ゆめうつつ

刀剣乱舞・文豪とアルケミスト関連の二次小説。主にコメディ中心。

正月 ~三日月・鶴丸~

 宴の喧騒は耳うるさいほど賑やかなはずなのに、心に届くにはどこか遠い。

 この広間にどれだけの刀がいようとも、目に入るのはただ一振りのみ。

 けして振り向かぬ、触れられぬ、それでも追わずにはいられない。

 ――――それは決死の戦場で黄金の光を煌めかせる若き刀。

 

 

「君が一人で酒を飲んでいるのか。珍しいな。いつも一緒の三条の奴らはどうした」

 口をつけようとしていた盃から顔をあげた。

 頭上では自分を覗き込みながら立っている鶴丸が愉快そうに笑っていた。その両手には抱えるほど大きな徳利と杯を持っている。先ほどから飲んでいるはずなのに、その顔は全く朱に染まっていない。

 目線を盃に向け直すと、ゆっくりとそれを口にした。

「俺とて一人で飲みたいときはある」

 喉の奥をさらりとした酒が流れ落ちてゆく。胃の腑は酒が入った故熱くなるが、心は醒めたままだ。いくら飲もうとも冴えきって酔うことはない。

「この正月の宴の喧騒の中でか? 君は人の身を得てから年を越すのは初めてだろう。せっかくの無礼講だ、皆と騒がないのか? そのほうが楽しいぞ」

「騒がしすぎるのは慣れぬな。まだ人の身に馴染まぬからかもしれないが、今の俺は皆を遠くから眺めている方がよい」

 つれない返事に鶴丸は軽く目をそよがせたが、そこは本丸を日々縦横無尽に驚きを引き起こす彼だ。三日月の了承も取らずにいきなりその隣へ陣取って座り込んだ。

 手近のつまみを次々と傍へ引き寄せ、自分がくつろぐ体制を作り上げた。完全にここへ居座る気だ。

「・・・鶴」

「おおっと、怖いな。楽しい宴でそんな目をするもんじゃないね」

 不快感をにじませながら冷ややかに睨む三日月を一瞥して、鶴丸は手酌で盃に酒を注いだ。そしてくいっと豪快に一息で飲み干す。

「人の身になって良いと思ったことの一つが酒を飲めることだな。こんなにうまいものだとは知らなかった。刀の時は供えられても味わうことすらできなかったからな」

 こやつは人の姿を存分に楽しんでいるようだ。

 そういえば鶴丸は俺と同じくらい長き時間を刀として存在しながら、望まれるままあまたの場所を渡り歩いたと聞く。短き生の人間と意にはならぬ出会いと別れを繰り返しながらもいささかも苦に見せはしなかったか。

 三日月は少し顔をあげ、宴が続く広間を見渡す。ここに集う刀、それらはいずれも笑っている。その笑顔の奥に封じられた心には鶴丸と同じく何か言えぬ過去を抱えた者も多いはず。

 眼前に徳利が傾けられながら差し出された。鶴丸は空になった自分の杯に愉快そうに酒を注ぐ。

「君は楽しんでいるか、この新しい生を」

「ああ、存分に楽しんでおるぞ」

「・・・本当か? いつもの君は笑いながら嘘をつくからな」

 己の顔に触れるほど間近に鶴丸の顔が近づく。白皙の肌を彩る金の双眼が誰も知らない秘密を見つけたかのように輝いていた。

「それに今日は作り物めいた笑顔すらない。どうした、なにが君を不快にさせるんだ?」

 わかっているだろうに、いつももったいぶって人を焦らす。

 しばらく間を開けて鶴丸は細い人差し指でそれを指し示しめした。

「あいつに近づく隙がないからか?」

 自信ありげに鶴丸は三日月にささやく。

 鶴丸が指差したのは広間の喧騒がもっともうるさいところで飲みあっている二振りのうちの片割れ。

 顔を赤くして片足を立てて身を乗り出しながら、目の前で青筋を立てる長谷部に果敢に食ってかかる。いつも顔を隠すためにかぶっている布が後ろに落ちて、面があらわになっているのを気にかけもしないほど酔っているのか。

 普段見せぬ隙のある姿をさらすその者に、なぜか心の奥がうずく。だがその感情を三日月は無防備に表に出したりはしない。

 想うことはあれど、口に出るのはそっけない声のみ。

「さて、どうかな」

「・・・長い付き合いだが、いまだに君の本心がつかめないんだよな。いや、俺の知っていた昔の三日月とは少し違う気がするんだが、気のせいか」

 いかなる言葉をかけられようとも平静だった心がかすかに揺れた。

 違うとは何か。何も変わってはいないと自分では思う。なのに鶴丸は何を感じ取ったのだろうか。

 だがそれでも動揺は見せられぬ。

「互いに長い時を過ごしているのだ。人とて心はつねにうつろい変わるではないか。我らも同じよ」

 しかしその言葉を鶴丸が臆面通りに受け取っていないのは自分を見る疑い深いまなざしでわかっていた。口先だけではこの白い鳥をだませないだろうとは知っていた。

 無理もない。自分すらわからぬものをどのように説明しろというのか。

「いつもこうやってはぐらかされるんだよな。まあいい、酒の席だ。面倒なことはいまはもう聞かねえよ」

「すまぬな、鶴よ」

「・・・あんた、全然すまないなどと思っちゃいねえだろう。人たらしな笑顔をしやがって、俺は騙されないからな」

「だがそなたは騙されてくれるのであろう」

「調子に乗るなよ。これ以上度が過ぎるとあいつに俺の知っている三日月宗近の本性をすべて暴露してやるからな」

「それは勘弁してほしいなあ」

 

 

  触れられる体を手に入れた。想いを伝える言葉もある。

 こんなにもそばにいるというのに、ただ眺めているだけだったあの頃よりも遠く感じるのはなぜか。

 口に含んだまろやかな酒が今日はいやに苦く感じられた。  

 

 

 平安時代からの長い縁の二振りです。

 鶴さんは三日月の隠そうとする本性などいろんなこと知ってますが、ほかの刀には言ってません。

 三日月はこの本丸に来てまだ一年もたってないので、行事や何やら人と同じ生活に戸惑いを隠せいない模様。人の姿にもまだなじみきってないですね、特に感情面が。

 いつもオープンに付きまとっている山姥切が長谷部に取られて少々すねております。それなんでだかもよくわかってないところが難儀。

 人の良い笑顔で皆を欺いて本性を見せない、それがうちの三日月宗近です。

 

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