2017-01-01から1ヶ月間の記事一覧
「そんなこともあったかな。でも僕などは不良生徒で結局学校はやめてしまった」 自嘲気味に、それいてどこかさびしそうに北原白秋は告げた。目を閉じて思い出せば、つまらないと鼻から馬鹿にしていたいい加減な学校生活ばかりが思い浮かぶ。 だがいくら待っ…
「なんで今日も僕たちが立合いを見てなきゃなんないわけ? そもそも僕たち内番じゃないじゃん」 両手を後ろ手に組んで大和守は不満げに頬を膨らませた。加州はそんな相方の不満を容赦なく一蹴する。 「しかたないだろ。主が俺たちにって頼んだから。文句言わ…
食卓の上に置かれたずんだ餅をまったく手を付けないで、太鼓鐘貞宗は眉を寄せながらじっと見つめていた。 「どうしたの貞ちゃん、ずんだ餅食べないの。もしかして実は嫌いだったとか・・・」 おやつを配り終えた燭台切がいまだ食べようとしない太鼓鐘に慌て…
「やっと連れてまいったぞ」 出陣から帰ってきた三日月が戦装束の袂をひらりとよけさせると、その後ろから子供の姿をした短刀が現れた。青みがかった髪を後ろに一つで結わき、自信に満ちた笑顔を浮かべた短刀は開口一番に元気な名乗りを上げた。 「俺は太鼓…
「切国、みんなは・・・」 手入れ部屋の前で立っていると、息を切らして主が廊下の向こうから現れた。そういえば主がついてくるのを待たずに外へ飛び出したのをいまさらながらに思い出す。 打刀の中でも機動の早い山姥切に、人間の、しかも体力などかけらも…
「で、俺たち短刀は次どこへ行けばいいんだ?」 先ほど無事日本号を見つけて本丸に帰ってきた第三部隊の短刀たちは主の部屋で次の指示を待っていた。 いままでの出陣記録を閉じた記録帳をめくりながら考え込んでいた山姥切が難しい顔をして厚たちの方を見た…
「俺が隊長だからねー。じゃあ、厚に薬研に後藤、いくよー」 隊長になったことでついに自分の力が認められたとご機嫌な信濃は元気に後ろからついてきているはずの皆に声をかけた。 けだるげな後藤が口を曲げた。 「ちぇっ、あいつのほうが先に来ているからっ…
「本日各部隊の隊長に集まってもらったのは現状報告と今後の方針を確認するためだ」 主の部屋に集まった各隊長を前にして立ち上がっていた長谷部は冷静な態度を欠片も崩さずに厳しい声音で言い放った。その隣には彼に全権をゆだねた主が目を閉じて静かに正座…
岩の頂上に手をかけた。からりと小さな小石がすぐ横を落ちていく。 零れ落ちた石は乾いた音を響かせながら、やがて崖の下へと見えなくなった。 石を追っていた目線を再び上に向けた。登って行く先に一応足場はある。だが広くはない。少しでも足を踏み外せば…
「芥川先生、どこにいるんだよ。見つからないのは愛か、俺の先生への情熱が足りないからなのか・・・」 潜りこんだ書籍の仮想空間から図書館の現実へと戻ってきた太宰はどんよりと顔を暗くしてうつむいた。 本の中へ潜るのは思った以上に精神力を消費する。…
「・・・黒という色は確かに現代の世にあって正装を意味するものかもしれないけれど、やはり無粋だね。皆がかしこまって同じ色というのは実に面白味がないよ。雅ではないな」 つらつらと文句を言いつつも歌仙は手慣れたしぐさで主の帯を締めた。体にぴったり…
「では本日の潜書分の洋墨だよ。頑張ってくれたまえ」 目の前に突き付けられた大量の洋墨が入れられた籠を志賀は半目で睨み付けた。山のように盛られた洋墨は司書の期待が込められているようでずっしりと重い。 「・・・で、なんで毎日俺がやらなきゃいけね…
「みずみずしい青菜だね。大根たちも白い肌が今日もきれいだよ。どう料理したら君たちは喜んでくれるだろうね」 畑の真ん中で冬野菜を収穫している燭台切は一つ一つ大事に手に取ってうっとりと眺めている。 「おい、そんなことをしていると日が沈んでも終わ…
霧の奥に見え隠れする街は見慣れた東京の街であるはずなのに、時折すれ違う人はなぜか着古した着物をまとい、髪はすでに流行から廃れたはずの古風な形に結い上げ足早に駆け抜けてゆく。 藁で編まれた草履は土の上をこするように細い音を立てる。西洋靴の甲高…
帰ってくるなり戦塵まみれた戦装束を解きもせず、一目散に審神者の部屋へ突撃してきた山姥切はあきらかに怒っていた。 乱暴に廊下から障子を引きあけると、何事かとびっくりしている主の顔面に膝をついて身を乗り出した。 「・・・あんたは全部知ってて俺を…
「現在まで連隊戦を戦ってみたところ、第一部隊は第七局まで、第二部隊は第八、九局、そして第三部隊は敵大将のいる第十局という体制で戦えば無理なくこなせそうだ。そのため空となった第四部隊には現在本丸でも最も低い練度の刀と来たばかりの刀を配置して…
冬の夕暮れは早い。太陽がもうすぐ沈むだと思ったらもう空は夜に包まれ紫紺に染まろうとしている。 夕の刻限は現実と異界との境界が淡いになる。この頃になると人が人でなくなったうつろわぬ者達が迷い出でる。 ただの者ならば見ることはない。だが一度彼ら…
「ここではね、新しく入った文豪の人は必ず助手を経験して中の仕事を覚えてもらうんだよ。みんなの顔も覚えられるからね」 特命司書の助手を長く務めている室生犀星が新しく来た文豪の太宰治を連れて彼が住まうこととなる建物の中を案内していた。 太宰とは…
「第一部隊は陸奥守吉行、および骨喰藤四郎が練度最高値到達により、部隊から離脱。補充として蜂須賀虎鉄、および浦島虎鉄が編入される」 部隊配置の指示書をめくりながら、第一部隊を前に山姥切が新たな部隊編成を通達する。 新たに第一部隊として呼ばれた…
宴の喧騒は耳うるさいほど賑やかなはずなのに、心に届くにはどこか遠い。 この広間にどれだけの刀がいようとも、目に入るのはただ一振りのみ。 けして振り向かぬ、触れられぬ、それでも追わずにはいられない。 ――――それは決死の戦場で黄金の光を煌めかせる若…
「逃げなかったようだな、山姥切国広。その度胸だけは褒めてやる」 酒瓶を抱えて完全に眼を座らせながらこちらを睨み付けてくる長谷部を見て、山姥切は戻ってきたことを深く後悔した。 長谷部のそばで手酌で飲んでいた薬研を恨めし気に見やる。 「つぶれてい…
「あけましておめでとうございます。この本丸も新しい仲間が増えてにぎやかになったこと大変うれしく思っています」 上座に座った主が正月の祝いの席でのあいさつを述べる。華奢な身体を背筋正しく伸ばすことで、昨年にはなかった威厳がにじみ出ているようだ…