鍛刀 ~厚・山姥切~
俺は厚藤四郎。
粟田口の短刀で歴代の主はけっこう有名らしくて、俺自身もいろんな家を渡り歩いてたんだ。
今の主のところに来てから人間みたいになっちまったけど、これはこれでおもしろいからいいや。それにこの本丸には俺と同じように人の器をもらったたくさんの兄弟がいる。その中でも俺は一番初めに来たからってことで、しばらく弟たちの面倒を兄としてみていたんだ。
まあ、俺なんかいなくてもしっかりしている奴らが多いけどな。それにいまは念願だったいち兄もいるし、兄がわりになることはそれほどなくて。あ、薬研とか信濃とか後藤とかが何かやらかしたら別だな。一緒に謝りにいかなきゃならねえし、暴走する前に止めなきゃならねえんだ。あいつらは粟田口でも年上扱いされるはずなのにたまにどうしようもないからなあ。
だから俺の今の役目はこの本丸を支える奴らの補佐ってところかな。で、俺が探している人はいったいどこへ行ったんだ。あまり部屋を出てふらふらしているとまた怒られるぞ。
そんなことを考えながら厚は本丸の中心である表の建物を奥へと進んだ。畳の敷き詰められた大広間を横目に通り過ぎて、その奥の土間になっている一角に足を踏み入れる。
吹き付ける高温の熱が顔に吹き付ける。白い単に淡い藍色の袴をはいたその人は炉の中で赤く燃え上がる炎をじっと見つめていたが、入口からの気配に気づいたのかこちらを振り返った。
「どうかしましたか?」
まだ幼さの残る少年の声が尋ねてくる。厚は手にしていた封筒を無造作に差し出した。
「大将、政府からの通知が届いているぜ。桜印の箔押しだから重要書類。たぶんこれ、早めに見て返事した方がいいやつだと思うけど」
厚が渡した銀色の封筒には押し型でかたどられた桜の花びらが散っている。先ほど政府から届けられたものだ。
この時代では手紙というものはあまりやりとりしないそうだ。機械を使った通信とかいうやつで連絡は瞬時にやり取りできる時代だとか。
だがうちの大将の担当の政府の奴はこういうまどろっこしいやり方が好みらしい。通信というもので送ればすぐなのに、なぜかやりとりに時間のかかる手紙を使う。仰々しいっていうか、古風っていうか。
まだ少年の面影を残す主は封筒を開いて中から出てきた書面を難しい顔で読んでいる。
「わかりました。私は部屋に戻ってちょっと政府と話をしてきます。燭台切、あとはよろしくお願いします」
「うん、がんばるよ・・・」
炉の前で鍛刀の作業をしていた燭台切が笑顔なのにどこか力なく答えた。いつも朗らかで明るい彼の表情が暗いのはそういや伊達の短刀が一振り修行にでていたっけな。それか。
「俺はついていかなくても平気なのか」
厚の心配する声に主は足を止めた。
入り口の影になった片隅に意味ありげな視線を投げてから、審神者である主は親しげに笑った。
「確認事項だけなので私一人でも平気ですよ。あと切国は燭台切の手助けお願いしますね。疲れているようでしたら彼と交代を・・・」
さっきからいないと思ったらここにいたのか。鍛刀部屋の暗い片隅で両膝を抱え込むように座っていたのは山姥切だった。こっちもまた暗い顔してるな。
「俺よりもあいつのほうが出はいいんだ。交代はしない方がいいだろう」
はき捨てるようにつぶやくと、山姥切は膝をきつく抱え頭をうずめて丸くなってしまった。久々にかなり落ち込んでいる様子だが、そんな彼に慣れている厚はたいして心配するでもなくごく普通に主に尋ねた。
「なあ、大将。山姥切は今度はどうしたんだ?」
「それはですね。最初、切国に鍛刀をお願いしたんですが、その、打刀しか出なくて・・・」
「大量の資源を使っているのに俺がやると無駄ばかりになる。やはり俺が写しだから鍛刀もいつもうまくいかないんだ・・・」
顔を膝にうずめたまま山姥切が押し殺した声で嘆く。
そういえばこの間政府から連絡から緊急の通達が来て、それを見た主と山姥切がまたかと苦い顔をしてたっけな。期間限定鍛刀、新しい仲間がその期間中に特別に顕現できるっていうのだ。でも言ったら悪いが、うちの本丸はそういう鍛刀で成功した試しがない。
「そりゃそうだ。いままでの政府が仕掛ける限定鍛刀ってやつはいつも全滅だもんな。前から最初の鍛刀で俺が出たから運が使い切ったんだとか言ってたじゃねえか」
くどいようだが山姥切が落ち込むのはいつものことなので、いたわりをこめてそうだよなとか慰める言葉をかける厚ではない。むしろ強い言葉をぶつけて引っ張り上げるほうがこの落ち込みやすい刀には効果的だというのは長い付き合いから分かっている。
山姥切に関しては下手に同情の言葉をかけると、どうしても悪い方にとらえて余計落ち込んでしまうからな。
それに自分が珍しい存在というのは顕現してから相当後になって知った。今から考えるとこの本丸の運でよく俺があの時顕現できたよな。
炉の前で小さな刀工の妖精たちと資材の量について話している燭台切を眺めて厚は首を傾げた。
「それでなんで燭台切が鍛刀やってるんだ? 今回出てくる奴って長船の刀じゃないだろ?」
主が苦笑しながら答える。
