ゆめうつつ

刀剣乱舞・文豪とアルケミスト関連の二次小説。主にコメディ中心。

野宴 ~次郎太刀~

「酒はのめのめ~、飲まれるなぁ~っと」

 なみなみと酒を注いだ黒塗りの升を手に太郎太刀は上機嫌で声を張り上げた。張りのある歌声が広々とした野に響き渡る。緑の草が萌えはじめた春の野は穏やかな日の光があたりに優しく降りそそぐ。暑くもなく、寒くもなく、この季節は大地にそよぐ風が心地よい。

 こんな時期には外で一献傾けるのもまた風情がある。

 野原に緋毛氈を広げて、本丸でも大きな刀を振るう彼らは野趣あふれる酒宴に興じていた。

「ご機嫌だねえ、次郎太刀」

 石切丸も機嫌のよい声でにこにこ笑っている。だがその隣に座って静かに杯を傾けていた太郎太刀が表情すら変えずにつぶやいた。

「次郎は酒を飲むと落ち着きがありませんね。もう少し気持ちを落ち着けて静かに呑めないものでしょうか」

「えー、何言ってんだい兄貴ってば。酒はにぎやかに飲まなくちゃ駄目だろ。ま、いつもの宴会よりは人数少ないけどさ」

 中央に酒瓶やつまみを囲みながら緋毛氈の上に座っているのは次郎太刀、太郎太刀、そして石切丸だけだ。大太刀が三振りも揃うと、広い敷物も狭く感じられる。

 あたりの景色に目をやりながら石切丸が手にした杯を傾ける。

「本日の名目は大太刀だけの慰労会でしたか。それにしては一振り数が足りませんが」

 本丸にいる大太刀は四振りだ。そのうちの一振り、一番小さい姿ながら自分よりも大きな刀をいともたやすく振るう彼がいない。

「連隊戦と秘宝の里であたしたち頑張ったから宴をしようって蛍丸も誘ったんだけど、酒飲むだけならお菓子の方がいいって言われてさ。今頃短刀の子たちと一緒に燭台切の特製おやつでも食べているだろうさ」

「しかしよくこれだけの酒を持ちだせましたね。最近は博多殿が緊縮財政を唱えていて、勝手に酒を持ち出すことは難しいはずですよね」

 言葉をつないだ石切丸に、次郎太刀は大きく頷く。それを聞いて次郎が得意げににやりと口をつりあげた。

「それなんだけどね、ここ最近あたいら大太刀は出陣させられっぱなしだったろ。主にちょっと働かせすぎじゃないかって文句言ったら、お詫びにこの酒をもらったわけさ」

 お詫びというにはあきらかに多いその酒の量に石切丸の視線が冷ややかになる。

「今日いきなり集められたのはそういった理由でしたか。まさか主殿に理不尽なまねはをしてはいませんよね」

「あたりまえじゃない、このあたしがかわいい主にひどいことするわけないじゃないか。もちろん主には御礼にあたしがぎゅーっと抱きしめて、いいこいいこって頭をなでまわしてあげたわよ」

