ゆめうつつ

刀剣乱舞・文豪とアルケミスト関連の二次小説。主にコメディ中心。

修行 ~後藤藤四郎~

「薬研、こっち来て俺と一緒に立ってくれよ」

 大きなせんべいを口にくわえていた薬研が振り向くと、緊張した面持ちでなぜか神妙な顔をしてこちらを見下ろしている後藤と視線が合った。

 いつも騒々しい奴が珍しくおとなしくしている。何でそんな真面目な顔をしてるんだか、らしくねえ。すぐ後ろにくっついている信濃はといえば言いたいことを必死でこらえている顔でにやにやと笑っていた。

 こいつら何をたくらんでやがるのか。いぶかしげに目を細めて薬研は見ていたテレビの方を向き直るとバリバリと音を立ててせんべいをかみ砕いた。

「面倒だな」

 一言でバッサリ断ったが、あきらめない後藤は両手を拝むように合わせて頭を下げてきた。

「頼む! ちょっとだけでいいんだ!」

「俺じゃなくてそこにいる信濃でいいだろ。馬の奴らの世話が終わってやっと休憩に入れたんだ。俺たちの休憩部屋でくつろいでるのになんでわざわざ立ち上がらなきゃなんねえんだよ」

 海苔のついた大きなせんべいを後藤の後ろに突っ立っている信濃に向けてそっちに頼めと言ってやった。だが後藤はまだ拝むのをやめない。だからなんなんだ。

 首を自分が絶妙な角度で傾けた信濃が笑いながら言う。首を傾げてこちらを見る姿は己のかわいらしさがどうすればいいかよくわかっていると見た。

「俺はね、駄目なんだよ。まだだから。それで厚か薬研がいいんだけどさ。厚ったら今、主さんとこへ呼び出されてるんだよ。また言い争いだって、長谷部さんと山姥切さん。だから二人に遠慮なく言える厚が止め役に駆り出されてる」

「またかよ」

 うんざりとした顔で薬研はため息をこぼす。

 あの二振りは仲がいいのか悪いのか、意見対立で言い争うのはこの本丸の風物詩だ。元は第一部隊の時の誉争奪戦からはじまって何かあれば意地を張りあう。長谷部の毒舌に我慢しきれなくなった山姥切が切れるのがお決まりだ。

 さんざん毒を吐くくせに酒の席で山姥切の姿が見えないと長谷部の旦那はいつもよりも早い調子で酒をあおって機嫌悪くなるんだけどな。まったく素直じゃねえ。

「だけどよ、まだってなんだ。だいたい俺たちがよくて信濃が駄目な理由ってなんだ?」

「まあまあ、とにかく立って上げてよ。これから修行に行く後藤への餞別だと思って」

「修行・・・ああそうか」

 ぱっと頭にある考えが閃いて、目下を笑ませると薬研は後藤に向き直った。

「なるほどな、なら相手してやらねえとな。でも無駄だと思うぜ」

 立ち上がって正面からまっすぐ後藤を目で射抜く。薬研の冷ややかな色合いの瞳にひるんだのかぐっと喉を詰まらせたが、垂らしていた彼の拳が覚悟を示すかのようにきつくぎゅっと握りしめられた。

「無駄かなんてやってみなきゃわからねえだろ」

 腹の底から絞り出した声には後藤らしい負けん気と怒りがにじみ出ていた。

「はいはい、二人ともこの柱に寄って背を向けあってくっついてね。ほら、薬研はちゃんと背をまっすぐして。あ、後藤背伸びしない!」

 柱に寄って背中合わせに立つ薬研と後藤だったが、薬研の方が終始気楽な様子なのに対して後藤は緊張しているのか身体がカチカチに強張っているなと背中越しに感じていた。

 手をかざして何やら見比べていた信濃だったが、二人の頭のあたりをまじまじと見つめてうーんと難しい顔をしてうなった。

「やっぱり変わらないかなー。ほら、先月この柱につけたしるしと変わってないよ」

 信濃が指差した柱の部分には身長を記録した少々いびつな線が何本も走っていた。しかもその線はどれもほとんど高さが変わってない。この線は後藤の成長の記録だが、やる意味があるのかっていうほど何も位置が変わらない。

