ゆめうつつ

刀剣乱舞・文豪とアルケミスト関連の二次小説。主にコメディ中心。

妖異 ~にっかり・石切丸~

 冬の夕暮れは早い。太陽がもうすぐ沈むだと思ったらもう空は夜に包まれ紫紺に染まろうとしている。

 夕の刻限は現実と異界との境界が淡いになる。この頃になると人が人でなくなったうつろわぬ者達が迷い出でる。

 ただの者ならば見ることはない。だが一度彼らに視線が合った者ならば否応なく見えてしまう。目をそらしても、目を閉じても、つねに彼らがそこにいる気配は感じ取れるのだ。

 人に作り出された刀とて同じこと。誰もいない庭に面した廊下に立ち止まりながら、おぼろげな存在の気配を感じ取っていた。

「また、いるね・・・」

 じっとこちらを見つめる気配ににっかり青江は気づいていた。本丸の西の片隅、淋しいその一角にぽつんとたたずむように浮かぶかすれた影。

 何をするでもない、ただそこにいてじっと見つめているだけだ。一度ほかの短刀の子たちとここを通りかかった時は、その影は短刀たちを見ようとはしなかった。いつものようににっかりだけを凝視する。

 その視線は日に日に強くなっていくかのようだ。ねっとりとからみつくその視線に彼は苦笑してため息をつく。

「やれやれ、どうしていつも僕が最初に君たちを見つけてしまうのかな」

 

 

「ここ数日で本丸でどこからか不穏な気配を感じるようになっていたのに、君は今までそれを放置していたのか。それでその霊を君はいつから見かけていたのかい?」

 日課の午後の祈祷を終えた石切丸は部屋を訪れたにっかりの方へ振り向いた。室内に備え付けられた白木の祭壇は主に特に願って作ってもらった本丸の祈祷所だった。

 口調はいつものようにのんびりしているのに、非難の響きがかすかに混じる。

「そうだね、ざっと十日はすぎているかな」

 それを聞いて石切丸は頭を抱えた。

「君ね、この本丸は主の霊力で結界が張られているのだよ。主の霊力は並みの人間のものではない、だからこそ本来なら弱い霊ならば入り込めないんだ。それなのにこの本丸の中で君が幽霊を見たというなら、その意味わかっているだろう?」

「んー、でもまだ危険な感じはしないんだけどねえ」

 今はただぼんやりとしたうつろな目だけがこちらを見ているだけだ。その視線に悪意は感じ取れなかった。

 手にした紙垂を鳴らして、石切丸は身を乗り出した。

「青江、いいかい。そんなのんきなことを言っていると大変なことになるんだ。今まで君がこの本丸で放置した霊が起こした騒動の数々を忘れてはいないだろうね」

「池の中にいた蛙の霊が不調の主から漏れ出た霊力を食らって巨大化して暴れたことかな。それとも迷い込んできた消えそうな男の霊がとつぜん落ち武者に変化してみんなに取りついて騒ぎになったことかい?」

 落ち武者騒動はこの本丸の夏の怪談にふさわしい事件だった。落ち武者の霊は刀の仲間たちに次々と取りつきながら、彼らの本来の性格とは全く正反対の人格を無理やり引きずり出して大騒ぎになった。普段女らしいしぐさの刀がぐれた不良になったり、自己嫌悪に陥る刀が自意識過剰になったりと実に面白いものを見た。

 今でこそ笑い話だが、実際に取りつかれた連中にとっては絶対に思い出したくもない過去らしい。

「とにかく、本丸内で霊を見つけたらすぐに私か、太郎太刀に知らせるようにと言ってあっただろう。君も幽霊を切れるはずだがどうしてもしたくないみたいだからね」

「幽霊だって生身の体はなくても切られれば痛いだろう、心がね」

「そんな悠長なことを言っている場合ではないだろう。太郎太刀は出陣中か、しかたない、自信はないが私がその霊を祓おう。青江、案内しなさい」

 

 

