ゆめうつつ

刀剣乱舞・文豪とアルケミスト関連の二次小説。主にコメディ中心。

呼び名 ~堀川国広~

 本丸の裏手から細く続くけもの道を慣れた足取りで登ってゆく。普通の足であればけして速くは進めない険しい山道でも、まるで足に翼が生えたかのように軽々と駆けあがっていった。

 初夏の陽気と日差しを存分に受けて天を覆うように葉を茂らせる木々。葉の間から時折差し込む日光に思わず目を細める。

 伸びに伸びて道をふさいだ枝をかき分けてたどり着いたのは深い森の奥にぽっかりと空いた開けた場所。丁度草木のないそこに立ち尽くして、堀川国広は森の静寂に耳を澄まし周囲に首をめぐらせた。

(いつもはこのあたりにいるはずなんだけど)

 だがいくら見回しても姿は見えない。何か彼らの行き先の手がかりでもないかと目を凝らしたが痕跡は一切見つけられなかった。

 しかたないと再び山道を歩き出そうとした時、首元が後ろに引っ張られた。何事かと視線をそちらに向けると肩に巻いた白い布先がとがった枝に引っかかっているのが目に入った。

 緊張で強張った肩から力が抜ける。ほっとした表情を浮かべて、絡まったそれを丁寧にほどいて堀川は前を向き直った。

 目に入るものはどこまで行っても同じだ。どちらを見ても緑、また緑。萌えいずる葉は緑の色を日を追うごとに深くして、穏やかな春の面影ももうどこにもない。

 強すぎる自然の気配に囲まれて、吸いこんだ息の中にすらねっとりと濃厚な緑の匂いが満ちていた。

 額にわずかに浮かんだ汗を手の甲でぬぐう。山の中を動き回って身体は少し熱を帯びている。頬を火照らせて堀川は心の内でつぶやいた。

(本当にどこにいっちゃったんだろう)

 行けども行けども彼らの気配は見つからない。

 焦る心が足を自然と足早にさせる。木の間を抜ける時に服が幾度も引っかかったが、無理やり通り抜けた。気だけが前へと逸っている。

 どれだけ探しまわっているか。時間を確かめようと梢の先に広がる空を見上げればもう日は高く上りきっている。主さんに言われた刻限まで余裕はない。

(急がなくちゃ、兼さんだって待ってるし)

 山の奥へ進むほど草木はさらに深くなる。なかなか早くは進めるはずもない。それでも堀川は足を止めることはできなかった。

 どうしても時間までに彼らを探さなくてはいけない理由があったから。

 降り注ぐ陽の光が薄れ徐々に薄暗くなってゆく森の奥で、何かが揺らめいた。はっと目を見開いた堀川は迷うことなく一直線にそちらへ向かう。聞き覚えがある声が聞こえるのは気のせいじゃない。でもなんか怒っているような。

 乱暴に草をかき分け大声で叫ぶ。

「兄弟!」

 頭からかぶった布を翻して振り返ったその眼が驚きで見開かれる。

「なんでここにいるんだ?」

「えっと、僕は隊長として一緒に出陣する予定の兄弟を探しにきたんだけど。そっちこそここで何をしてたの?」

 当惑しきった顔で山姥切国広は近づいてくる堀川を呆然と見つめた。普段からそれほど綺麗とは言えない彼の布は何をどうしたのかいつもよりもさらに汚れが染みついていた。裾の方は泥にでもはまったのか茶色く染まって特にひどい。

 心なしか疲れがにじんでやつれたような彼の傍らにはこちらは正反対に気合の充実したもう一人の兄弟である山伏国広が意気揚々と立っていた。

「おお、兄弟も我らと修行をしに参ったか」

「そんなわけあるか!」

 腕を組んで愉快そうに笑う山伏に直ちに反論したのは山姥切の方だった。

「俺は山にこもったまま戻ってこないあんたを連れ戻しに来ただけだ。持って行った食糧が尽きれば戻ってくるかと思えば山で自給自足してるとはな。道理でなかなか返ってこない訳だ」

「当然ではないか。山籠りとは自然をじかに感じその身に取り入れること。食もまた然り。己の才覚で得た山の恵みを余すことなくありがたくいただく、これもまた修行の道」

「だからといって一ヶ月近く連絡もせず本丸に帰ってこないとはどういうことだ!」

「主殿の許しは得ているぞ。山はよい季節だろうから好きなだけ良いと言っておったな」

「それにしたって限度があるだろう。あの主もそうだ、期限を切らずに安易に修行の許可をやりすぎだ。兄弟に無期限の修行を許したら最後、帰って来なくなるに決まっている」

「さすがに拙僧も本丸に帰らぬつもりではないぞ。刀としての役目と本分を忘れたことはない。だがいささか修行が足りぬゆえな。この機会に念願の千日行を行ってみるかと考えておったのだが」

「千日!? そんなに長く山籠もりさせられるか!」

 怒りに任せて思いっきり声を荒げて叫んだ山姥切は叫びすぎて息切れしたのか、肩を上下させ荒く息を吐きすてた。拳を握りしめてさらなる罵倒を耐えて震える背に堀川はそっと声をかけた。

