枝豆 ~燭台切・大倶利伽羅~
「みずみずしい青菜だね。大根たちも白い肌が今日もきれいだよ。どう料理したら君たちは喜んでくれるだろうね」
畑の真ん中で冬野菜を収穫している燭台切は一つ一つ大事に手に取ってうっとりと眺めている。
「おい、そんなことをしていると日が沈んでも終わらないぞ。さっさとやれ」
背に籠を背負いながら、燭台切の収穫の手伝いをしている大倶利伽羅がぶっきらぼうに言い放つ。
「ごめん、加羅ちゃん。久しぶりの畑だからなんか嬉しくてね。みんなが畑当番で頑張ってくれたのがこの野菜たちをみてわかったから。ほら、野菜たちがすごくきらきらしているだろう?」
「・・・俺にはいつもと変わらない畑に埋まる土まみれの野菜にしか見えないぞ」
うんざりとした目線を送ったが、こいつにかまっていたらいつまでたっても終わらないと悟り、さっさと厨房からの注文の野菜を収穫して籠に放り込んでゆく。
二人で畑で作業していると、むこうの道から誰かが呼びかけながら手を振って近づいているのに気付いた。
「燭台切さーん!」
「ああ、厚君に今剣君か。今日の畑当番は君たちだったね」
「そう、俺なんかずっと畑当番なんだぜ。生存値を極限まで上げるとか、どうとか。いつになったら目標まで届くかわかんねえけど。小夜は一か月以上はかかったって言ってたな。今剣もそのくらい覚悟しておけよ」
「えー、それはつらいですー」
ぱたぱたと手を振ってだだをこねる今剣の頭を燭台切はなだめるように撫でた。
「でも君たちが頑張ってくれているおかげで、野菜たちは喜んでくれているよ。今日は畑仕事を一生懸命やってくれている君たちの好きなおかずを夕飯に入れてあげようか。何がいいかな?」
「ほんとうですか! じゃあ、ぼくははんばーぐがいいです!」
「あ、俺もそれがいいな。できればもっと大きくしてほしいんだけど」
「わかったよ。出陣もしているからおなかすくよね。歌仙君に頼んで、短刀たちの子の分も大きくしてもらうよ」
「やったー!」
「おっし、これで出陣したあとの楽しみができたなー。そうだ、小夜と一緒に燭台切さんに頼まれていたのいい感じに育ったぜ。見てくれよ」
来くるように手ぶりして二振りの短刀は身軽に畑の中を駆け抜けてゆく。
「加羅ちゃんも来てくれるかな。君にも見てもらいたいんだ」
「・・・」
特に拒否する理由が見つけられず、強引に腕をつかんで引っ張る燭台切に押し切られて、大倶利伽羅は彼らとともに連れていかれた。たどり着いたのは最近畑の一角に燭台切の希望で設置されたビニールハウスとかいう促成栽培の温室だった。
「この中で育てるとその季節でない野菜も作れるんだって。だからほしい野菜を四季にかかわらず作ることができるなんて僕たちの時代には考えられなかったね」
からからと引き戸を開けるとむわっと暖かな空気が顔にあたった。外気はからりとしているせいか、この中は湿度が高いのか蒸して息するのも少々つかえる。
「温かいな」
「温室だからね。うん、上出来だね。厚君と小夜君には感謝しないと」
室内は細長く、外の畑と同じように整然と畝が作られて緑色の苗が一列に並べられて埋まっていた。
中一面に植えられている緑の植物を見て、それがなんなのか悟った大倶利伽羅は顔をひきつらせた。
「おい、光忠。これは全部枝豆か?」
「そうだけど。伊達で見慣れているはずじゃないか。厚君、あと四棟分のビニールハウスにも枝豆の植え付け頼んでおいたんだけど、そっちは?」
「大丈夫。小夜と一緒に時期をずらして植えつけてあるから、毎日枝豆の収穫を切らさないようになってるさ」
「どうもありがとう」
ぐいっと光忠の肩をつかんで自分の方に向かせる。
「・・・こんなに枝豆をつくってどうする気だ」
「どうしてって、新鮮な枝豆じゃないとずんだ餅が作れないじゃないか。いつ貞ちゃんが来てもいいように毎日新鮮な枝豆を供給できるようにしておかないとね」
さも当然のように言い切った燭台切はしゃがんで足元の枝豆の生育を手に取って確認してゆく。
「うん、この子はそろそろ食べごろだね。いくつかためしに収穫してみようか」
「じゃあ、燭台切さん、おれたち出陣でそろそろ行かなきゃいけないからついでにそれ台所へ届けておくよ」
「そうかい、悪いね。助かるよ」
一抱えほどの枝豆を抱いて、厚たちはハウスから出て行った。
大倶利伽羅は額に手をやって状況を整理する。大量の枝豆栽培、ずんだ餅の材料、そしてまだいない太鼓鐘貞宗。
「これはすべて貞宗のために、か?」
「そう、貞ちゃんが来てくれるように。僕ができるのはこれくらいしかないから」
力なく微笑んで燭台切は枝豆の手入れをし始めた。大倶利伽羅は入り口で立ったまま、その様子を眺めていた。
しばらくして背後の入り口が開いて山姥切が姿を現した。珍しい奴が来たと思ったが、彼は取っ手のついた籠を抱え大倶利伽羅達に向けて掲げて見せた。