「それはですね、太鼓鐘が今修行に出ているではないですか。彼が戻ってくるまで近侍を続けたいと燭台切から直訴されましてそれで。ただ黙って待っていても落ち着かないというので、鍛刀の仕事もお願いしたんです」
「へえ、それで今回の成績はどうなんだ?」
「太刀が多いです。希少性の高い太刀も何度か出ているので調子はいいんじゃないでしょうか」
「期待しすぎても駄目だ。今までのことを忘れたのか」
薄暗い片隅から厳しい言葉が飛ぶ。山姥切の発言に主の表情がほんの少しかげる。
「それは、そうですけど。この本丸の鍛刀の運が悪いのは私の審神者としての能力でしょうし」
「違う。鍛刀を任せられた俺の力不足だ」
また主と山姥切の言い合いになる。鍛刀のことになるとどちらが悪いで互いに譲らない。どっちだっていいじゃねえか、これは所詮は運だ。誰のせいでもない。
厚は面倒だと主たちの間に割って入って仲裁する。
「あー、もう。またお互いに自分のせいだっていうかよ。いい加減にしろよ。鍛刀は時の運だろ。大将が悪いわけじゃねえし、もちろん山姥切が悪いわけじゃねえ。あと、頑張って刀を打ってるちっこい刀工たちのせいでもねえからな。大丈夫だって、おまえらが一所懸命なのは主だってわかっているさ」
炉の傍で金槌を抱えてびくびくしながらこちらをうかがっている小さな妖精たちに、厚はおまえらの責任じゃねえよと手を振った。一番いたたまれないのは望みの刀を打ち上げることができなかったあいつらじゃないか。
腰に手を当てて厚はしゃがみこんでうずくまる山姥切にきっぱりと言い放つ。
「だいたい俺に言わなかったか? 鍛刀できなきゃ、自力で取ってくりゃいい。そう言ったのは隊長だろ」
練度が上限へ到達して三日月宗近と職務を交代するまで、山姥切は常に第一部隊を率いて隊長としての責務を果たしてきた。だから今でも昔のくせでつい隊長と言ってしまいそうになる。
自分に隊長と呼ばれて顔が引き締まったのを見て厚はにっと笑った。やはり山姥切も長い間この本丸の第一線で隊長を務めた自負はあるようだ。
彼の落ち込みが少し治まったのを確認した厚は横を向いて今度は主に目を向ける
「そういや、政府と連絡取るはずじゃなかったのか?」
「あ、忘れてました。急いでいかないと。終わったら戻ってくるのでそれまで後は任せます」
ぱたぱたと慌て気味に審神者は鍛刀場を去って行った。
厚は山姥切のそばに立って延々と繰り返される鍛刀を見守った。熱く踊る炎が炉の中でちらちらと揺れる。俺たちもあの炎の中で生まれたのか。
鉄が溶かされ、叩き形作られるこの場所はどこか懐かしい。炎は熱いはずなのに、身体に届くこの熱はどこか懐かしくあたたかい。
主が帰ってくるのを待つ間、厚は山姥切の隣に腰を下ろして鍛刀の様子を見守っていた。
やはりというか、鍛刀はそううまくはいってはくれないらしい。いくら繰り返しても望みの刀は出てこなかった。十振り目くらい失敗したところで厚が肩を落としてつぶやいた。
「大将が俺たちに任せるっていわれても何を手伝えばいいんだか。やることってあるのか?」
「基本的に近侍が刀工と行うものだからな。部外者の俺たちはただ見守ることくらいしかできないが・・・」
炉の中で炎がはぜる。細かな火の粉がはらりはらりと土間に降り注ぐ。
今まさに一振りの刀が焔の中から取り出された。だが、いつも大量に出る刀とはどうも形が違う。
山姥切もそれに気づいたのだろう。赤く輝く刀に目を向けたまま、うずくまっていた場所からすっと立ち上がると大股に燭台切に近づいた。
「おい、燭台切。この刀は鍛刀完了時間まであとどれくらいになっている」
「え、そうだね。五時間くらいかな」
「五時間・・・」
小さくつぶやくとしばし考え込み、胸の隠しから一枚の札を取り出した。
「即完了させるために手入れ札を使え。いや、主が戻って来てからの方がいいのか・・・」
その時小走りの足音が聞こえた。息を弾ませて顔を上気させた主が入り口からひょっこり顔を出す。
「はあはあ、まだ新しい刀は来てませんよね」
「お、ちょうどいいとこに」
「燭台切、主が帰ってきたから札を使ってくれ」
「OK! やってみるよ」
軽快な声に戻った燭台切が炉から取り出されてまだ黄色に輝く刀身にその木札を突きつけた。光が作業場全体に広がる。
目の前に薄紅色の花吹雪が広がった。
本物ではない。桜の季節はとっくに過ぎ去っている。これは霊力が具現化した幻の桜の花弁だ。だがその数があまりに多い。
「いつもと・・・違う」
主の声が震えている。
まだ子供でありながらも高い霊力を持つ審神者にはわかるのだろう。目の前の刀の持つ力の意味が。まだ見たことのないものだと。
鍛刀場にいる誰もがその新たな刀を注視した。
真っ白で透き通った薄物の衣が宙にふわりと広がった。
背の高いその者は鋭い切っ先を持つ薙刀を床に向けて構え、色素の薄い瞳を氷のように煌めかせながらこちらを、いや、主だけを一心に見つめている。
感情の乏しい声が聞こえた。
「薙刀、巴形だ。銘も逸話も持たぬ、物語なき巴形の集まり。それが俺だ」
言葉も出ない主の下へ歩み寄ると、汚れるのも構わずその場に膝をつく。
「あなたが我が主か。よろしく頼む」