ゆめうつつ

刀剣乱舞・文豪とアルケミスト関連の二次小説。主にコメディ中心。

就任二周年 ~本丸~

「・・・黒という色は確かに現代の世にあって正装を意味するものかもしれないけれど、やはり無粋だね。皆がかしこまって同じ色というのは実に面白味がないよ。雅ではないな」

 つらつらと文句を言いつつも歌仙は手慣れたしぐさで主の帯を締めた。体にぴったり合うように容赦なく締め付けられる。

 だが彼に着付けをしてもらうとやはり違う、心なしか背が伸びて姿勢が改まる。背筋を正せば息苦しくもない。

 歌仙に着付けのすべてをゆだねながら、主はちゃんと着付けたほうがくるしくないんだなあとぼんやり思う。

「こんな形式の決まりきった着物でできることと言えば、主のために選び抜いた布地を使って、身丈に合った寸法できっちり仕立てることぐらいかな。・・・よし、できたよ」

 最後に黒地に染められた羽二重の長着を羽織らせてもらう。紋は五つ、糸をかたどって歌仙が意匠してくれた。糸は彼ら刀との縁をつなぐこの本丸の象徴でもある。

 黒紋付羽織袴姿となった主はあらたまった自身の服装を眺めおろして少しはにかんだ。

「着物はいつも着ているけど、こういう礼装はまだ慣れないかな。歌仙みたいに自分でちゃんと着付けられるようになれればいいのだけれど」

「先ほど主が自分で着つけた姿を見たけれど、あれでは止める紐が緩すぎて途中で崩れるだろうね。和装は少しきついくらいで着つけないとだめなんだよ」

 あちこちから主の着物を眺めまわして確認した歌仙はよし、と言って立ち上がった。

「長谷部、主の衣装は準備できたよ。あとはどういう流れになっているんだい」

「この本丸にいる全員に正午に大広間へ集まるように昨日までに通達を出している。今日がどんなに重要な日かきつく申し渡しておいたから、忘れている奴はいないと思ってはいたが・・・」

 呼ばれて作業していた隣の部屋から姿を現した長谷部は一直線に主の前に行くと、ためらうことなく畳に膝をついた。

「お似合いです、主。先にお召しになられた時よりもずっと大人びて凛々しくおなりになられました」

「ええと・・・この着物は半月前の正月に着たばかりだよ。さすがにそんなに変わっていないと思うけど」

「いえ、今日という日を迎えて、主はさらに審神者としての威厳を輝かせているのをこの長谷部、感じておりますとも」

 熱く語る彼の後ろで腕を組んだまま、呆れたように歌仙がつぶやいた。

「君はこの二年、主に対してぜんぜん変わらないね。正直、尊敬するよ」

「あたりまえだ。主に対するこの思いは誰にも負けん。少なくともあの馬鹿よりはな」

 長谷部は青筋を立てながらきつく歯をかみしめる。

 彼の言葉に何かを思い出したのか不機嫌になっていく長谷部を大して気にするでもなく、歌仙は今まで気になっていたことを尋ねた。

「彼、いや彼らはどこへ行ったのかな。僕はここ数日姿を見ていないような気がするんだが。長期遠征でも行っているのかい?」

「遠征ではない。あいつらは非番だから俺もどこへ行ったかは知らん。ただこうなるのなら、力づくでも出かける前に止めておけばよかったと悔やまれる」

「・・・君たちがもめると真剣を持ち出して流血沙汰になりそうな気がするから、できれば手荒なことはやめてくれないかい。主、彼は一応無事なのかな」

 歌仙に問われて少し考えてから主は手のひらを上にして広げた。柔らかな気配の霊力がふわりとその体から放たれる。

 手のひらに絡みつくように浮かび上がった銀色の糸は三本。いずれも細い糸なれど力強く銀の輝きに煌めいている。己の手に絡みついている糸を見つめ、主は優しく目を細めた。

「この通り彼らは無事ですね。むしろ、いつもより元気な気がするくらい。彼らの身に大事がおきた様子はないし、いつも何かあれば必ず連絡をしてくれる。だから連絡もないということは間に合うように帰っては来ると思うけれど」

