ゆめうつつ

刀剣乱舞・文豪とアルケミスト関連の二次小説。主にコメディ中心。

江戸城 ~蔵~

「また本丸の庭に妙なものが。これは・・・蔵なのか?」

 本丸の正面の大きな庭に現れた見知らぬ建造物を呆然と眺めながら山姥切は呆れたようにつぶやいた。

 入り口の重厚な鉄製の扉に大きな錠前をつけた巨大な蔵が四つ、いつの間にかそびえたっていたのだ。たしか昼ごろここに通った時にはなかったはず。先ほど慌てた様子で飛び込んできた短刀たちに引っ張られるように連れて来られて目に飛び込んできたのがこれだった。

「すごか! ここに小判がどれだけあると!」

 一人で目を輝かせて興奮しているのはいつものように博多だけだ。彼には蔵自体が宝の山のように見えているのだろう。

 一歩下がったところで見上げていた薬研が肩をすくめた。

「また政府の仕業ってやつか。で、今度はどんな無茶な命令がきてるんだ、山姥切の旦那」

「今度の任務は江戸城潜入調査、とは聞いている」

「へえ。じゃあまた例のたくさんの宝箱の中に俺たちの仲間の刀が入っているってわけか? 前回の村正の時は本丸が大騒ぎになったよな」

「夜に宝箱の山から不気味な笑い声が聞こえてきたあれか」

 重くため息をこぼして山姥切はげんなりする。

 あの時も唐突だった。春先にこの庭にどこからともなくいきなり大量の宝箱が現れたのだ。

 江戸城で鍵を集めてこの宝箱を開けていくという政府の指令だったが、これが開けども開けども目的の刀はなかなか出てきてくれない。千子村正の入っているとされる宝箱は開けられぬまま幾日も本丸の庭先に放置されていた。

「あれは怖えよな。夜中にここを通ると積み上がった宝箱からどことなく村正の低い笑い声が聞こえてくるんだもんな。うちの弟たちなんて怖がって期間中は絶対ここを夜に通ろうとしなかったぜ」

 薬研と反対側にいた厚藤四郎が目の前にある蔵の遙か向こうを見つめながら何ともいえない顔でつぶやいた。当時のことを思い出したのか薬研がかすかに笑みを浮かべる。

「責任を感じた蜻蛉切が宝箱の前に座って一晩中説得してたな。みんなを怖がらせるなって。でもよ、蜻蛉切に呼びかけられたのが嬉しかったのか、本丸中にさらに大きな歓喜の高笑いが響き渡ってたよなあ」

 不気味な笑い声を止めるために、急いで鍵を集める主命が下ったのは言うまでもない。

「そうそう、かたっぱしから宝箱開けてって、結局村正が見つかったのは最後だったんだろ。手こずったよなあ、あの時は。で、山姥切、この蔵に秘蔵されている今度の刀はどこの刀派なんだ? あんたは大将から詳しいことは聞いてるんだろ」

 厚に問われて少し目を細めた。ためらいながらも口を開く。

「長船だそうだ。刀は太刀、大般若長光という刀らしい」

 その名を聞いて普段は動じない薬研の眼が少し見開かれた。

「大般若か。ずいぶんと懐かしい名前の刀が来たな」

「知り合いなのか。薬研はどこで会ってるんだ?」

 そこまでは知らなかったのか意外そうな顔をした山姥切に尋ねられて、薬研はふむと顎に手を当てて当時のことを思い出した。

「織田の家で少しな。足利将軍家のあたりから戦乱で流れて来て、それから徳川へ譲渡されたんだ。大般若はあの剣豪将軍の愛刀として振るわれた刀だからな、相当力がある刀だぜ」