「ここにいたのか。休憩時間になっても戻ってこないからお茶と菓子を届けに来た」
「よくここだとわかったな」
「厚が教えてくれた。・・・しかし本当に一面枝豆畑だな」
大倶利伽羅に籠を手渡し、感嘆の声をあげて山姥切はハウスの中を見渡した。
「あいつは何を考えているんだか」
「枝豆のことなら気にしなくていいぞ。どうせ余れば本丸の酒飲み連中がつまみに食べるだろうからな。本丸のことにはうるさいあの長谷部も燭台切の枝豆は味がいいからと、めずらしく了承をだしている」
「そうじゃない、こんなことをしても貞宗がくる保証はないと言っているんだ」
大倶利伽羅の言葉の意味をくみ取ったのか、遠くで熱心に畑の手入れをする燭台切の背に視線を送った。
「特別任務続きで延享の出陣は中断したままだったからな。ほかの機会もことごとく失敗している・・・俺の出陣計画がうまくいかないせいだろうな、すまない」
深く体の奥から吐き出すようにため息をつく。
「別にあんたが謝ることじゃない」
「いや、そうじゃない。俺がふがいないから・・・」
彼が再び謝罪の言葉を出しかけたとき、大倶利伽羅の不機嫌な視線に気づいて慌てて口を閉した。ひるんだのか、うつむいて布の中に顔が隠れてしまう。
軽く舌打ちをする。どいつもこいつも。
「主に伝えてくれ、できるかぎり早く貞宗を見つけてほしいと。俺一人ではあいつの面倒は見切れん」
「わかった。それはこちらも考えている。連隊戦が終わり次第、部隊を二手に分けて日本号と太鼓鐘貞宗の二振りの捜索を最優先で行うことに決定している。燭台切にもそう伝えてくれ」
うつむいていた顔がかすかに上向いた。視線が重なる。どこか諦めを見せる儚い印象を抱いていた顔が不意にほころぶ。
「あんた、実は仲間想いの優しいやつなんだな」
今知ったかのような驚いた声に、大倶利伽羅はむっとする。
「そんなことはない。あいつが迷惑だと言っているだろう」
「そうか? あんたはもっと他人には無関心なんだと勝手に思っていた。いつも黙っているあんたがそんなにしゃべるなんて、そいつのことを気にかけていると言っているようなものだと思うけどな」
突然、大倶利伽羅は山姥切の額に手を当てた。
いきなり体に触れられた彼は顔を真っ赤にして大倶利伽羅の手を振り払う。
「な、なんだいきなり!」
「いや、お前がそんなに話すことがなかったから、熱でも浮かされているのかと。・・変だな、熱はないようだが」
体調が悪いからいつもの顔を隠して無表情を装うこいつがおかしくなってよく話しているのかと思ったが違うらしい。
ますます顔を真っ赤にして布を再び下に引き下げた。
「変なのはおまえだ! とにかく、太鼓鐘貞宗の件は了解したからな」
二度と目を合わせずに背を向けると、怒りの気配を漂わせたまま速足で温室を去って行った。
山姥切の額に触れた手をしばし眺めていたが、背後から得体のしれぬ視線を感じ取って目を細めて睨み付けた。
「何を見ている、光忠」
「いや、なんかずいぶんいい感じに仲良くなったなあと思ってね。いつの間にそんなに彼と話せるようになったんだい? 邪魔しちゃ悪いから声はかけられなかったよ」
どういう意味だ。大体あいつとは今話したのが一番長いくらいだ。いつもは事務的なことでしか言葉を交わさないから、特に親しくなった覚えはない。
ただ、と大倶利伽羅は手に触れた場所のぬくもりを思い返す。あんな風に表情を変えられる奴だったのか、二年ほどここで付き合ってはいるが知らなかった。
後ろでまだにやにやしている光忠を思い出してすぐさましかめっ面に戻る。
「仲良くなんかない」
「今はそういうことにしておくよ。でも山姥切君は最初はとっつきにくいけど、誠実だしいい子だから加羅ちゃんとは話が合うと思うよ」
「だから勝手に話を進めるな!」
「はいはい、彼が持ってきてくれたお茶菓子食べようね。おなかが空いていると怒りっぽくなるんだよねえ」
「・・・」
連隊戦でさらっと燭台切さんカンストしました。
それでも貞ちゃんはまだきてない本丸です。
貞ちゃん祈願のためにここの本丸では大量の枝豆を栽培しています。一年中いつでもずんだ餅製造計画ですね。
ただ貞ちゃんくるまでは酒のつまみの枝豆として酒豪たちのおなかに収まってしまいそうだけど。
伊達組は意外と話を聞かない燭台切さんと、驚き第一の鶴さんのせいで、常識人大倶利伽羅が一人突っ込みの苦労を重ねてます。貞ちゃんきても軽減よりむしろ苦労倍増しそうだけど。
自分で書いてなんだが野菜に声をかけるみっちゃんってどうなんだろう。
太刀 燭台切光忠 練度最高値到達 二〇一七年一月十四日
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