「他の者ならば時間に間に合えばそれでいいでしょう。ですが、あいつだけは事前にやる仕事が山積みだということを忘れております。これこそ自分の立場というものをいまだに自覚していない証拠ではないですか! 主に迷惑をかけるようなまねをしてくれて、帰ってきたらただでは済まさん」

 しかし当の本人はそんなこと思ってもいない。非番の時まで拘束するつもりはないからだ。

「・・・私はこれといって迷惑はかけられてないんだけど」

「無駄だね。ああなったら長谷部は人の話など聞こえないよ」

 小さくため息をつき、歌仙はこめかみに指を当ててつぶやいた。

「大広間だいぶ集まってるぜ。そろそろ時間だから行ったほうがいいんじゃねえか?」

 障子の間から厚がひょっこり顔を出した。そのまま何かを探すように部屋の中を眺め渡した。

「あー、ここにいないってことはやっぱまだ帰ってきてねえんだ。長谷部、今日の進行とか挨拶はどうするんだ?」

「いる奴らで何とかするしかないだろう。とりあえず進行は俺がやる。刀を代表しての挨拶はこの場合顕現が古い者がやるのが筋だろう。奴がいないなら初鍛刀のお前がやるんだな、厚」

「え、俺かよ。そんなこといきなり言われても無理だって。何も考えてないぜ」

 明らかに嫌そうな厚を長谷部は威圧を込めた無表情で見下ろした。

「無理だろうがなんだろうが、やれ。貴様も一期一振と同じ粟田口だ。こういう祝儀の席での口上は刀の時にさんざん聞いてきただろう」

「そりゃそうだけどさ。わかったよ、しかたないな」

 長谷部の眼の色が怖い。逆らえるはずもなくしぶしぶと言った面持で了承した厚は、刀たちの話を黙って聞いていた主の手を取った。

 目線が厚とまっすぐあう。背丈はほぼ同じくらいの彼だが、握られた手は主のものより大きくしっかりとしている。

「主、もう行かないと。みんなが待っているぞ」

 軽く引っ張られるように主は廊下に出た。その後を長谷部たちが続く。

 主の部屋のある離れから本館へと続く長く伸びた廊下を伝い歩く。

 いつからここにあるのか変わらないこの本丸は新しいとも古いともわからない。よく磨かれた廊下は踏みしめるたびに軽く鳴る床だが、歩く者により足が鳴らす音は違う。存在を誇示するかのように大きく聞こえる足音もあれば、歩いているのかわからぬほどひそやかにきしむだけの音もある。

 刀でもやはり個性があるのだなとこんな些細なことで気づく。

 大広間の近くに来ると中からの話し声が漏れ聞こえてきた。だいぶ人数は集まっているようだ。

「時間にはまだ少し早いようだけど、集まっているようだね」

 先に立ち中を覗いた歌仙が後ろに続く主たちを振り向きながら言った。

「もちろん全員ではないがな」

 はき捨てるように言って長谷部は勢いよく障子を開け放った。突然現れた彼の姿を見たとたん、にぎやかだった大広間が嘘のように静まり返る。

「主のお出ましだ。なんだそのだらけた姿は。今日という日は腑抜けた態度は許さん。だらしのないその姿勢を改めろ」

 瞬時に張りつめた緊張感が大広間の刀たちに伝わった。

 今日の長谷部は本気だ。そしていつも以上にいらだっている。その原因を薄ら知っている者は意味ありげな視線を無言で交わしていた。

 長谷部に促され、ゆっくりとした歩調で主は大広間に足を踏み入れた。皆がこちらを見つめている。突然緊張しだした心を落ち着かせるために、気づかれないように小さく息を吐き出す。

 口元から穏やかな笑顔を浮かべて、目の前の刀の化身たちを見渡した。広間いっぱいに集まった彼らを見つめて、昨年よりもさらに仲間となる者が増えたことを実感する。

 落ち着かせようと目を閉じておごそかに口を開く。

「みんなには忙しいところ集まってくれてありがとう。節目だからってあんまり大げさなことをするつもりはなかったのだけど、一応形として挨拶はしなければと言われたので・・・あれ?」

