ゆめうつつ

刀剣乱舞・文豪とアルケミスト関連の二次小説。主にコメディ中心。

食事 ~徳永・中野・小林~

「うまかー。こぎゃんうまか唐揚げ食べたことなか!」

 ほどよくきつね色に揚がった大ぶりの唐揚げを大きな口を開けて頬張った徳永直は満面の笑顔でそのうまさを顔全体でしめしていた。

 一個食べる食べに感嘆の声を上げる徳永とは反対に、食事中は食べることに集中する傾向の中野重治小林多喜二は御飯を片手にもくもくと目の前の唐揚げを次々と腹へ入れて片付けている。

 白い大皿の上にレタスを敷いてこれでもかと積み上げられていたはずの唐揚げの山はお腹を空かせた三人によってすでに半分以下に減ろうとしていた。

 菜箸を片手に追加の唐揚げの大皿を持ってきた志賀直哉は彼らの余りの食べっぷりとその勢いに苦笑するしかない。

「中野も多喜二も、さっきまで潜書してたよな。腹が減って当たり前だよな。足りなければまだ作ってやるから遠慮しねえでたくさん食えよ」

 そう言って減った大皿に追加の唐揚げをこれでもかと積み上げた。

「志賀、いくらなんでも作りすぎだろう。こんなに作って食べきれるわけ・・・むぐむぐ」

 茶碗を片手に箸を持ち上げなぜか偉そうに苦言しつつ、誰よりも先に揚げたての唐揚げを取っている。どう見ても言動と行動が一致していない。大きな一つを口に入れてもぐもぐさせている武者を志賀は睨みつけた。

「俺は腹を減らして帰ってきたこいつらに作ってやったんだ。なのにお前はいつの間に食堂に来てたんだよ、武者。しかもちゃっかり自分の茶碗と箸まで用意しやがって」

「なんかねえ、外で体を動かしてたら志賀がおいしそうなものを作ってるなって気がしたんだよね。大当たりだったなあ。それにしても相変わらず料理が上手だよね、今日の唐揚げもおいしいよ。本当にご飯がすすむ」

 御飯の最期の一口を口に入れて空になった茶碗を志賀に突き出した。

「むぐ、志賀、おかわり」

「そのくらい自分でやれよ」

 悪態をつきながらも乱暴に茶碗を受け取ると大きなおひつからしゃもじでご飯をよそってやる。世話をするのがすっかり修正になっていて身体が勝手に動いてしまう。

 ついでにと盛んな食欲を見せているプロレタリアの三人にも声をかけた。

「そら、多喜二たちも飯よそってやるから寄越せ」

 三人から空になって手渡されたどんぶりに志賀はそれぞれ御飯を山盛りにした。

それを見ていた武者が自分の南瓜の描かれた茶碗に少し目を落した後、志賀を見上げた。

「僕たちは茶碗なのに、なんであの三人だけいつもどんぶりなんだっけ」

「あいつらの食べっぷりを見てるだろ。そんな小さい茶碗だと何度もお代わりしなきゃならなくて面倒だろうが」

「そうだった。そういえば最初の頃、小林くんがずっとおかわりし続けるから、だんだん面倒になった給仕を手伝ってた室生さんがおひつごと食べさせようとして森先生に怒られてたっけ」

「礼儀作法とか美意識にうるせえ先生たちが多いからな。室生の気持ちもわからなくはねえけどよ。だから余計な手間をなくすために最初からたくさんよそっとけばいいと思ってどんぶりにしたんだが・・・あまり意味ねえな」

 すでに三回目のおかわりを平らげようとしている小林を眺めて志賀がため息をついた。急に志賀たちの注目を集めているのに気付いた彼は唐揚げに伸ばそうとした箸をとめた。

「え、俺たち食べすぎですか。直哉さん」

「ちげえって。今のうちにどんどん食っとけよ。司書がまたお前らを潜書させるって言ってたぜ。新しく来た徳永をはやく強くしたいんだとよ」

 そらさっさとよこせとまたご飯をよそってあげている志賀をちらりと見やりながら、中野は傍らで唐揚げをご機嫌で頬張っている徳永に声をかけた。

「相変わらず人使いの荒い特務司書だよねえ。直もこれから大変だけど僕たちと一緒に頑張ろうね」

 唐揚げを飲み込んだ徳永は茶色い目をくるりとさせて、人懐っこい表情のまま首を傾げた。

「そういえばおりゃあはなにばするたい?」

 なまりの抜けない徳永だったが、その朴訥な話し方が彼自身の人柄の良さをよく表していた。

「これから僕たちと一緒に本の中へ行って、そこに巣食う悪い敵と戦うんだよ。僕たちの文学を守るためにね」

「敵は強かとか?」

 一通り転生した時に司書から説明は受けたが、まだ記憶があいまいなところへ突然戦えと言われても戸惑うしかない。実際、ここに来た誰もが最初は自分たちが与えられた状況に少しなりとも困惑していたのは事実だ。