「そりゃそうだぜ。俺は修行から帰って来た後、自分のどの服も普通に着れたからな。変わってねえと思うぞ」

 帰ってすぐ内番だったが普通に衣装棚に入っていた服を取り出して畑仕事をしても何も違和感はなかったな。薬研はそれに言われるまで気付かなかった。

「げえ! マジかよ!」

 悲痛な叫びをあげると後藤は頭を抱え込んで床に突っ伏してしまった。頭を抱えてうずくまるほどがっかりするものなのか。

「やっぱり身長は気になるんだな、後藤。まあ修行で伸びて帰ってくるなんて期待するだけ無駄だぜ」

「う、う、うるさい!」

 薬研に目的を言い当てられたせいで顔が真っ赤になって頭もあげられないようだ。

「極の修行に行ったからって身体が成長するわけじゃねえぜ。秋田も五虎も戦衣装はだいぶ変わって強くはなったが、容姿はあまり変わってねえだろ。・・・まあ、乱の奴は例外だけどな」

「可愛くするのがあざとく・・・ううん、上手なったよね。こないだも万屋へ一緒に買い物に行ったとき、服がよく似合っててかわいいねとか言われて喜んでたし」

「ふうん、ボクは信濃にだけはあざといって言われたくないんだけど?」

「え・・・乱! うわっ、いたいよ!」

 突然信濃の頭の両端が背後から伸びた拳でぐりぐりと痛めつけられた。相当痛いらしく、彼の目は途端に涙目になる。

 手入れの行き届いた長い髪が信濃の背後でさらりと揺れた。確か乱は長期遠征に行っていたはずだったが戻ってきていたのか。帰って来て早々、薬研たちの部屋を通りかかったらいいかげんな自分の噂話が耳に入ったのだろう。

 入り口の近くにいたため犠牲となった信濃が思いっきり痛がっているがなかなか解放してくれない。

「い、いたた!」

「おい、乱。怒るのもわからないくもないけどよ、ほどほどにしろよ」

 お前は怒るとめちゃくちゃ馬鹿力になるからな、とは言わないでおく。一言余計なことを言えば後が怖いのはすでに身に染みている。ひとしきり攻撃してすっきりしたのか頭を抱えて痛がる信濃を放り出して、乱藤四郎はいつもはつぶらな瞳を細めて薬研を睨んだ。

「いっとくけど、薬研にだって文句あるんだからね。ボクと一緒に外を歩きたくないって言ったの、誰だった?」

「・・・昔のことは憶えてねえなあ」

  とぼける薬研を睨みつけていた乱は不審を込めて目をさらに細めると、はあっと大きく息を吐き出した。

「どうして薬研たちはそう無神経なのかな。秋田とか五虎退とかみたいに無邪気じゃないし、平野や前田のような大人びた礼儀正しい会話はできないし。なんていうかね、がさつで大雑把でいいかげんなの!」

「一応男士として大将が俺たちを顕現させたからな。男なら別にがさつでもいいんじゃねえか? 乱だって俺たちと同じ男だろ?」

「ちょっと、ボクを同じにしないでくれる!?」

 肩を怒らせて乱が激昂しかけたところで、廊下からどこか気の抜けた声が聞こえた。

「何騒いでんだよ、向こうまで聞こえてたぜ。お、乱じゃん。もう遠征から帰って来たのか?」

「厚だよ! ボクたちは粟田口の刀だよ。いち兄みたいに礼儀正しくて物腰も優雅な身のこなしを心掛けてほしいんだからね!」

「そう言われてもなあ」

 意味わけわからねえし助けろ、と厚がこちらを目で訴えてきたが薬研にもどうすることもできない。興奮しているこれを俺にどうしろと。

 ため息をついて薬研は頭をがりがりと掻いた。

「乱はいち兄を神聖視しすぎてねえか? あれでもいち兄はけっこう抜けているところあるぜ?」

「それはいち兄のチャームポイントだからいいの! 完璧すぎたら逆につまんなくなるるだけだよ。だからちょっとだけかわいい欠点がある方がいいんだから」

「・・・つける薬がねえなあ」

 何を言おうが乱の心は揺るがない。天上を仰いで薬研は嘆息した。どんな薬もこの世のものなら作り上げる自信のある薬研も、心を動かすという薬は作れそうにない。

「後藤もそんな小さなことで悩んでたらいち兄みたいに立派な男にはなれないんだからね。身長ごときでうだうだしない!」

「身長ごときって、俺にとっては大事なことなんだよ!」

 後藤の必死の訴えも乱に一笑される。

「ま、頑張ってみれば? なんでも挑戦することは大事だけどね。でもボクは望みのないことばっか気にしてないで、後藤にしかないいいところを見つけて伸ばす方がいいと思うけどなあ」