 引き寄せられるように主は視線をはるか遠くに向けた。主の変調に真っ先に気づいた長谷部が怪訝な顔をして問いかける。

「いかがいたしましたか。何か問題でも」

「うん・・・帰って来た、かな?」

 主が言葉をとぎらせて黙っていると、遠くの方から誰かの言い合う声とあわただしい足音が近づいてきた。

 主は入り口となる障子を待ち構えるようにじっと凝視している。慣れ親しんだこの気配。その障子に誰かの影が映ったかと思うと、がらりと乱暴に音を立てて障子が引きあけられた。

「・・・やっと帰った・・・間に合っ・・・てるわけないか」

 息切れ混じりの言葉をとぎらせてうなだれる。

 現れたのはなぜかぼろぼろの山伏装束をまとった山姥切だった。いつもよりもさらに土ぼこりで汚れたその散々たる姿に、広間にいる皆がぎょっとして彼を見つめたまま動きを止めた。

 障子を開け放ったまま彼は中央に座って自分を見つめる主と広間に正装で集まった皆を眺め渡して、がっくりと肩を落とす。急いで走ってきて息切れしたのか手を膝につけてうつむいたまま荒く息を吐いた。

「あらら、みなさんもう集まってますね。山伏兄さん、やっぱり急いでも無理みたいでしたよ」

 彼の背からひょっこり顔を出したのは山姥切と同じ刀派の堀川国広だった。こちらも同じく山伏姿で彼に負けないくらい汚れていても、表情は余裕があり落ち着きを払っていた。その背からさらに現れたのはこちらは通常と大して変わらぬ山伏国広だ。

「間に合わなかったか。しかしこれも致し方あるまい。我々は全力は尽くしたのだ。後のことは天命を待つしかあるまい」

 いつものごとく豪快に笑いながら、落ち込んでいる山姥切の背中を乱暴にたたいた。

「くっ・・・能天気め」

 山伏を睨み付けた山姥切の足下に不意に影が落ちた。異様な気配を感じて見上げると、そこには鬼の形相で彼らを睨み付ける長谷部の姿があった。

 驚いて飛び下がった山姥切の背が後ろの山伏たちにぶつかった。

「・・・刀派堀川」

 地の底から這いあがるかの如くおどろおどろしい低い声に、睨み付けられている山姥切は顔を強張らせ、堀川と山伏はどこか諦めにも似た表情で互いを見交わした。

「貴様ら、いままでどこに行っていた――――っ!!」

 修羅と化した長谷部の今年一番の怒声が本丸に響き渡った。

 

 

「それで、君たちはいったいどこに行っていたんだい」

 腕を組んで立ったまま、歌仙が正座して居並ぶ三人に質問した。

 上座に座る主を前にして、左から山伏、山姥切、堀川の順に座らされていた。その両側には険しい顔をした歌仙と、鬼の形相を崩さない長谷部が立っている。その周りでは遠巻きにしながらほかの刀たちが興味津々で眺めていた。

 うつむいたままさらに布を目深にかぶって顔を隠した山姥切が消え入りそうな声で答えた。だがいつもの布と違っていくら引っ張っても顔まで隠せない。

「その・・・兄弟たちと山に・・・」

「山だと?」

 長谷部の眉間がピクリと動く。彼の怒りが急上昇したのを察して、先に歌仙が口をはさんだ。

「別に君が休日をどう過ごそうとかまわない。それぞれの自由だからね。だが君は今日がどんな日か知っていただろう。それに間に合わなかったというのは何か事情があったのではないのかい?」

「それは・・・いや・・・」

 うつむいて口を引き結んだ山姥切に代わって、山伏が陽気な笑みを浮かべながら答えた。

「うむ、実は最近本丸の仕事で忙しくて疲れている兄弟の気分転換にと、山に日の出を見に行かぬかと誘ったのだ。行きはみごとな快晴でよかったのだが、下る途中で天候が急変して大雪に見舞われての。天候が回復するまで途中に見つけた山小屋とやらで避難しておったのだ。雪がやむまで三日はかかってしまった。我らのせいでまことすまぬ」

 苦言をも吹き飛ばして豪快に笑う山伏を歌仙は諦めとため息とともに見やった。

「この雪の降る真冬に登山とは・・・。何事もなくてよかったが、君らは自分たちの力を過信しすぎだ。僕らに与えられた人の器は思ったよりももろい。無茶をするのは考えものだよ」