 力いっぱい両腕を抱きすくめる真似をした次郎を、杯を置いた太郎たちがため息と共に諌めた。

「次郎、いくら我らの主が鷹揚な方とはいえ、とても礼と言える行為ではありませんね」

「主殿も抱きしめられて大丈夫でしょうか。あとで様子を伺いに参らねば」

「えー、なにいってんの。思いっきりかわいがったわよ!」

 腕を振って反論しようとした次郎の背に、甲高く愉快な笑い声が響いた。

「そりゃ次郎太刀の剛腕では主殿の細い体はへし折られちまいそうだからなあ」

 少し離れた木陰からからかい交じりの声が飛ぶ。次郎はまなじりをきつくして、そちらを睨みつけた。髪も衣装も真っ白な彼は酒を傾けながらくつろいでいた。

「どういう意味だい、鶴丸

 花が落ちてすっかり緑の葉が茂った桜の樹の下で、朱塗りの杯を手に鶴丸が意味ありげな笑顔を浮かべた。

「どうって、言葉通りの意味だろうが。何も言わねえが、そちらも俺と同意見みたいだぜ」

 振り向いて疑いの眼をむけると、案の定彼らはそっと目線を逸らした。

「兄貴も石切丸も言いたいことがあるなら口でいいなっ!」

「ははは、そんなに怒ってたら言いたいことも言えないぜ」

 鶴丸は手近の一升瓶を自分のところへ引き寄せると手酌で盃に注いだ。

「ちょっと、あんた勝手に呑んでるんじゃないの! それはあたしたち大太刀が出陣続きで頑張ったご褒美にもらったものなんだから」

「いいじゃねえか、ちょっとくらい。・・・うん、酔っ払いにはもったいないくらいいい酒だな!」

 「あ、それは一番いいのだと思って取っといた酒だよ!」

「おおっとすまんな。だが腹に収まればどんな酒だって一緒だろうが」

「だからそれはあたしが飲むための酒だって言ってんだよ。あんたが飲むためのものじゃないよ!」

 こぶしを振り上げて取り上げようと近づくと、頭に手を乗せておどけた仕草をしながら鶴丸は酒瓶ごと逃げ惑う。

「はっはっは、ずいぶんとにぎやかだなあ」

 野原を駆けまわる次郎たちに軽やかな笑い声がかけられた。

 緑の枝を茂らせた樹に背中をもたれさせて三日月が一献を優雅に傾けている。野暮ったい内番服の作務衣を着ているが、伏せたまなざしとしどけないそのしぐさで名にふさわしい高貴さが隠すことなくにじみ出ていた。

「あんたこそなに勝手に飲んでいるのさ。あたしは大太刀しか声かけてないんだよ。どうして鶴丸に三日月までいるんだい?」

「うむ、そこの鶴めから楽しいことがあると聞いてな。ついてきたのだ。酒を飲むなら大勢の方が楽しかろう」

 のんびりした口調で柔らかな笑顔を浮かべながら、さも自然に自分の杯に酒を入れようと手酌するのを次郎は大声で止めた。

 険のある眼で睨みつけた次郎は三日月の周囲にいくつも転がる空の酒瓶の山に釘づけになっていた。

「ちょっと待った。その周りの酒瓶、あんたちょっとの時間でいったいどれだけ飲んだのさ。三条の中でも一番ザルなあんたが本気で飲んだら、これっぽっちの酒じゃ足りなくなるだろ!」

「まあけちけちするな。ほれ、楽しく飲もうぞ」

 相当な量を飲んでいるにもかかわらず、全く顔に出ない三日月は聞く耳を持たずにさらに盃を重ねていく。そこへ戻ってきた鶴丸がさらに酒を進めていく。

「いい飲みっぷりだなあ、三日月。それだけ飲んで酔っているのかいないのかわからないのが君の怖いところだが」

「鶴も飲むか。なかなかにうまい酒がそろっているぞ」

「だから勝手に飲むなって言ってんだろ!」

「大声で何を騒いでいる。野で醜態をさらすな、貴様ら」

 肩に大きな酒樽を一つ担いで長谷部が冷ややかな目で次郎たちを見据えていた。

「あれ、長谷部じゃない。めずらし。どうしたのさ」

「どうしたもこうしたもない。主が貴様らの酒が足りないだろうと特別にこの樽酒を下されたからこうして持ってきたのだ」

 酒樽を手渡されて次郎の相好も崩れる。

「いやーん、主さんてばわかってるぅ。長谷部もいいとこあるじゃない」

「主の命令でなければわざわざ持ってくるか」

 憮然とした表情で明らかに怒っている長谷部の後ろから、白い布をかぶった山姥切が姿を現した。彼がいるのには目に入るまで気づかなかった。相変わらず彼の気配というものがよくわからない。大きな風呂敷包みを胸のあたりで大事に捧げ持っていた。

「これは燭台切からの差し入れだ。あんたたち酒ばかりでろくなつまみを持ってこなかっただろう。燭台切の手製のつまみの盛り合わせを持って行ってくれと頼まれた。時間がないから大したものは作れないがとは言っていたが」

