ゆめうつつ

刀剣乱舞・文豪とアルケミスト関連の二次小説。主にコメディ中心。

月見 ~不動・薬研~

 暗い夜の空にぽつんと浮かぶ月はいつもよりも白く輝いて、手を伸ばせばもしかしたら届くんじゃないかって思うほど近くに見える。

 でもそんなことはない。望むものがもう手に入らないのと同じで、どんなにほしいと願っても月に手が届くなんてことは絶対にない。

 ただ屋根の上に座り込む俺を静かに照らしているだけだ。

 右手に持った甘酒の瓶を思いっきり傾けてそれを一気に飲み干した。

 乱暴に空いた手の甲で口元を拭い去る。

「おー、ずいぶん豪快に飲んでいるんだな。ゆき」

 屋根の向こうからひょっこり突き出た顔を見るなり、不動行光は腰を抜かして後ろに倒れこみかけた。

「や、薬研! なんでここにいるの知ってんだよ」

「なんとなくな。隣にお邪魔するぜ」

 屋根に立てかけた梯子を上ってきた薬研藤四郎は返事を待たずに不動のすぐ横に腰を下ろした。彼の羽織っていた白衣のすそが屋根に広がる。

 煌々と月の輝く空を仰ぎ見て口元を笑ませた。

「いい月だな。今日は満月か。絶好の月見酒日和だ」

 腕にぶら下げていた手提げ付きの籠から手慣れた様子でとっくりと御猪口を取り出す手酌で注いだ御猪口からは薄く湯気が立ち上っていた。

「まだ寒いから外なら熱燗が最高だよな」

「おまえ、最初っから飲む気でここに来たろ。それにまだ下で宴会やっているじゃねえか。勝手に抜け出していいのかよ。長谷部が怒るぜ」

「平気だ。宴なら暴れる奴らが出てきたんでそろそろお開きになるぜ。それよりも不動こそなんで屋根の上で一人で甘酒飲んでいるんだ?」

「別にいいだろ・・・」

 ぶすっと頬をふくらまして不動はそっぽを向く。

 その横顔をちらりと見て薬研は酒の入った御猪口に口を付けた。

「今日、練度が最上限まで上がったんだろ。もう少し喜んでもいいと思うぜ。ゆきは俺たち極の短刀の連中と出陣してても、絶対に負ける気なかったもんな」

 滑らかな肌触りの青磁の猪口の水面に小さな月の姿が映る。

「いずれお前も修行に出ることになるんだろうな。そうすればもっと強くなれるぜ」

「・・・修行にはいかねえ」

 膝を抱え込んで顔をうずめた。ぎゅっと両膝を手で抱え込む。

「何言ってんだ。大将が時期が来たら短刀を順番に修行に出すって言ってただろう。お前の勝手なわがままで大将の命令覆そうなんて、まず長谷部の旦那が許さねえだろ」

「でも嫌だ」

 かたくなな返事しかしない不動に、薬研は猪口を持つ手を下ろして肩をすくめた。

「なあ、不動。お前がそこまで強情を張るんだ。何か理由があるんだろう? 俺で良ければ聞くぞ」

「・・・後でからかうじゃねえか、薬研は」

「そんなことしねえよ。っていうか、お前俺のことなんだと思っているんだ。こう見えても粟田口の兄弟の悩み相談やってるんだぜ。守秘義務は必ず守るからな。ほら、言ってみろよ、吐き出せばすっきりするぜ」

「粟田口の兄弟・・・まさかお前のところの長兄も相談に来てたりすんのか?」

「おっと、それは極秘事項だ」

 胡乱な目つきのまま不動は下唇をへの字に曲げて薬研を睨み付けた。彼はどこ吹く風といった態でその視線を受け流す。

 不動はまだ空いていない甘酒の瓶をつかんでそのふたを開けた。

「飲まなきゃやってられねえよ!」

「威勢がいいな。だがゆきちゃんはあまり飲みすぎるとすぐ酔うだろ。ほどほどにしておけよ」

「てめっ、ゆきちゃん言うなっていってるだろ!」

 濃厚でどろりとした液体が伝うようにゆっくりとのど元を通り過ぎてゆく。甘すぎるほど濃密な味が舌の味覚を優しく包み込む。

 酒というくせに酒精は高くない。本当に酔いたいならばもっと日本酒とか焼酎とか強い酒を飲めばいい。なのにこんな子供でも飲むような甘酒ばかり飲んでいるのはこの優しい甘さに酔いたいからなんだろうか。