 兄弟二人が歌仙に怒られるのを見て、堀川が自分もだと口を添えた。

「すみません、歌仙さん。僕たちもいざっていう時の装備はそろえていたんですけど、さすがに大雪の中で帰る手段まではなくて。非常食とか寝袋とかそういったものは十分そろえて行ったんですが」

「そのあたりは君がついていればちゃんと準備していったんだろう。わかっているよ。だがまず最初になぜこの二人の無謀な行動を止めようとはしなかったのかな、堀川」

 きょとんと不思議な顔で堀川は首をかしげた。

「なんで止めるですか。兄弟たちならどんな緊急事態でもいざとなれば自分たちでなんとかできますし。本当なら兼さんも連れて行きたかったんですけど、歌仙さんの用事で出かけて帰ってこなかったからあきらめたんです。次に山に行く機会があれば一緒に行きたいんですがいいですか?」

 にこっと笑う堀川に、歌仙は一歩引いた冷ややかな視線を送った。

「君たちの命知らずの無謀な行軍に行かせるわけはないだろう。いつも君が和泉守を慕ってそばにいることには僕は非常に感謝している。だが彼は兼定の末だ、無理やり堀川派に引きずり込もうとするのはやめてくれ」

 主は座布団に座ってただ話を聞いていたが、ふと疑問に思って目の前の山姥切に声をかけた。

「そういう事情があるならどうして本丸へ連絡をしなかったのですか? 一言あればこちらも対応できたかもしれないのに」

 主の言葉にうつむいていた彼が顔をあげた。その眼には何を言っているんだという怪訝の色が浮かんでいた。

「連絡のための式は送ったぞ。雪に閉ざされた最初の日に。ついていないのか」

「私のところは来ていないよ。式はいつものように鳥?」

「ああ。急ぎだからと鷹に変化させて飛ばしたが・・・」

 大きな術はまだできないが、主は審神者になってから修行を重ね、式神くらいは使役できるようにはなっていた。自身の力を封じた式神の元となる護符をそれぞれの刀たちへ渡してあったのだ。

 主の霊力を封じ込めた護符を描いた紙の裏に生き物の絵を描くことで、刀たちでも式を作り出すことができた。ただ戦う力などは持たず、連絡用などに使われる程度でしか役にはたたなかったが。

 長く近侍を務めていた山姥切は技巧のある絵とはいかぬまでも鷹やオオカミなどを特徴をとらえて手早く書き上げる。式は生き物の特徴をつかんだ正確な絵ほど帰還精度は増す。今まで山姥切の描いた式が帰ってこなかったことはなかった。

「切国の描いた式が帰ってこないなんて。どこへ行ってしまったんだろう」

「主よ。式というのはこれのことか」

 奥の方から立ち上がった三日月が懐から何やら取り出した。それに向かって何事かをつぶやくと、たちまち茶色の見事な鷹に変化した。三日月は鷹の喉に指を当ててなでると、機嫌の良い鳴き声をたてた。

「縁側で茶を飲んでいたら俺の懐に飛び込んできてな。行く先を見失ったようで迷うたみたいだが、姿形が見事ゆえ手元に置いておいたのだ。この鷹の挑発的な翡翠色の目、誰かに似ていると思うたが、そうか、そなたが送ったものだったのか」

 緊迫した状況にそぐわぬ声でうれしげに言う。笑いながらもその眼はまっすぐ彼に向けられたままだ。

 三日月宗近の瞳の奥に潜む月が山姥切の目をとらえる。何を感じたのか明らかに狼狽したそぶりで、彼は三日月から視線を逸らした。

「あんたに向けて送ったわけじゃない」

「そうだ。どこからか来たのかわからぬ式にしろ、見つけたら必ず報告しろ。何かあってからでは遅い」

 長谷部が横から厳しく諌めた。だが三日月はとぼけた口調のまま他人事のごとく答える。

「おお、すまぬな。じじいはまだここの作法になれておらぬゆえな」

 山姥切と長谷部がそろって目を細めて睨み付けた。

「じじいだからと言って逃げるな」

「慣れる慣れない以前に、貴様はここの規則をろくに覚える気がないだろう」

 立ち上がると山姥切は手のひらを上に三日月に向けて右手を差出した。

「そいつを返せ。式はすべて主からの預かり物であり、必ず返さなくてはならないものだ。たとえもとは紙切れ一枚だとしても、むやみやたらに誰かが手にしていいものではない」