「俺の? どんなのがあるんだよ」

 目を見開いて問いかける後藤だったが、乱は冷たい視線で見下ろすだけだった。

「自分で考えなよ。後藤だって誇り高き粟田口の一振りでしょ。誰かに教えてもらうんじゃなくて、大切なことは自分でしがみついてでも見つけてくるんだよ。ボクだって、そこにいる厚や薬研だってそうだったんだから」

 それだけ言うとふっとあらぬ方向に首を向ける。本丸のどこかから乱を呼ぶ声が聞こえた。

「あ、ボク呼ばれているみたいだ。後藤はこれから修行行くんでしょ? 送り出された先で後藤にしかない大切なもの、見つけられるといいね」

 じゃあねと手をひらひらさせて春の嵐のごとく振り回すだけ振り回した乱はさっさと行ってしまった。

 残された厚と薬研は顔を見合わせると、やれやれと苦笑した。

「あいつには敵わねえなあ」

「俺たちの中では一番漢らしいからな」

  女の子のようなかわいらしい服装を好むが、言動ははっきりしていて行動力もある乱は兄弟の中でもはっとするような深い言葉を告げることがままある。その分口も達者で厚たちも何度言いくるめられたことか。

「俺にしかないこと・・・あるのかな、そんなの」

 膝をついたまま両手を見つめて固まっている後藤がつぶやいた。

「それを見つけるのがこの修行だろ」

 何言ってんだかと薬研が後藤を眺め下ろす。

「じゃあ、俺もあるかな」

「あるだろ、だって俺たちは大将に見いだされた刀剣だぜ?」

「うーん、楽しみだなー。俺も早く行きたいよ。ねえ、後藤、さっさと行ってさっさと帰って来てよ」

 先に行った兄弟たちが戦装束を華やかにカッコよくさせたのをうらやましく見てた信濃はつねづね自分もはやく行きたいと言っていた。だが薬研は首を振った。

「いや、後藤が帰って来たからってお前が行けるとは限らねえぜ? 政府からの通達にはお前も修行に行けるとはまだ書いてなかったはずだからな」

「えー、俺の方がこの本丸に早くからきてたのに。後藤が先なのはずるいや」

 後藤は大阪城で行方不明期間が長かったため、後から刀剣男士として存在が認められた信濃がこの本丸に先に迎え入れられていた。本丸に後藤が来たあとは信濃が慣れるまでいろいろ教えていた。自分がここでは先輩という意識があるのか、先に彼が行くことにまだ納得してないのか不満で頬を膨らませている。

「俺に言うなよ。こればかりはどうしようもねえからなあ」

 ぽんと薬研が後藤の肩を叩く。

「胸張って修行へ行って来いよ。俺たちが見送ってやる。それでお前が帰ってきたら俺たちが後藤の見つけたお前だけの強さ必ず受け止めてやるからよ」

「ほんとか?」

 ちょっと感動で目を潤ませていた。後藤は俺たちの中では素直な性質で、こうやってすぐ言葉をすんなり受け入れる。

 俺たち兄弟は粟田口の刀とひとくくりには言われるが、その刃はどれも同じではない。刀としての本性が違うからこそ、人としての姿を持った俺たちもまた個性がある。

 全員が同じじゃつまらねえからな。後藤には後藤の、いいところや望む在り方もあるはずだ。

 でもよ、と今度は厚が反対側の肩に手を乗せた。

「身長だけは無理だってあきらめとけ。期待した分、落ち込まれたら困るからなあ」

 そうそうと信濃が頷く。

「俺たちの本体の刀の大きさが変わらない限り、大きくなるのはありえないよ。子供から大人へ成長する人間と違って刀は打たれた時まま伸びたりはできないんだから。ああ、でも縮むことはあるかな、磨上で」

「げ、それだけは勘弁してくれ!」

 

 

 短刀 後藤藤四郎 二〇一七年三月十八日 極修行帰還