ゆめうつつ

刀剣乱舞・文豪とアルケミスト関連の二次小説。主にコメディ中心。

正月 ~酒宴~

「逃げなかったようだな、山姥切国広。その度胸だけは褒めてやる」

 酒瓶を抱えて完全に眼を座らせながらこちらを睨み付けてくる長谷部を見て、山姥切は戻ってきたことを深く後悔した。

 長谷部のそばで手酌で飲んでいた薬研を恨めし気に見やる。

「つぶれていないじゃないか」

「いや、今日はなかなかしぶとくてな。旦那が戻ってくるまではって飲み続けながら言いはってたんだ。そしたらいい具合に出来上がっちまってな」

「普段ならとっくにつぶれているところですのにねえ」

 ため息をつく傾国の刀に、畳の上へ突っ伏した不動が苦情を申し立てる。

「けっこう強い酒飲ませたんだけど・・・うっ、付き合わされた俺の方が持たねえ・・・。なんで宗三は一緒に飲んでたくせして平気なんだよ」

「甘いですね。このくらいでつぶれるようではあなたもまだまだです」

 顔色一つ変えず、宗三はしどけない姿勢で酒で満たされた盃を水を飲むごとく優雅に飲み干す。それを見た不動はゆでだこのように真っ赤に染まった顔を畳へとうずめた。

「・・・ありえねえ」

「なにをそこでごちゃごちゃ言っている! 山姥切もさっさとそこへ座らんか!」

 長谷部の前にちゃんと用意されている座布団を指さす。

 思いっきり顔をしかめて彼の前に立ち尽くしたまま山姥切は忠告をした。

「あんたはもう飲まないほうがいいんじゃないのか。飲みすぎだ」

 手にした一升瓶を力いっぱい畳にたたきつけた長谷部は睨み付けるように凶悪な笑顔を浮かべながら顔をあげた。

「まだまだ。宴はこれからよ」

 どうやら逃げられそうにないな。

 これまではなんとか言い訳をこしらえて逃げてきたが、完全に出来上がっている今日の様子では難しそうだ。心の底から深く息を吐き出して、長谷部の前に足を崩して座る。誰かが気をきかせたのか、目の前に新しい空のコップが置かれた。

 するといきなり目を伏せがちに長谷部が問いかけてきた。

「主の具合は大丈夫だろうか」

 彼の目に一瞬の正気の光が戻った。不安とためらいを残した小さな呟きは部屋の喧騒にかき消されそうになりながらも、山姥切の耳にははっきりと届いた。

 常日頃、主のことを心の底から心配する彼の思いはともに傍にいるから語らなくてもわかっている。酒を飲みながらも主のことが頭から離れないのだろう。

 安心させるようにできるだけゆっくりと言葉を紡ぐ。

「大丈夫だ。飲んだ酒の量は大したものではないし、今は自室でおとなしく寝ている。こんのすけがついているからしばらく静かにしておけば明日には元気に起きてくるだろう」

「・・・そうか」

 視線を手元に落として聞いていた長谷部は、突然手にしたコップの中の酒を一気に煽った。顔を赤くさせて息を吐くと、山姥切のところに置かれていた空のコップをつかんで目の前に突き出した。

「お前も飲め」

 差し出されたコップに目をやり、また怪訝に目線を長谷部へ戻す。

「・・・いやいい、俺は」

 なかなか手を出そうとしない山姥切に業を煮やしたのか、さらに胸元へ強引に差し出してくる。

「酒が飲めないわけはないだろう、受け取れ」

 突きつけられたコップをどうしようか悩んでいると、耳元にこそっと囁きが聞こえた。

「兄弟、無理して飲まなくてもいいよ。僕がうまく口添えしておくから」

 いつの間に背後に近寄っていたのか、堀川が心配そうな顔で耳元に顔を寄せている。

「あまりお酒強くないでしょう。長谷部さんのペースで飲んだらさすがにまずいよ?」

 長谷部は酒豪の黒田の家にいただけあって、この本丸でもかなりの酒量を誇る。そして酔うと一、二を争うほど酒癖が悪いのは周知の事実だった。

 山姥切は飲めないわけではないし、それほど弱いわけではないが、この酒豪を前にするとやはり自信はない。

 返事をできずに口ごもっていると、長谷部の声の調子が急に落ちた。

「・・・やはり貴様は俺を侮っているのではないのか。主のそばにともに付き従うことは役不足でできぬと」

 思うより先に手が動いた。乱暴に長谷部の手からコップを奪い取る。

「いつ俺があんたにそんなことを言った」

 噛みつかんばかりの山姥切の返答に、彼らの周囲がしんとなる。いらだちを込めて目の前の長谷部を睨み付けた。

「俺はあんたをそんなふうに思ったことは一度もない。あんたの口うるささにイラついたり閉口することはいくらでもあったが、主への忠誠心と仕事の熱心さでかなうやつは誰もいないことくらい俺だってわかっている」

