捜索 ~池田屋~
「俺が隊長だからねー。じゃあ、厚に薬研に後藤、いくよー」
隊長になったことでついに自分の力が認められたとご機嫌な信濃は元気に後ろからついてきているはずの皆に声をかけた。
けだるげな後藤が口を曲げた。
「ちぇっ、あいつのほうが先に来ているからってずりーや。俺だって隊長やりたい」
「後藤がか? 俺にとってはお前も信濃も面倒なのには変わりないけどな」
にやりと笑って薬研は相変わらず辛辣な言葉を投げつけた。極の戦装束である鎧の袖から垂れた白い布が風にはためいている。
「そうだなあ、お前泣き虫だもんな。ここの槍攻撃耐えられるか?」
厚までが意地悪気に後藤をからかう。二人に見下ろされて後藤はやや後さずりながらも必死な形相でかみついた。
「くっ、こういう時だけ兄貴面しやがって。大してかわんねーだろ俺たち」
「いや違うぜ、俺たちは結構最初から本丸にいるからな。厚にいたってはあの本丸の初鍛刀だ。お前はずいぶん遅かったもんな。大阪城で迷子になって出てこなかったから仕方ないが」
「迷子じゃねえって言ってるだろ! ただ、その道がわかんなくなって、それに俺がお前たち探していただけだ」
「いや、それを迷子っていうんだ。後藤・・・」
厚の 冷静な突っ込みに、後藤は顔を真っ赤にしてさらに手を振り回して暴れるしかなかった。
槍に先制されて刀たちは少しずつ傷を負ってゆく。頬につけられた切り傷を手の甲で拭って厚は突出するように戦闘する信濃に声をかけた。
「次は三条大橋、ボス戦だ。いきなり場所が開けるから大太刀と薙刀の範囲攻撃が復活する。力も半端ねえからな、お前初めてだから無茶すんなよ!」
「了解! でもみんな軽傷しかしてないからこのままいくよ、いいね!」
久しぶりの出陣で信濃の戦意は高揚しきっている。目は出現した新たな敵を捕らえてらんらんと輝いていた。
周囲への警戒のため上っていた屋根の上からひらりと薬研が厚の隣に舞い降りた。
「ありゃこっちの言うことなんて大して聞いちゃいねえな。普段はかわいい顔していつも大将に甘えているくせに、戦場だと誰だってくらい別人になるな」
「それはお前もじゃないか。普段はしれっと澄ましているくせに、ここでは一番真剣必殺出しているだろ」
それでどれだけの敵を屠ってきたのか。その身を飾る誉れと舞い散る桜の花びらがそれを物語る。
「てきがきます。じんけいはかくよくじん!」
行く先を偵察をしていた今剣が屋根の上から叫ぶ。
時間遡行軍がこちらに気づいたらしい。銃口がこちらに向けられたのを確認するや否や、短刀たちはいっせいに銃兵の刀装に合図を送る。
手にした短刀の切っ先をまっすぐ敵に突き付けて、隊長の信濃が叫ぶ。
「まずは銃兵、打て!」
号令とともに刀装の銃が整然と発射される。銃弾は容赦なく敵の身体を貫く。一方こちらも銃を向けられて必死に逃げ惑う。
双方の銃撃を皮切りに夜が明ける前の橋の上で人知れず歴史の陰に隠れた戦いが始まった。銃をはじめとする遠距離攻撃が両者から飛び交うと、すぐさま白刃戦へと移行する。
先制の槍さえ凌げば、機動力において圧倒的有利を誇る短刀部隊に死角はない。
白い大きな虎を従えた五虎退がまず敵の薙刀に飛び込んでゆく。泣くのをこらえた顔をしながらもその刃は大きな敵をためらいもなく一撃のもとに切り伏せる。
「やるなあ、五虎」
交代する五虎退の脇を駆け抜けざま、厚がすばやく五虎退の頭を撫でた。
極の短刀は敵を一撃で打ち砕く。だが信濃と後藤はまだ極となっていないため、どうしても打撃力が不足する。後藤が気合いを入れて打ち込んだ刀は敵の刀装の守りに阻まれた。
鈍い音が響き、後藤の短刀が跳ね返される。与えた傷も浅く、敵の姿勢を崩すこともかなわなかった。
「くっ、堅い!」
敵の反撃の刃を防ぎながら、地面を蹴りつつ後ろへと飛び下がる。体勢を立て直して再び飛び出そうと前のめりになった背中に突然重心がかかった。はっきりいってかなり重い。
その重さを支えきれなくて前にのめると、視界の向こうに自分を踏みつけて飛んでゆく信濃の姿が映った。
「いっただきー!」
「てめえ、信濃。俺を踏み台にすんじゃねー!」
後藤の罵声に振り向きもせず、そのまま彼が倒し損ねた敵を横に断ち切った。後藤によって刀装をなくした敵の防御力はもろい。だからこそ信濃でも一刀で切り伏せられたのだ。
くるっと後ろを向くと得意げに笑った。
「後藤、見せ場残してくれてありがとー」
「やっぱ、むかつくお前・・・」
最後に残った短刀が破れかぶれに迫ってくるが、厚の刀装がその鋭い攻撃を跳ね返す。
「五虎、これが最後だ!」
「はい!」
刃が一閃する。切り捨てられた敵は砕け散った刃の破片となって宙へと消えて行った。
空が少しずつ明けてゆく。もうすぐこの橋を新撰組の隊士たちが通る。見た目は子供のなりをした短刀が見つかると不自然すぎてまずい。