 冷静に正確な状況分析をできる薬研の言葉に山姥切の胸の奥が疼いた。

足利将軍家の宝剣か。また名だたる名剣が来るのか・・・」

 うつむきながらつぶやいたその瞬間、思いっきり背中を張り飛ばされた。何をすると怒りを込めて勢いよく横を向くと厚が拳を握りしめまっすぐにこちらを見上げていた。

「山姥切、また変なこと考えてただろ。いい加減にしろって。あんた、俺は俺だっていつも言ってるだろ。他の奴がどうこうなんて気にしてても仕方ねえって」

「う・・・」

 びしっと言われて山姥切も言葉に詰まる。口元に手を当てて薬研が小さく笑った。

「新しい刀が来るたびに山姥切の旦那が意味もなく落ち込むのはいつものことだからな。厚の鉄拳制裁もいつのまにか恒例になっちまったな」

「そうなんだよ。ほんとだったら後頭部をこう思いっきり張り倒したいんだけど手が届かねえからなあ」

「なら次の時は俺がアシストしてやろうか。手で厚を飛び上がらせれば旦那くらいの身長なら楽にいけるだろ」

「お、いいなそれ。お前が上げて、俺がうまく飛び上がればいいんだよな。じゃあ、目標に百発百中できるようにあとで練習しねえとな。こう打ち込めばいいんだろ」

 厚が思いっきり上に伸ばした利き腕を力いっぱい振り下ろして、薬研がそうだと頷いて親指を立てた。

 飛び上がる角度や手を振り切る勢いなどを嬉々として相談する二振りに、山姥切は手を伸ばして慌てて止めに入る。

「まて、俺の頭は球技の球じゃないぞ」

 

 