 きんと張りつめた冬の空気が耳に痛い。

 星の煌めく夜の帳の下、にっかりと石切丸はその幽霊が出るという庭で現れるのを待っていた。

「さて、でるかな・・・」

「どうだろうねえ、今まで君があの子を見ていないとなると、嫌われているかもしれないねえ」

「そうでもなさそうだよ。ずいぶんと気に入られたみたいだね、青江」

 庭の片隅にぼんやりとした影が浮かび上がった。

「これは・・・だいぶまずいね」

 すでにそれはもはや影と言えるものではなかった。昨日までぼんやりしていた輪郭は今やはっきりとその姿かたちを映し出していた。

 うつろだった目はぽっかりと黒い穴をあけて見つめるものをその眼の闇の奥へ引きずり込もうとしている。

 ためらうことなく石切丸が刀を抜く。神の社に納められた御神刀はその鋭い切っ先が破邪の力を持つ。

「どうしたんだ、青江」

 青江は反応しない。手も刀にすら手をかけることなく立ち尽くしている。

 次第に禍々しい気配を発し始めた霊をただ見つめているだけだ。

 近づく、近づいてくる。かすれながらも少しずつ大きくなる声。

 ――――きて、来て、来る、来ない、待つ、来ない、いる・・・・みぃつけた!

 闇にうがった眼がこちらを向いている。

 誘うように差し出された手がおいでおいでする。

 そのうつろな子供からにじみ出る闇の匂いがなぜか懐かしい。

 血の気のない白い小さな手がのばされて、自分に触れるまであと少し。

 ――――パァァァン!

 高く鳴り響いた柏手の音がよどんでいた声も気配も吹き飛ばした。

 夢から醒めたように目を見開くと、目の前にいるのは両の手を重ね合わせてこちらを睨み付けている石切丸だった。

「君はこの世のものではないものに優しすぎる。だから引きずり込まれるんだ。あの悪霊はかなり狡猾だ、油断するんじゃない」

 引きずられたのか。そうか。

 だから気になっていても、なかなか言えなかったのか。

「ダメだねえ、だから僕はなかなか神刀になれないんだろうな」

 霊の色が赤みがかる。怒りの感情が生まれたのか。

 石切丸が厳かに祝詞を唱えながら刀の切っ先を霊に向ける。その場に縛り付けられた霊は激怒して負の感情を拡散させる。

「まずいねえ、これじゃあ本丸中に広がってしまうよ」

「霊刀といわれる刀剣は出払っているからね。私たちが何とかしないと・・・」

 霊と対峙している石切丸の額に汗が浮かぶ。高まってゆく霊圧に彼の神通力が押され始めているのだ。

 だが霊の侵入を抑え込むので精一杯でそれ以上踏み込めない。

「しかたないね。僕じゃ役不足かもしれないけれど」

 眼を閉じてにっかりは研ぎ澄まされた脇差を引き抜いた。

 自然と口角が上に上がる。

「僕が欲しいんだろう? 相手をしてあげるよ。笑いながら、にっかりとね」

 巨大化した影がにっかりに覆いかぶさろうと広がった。暗く寒いその暗がりに包み込まれようとしたその時、銀色の刀跡が宙に描かれた。

 かつて幽霊を切ったというその逸話のごとく、にっかりの刀は狂暴化した霊を一刀のもとに切り裂いた。

「最初からそうすればいいだろうに。君はできる子なんだから」

「僕がその気にならなければ切れないよ。迷っている僕の刀はちっぽけな幽霊すら切れないなまくら刀なのさ」

 屋敷の中がどうやら騒がしい。この霊の騒動で負の瘴気に当てられてしまった者が出たのかもしれない。

「今回は少々ことを大きくしてしまったようだ。青江、責任を取って後始末をしに行こうか」

「わかっているよ。優しく、愛をこめてね。もちろん手当の事だよ」

「・・・やっと君の冗談が聞けたな」

 

 

 にっかりと石切丸の本丸幽霊退治。

 ここの本丸の主さんは霊力が強いのに、自分でコントロールしきれてないので悪い奴がちょいちょい狙いに来ます。

 それを未然に防ぐのがそういったものを認知できるにっかりと石切丸。最近では太郎太刀も増えました。たぶん新人の大典太とソハヤも立派なゴーストバスターズになれるでしょう。

 なんかうちの本丸はすこしのんびりしているにっかりみたいです。

 落ち武者はいいネタが出たら書いてみたいなあ。

 

 脇差 にっかり青江 練度最高値到達  二〇一七年一月一日

 

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