ゆめうつつ

刀剣乱舞・文豪とアルケミスト関連の二次小説。主にコメディ中心。

主と刀と ~厚藤四郎~

「おや、これは腕が出てしまっているね」

 正装用の着物を主の背にあてて具合を確かめていた歌仙兼定が少し驚いたようにつぶやいた。本日はしまっておいた主のめったに使わない礼装や外出の着物の状態を点検するにあわせて、居合わせていた主に試着してもらっていたのだが。

 袂をたくし上げて動きやすい格好をしている彼は、膝立ちになりながら主に着物を合わせたままあちこち測りだす。

「本当ですか?」

 今着ている着物の上から試しに主が羽織ってみると確かに歌仙の言う通り袖から腕がだいぶ出ていた。刀を振るうにはとても足りないであろう細い白い手首が厚藤四郎の目に留まる。少年の身体を与えられた自分と比べてもそれはさすがに細すぎるだろうと思う。

 歌仙に促されて着物を着たまま主がくるりとその場で身体を回らせる。足首も出てしまっていて着物の身丈も少し足りないみたいだ。

「これって大将の正装用にって前の正月に作ったばっかのやつだっただろ。もしかして歌仙が洗濯した時縮んだんじゃねえのか?」

「僕がそんなしくじりをするわけないだろう。去年はちゃんと洗濯してからしまったし、虫干しもしているからね。特にその礼装には気を使っていたよ。正式な席に連なるのに必要な大事な衣装だったからね。そうじゃなくて、主の背丈が伸びただけだと思うよ」

 憤慨して歌仙は主には合わなくなってしまった着物を脱がせ、足元に散らばらせた別の着物に手を伸ばす。

「本当に背がのびたのか?」

 足を組んで座ったまま、目の前の主を見上げる。振り返った少年の姿をした主は戸惑いがちにこちらを見下ろしていた。

「どうでしょうか。しばらく測ってはいませんし。それに私はもともとやせっぽちですからそれほど大きくなっているということはないかと」

「そんなことはないよ。主は人間で、僕らと違って日々成長し変わっている。身長も当然伸びていると思うよ」

 歌仙が主の礼装を腕にまとめる。黒いなめらかな生地の、主のための紋が入った着物。思案顔の歌仙はほどいて仕立て直すか、それとも新しく作るか悩んでいるようだ。

 主は自分の頭の上に平らにした手を置いて上目づかいに見上げた。

「本当に伸びているのでしょうか」

 まだ半信半疑な主に、厚は突然立ち上がった。

「こうすればわかるんじゃねえか」

 主の目の前に背筋を正して立つ。まっすぐ前に向けた目線、だけどそこに主の眼はない。目元の下、すっと通った鼻筋を下がって口元あたりがよく見える。

「ほら、やっぱのびてるぜ。去年の大将は俺と同じくらいだったからな」

「ふむ、二寸くらいは違うみたいだね。これでは着物の身丈も足りなくなるはずだよ」

 しげしげと主と厚の頭の高さを比べていた歌仙が軽く肩をすくめた。二寸という長さが分からなかった主は、指先でその長さを示されてどれくらい自分が伸びたのかわかったところで目を丸くした。

「そんなに。気づきませんでした」

 本当に気付いていなかったのか呆然とする主に厚は軽快に笑いかけた。

「そりゃ大将は座ってることが多いからな。わざわざ並んで比べることもねえしなあ。でもよ、このくらいだったら・・・そうだな鯰尾兄とか骨喰兄と同じくらいか」

 目線を少し上に上げて厚は背が高くなった主の目を見つめた。一年くらい前の審神者就任二周年を祝う宴の会場へ連れて行った時、確かあの時は同じ目の高さだったはず。

 支えるように手をつないで転ばずにしっかりついてきているか、確かめるように幾度も振り向きながら歩いていたあの時は後ろを向くたびにちゃんと主と目が合っていた。でも今は顎を上げて上を向かないと主と目を合わせられない。

 いつしか同じだと思っていた、その感覚がおぼろげに霞んで消えてゆく。

 主は人間で、俺たちを使役する審神者だから違うのはわかっている。そうじゃなくて、俺たち短刀たちと同じ目の高さでこの本丸のいろんなものを見てきたって思ってたから、それがもうないんだなって今更ながらに思い知る。