 中野は不安の色を見せる徳永を安心させようと口元をほころばせほほ笑んだ。

「直が慣れるまでは僕たちが守るから大丈夫だよ。それよりも何度も本の中へ行かされる方がきついかな。僕らが疲れきるまで戦わなくてはいけなくて・・・」

「そぎゃん大変なことさせられるんか。もしかしておりゃあが食べすぎたけん、働けちゅうことか? 食べた分ば身体で返さにゃならんのか、ここは怖いところばい」

「いや、いくらなんでもこの図書館は労働者を搾取するようなところではないはずだよ。たぶん」

 歯切れ悪い中野の返事に徳永もさらに不安の色を濃くする。転生したばかりで記憶もおぼろげな徳永にとってまず頼れるのは旧知の中野と小林だろう。状況も理解できなくて、徳永が箸を止めてどうしようかと考えたのも一瞬。

 どすっと唐揚げに箸を突き立てて、唐揚げを刺したまま上に掲げるように立ち上がると小さな体で胸を張って宣言した。

「おりゃあは働き者ばい! どげんきつか仕事でも負けん。こぎゃん贅沢でうまかご飯食べれるならたくさん働くばい!」

「うまいって言ってくれるのはありがたいけどよ、ここじゃこのくらい普通だぜ?」

 お代わりだと言って志賀はさらに徳永の前に唐揚げを積み上げる。大量の肉に彼はさらに目を輝かせる。

「すごかー。肉がこぎゃんいっぱい食べれると、ここは天国やなかとか?」

「だからおおげさじゃねえのか。この鶏肉だって普通に店で売ってるやつだぜ。もっと上質の鶏肉をつかえばもっとうまいものができたけどよ」

 感激する徳永がよく理解できないのか志賀は肉に向かって手を合わせる彼を不思議そうに見つめている。

「こいつよりもうまくなるんか。志賀さんはすごかね!」

「そうか。なら今度は違うものを作ってやるぜ。何が食べたいんだ?」

「ほんとか。ならおりゃあは煮しめが食いたい」
 興奮して身を乗り出す徳永に中野が苦笑しながら口を挟んだ。志賀の言うように上質の食材を使えば料理がさらにおいしくなるのは当たり前だ。

「直、それは料理の腕って言うよりも食材の力だと思うけどな」

「違う、直哉サンが作るからうまいんだ」

 俯きながらぼそっとつぶやいた小林に中野はおやと目を見張る。肩肘をついて手で頬を支えると、フードで隠れた彼の顔を覗き込む。

「ここにきてずいぶんと彼に懐いたみたいだね」

 ぎくっと体がこわばって小林の手が止まる。だがすぐにさっきよりも速く箸を運び始めた。

「僕は悪いとは言ってないよ。ただね、君が僕たちの他に心を許せる人を作れるようになったことに驚いているんだ。もちろん、それは喜ばしいことに違いないからね」

 無言で黙々と食べ続ける小林に中野は独り言をつぶやくがごとく、彼だけに聞こえるように言った。

「この図書館で僕たちがどんな小説を書こうと、決して罰せられることもないし、追われることもない。時代はもう新しい時代へ移り変わっているんだ。だから僕はこうやって三人で同じものを食べれる幸せを大切にしたいんだ。君もそうだよね、多喜二」

 また箸が止まった。口にくわえたそれが少し下に離れた。そして遠慮がちに小さくつぶやかれた言葉。

「俺はときどき夢ではないかと思う時はある」

 いつのとは聞かなくても何となく中野はわかった。彼の孤独な逃避行。誰を信じればいいのか、疑心暗鬼のまま人に頼れず、それでいて誰かを信じたいと心では願っていたあの時か。

「大丈夫、ここは僕たちにとっての新しい現実だよ。夢じゃない」

 もう二度と会えることのないと思っていた三人がまた出会えたことは。

 後悔と絶望に飲みこまれて止まってしまっていた時間がまた動き出したのだから。

「志賀、お茶がほしいなあ」

「またかよ、武者。たまには自分でや・・・いやいい、座ってろ。こないだみたいに盆ごとひっくり返されたらたまらないからな」

 不満げながらも作法通りにきっちり煎茶を入れている志賀とご機嫌で待っている武者の二人の声に引き寄せられるように小林は視線を向けた。気付かれないようにそっとただ見ていたいだけというそのささやかないじらしさか。

 二人は小林が見ていることに気付いてはいないようだが。

「箸がとまっとるばい、多喜二。食べ過ぎで具合悪うなったんか?」

 ひょいっと直が心配そうに声をかけてきた。

「大丈夫だよ、直。多喜二が食べすぎで具合悪くなることなんてないよ。お腹がすいて倒れたことはあるけれど」

「重治も同じじゃないのか」

「いや、さすがの僕も多喜二には負けるよ」

 小林と中野の空になった大きなどんぶりと皿を交互に眺めて、徳永は強張った笑顔を浮かべるしかなかった。

「おりゃあには同じに見えるばってんな。二人ともけっこう食べてるばい」

 

 

 どうしても肉を幸せそうに食べさせてみたかったんです。CV山下さんですので。 

 

 プロレタリア派 徳永直 二〇一七年四月三十日 転生

 

太陽のない街 32053個 二〇一七年五月一〇日終了