 ひやりとした風が首筋を撫でた。首元から冷気が背中を伝う。鼻のつぼみがほころびだした春先とはいえ夜は冷える。

 酔いが一気にさめて不動は小さく肩を震わせた。

「くそっ・・・」

 震える身体を抑えようと量の手で体を抱きしめる。

 寒い、ここは寒い。俺たち短刀は包まれていないとダメなんだ。

 そっと添えられる主の手、その暖かな懐。大切にされていると実感できるその場所に還りたいなんて。人の器を与えられても、まだ短刀の宿命からは逃れられないでいる。

「ゆき、大丈夫か」

 急に震えだした不動を心配して薬研がかがみこんでその肩に手を添える。

 肩から伝わる薬研の手はほのかなぬくもりを感じさせた。

 だけどこれじゃない。あの人の手はもっと大きかった。

「信長公・・・」

 こぼれだした涙は次から次へととめどなく溢れ出す。

 今までずっとこらえてきた名前をこぼしたらもう止められない。

「俺はどうせダメ刀なんだ。期待をされて誉とともに下げ渡されて、それなのに俺は何も守れなかった。あの本能寺の炎の中で俺だけが燃え残っただろ。主を守れなくて、何が守り刀だよ。あれだけ大事にされてたのに」

 誰よりも敬愛する信長公から下げ渡された蘭丸様もまた大事にしてくれた。それなのに何も返すことができなかった。

 そんな大事な人たちの前にのこのことどんな顔をしていけばいいんだよ。

「会えねえよ。会えるわけねえだろ。薬研、お前だって信長公のところへ行ったんだろ。俺だって修行に出れば信長公や蘭丸様のところへ行くかもしれないんだ。そんだったら最初から行かねえほうがいいだろ」

 両目に手を当てて泣き顔を抑えきれなくなってうずくまった。酔っぱらっているのは気分が大きくなって小さなことも気にしなくて済むからだ。酒が切れて目が覚めれば、また本能寺の炎の悪夢が目の前に迫ってくる。

 黙って聞いていた薬研の手がそっと背中を撫でる。

「修行に出て極になるっていうのはな、長い時間の中で見つけることができなかった刀の迷いに答えを見つけるためじゃねえかって大将は言ってたぜ。まあ本当かどうかはわからねえが、俺は俺なりの答えを見つけた気がするぜ」

 泣きはらした目を上げて隣の薬研を仰ぎ見る。彼は月を遠くに見つめながら、そこにここにはいない誰かを思い浮かべているかのようだった。

「大将の力で自分で動ける体をもらった今の俺にしかできないことをやる。それが修行で見つけてきた俺の答えだ。刀に込められた逸話ではなく、俺自身の力でこの先を切り開く。この本丸で出会ったやつらとともにな」

 端正な顔で微笑みながら、自信に満ちた声が迷いもかけらもなく響く。

「当然お前も一緒だからな、ゆき。いつも言ってるじゃねえか、俺にだけは負けたくねえ、だろ?」

 お前だって本能寺の炎の中で主を守れることなくともに消えてしまったのに。それでも今ここであの時を思い出しながらも、笑っていられるほど強い。こんなふうに俺もなれるのか。