 長い睫をそっと伏せて、三日月は懐にいる鷹に目を向けた。

「ふむ、そうであればしかたないな。気に入ったゆえ、手元にとらえておきたかったが、まあしかたあるまい」

 指先で鷹の頭をそっとなでると、伸ばされた山姥切の腕に静かに渡した。鷹は軽く羽ばたいて彼の腕に収まった。自身の腕におとなしくなった鷹を眺めて様子を確かめる。

「絵はにじんではいないようだな。主、これを」

 膝を立てて主の前にかがみながら、鷹を差し出す。主がいつものように鳥から通信の文の書かれた紙へと元に戻そうとしたので、山姥切は軽く首を振った。

「このまま受け取ってくれ。見せたいものがある」

「鷹のまま受け取ればいいのだね」

 両手を伸ばしてそっと鷹の見事なつややかな毛並に触れた。

 鷹に触れた指先から突如見える景色が変わった。高みから見渡す蒼穹が目の前に現れる。どこまでも青い、遠く、果てしない蒼の空。

 その空へ突き刺すがごとく起立してそびえたつ峻烈な峰を抱いた山脈の群れ。

 雲は眼下に浮かび、下界はこの蒼き高みと隔てられ見えることはない。

 空高く飛び上がる鳥の甲高い鳴き声が鳴り響いて幻が打ち破られた。青い空と峻厳な山は消え、刀たちが控える本丸の広間が変わらずそこにあった。

「これは・・・」

 主は驚きをもって目の前の彼を見つめた。

「俺たちが言ったところだ。どこよりも高い山の頂から、この鷹が見下ろした景色を再現するよう命じてあった」

「言葉を伝える方ではなく、戦場で光景を記録するための式を使ったんだね」

 こくんと小さく頷いた。

 伝令くらいの単純な使い方しかできない式神だが、そうかこういう使い方もあるのか。

 他の刀たちもこの雄大な景色が見えたらしい。それぞれに感嘆の声をあげている。

「山から眺めた景色は素晴らしかった。あんたにもみせたかった。だから・・・」

「きっと行くことのできない私に見せようとしてくれたんだね」

 外出もままならない主の身体ではあの険しい山を登ることはまず無理だ。だからせめて式を使って同じ景色を見せたかった。

「言葉では語りつくせないな。でも・・・忘れられないよ。ありがとう、切国」

 主の言葉に頬が火照るのを感じた山姥切は急いで顔を隠そうと布を下した。両脇から肩を支えるように兄弟たちが声をかけてきた。

「よかったね、兄弟」

「かっかっか、苦労して行ってきたかいがあったというものだろう」

労りの声をかけられて、恥ずかしくなりますます体を縮こませるように丸くする。

「い、いうな」

「お取込み中のところすまないね。そろそろ君たち着替えてきてもらってもいいかな。よくぞここまで汚せたと思うよ。実に洗いがいがあってうれしいよ」

 腕組みしながら歌仙が笑いながらも異様な威圧をもって三人を見下ろした。

「うわー、その笑顔は怖いですよ。歌仙さん」

「着替えるのか。俺は別に俺は汚れたままでも・・・」

 土や埃で薄汚れた衣服を眺めながらつぶやいた山姥切だったが、ずいっと目の前に現れた歌仙の顔の雰囲気に気圧されて言葉をとぎらせた。

「君ね、いくらなんでもその恰好はないのではないかな。そこまで意固地になるならば先日君がしたくないと拒んだ着飾る装いを無理やりしてもいいんだがね。ちょうどいい衣装が僕のところにあるんだ。どうかな、堀川。君も彼が美しくなるところを見たくはないかな」

