ゆめうつつ

刀剣乱舞・文豪とアルケミスト関連の二次小説。主にコメディ中心。

道場 ~燭台切vs歌仙~

「加州君、大和守君、ちょっとここを貸してもらってもいいかい?」

 汗をぬぐいながら加州は入り口に目を向けた。そこには内番服でもさりげなく格好良さを見せる燭台切がさわやかな笑顔を浮かべて手を軽く上げていた。

 その隣には袂を紅白のひもでたすき掛けにした歌仙がにっこり笑っていた。

「君たちの手合い中悪いね。ひさびさに僕も身体を動かしたくなってね。合間の時間があれば場所を譲ってほしいんだ」

「いいですよ。僕たちもちょうど休憩しようと思ってましたし。それにしても燭台切さんと歌仙さんが手合いですか。珍しい組み合わせですね」

 手にした木刀の切っ先をゆっくりと下げて殺気を収めた大和守が、不思議そうに二人を見やった。

「確かにそうかもね。歌仙君と話をしていたんだけど、いろいろと煮詰まっちゃってね。道場で気分転換しようかって話になったんだよ」

「場所も空いたようだし、早速やるかい。燭台切」

「そうだね、歌仙君」

 

 

「・・・試合は木刀、ですよね」

 両者の間に立って二人を見比べながら、うかがうような視線で加州は問いかけた。

「あはは、当たり前だよ。長谷部君たちみたいに僕たちが道場で本気になって真剣を使うわけないじゃないか」

 燭台切はそう言って、自身の刀と同じくらいの大きさの木刀を軽く振り下ろす。あまりに軽々と重い木刀を扱うその姿を見て加州は軽く口をゆがめる。そう簡単に振るえる大きさではないのに、やはり太刀はもとから持っている力の大きさが違う。

 対する歌仙は一本一本真剣に見定めながら一振りを決めた。

「そうだよ。この本丸で些細なことでいちいち殺気立つなんて雅じゃないだろう?」

 手にした木刀の反り具合を確かめながら、歌仙は目を細めた。すいっと指先を切っ先まで伸ばすと、そのまま構える姿勢を取る。

 相手の様子を見て目の前の燭台切の眼の色も変わる。

「いいね、僕は一度歌仙君と手合わせして見たかったんだ。内番ではどうも機会が巡って来なかったからね」

「確かに君とはここで戦ったことはなかったか。太刀の君には力は劣るかもしれないけれど、機動では負けないよ」

 両者の間にかすかな殺気が放たれる。目線で二人を見やると、加州は手を上げた。

「はじめ!」

 最初の一撃は鈍い音とともにはじかれる。先に撃ちこんだ歌仙の木刀は力で勝る燭台切の一撃によって防がれた。

「重い、さすが政宗公が一振り。あとで君の本体も存分に鑑賞させていただきたいな」

「それは光栄だね! 歌仙君の審美眼にかなえばうれしいよ」

 笑いながら今度は燭台切が歌仙の腹部めがけて木刀を薙ぐ。後ろに飛んで避けたが、そのすさまじい風圧に目を細めた。

「それはそうと、さっきの約束忘れてないよね、歌仙君」

「・・・それは君が勝手に言いだしたことだろう、燭台切。あれにはこの本丸に関わることだ。こんなことで僕たちだけで勝手に決めていいことではない」

「でも、いくら僕らが話し合ったところで平行線どころか決裂寸前で話し合いにならなかっただろう。そう言うなら君から考えを曲げる気にならないのかな?」

「己の信念にかけても、そこだけは絶対に譲れないな!」

 歌仙の繰り出す激しい打ち込みの速さに、燭台切がついていけなくなった。一撃は重くないとはいえ、その数が多いと集中力が散漫になっていく。

「くっ!」

 力任せに歌仙の手元を狙って木刀をふるうが、それを待っていたかのように歌仙の身体が沈んだ。目を燭台切に合わせたまま、その足元を居抜く。

 したたかに足を打ちつけられて、彼の身体が崩れた。

「どうだ、燭台切」

「まだまだ」

 足をとらててもそれほどの打撃は与えられなかったらしい。ふらつくことなく再び立ち上がる。

 互いに木刀を相手に向けて構えたまま、二人はにらみ合う。

「京はこの国の中心だったんだ。さまざまな場所の刀が集うの本丸では京風でいいだろう」

 木刀で対峙をしているはずなのに、その会話は試合しているとは思えないほど気負いがなく淡々と話している。さらにどうも話が変な方向へそれ始めている。

「いや、それではどうしても味が薄いと文句が出るよ。一つにするのは無理があると思うけどなあ。それに今年は僕が出陣してたから歌仙君任せにしてしまったこともあるし、今回は僕にやらせてもらえないかな」