「長谷部、この蔵に宝箱がたくさんあるばい。これ全部とってもいいと?」

「鍵があれば、な。残念ながらまだこの本丸にはその鍵がない」

 へし切長谷部に容赦なく言われて博多はがっくりと肩を降ろした。

「悔しか。目の前に宝があって手の届かないのは切なか」

江戸城へ向かった奴らを待てばいいだろう。今回は二部隊が交代で出陣している。待っていれば鍵もすぐに届くだろう」

「いやや。お預けにされるのはがまんできなか! そうだ、あの刀たちにてつだってもらえればよかばい」

「おい、まて博多」

 あっという間に駆け去った博多はすぐに戻ってくると誰かを連れてきた。蔵を指さしながら博多は彼らを振り返った。

「この蔵ばい。あの扉をこじ開けてくれると助かると」

「ずいぶんと厳重な錠前みてえじゃねえか。錠前破りとか細けえことはできねえが、力づくだったらかまわねえぜ」

「ふむ、この程度ならば朝飯前でござるな。のう、岩融殿」

「はっはっは、いかなる堅牢なものであろうとも我らの前には石ころにすぎぬわ。開かぬ扉を破ることに駆けては我らの右に出るものはおらぬからな」

「さすが頼もしか。ではお願いするけん」

 ぐっと拳を握りしめた博多の激励を受けて同田貫、山伏、岩融の三振りはかるく気合の声を出して隆々と鍛えあげられた筋肉をうならせる。

「頼もしか~!」

 堅牢な蔵の扉を力任せにこじ開けようと手を当てようとしたのを、長谷部があわてて止める。

「おい、まて博多。それにそこの筋肉馬鹿ども。その蔵は政府からの預かり物だ。いくら邪魔だろうと、勝手に破壊することはこの長谷部が許さん」

「かぁー、あいかわらず頭が固えなあ。鍵なんてちまちましたもん待つくらいだったらぶっ飛ばした方が早えだろ」

「うるさい! 貴様らの勝手な行動が主に迷惑をかけることになるんだ」

「ったくうるせえなあ。いっぺんやるか、おら」

「ふん、返り討ちにしてくれるわ」

 同田貫と長谷部ががんを飛ばしながらにらみ合うのを岩融が笑い飛ばした。

「おぬしら威勢がいいな。やるのは構わんが本丸は壊してはいかんぞ」

 長谷部の注意が彼らに向いている間に博多はその場を離れた。

「今のうちばい・・・」

 懐から針金を取り出して一番奥の蔵の扉に忍び足でこっそり近づいていく。大きくぶら下がった錠前に針金をさしこもうとしたその時だった。

「博多、何をやっている」

 首元から掴みあげられて博多の足は易々と宙に浮いた。

「は、長谷部。見逃すばい!」

「できるか。お前は目の前に小判がぶら下がるとすぐ見境を失くすな」

「小判の山がぁぁぁ」

 目じり一杯に涙を浮かべて博多は口をへの字に曲げて泣き出す寸前の顔になっていた。さすがにそれを見た長谷部も気まずい表情を浮かべた。

 あふれ出た涙を止めることができず、大声を上げて泣き出した博多に長谷部は困惑するしかない。

「泣くな! まったく・・・」

 肩口に担ぎ上げてその背を軽く叩く。そのぎこちない優しい手つきに博多の泣き声もいつしか小さくなる。

「己にも皆にも厳しい態度で接する長谷部殿も博多殿だけには優しげな仕草をするのであるな。そのようにしておると、まるで兄弟のようであるなあ」

 顎に手を当てながら山伏が納得したかのように頷いた。それに長谷部がすぐさま牙をむく。

「違うだろう、こいつの兄は一期一振だ。俺はただ泣いているこいつがうっとうしかっただけだ。他意はない」

 否定するが今度は岩融が笑いだした。

「照れずともよいではないか。おぬしらの仲の良さは本丸の皆も知っているぞ。むろん一期もな」

「は? 勝手なことを言うな貴様ら。誰が照れているなど」

「顔が赤けえぞ、長谷部」

「だから黙っていろと言っているだろうが。余計なことを言うな!」

 激昂した長谷部がツッコミを入れてきた同田貫にかみつく。かっかっかと秋の空に軽快な山伏の高笑いが響き渡った。

「刀の我らに人のような血のつながりはない。刀派は違えど、己を慕ってくれるものがあればそれは兄弟と認めてもよいのではないかな、長谷部殿。要は我らの心次第でであろう」

「おまえらの堀川派の強引な脳筋的論理に俺を巻き込むなと何度言えば分かる。貴様らは和泉守を引きこんでいるかもしれんが俺は違うぞ。貴様の弟の山姥切といい、勝手に決めつけるとこちらのまったく話を聞かなくなるからな。迷惑だ」

 頬をひきつらせた長谷部はおいと腕の中でじっとしたままの博多に声をかけた。

「いい加減に泣き寝入りはやめろ。どうせ本気で泣いてなんていないだろう」

「ばれてたかばい」

「当たり前だ。したたかなお前がこの程度で泣くなんてありえないだろう」

「しかたなか。なかなか起きるタイミングが分からなかったけん」

 ひょこっと顔を上げて先ほどまでの泣き顔はどこへやら、にかっと歯を見せて笑った。

「長谷部が俺の事そんなふうにおもっとってくれてうれしかー」

「勘違いするな、ただ俺は義務としてだな」

「そんな赤い顔をしてても説得力ねえな」

「いちいち邪魔するな。今度こそ押し切るぞ、同田貫!」

 

 

 庭先に降り立って目の前の蔵をじっと見つめていた大典太光世に気付いた前田藤四郎がそっと近寄って声をかけた。

大典太さん、どうかなされましたか」

 目だけちらりと前田に向けると、すぐさままた蔵へと視線を戻してしまう。

「いや、立派な蔵だと思ってな」

「ふふふ、懐かしくなりましたか?」

「ああ。中は暗くて静かでよさそうだな。この蔵なら誰にも会わなくて済むだろう」

 それを聞いてきっと前田の目線が鋭くなった。

「駄目ですよ。この蔵はあなたの寝床ではないんですからね。それにここには先住者がいるみたいですよ。たしか大般若長光さんです」

「先に入っている奴がいるのか。そうか、残念だ。よさそうな蔵だからな、住み心地も良いのだろう」

 心の底から残念そうに蔵を見つめる大典太。前田はそんな彼を見つめるとそっとため息をつく。

「いえ、それは大典太さんだけだと思いますよ・・・」

 

 

2017年秋 江戸城潜入捜査(鍵捜索部隊)

第三部隊 江戸城攻略部隊

 隊長 毛利藤四郎         →亀甲貞宗 → 太鼓鐘貞宗

    堀川国広

    和泉守兼定

    物吉貞宗

    愛染国俊

    小竜景光 → 亀甲貞宗  →前田藤四郎

 

第四部隊 江戸城攻略部隊(長船派育成部隊)

  隊長 大般若長光 → 小烏丸

     謙信景光

     小豆長光

     五虎退

     薬研藤四郎

     平野藤四郎