「もしかして兄弟をここ数日間、本丸で見かけなかったのは・・・」

「ああ、山にこもって帰ってこないこの山馬鹿な兄弟を連れ戻しに探しに来ていたんだが」

 なるほど。そういうことだったのか。いつもは主さんのところにいる彼の姿をまったく見かけなかったのは。

 僕も度重なる京都への出陣で慌ただしかったし、彼も本丸での仕事が山積みでお互いに忙しくてすれ違っていただけかと思っていた。だから山へ出立するまでに事情を伝えられなかったのだろう。

「しかしここに俺たちがいるとなんでわかったんだ。俺なんか数日かけて探し出したのに、兄弟はあっという間に見つけてしまうのだからな」

 突然現れた堀川の姿に驚いて目を見開いていた山姥切はそう言ってがっくりと肩を落とした。落ち込む兄弟を見るのはさすがに心苦しい。頬を指で小さく掻きながら、困ったように小首をかしげた。

「うーん、僕も何となくこっちの方にいるかなって探しに来ただけで。見つけたのはたぶん偶然だよ」

「偶然、か。いや、それだけ兄弟の能力が以前よりも上がったということなんだろうな」

 ぼそりとつぶやいたそれは自分に言い聞かせるようでもあった。何か思い詰めたその顔はちらりと外へのぞかせただけで、目を瞬くともう先ほどまでの不機嫌な顔に戻っていた。

 手を伸ばして山伏の手首をきつく握りしめてとらえた。

「いいから帰るぞ。兄弟も心配して探しに来たんだ、いくら山に慣れていようと俺たち相手に逃げられると思うな。いい加減に観念するんだな」

 山姥切が山へ向かおうとする山伏を足を踏ん張って全力で引き止める。

「むむ、見逃してくれぬか。兄弟」

「駄目だと言ったら駄目だ! これから兄弟は出陣だろう、さっさと本丸に戻って支度しろ」

 あれ、何かかみ合わないなと不思議に思った堀川はもしやと思い山姥切に向かって発言を修正する。

「あ、そうじゃなくて。探していたのは兄弟もだから」

 彼の背にひらめいた布を軽く掴む。振り向いたその顔はひどく驚いた顔をしていた。

「俺も・・・なのか?」

 少し背の低い自分を見おろす彼の瞳が顔を上げるとよく見える。黄金の髪に透けるように青みがかった翠色は周囲の新緑よりももっと鮮やかで。こうやって見上げないと見ることができないのはちょっともったいないとは思う。でも警戒されることなく側に寄って顔を上げるだけでいつもは布の下に隠されている彼の綺麗な瞳を見れることが脇差で兄弟でもある僕の特権。

 堀川は二人に向かって手を伸ばす。

「僕が探していたのは山伏国広、山姥切国広という二振りの僕の兄弟たちだから」

 引っ張られながらも強引に山へ行こうとしていた山伏が足を止めて振り返る。彼の腕を掴んで引き留めていた山姥切も込めた力を緩め、手を離した。

 じっと見つめてくる彼らに向けて堀川は自然と笑顔がこぼれた。

 僕が兄弟というその呼び名を言えるようになったのはいつからだっただろう。

 兼さんの相棒で新撰組土方歳三の刀であるという一通の手紙だけがこの本丸に顕現することができた証。僕という刀は主さんの時代にはもうない。だから兄弟たちのように堀川国広という刀工に鍛えられたという確かな証明もできるはずもなく、ただ時代の流れの中で人が土方の刀と信じそう伝えたから僕は堀川国広と呼ばれていたのだけれど。

 一度言ってしまったらあとはもう気にするものは何もなかった。僕は彼らの兄弟で、彼らは僕の兄弟で。

 他の誰がどう思おうと、この本丸にいる限りは僕は彼らと同じ国広の一振りだと胸を張って言っていいのだと。

 いつまでも彼らとの暮らしが続くわけじゃないって気付いている。僕はまた僕だけであの冷たくて寂しい水底へ戻らなくてはいけないのかもしれない。

 本丸での思いがけない再会と出逢いに巡り合えたこの楽しい時間は僕が叶わない望みの果てに見た夢だとしても。

 僕は今この時間だけは大事にしたいんだ。

 あやふやな存在の僕を国広の刀と受け入れてくれた兄弟たち。僕のすべてを包み込んでくれる彼らと愁いもなく笑っていられるこの楽しいひとときを。

「はやく本丸に戻ろう。兼さんも待ってるから」

 右手に山伏、左手に山姥切、それぞれの手につなぐ。勢いよく力強く握り返された右手、最初はためらいながらもあたたかく握りしめられた左手。

 その二つの手を僕もまたにぎり返す。

 手のうちに感じるこの温もりを僕はきっと忘れない。

 

 

 

2018年夏 秘宝の里

隊長 堀川国広

   和泉守兼定

   山伏国広

   山姥切国広

   今剣

   太鼓鐘貞宗

出陣 13回  笛4個 琴3個 三味線3個 太鼓1個 鈴3個