚ったのかすいっと目を細めた。
「そうでした。どこかで見たかと思えば、あなたは家康公の守り刀デスね」
「そんな御大層なものでもねえけどな。むしろそれは物吉の方があってるだろうが」
ソハヤが言っている最中にも関わらず、村正の視線が逸れた。
「おや、そこに居ましたか」
急に呼びかけられて、びくっと長谷部の後ろの布が揺れた。
「今日は暑いデスからそんな邪魔なものは外した方がいいと言ったでショウ」
そのまま強引に笑いながら布を引きはがそうとする。
「俺はこのままでいいんだ。引っ張るな!」
山姥切が必死で抵抗するがぐいぐいと布は村正の方へ引き寄せられていく。
「あの、村正。切国はそのままでいいんです」
「主の前だぞ、貴様ら」
長谷部の制止を受けても村正ははぎ取ろうとするのをやめない。蜻蛉切も後ろから村正を押さえつける。
「やめんか、村正!」
「なぜデスか。私はただ暑いだろうととってあげるだけデスよ」
まったく悪びれないその態度にこいつは本気の親切でやっているだけかと悟る。だが親切心は時に多大な迷惑にもなる。
乾いた音が布をつかんでいた村正の手を払いのけた。
「やめとけ、こいつが嫌がっているのがわからねえのかよ」
「ソハヤ・・・」
呆然とこちらを見上げる山姥切に一瞬視線を投げて、乱暴に頭をかく。
こいつに任せられねえってそういうことか。確かにこういう常識が通じねえ奴は山姥切の手には負えねえだろうなあ。
それに蜻蛉切一人では無理だってのもよく分かった。顎を少し上げて上目づかいにしてソハヤは声音を抑えて言った。
「お前はどうも人間の身体での生き方ってもんをよくわからねえみたいだからな。俺もまだ日が浅くて偉そうに教えられるわけねえが、それでも大事なことくらいはわかるぜ」
きょとんとしてソハヤに払われた手を見つめていた村正は突然不気味な響きで笑い出した。そこにいた誰もがぎょっとして彼を見つめる。
「面白いデスね、あなたを気に入りました。ぜひともおしえてもらいまショウ」
ふふふと不気味に笑い続ける村正にソハヤはやれやれとため息をつく。
「まことに相すまぬ、ソハヤノツルキ殿。よろしく頼み申します」
深々と蜻蛉切に頭を下げられるのも気が引ける。
「いいって、今は同じ主の刀なんだろ。仲間なんだから手を貸すのは当たり前だって、だから頭を上げてくれよ」
かつてはそれぞれの持ち主が主従関係であったが、今はそこにいる審神者の刀だ。同等なのだからそんな風に頭を下げてほしくない。
騒ぎが収まったのを見て長谷部が主の方を向く。
「では予定通り、千子村正の教育係は同派の蜻蛉切とソハヤノツルキでよろしいですね」
「大丈夫でしょう。彼は駄目なものは駄目とはっきり言ってくれそうですし。それに村正のことも正当に評価してくださいましたしね」
評価というかそのまま思ったことを言っただけなんだが。まあ、後世に逸話をいじられたというなら俺にも当てはまるからその苦労はわかるが。
このまだ少年の審神者は新しく来た刀もみなに受け入れてもらいたいのだろうからな。ならばその期待に応えようか。
ただとソハヤは目の前でまた気を散らす村正をじっと眺めた。こいつにその気があればだが。
「村正は悪い奴ではないのです」
幾度となく聞いた蜻蛉切のつぶやきにソハヤも小さく頷き返す。
「それは俺にもわかるんだけどな・・・」
「ソハヤ!」
背後から呼び止められた声に振り返る。廊下の向こうから動きに合わせてひらりひらりと白い布が宙を舞う。
自分から少し離れた場所で足を止めた彼に向かって問いかけた。
「なんだ、山姥切」
「その・・・さっきはすまなかった。あんたのおかげで助かった」
わざわざそれを言いに来たのか。
「別に大したはしてねえよ。それよりもお前はもっと堂々としていろよ。ああいうのはひるめばどんどん迫ってくるからな。自分に自信を持って相手にすれば問題ないんだからよ」
「それはわかってはいるんだが」
うつむいて口ごもる山姥切をため息なしには見ていられない。わかるんだが。ああいった行動も言動も予想のつかない奴はこいつのような真面目な考えでは理解できないんだろう。
(俺が間に立って慣れさせるしかねえのか)
いずれ村正が原因で起きる本丸での騒動を予想してソハヤは眉をしかめた。救いはといえば当の村正が意外にも人懐っこいことか。自身の来歴を気にするそぶりを表にみせず、それを自ら話題にしてくるくらいだ。
ただ本心がどう思っているかまではまだわからないが。
安心させるようにソハヤは目の前でうつむく山姥切の肩を叩いた。
「あいつのことは任せとけ。俺のところの部隊でちゃんとさせるからよ」
「わかった。あんたがそう言うなら大丈夫だな。部隊編成の変更が必要だったら言ってくれ。あんたのやりやすい奴らをそろえた方がいいだろう」
「そうだな。できれば徳川ゆかりの刀をそろえるか。あいつのことを知ってる奴らで固めた方が最初はいいだろう。知らない奴だとあいつの言動に驚かされるからな」
簡単な打ち合わせをして山姥切は主へ報告すると言って去って行った。
庭先に目を移せばもうそこは春の気配だ。本丸の梅はほころびて、次は桜とばかりにその蕾は膨らみかけている。冬はもうどこかへ消えていこうとしている。
時の流れを感じさせる景色にソハヤは目を細めた。
「刀の時は長い時間をただ眠って過ごしているだけだったが、人の身になってからは退屈させてくれねえよな」
第三部隊 千子村正育成部隊
隊長 ソハヤノツルキ
物吉貞宗
蜻蛉切
御手杵
後藤藤四郎