「そうですね、いつもと違う兄弟を見てみたいかもしれませんね」

「は? 兄弟、どっちの味方だ!」

「ごめん、やっぱり一度君が着飾ったところをどうしても見てみたいんだよね」

 両手を合わせて謝られて、反対側の山伏に助けを求めるが笑っているだけで止める気配もない。

「すべては修行だぞ、兄弟」

「あんたはいつもそればかりだな!」

 おもむろに立ち上がった山姥切は毛を逆立てた猫のごとく睨み付けた。

 「着飾られるのはごめんだ。絶対に比較されるからな! いつもの戦装束でかまわないのだろう、すぐ着替えてくる!」

 ばたばたと逃げ去るように広間を出て行った山姥切を見送りながら、歌仙が苦笑する。

「本当に変わらないねえ、彼も」

「兄弟がどうもすみません」

「君が謝ることではないよ。まあ、少しは彼に綺麗な装いをさせてみたいと思ってはいたがね」

「あはは、それは全力で嫌がりますよ。それでは僕たちも着替えてきます。あ、集まりの方は僕たちがいなくても進行してかまわないんですけど」

「いや、それは主が望んではおらん。みながそろうのを待っているからな。半刻猶予をやろう。体を清めてさっさと身支度してこい」

 厳しい顔つきのまま、長谷部が顎で行って来いと指示した。

「急いで行ってきますので、申し訳ありません。山伏兄さんも早く」

 

 

 広間に集った刀が神妙な顔をして主の前に勢ぞろいしていた。

 それぞれの思いを秘めながら、どの刀も上座中央に座る主に視線を注ぐ。

 彼らの正面、先頭に控えるのはこの本丸の初期刀、山姥切国広。

 主が唯一自ら選んだ初めの一振りは厳かに口上を述べる。

「この本丸に集いし五十七振りの刀を代表し、この山姥切国広、主へお祝いの言葉を申し上げる」

 姿勢正しく正座をし手を膝に置いたまま、目を閉じていた彼がゆっくりと瞼を開ける。宝玉とまごう翠の双眸が長い髪の間からのぞいた。

 まっすぐそらさずに主を見つめるその眼は初めて出会った時となんら変わりはない。

 私はこの二年で少しでもあなたの期待に応えられる主になれただろうか。

 湧き上がる迷いが目にもうつってしまう。表情にも表れてしまう。気づかれてしまう。それはダメだ。

 どんな状況であったとしても自分が選んでなった審神者である以上、従ってくれる彼らに自信をなくした姿を見せるわけにはいかない。

 だがいくら打ち消そうとも心の内で沸きあがり続ける不安に胸をつかまされそうになった時、ふっと目の前の彼の視線が緩んだ。

 それはあえて言うならなんだろう。厳しさなどない、ただ慈しみを持って見守るそんなさりげないまなざしだった。それともそれは自分がそう思っただけで気のせいだったか。

 山姥切は指先をそろえた両手を畳につけて、主に向けて深く頭を下げる。

 後ろに並ぶ刀たちの動きは様々だ。彼と同様に素直に頭を下げる者、われ関せずと頭を上げたまま静かにそれを見つめる者、何を考えているのか読めずただ微笑むだけの者。

 目の端で長谷部が眉を吊り上げたのは見えた。彼の気持ちはわかるが、自分は彼らに表面的な所作を強制するつもりはなかった。

 審神者であろうとも彼らの信念を無理に捻じ曲げることはしたくない。

 だから彼らに認められる主となるために日々精進し続けるのみ。そうすればいつかは真に認められる日が来ると思う。いつ来るかわからぬその日をただ目指して。

 己の元へ集った刀たちをゆったりと見渡した主はそっと目を伏せる。

 静まり返った広間に初期刀である彼の声が言祝ぎの言葉を響かせた。

 

 こういう厳かな儀式もいいなって思いまして。

 長谷部が取り仕切るからきっとびっしっとした儀式になりそう。

 でもこの後はきっと宴会だから、正月の無礼講の再来になっちゃうかな。

 遅刻の原因は年末のイベント尽くしで出陣指揮をとる山姥切がかなり疲れていたので、心配していた兄弟たちが気分転換に山へ連れ出したのでした。最初はちゃんと前日までには帰ってくる予定だったのが、天候の急変で帰れなくなった模様。

 山と言っても本気の登山ですが。

 そんな山でもこの兄弟は平気な顔で登っていきそうだ。

 

 審神者就任二周年記念  二〇一七年一月十六日 

 

                = TOP =