 目を丸くする彼の顔面に今度は山姥切がコップを突き出した。

「入れろ、望み通り付き合ってやる」

  毅然と言い放ったその後ろで堀川が顔に手を当てて瞠目した。

「兄弟ったら挑まれたら急に強気になるんだから。もう、どうなっても知らないよ」

 

 

「だから君は兼定の刀としての誇りを持つべきだという自覚がないというんだ」

 盃を片手に姿勢正しく歌仙は目の前でかしこまって正座する和泉守を上から目線の流し目で眺めた。宴が酒盛りへと変わった時からずっと膝を突き合わせて説教をされている。くどくどと歌仙の文句は途切れることがない。

「酒に惑わされ自分を見失うなどあってはならないことだと思うのだけれど」

 小さく相槌の返事しかできない和泉守は大きな体を丸くさせ、いつもより小さく見えるほどだ。

 彼らから少し離れたところに陣取りながらその様を眺めながら酒を飲んでいた陸奥守が憐みをこめてつぶやいた。

「ほんに、歌仙は難儀な相手じゃのう。しっかしあいつはまっこと酒を飲んどるんか? 顔に全く出ておらんぜよ」

「飲んでるわよー。ペース全く変わらないもの。ほら、あそこに転がっている酒瓶全部あの子が空けたんだから。しっかし顔色変わらないくせに酒癖が説教体質とは和泉守も大変よねえ」

 ケラケラ笑いながら次郎は干したいかのつまみをかじっている。和泉守たちの方をうかがいながらも二人は助けに入る気はさらさらない。下手に口を出せば今度はこちらに説教の雷が落ちかねないからだ。犠牲は一人で十分。

「ともかく、今後は君も酒を飲むときは気品をもってだね・・・」

 不意に説教が途切れた。怪訝に思った和泉守が恐る恐る顔をあげると、歌仙は自分の方ではなく、どこか別のところを驚いたように見ていた。

「之定、どうしたんだ?」

 声をかけられて我に返った歌仙の口元に笑みが浮かんでほころんだ。

「いや、面白いものを見たと思ってね」

 歌仙が見ている方向に和泉守も視線を送る。そこには互いに酒を組みあいながら怒鳴りあう普段から相性の悪いと思われる組み合わせがいた。

「山姥切と長谷部? あいつら一緒に酒飲んでるのか。珍しいこともあるもんだな」

「珍しいも何も、僕が知っている限りあの二人がああやって向かい合って酒を飲んだことはないよ。僕はこの本丸で山姥切の次に顕現した打刀で、その次が長谷部だ。だからあの二人の事についてはよく知っているんだよ、長い付き合いだからね。そうだな、思い返せばいろいろあったな」

 手元の杯に目線を落とし、和泉守の知らない何かを思い出して笑いながら口を付ける。

 自分たちの我を曲げずに言い合いながら、徐々にこの本丸の決まりごとを作っていった懐かしい日々。あの二人は初めからずっと仕事以外は席を共にしたがらなかったのだけれど。

「彼らもやっと一緒に酒を飲めるようになったわけだ。なんだか僕も喜ばしいね」

 

 

「・・・うう、貞ちゃん、なんで出てきてくれないのかなあ」

 これでもう何度目か。泣き崩れる長身の燭台切を肩にもたれさせながら、大倶利伽羅はうんざりしていた。思いっきり嫌な顔をしながらも邪険にはねのけないのは古くからの付き合いゆえの優しさか。

「燭台切の旦那は泣き上戸だったみてえだな。これはだいぶ酒が入っているようじゃねえか」

 大量の酒瓶を抱えてそばを通りかかた薬研がにやりと笑って足を止めた。

「俺一人で面倒を見きれん。織田で引き取ってくれ」

 伊達勢は現在、鶴丸を含めて3人。だがあまたの家を渡ってきた鶴丸故、伊達だけに縛られるわけではない。主に酒を飲ませた原因として絞めている最中、泣き上戸の入った燭台切に気を取られている隙に姿を消していた。

 結果的に燭台切の世話をするのは不本意ながら大倶利伽羅の役目になってしまった。

 事情を察した薬研は同情のまなざしを送りながらも軽く肩をすくめた。

「そうしてやりたいのはやまやまだが、こっちも手一杯なのさ。長谷部の旦那が仕掛けた飲み比べでどちらが先につぶれるか、最悪二人で切れて暴れだすのかわからないんでね」

 薬研が指差したほうを見て、大倶利伽羅はさらに顔をしかめた。ほのかに顔を睨み付けている山姥切と、空の酒瓶を周りに転がせながら顔をひきつらせながらも不敵に笑う長谷部を冷ややかに見やる。