 握りしめた拳のなかで掌に爪が食い込む。

「お前に敵うほど俺は強くなれるのかよ・・・」

「ぐだぐだ悩むならさっさと行った方がいいんだぜ。悩んでいるだけ時間の無駄だろ? 大丈夫だって、俺っちの兄弟もみんなすっきりした顔で帰ってきたぜ」

「そんななりしてお前結構豪快でおおざっぱな性格だよな。人が悩んでいることを刀でぶった切るように言わなくてもいいだろ」

「俺たち刀だろ。忘れたのか?」

 けろっとした顔で正論を言われてぐうの音も出ない。もやもやした思いはいつの間にか薄れているのに気が付いた。これは薬研なりに励ましてくれていたのか。

「だからお前にはかなわねえんだよなあ・・・」

 ぼそりとつぶやいた言葉に薬研が怪訝な視線を向けた。

「なんて言ったんだ、ゆき」

「別になんでもねえよ。あーあ、すっかり酔いがさめちまったぜ」

 腕を伸ばして思いっきり背筋を伸ばす。持ってきた籠を確かめていた薬研も顎に手を当てて顔をしかめた。

「俺も全部酒飲んじまったしなあ。そろそろ腹も減ってきたし。下の宴会場にまだ食い物と酒が残ってるかどうかだな。とって来るか」

「・・・まだ飲むのかよ。もういいだろ、粟田口の寝床へさっさと帰れよ」

「そんなことを言ってお前こそまたここで飲む気だろ。一緒に飲むほうが楽しいぜ」

「そうですよ。たくさんのほうがもっとお酒もおいしく飲めますからね」

 突然後ろから別の声が聞こえて、慌てて振り返った。

「宗三、なんでここにいんだよ!」

「それはこちらのセリフです。あなた方こそなんでこんな寒い屋根の上で飲んでいるのですか。月を見るなら縁側でもいいでしょう」

 そう言いながらも身軽に屋根に上がった宗三左文字は薬研の手に抱えてきた籠を手渡した。

「追加の酒とおつまみです。織田の刀で飲むならどうして誘ってくれないのですか」

「あー、別に織田で集まってたわけじゃねえんだが」

「そうだ、なぜ俺を呼ばない」

 さらに不機嫌な声が響き渡って、不動だけでなく、めったに表情を崩さない薬研ですら顔が引きつっていた。

「長谷部の旦那もかよ。しかもその声からすると結構酔っぱらってねえか」

「何を言っている。俺は酔ってなどおらん」

 宗三の後ろから屋根に上がってきたへし切長谷部は顔を紅潮させていた。安定の悪い屋根の上で危うくよろける。だからなぜその状態で上って来るのか。

「しかしさっき黒田で日本号と競うように飲んでたのを見たぜ」

「それだけではありませんよ。そのあと、勝負に乱入してきた大包平を見事に酔いつぶしました」

 薬研の問いかけに宗三はさらに新たな情報を提供する。それを聞いて薬研の眼が笑いながらも険しくなる。

「またうちの本丸の酒宴をよくわかってない新人をつぶしたな。その悪癖やめろって言われてるだろ」

「向こうが勝手に割り込んできて勝手につぶれただけだ。俺は何もしていない」

「あとで鶯丸にわびいれておくからな。平安刀に喧嘩売って、今度は三条のじいさんたちから俺たちまで狙われたくねえし」

 酒に酔って気が強くなっている長谷部にはもはや何を言っても通じない。薬研が額に手を当ててため息をついた。

 ぼんやりと目の前の騒動を眺めていた不動の前に宗三がすっと立ちふさがった。

 白い月を背にして傾国とうたわれた美しさが白い光に照らされて怖いぐらいに際立っている。

「あまり薬研を心配させないで下さいよ。あの子は自分の兄弟たちにも弱さを見せない刀なのですから。あなたが落ち込んでいると、薬研まで気落ちしているのに気付いていますか?」

 宗三の声は小さくても不動の耳にはしっかりと届いた。それを聞いて目を大きく見開く。

 後ろでまだ長谷部と言い合っている薬研には聞こえていないだろう。あんな強い奴が俺のことなんかで気落ちなんてするのか。

 不動のその様子を見て宗三が呆れた表情を浮かべた。

「どうやら気づいていなかったようですね。まあ、薬研の方も無自覚でしたが。まったくお互いに不器用すぎてついおせっかいを焼いてしまいましたね」

「こら、お前ら。そっちでこそこそ話してないでさっさと来い! あとで燭台切に追加の酒とつまみを用意するように頼んだからな。そいつが来る前に持ってきたこれを開けるぞ」

 片手に持った一升瓶を突き出して、胡坐をかいて座りこんだ長谷部がこちらをにらんでいた。その向かいでは片膝を立てて相手をしている薬研が止められなくて悪いなという顔でこちらに視線を送っている。

「まだ飲むんですか。ほどほどにしないとここから降りれなくなりますよ」

 そう言いながら宗三は不動の方を振り返った。

「あなたも参加するんですよ。不動行光は最後まで織田を想った刀なのでしょう? その一途な感情は私でも嫌いにはなれませんね」

 腕をつかまれて無理やり長谷部の隣に座らされた。

「ちょっと待てよ、長谷部の隣は嫌だ。つぶされる!」

「不動。貴様、俺の酒が飲めないとでも?」

「長谷部の旦那も加減してやってくれよ? ゆきはそんなに強くねえんだからな」

「屋根の上で酒宴ですか。優雅ではありませんが、綺麗な月も出ていますし、たまにはよいでしょう」

 

 

 仲の良い織田の短刀を書きたくて。

 不動君、修行に行ったら泣いてこないか心配です。

 

 短刀 不動行光 練度最高値到達 二〇一七年三月八日

 

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