「そろそろ撤収しないとな。後藤と信濃も喧嘩してないで行くぞ・・・五虎退、どうしたんだ」
橋の上に立ち止まって動かずに遠く見つめている弟に薬研は声をかけた。
「あれ、誰でしょう」
彼は橋のたもとを指さした。そちらをよく見れば、長い棒のようなものを持った大きな男がこちらをじっと見つめている。
ぼさぼさの髪を後ろでくくり、腰には大きな徳利をぶら下げていた。だらしのない態度でいながら、どこか油断ならない気配。
他の部隊の者達もそこに誰がいるのか気づいた。最初に言葉を口にしたのはその者の正体を知っている厚だった。
「・・・うそだろ。ほんとにいた」
「マジに本物なのか。あれだけ周回しても出てこなかったからてっきり出現するっていうのはいい加減な噂かと思ってたぜ」
彼の言葉を受けて察した薬研ですら驚きを隠せない。
不精髭の生えた口元をにやりとなごませて、そいつは驚きさざめく短刀たちの元へと近づいてきた。
「よう、おめえらずいぶんと元気に暴れまわってた見てえじゃねえか」
足下を少しよろめかせながら長槍を肩にかけ、日本号の銘を与えられた正三位の槍は不敵に笑った。
「主、ただいまー!」
元気な声で信濃は本丸の主の部屋へ入ってきた。
机を囲んで大量の書類の山を片づけていた主たちは驚いて信濃を見返した。
「早いな、もう戻ってきたのか」
書類の書き物の手を止めて、長谷部が問いかけた。その正面に座る山姥切が壁に掛けられた時計を一瞥する。
「いや、早すぎる。まだ池田屋を一周程度しかしていないだろう。部隊に怪我人でも出たのか?」
心配して問いかける彼に信濃はにこっと笑って首を振った。
「違うよ。来たんだってば」
一緒に出陣したはずの厚たちの声が近づいてくる。にぎやかな彼らに囲まれるようにして見慣れぬ男がのそりと部屋に姿を現した。
「よう、あんたがここの主か。邪魔するぜ」
「え?」
見上げた主たちの動きが止まった。特に長谷部の顔色から血の気が引いていく。
豪快に笑うと、その男はにやりと口角をあげて名乗りを上げた。
「日の本一の槍こと日本号。只今推参。・・・と、長谷部じゃねえか。おまえもここにいたのか」
部屋の中へためらいもなく上がりこむと、座っている長谷部のすぐそばに立ち止まって愉快そうに見下ろした。
いかなる時も堂々とした態度を保っている長谷部が珍しく動揺しているのを見て、山姥切は不思議そうに聞いた。
「あんたの知り合いだろう。待っていたんじゃないのか」
「誰がいつそんなことを言った。ただの黒田家での知己だ。酒飲みのろくでなしの穀粒しだがな」
「おい、いくらなんでもそんな紹介はないんじゃねえのか。まったく、どうしてこんなにすれてちまったんだよ。黒田にいたころはにこやかに礼儀正しくすましていたじゃねえか」
「そんな昔のことは忘れろ!」
主の前での冷静な仮面をかなぐり捨てて長谷部はさらに日本号へのたまりにたまった鬱憤を吐き出し始めた。
「だいたい貴様、今までどこをふらついていた。いるならいるで、さっさと出てこないか!」
「そんなの知るかよ。俺があいつらを見つけたのはさっき初めてなんだからな。別にわざと隠れちゃいねえって」
「貴様の都合など知らん!」
言い合いを始めた彼らを眺めたまま手にした書類を握りしめ、先ほどから一寸たりとも動かない主がやっと口を開いた。
「・・・思った以上に来てくれるのが早かったですね。びっくりしました」
「でしょう! 俺が隊長になったら一回目で出てきたんだよ。すごいでしょう。ご褒美に懐入らせて―!」
飛び上がらんばかりに喜びの表情を浮かべて信濃は勝手に主の懐に入り込む。さすがに主が小柄なために信濃とはそんなに身長差がなく、はたから見れば抱きついているようにしか見えなかったが。
ごろごろと甘える信濃を厚と薬研が物言いたげな目で見つめている。
「ちゃっかり自分の手柄にするもんなあ」
「結果は偶然だろうがあいつが隊長になって出てきたのは事実だろう。これで俺たちの池田屋周回がなくなるならいいんじゃねえか?」
厚の愚痴に対して、薬研がしかたないと肩をすくめた。
来ました。日本号。出現二倍キャンペーンって本当にあったんだね。今までのはことごとく出なかったから、相模国鯖ではないものかと。
包丁から信濃に替えたとたんいきなり出た時はビックリしました。大将組そろえて出陣したら初陣で出た・・・。
人間驚くと脳が動かなくなるって本当でしたね。PCの前で固まってしまった。
これで池田屋をぐるぐる回るのから解放された。
第三部隊 日本号捕獲部隊
隊長 信濃藤四郎
厚藤四郎
五虎退
今剣
後藤藤四郎
薬研藤四郎
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