 近いと思っていたその視線がずっと遠くに向けられていたことに。

(大将も俺の仕えてきたかつての主たちと同じだってこと、すっかり忘れてたな)

 この本丸に来てから季節は移りゆくのに、刀のみんなは変わらずに過ごしているから錯覚していた。本丸でたった一人の人間である審神者の主は俺たちと違ってその形を変えていくことができる。

 人の想いが続く限り不変の姿のままの俺たちと、年を重ねていく主とではいつかは。自分の長い刃生の中で通り過ぎていた数々の持ち主たちと同じように。

 そんな遠いおぼろげな不安にとらわれそうになって厚は首を振る。

 主は人としてはまだまだ若い。最近は体も丈夫になってきた。だからそんなのはずっと先の先のはずだ。

「厚、どうしたんだい?」

 歌仙に声をかけられて、すぐさま笑顔を作った厚は何でもないと明るく答える。

「しっかしそんなに背が伸びてるなんてなー。また一年たてば他の奴らにも追いついてるんじゃねえか?」

「確かにそうだね。主の成長というものをこの目で見られるのも喜ばしいことだよ。だけどそれにはもっと食べる量を増やせるようにしないとね、主」

「それはすぐには無理かと・・・」

 歌仙の要望に日ごろ小食の主は困ったように笑い返した。

「では僕はこの着物を片付けてくるよ。そうだ、やはり新年に着る物だから礼装の着物を新調しようか。僕の部屋にある主に似合いそうな色合いの反物をいくつか見繕ってくるよ」

「歌仙、また反物を買い込んでたのかよ」

 さて何にしようかとどこか足取りも軽く歌仙が着物の束を抱えて部屋を出て行ってしまった。

 自分の身体を見渡していた主がふっと庭に目線を向けて立ち尽くした。冬場はなるべく寒くないようにと二重の硝子に仕切られた縁側の先にはうっすらと雪に積もった静かな景色がそこにある。

 いつもと比べても変わったところはない。だが外を見つめたまま目を細めて何か考え込んで動かない主に厚は怪訝な顔で尋ねる。

「どうした、大将?」

「いえ、背が高くなったなら見える世界が変わるのかなと。でもこのくらいではそれほど変わりませんね。もう少し伸びれば物事を違ったように見えるのでしょうか」

「それは背の高さとは関係ないんじゃねえか?」

 ふと思いついた厚は主の横顔に頭に浮かんだ言葉をかける。

「もしかして誰かこいつくらいにはなりないなとか思ってる奴いるのか? 太刀とか槍とかでかい奴多いからな。あいつらに小さいからって子ども扱いされている大将が背伸びしたくて高くなりたいって思うなら俺もわかるぜ。後藤なんか背を伸ばそうと隠れて必死に努力してるからなあ、俺たちにはとっくにバレバレだけど」

「あの、あなたたちも背が伸びたりするんですか?」

「そんなわけねえって。たぶん。俺たちの姿は自分の刀に左右されるってことだからな。身長は変わらないだろ」

 姿も形もどれだけ年を重ねても変わることはなく。それが人である主と絶対的に違うところだ。

 主も厚が思っていることをなんとなく察したのだろう。目の奥に寂しげな光を浮かべたと思うと、わずかな心の揺れを隠すようにまぶたを伏せて穏やかにほほ笑んだ。

「そうですね。同じ目の高さになれれば、もっとあなたたちの審神者としてふさわしくなれるのだろうなと思ったことはあります。いつも私は守られてばかりですから」

「大将は自分に与えられた役目を真剣に務めてる。それは俺たちがちゃんと知っている」

 力強くはっきりと厚は言葉に魂を込める。うつむきかけた主が面を上げた。

「だから自信を持ってくれよ。大将は俺たちの自慢の主だ。戦場で戦うのは俺たちに任せろ。それが俺たち刀の役目だからな。大将は俺たちを信じてこの本丸で俺たちの帰ってくる場所をどーんと構えて待ってればいいんだよ!」

 

 

 就任三周年です。今年もこの本丸の刀たちと戦場を駆け抜けていきたいな。

 それにしても三周年キャンペーン相当経験値稼ぎにいいですね! 7-4面でずっと周回させてます。ただし資材と札が溶けるのがはやすぎですけど。