「燭台切の手作りなら間違いないわよ。これで酒がもっとおいしくなるわぁ」

 手渡された風呂敷包みはおそらく重箱にして三段はある。彼らしい手の込んだつまみは開ける前から楽しみだ。

 酒樽は彼らと話しているいるうちに石切丸が代わりに宴会の場所へ持って行ってくれた。次郎は空いた手でご機嫌のまま重箱を受け取る。

 うきうきと次郎は右手で重箱を持ち直し、空いたもう片方でがっしりと長谷部の首を抱え込んだ。自分が捕まるとは思ってもいなかったのだろう、完全に不意打ちを食らった長谷部は大太刀の力に抑え込まれてその時にはもう逃げ出すことすらできなかった。

「何する貴様」

「せっかくだからあんたも飲んでいきなさいよ。いつも部屋で仕事ばっかじゃなくてさ、息抜きしないと」

「は? そんなもの俺に必要ない・・・って人の話を聞け!」

 首を腕で抱えられたまま、長谷部は次郎の怪力になすすべもなく酒盛りの敷物へと引きずられていった。

 呆然とそれを見送った山姥切だったが、我に返ると急いで踵を返して見ないふりを決め込もうとした。

「悪い、長谷部。俺ではあいつらからあんたを助けられない・・・!」

 言葉が途切れた。背に流してはためいていた布の端が突然引っ張られて、後ろに姿勢がのぞけかえる。驚いて振り向くとにっこり笑った三日月が彼の布をつかんでいた。

「仕事続きで休んでないのはお主も同じだろう。ほら、飲んでゆかぬか」

 顔をひきつらせ山姥切は全力で拒否する。

「嫌だ。いくら飲んでも酔わないあんたと飲むなんて、そんな無謀なことできるわけないだろう。とにかくいいから布を放せ」

「それはできぬなあ。これを放せばお主は逃げるであろう?」

 布を引っ張るが三日月は涼しい顔をしたまま手を放そうとしなかった。この一見たおやかな外見でもさすが天下五剣の名をもつ太刀というべきか彼の力は存外強い。

 布を綱代わりにひっぱりあう彼らを横から鶴丸がからかう。

「山姥切もあきらめろ。三日月は絶対に離さないぜ。いいじゃないか、酒飲むくらい付き合えばいいだけだろう?」

「あんたも一緒だから嫌なんだ。どうせ俺のことをからかうつもりだろう、じじいの酒の肴にされてたまるか!」

「からかうつもりなどないぞ。お主に酌をしてもらえればこの酒ももっとうまくなると思っただけよ。さて、そろそろ意地を張ってないでここに座るがいいぞ」

 ぐいっと布を後ろに引かれてバランスを崩した山姥切は三日月の傍らに尻もちをついた。その隙に三日月と鶴丸が逃がさないように彼の肩を抑えた。

「そう嫌がらなくてもよいではないか。酒とは神の妙薬。世の中の憂いことを忘れさせるよきものだぞ。そら、お主もまずは一献、飲むがよい」

 

 

「次郎、まだ飲みますか」

 宴開始から淡々と飲む速さを全く崩さずに、太郎は盃に口をつける。

「だってまだ主さんの持ってきたまだ酒が残っているからね。でもダメだねえ、長谷部ったらさっさと潰れちゃうんだから。いつもの酒豪っぷりはどうしたんだか」

「たしか長谷部殿は昨日も徹夜していたはずでは。寝不足続きで少しの酒でも酔いが一気に回ったのでしょう」

 緋毛氈の上に力なく突っ伏した長谷部を労わりの眼で見ながら石切丸がかばい立てする。だが次郎は呆れて肩をすくめただけだった。

「あちらでも山姥切殿が酒の肴にされているみたいですからね」

 桜の樹の根元の宴会は確実に三日月と鶴丸が主導を握っている。ただ酒を無理強いしているというよりは、彼をからかって遊んでいるだけのようなので、無理に助けに行く必要は今のところなさそうだ。あとで様子を見計らって石切丸あたりが助け船を出すだろう。

 彼らの様子を遠目に見ながら次郎は盃に口をつけた。

「まあ、楽しければすべてよしってとこだね」

 野原を風が走る。さわやかな若い草の匂いが鼻先を突き抜けた。初夏の穏やかな天気の元、刀たちのにぎやかな酒宴はまだ続いていく。

 

 

 

 大太刀 次郎太刀 二〇一七年四月二〇日 練度最高値到達

 

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