「暴れそうならなぜあいつらに酒を飲ませる」

 大量の酒瓶を一瞥して彼は薬研に容赦のない一瞥を投げた。しかし薬研はそんな視線にも動じず、どこか意地悪い笑顔を浮かべた。

「いやあ、あの長谷部があんなに楽しそうだからな。俺が邪魔するわけにはいかなねえだろ?」

 言われて大倶利伽羅上座で喧嘩腰で飲み続ける二人を胡乱な目で見つめた。あきらかに互いをはげしく罵倒しながらも、酒をつぎ合っている。

「・・・楽しそうだといえるのか、あれは」

「楽しんでいるんだよ、あれでな。少なくとも長谷部の旦那は自分と飲みたいやつしか誘わねえよ」

 

 

「なにかあると主はまず貴様を頼る。それが気に食わん!」

 青筋を立てて吐き捨てるように言い放った長谷部は、そのままの勢いでコップを空にすると、前に注げと突き出した。

「言いがかりだ。初めの頃はそうかもしれないが、今のあいつはあんたの方が頼りにしているだろう。俺は戦事くらいしかわからないからな。この本丸についてはあんたの方がよくわかっているじゃないか!」

 どぼどぼと乱暴に酒を注ぎながら、やや目がうつろになりながら山姥切は目元を赤く染めていた。

「貴様、こぼれたではないか!」

「ほんの少しだろう、このくらい気にするな」

 ぐいっと酒をあおって、軽快にコップを下に置いた。

「俺は戦いの時代に生まれた写しの刀だ。俺の名の謂れも本科のものに過ぎない。なのに俺の謂れなどそれくらいだ。だから初期刀として選ばれたこと自体何かの間違いなんだ。名だたる名刀ぞろいのこの本丸で俺のことなど気にする価値なんて・・・」

 名刀という言葉を自分で言っておいて急に暗くなる山姥切に、かなり酒が入っていて止めようがなくなっている長谷部はすぐさま怒りの声を上げた。

「酒の席にまでで卑屈を持ち込むな! だいたい貴様は刀派随一の傑作なのだろう、それを胸に堂々としていればいいではないか!」

「織田に黒田と乞われ望まれて渡ってきた名刀に俺の何がわかる」

「俺も貴様のことなどわかろうとは思わん。だが主が選んだ刀なのに何かとあればすぐ卑屈を振り回すその態度が気に食わないだけだ!」

 怒鳴りあいながらも互いに酒を酌み交わして飲んでいる二人を、薬研たち織田組と堀川は少し離れたところで醒めた目で見守っていた。

「ケンカするほど仲がいいっていうか、旦那たちも盛大にけなしながらも相手の事をちゃんと認めてる発言しているのわかってんのかねえ」

「どうでしょうか。かなり酔っているので兄弟は明日まで覚えているかどうか・・・」

「あー、長谷部の旦那もここまで飲むとそうだぜ。まあ、酒の席で普段なら言えないことを言い合えばいいんじゃねえか? 明日なんとなーく覚えてればめっけもんだろ」

 からっと軽快に笑いながら薬研は手酌で自分の杯に酒を注ぐ。

 彼の手元に咎める視線を送りながら、堀川は柔らかい口調で苦言を呈した。

「よく飲みますね。そんなに飲んで一期さんに怒られないんですか?」

「ああ、いち兄ならおたくの兄弟につぶされてそこで寝ているけどな。うちの兄弟たちはみんな帰っちまったし、俺があとで部屋に連れて帰んねえとなあ」

 ぎょっとしてみると胡坐をかいた山伏の膝を枕に一期が安らかな寝顔で眠っている。手酌でのんびり酒を飲んでいた山伏が堀川の視線に気づいてカカカと豪快に笑った。

「うわぁ、すみません」

 顔を赤くして堀川は神妙に頭を下げた。しかし薬研は笑って気にするなと手を振った。

 「別にいいって。そら、いち兄も幸せそうな顔をして寝てるしな」

 

 

 

 なんか収集つかなくなってきた正月の酒盛りです。

 このほかでもあちこちでにぎやかに騒ぎが引き起こされています。なんせ五十振りは越えましたから。

 短刀などの小さな刀は先に部屋に帰ってます。だからこその無礼講。

 織田組は短刀だろうと容赦なしに酒盛りに連れて行かれます。あまり強くない不動はいつも長谷部に付き合わされてひどい目に。

 ちなみに山姥切と長谷部は翌日ほとんど記憶をなくして二日酔いと頭痛に苦しみました。

 

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