「何言っているんだい、君は。今だって連隊戦で第二部隊に入っているじゃないか。こちらのことは気にせず任せてもいいんだよ」

「譲らないね」

「譲れないな」

 にらみ合ったまま、動かない二人に大和守が気の抜けた声で質問した。

「あのー、二人ともさっきから何を言い争っているんですか?」

 どう考えても手合いとは別の件で争っているようにしか見えない。ただ試合中も二人とも顔はずっと笑顔のままだから余計怖い。

 大和守の質問に燭台切がさらっと答えた。

「ああ、正月の料理だよ。今年の正月はほら、歌仙君が作ったから全部京風だっただろう? ここにいる刀にはほかの地方から来た者もいるから、今年はバリエーションを増やそうとしたんだけど・・・」

「軽々しく品数を増やすと言うが、どれくらい増やせばいいかわかっているのかい。全部の刀の要望を聞いていたら、厨房担当の僕たちの負担が恐ろしいことになるぞ」

 歌仙の額に青筋が浮かぶ。確かに五十振りを超えるこの本丸において、通常の食事の支度ですら毎日大変なのに、正月の祝い料理ともなるとその手間と数と量は昨年よりも膨大なものになるのは確実だった。

 前回の苦労を知っている歌仙は燭台切の気軽な提案を全力で却下しようとしているようだ。

 今度こそはと真面目に審判をしようとしていた加州は顔に手を当てて呻いた。

「そんなことで立ち合いしようとしたわけ? おいしく食べられればどんなのでもいいじゃん」

「食べられればどんなものでも?」

 歌仙の怜悧な眼がうっかり本音を口にした加州に注がれる。ヤバいという顔をして加州は冷や汗をかいた。

 びしりと木刀の切っ先が加州の鼻先に突き付けられる。

「その考えは賛同できないね。美味しければいいものではない、もちろんまずいのは論外だけどね。でもこの国には美しい四季と豊かな情感を表す言葉がある。料理もまた同じだよ。四季の恵みへの感謝と千代に祈る言の葉の願いを込めて作る、それが料理なんだ」

「だめだよ、加州君。彼に料理を語らせたら小一時間は解放してくれないよ」

 軽く笑いながらも燭台切は油断なく、歌仙を見つめている。彼もまた視線を燭台切に戻し、互いに見つめ合う。

「ああ、ここにいた」

 その時道場の入り口からひょっこり現れたのは小夜だった。たすき掛けにした紐を背中でチョウチョ結びにしてそっと大和守に近づいた。

「小夜、どうしたの?」

「内番で厨房当番だったから、歌仙たちに言われて手伝っていたんだ。野菜の皮むき終わったから次の指示をずっと待っていたんだけど」

「なにやっているんだ、あいつは」

 思いっきり舌打ちをして大倶利伽羅が吐き捨てる。

「わっ、君もどうしたの。めずらしい」

「どうしたもこうしたもない。正月の料理とやらで厨房で一触即発になりそうだから頭を冷やしてくるとは言ったが、いつまでたっても戻ってこない。探しに来てみればこういうことか」

 どうやら厨房当番の二人が戻ってこない燭台切たちを探しに来たようだ。小夜はいつもの通り表情はよくわからないが、大倶利伽羅の方はあきらかに不機嫌だった。

「・・・一触即発って厨房で?」

 加州の問いかけを無視して、大倶利伽羅は大股で道場を横切って燭台切に歩み寄る。

「おい、光忠。いいかげんにしろ」

「あ、加羅ちゃん。ちょっと待ってて、すぐ終わらせるから」

 大倶利伽羅に向けて軽く手を振った燭台切を、歌仙は刀を構えたまま睨み付ける。

「終わらせる? よくそんなこと言えるな、燭台切。僕は引く気はないぞ」

 それを聞いて小夜が小さくため息をついた。

「歌仙も、ずいぶん頭に血が上っているみたいですね」

 すると対峙する二人の傍へ小夜は恐れもなく自然に近寄った。歌仙を見上げると、小さく諭すようにつぶやいた。

「あなたはかつて僕に京は国々から様々なものが集まって文化を形成したのだと言いましたね。雅な文化も地方よりよきところを取って華麗に花開かせたのだと。食べ物もそれと同じです。その土地に生まれたものが別の場所に伝わって、新しく風流なものを生み出すのではないですか?」

「お小夜・・・」

 言葉に詰まって歌仙の顔がやや困ったように歪む。

「お前もだ、光忠。やりたいことがあるのは結構だが、自分のできる容量と、他への迷惑を考えたことはあるのか」

「うーん、そうだね。それを言われると痛いね。僕はやりたいことがあると先走る傾向があるから」

 燭台切も歌仙も身内に諭されて、少し頭が冷えたようだ。構えていた木刀を下に降ろした。

「だからといって問題解決はできてないよね。主にお伺いを立てると言っても、こればかりは・・・」

「かといって一度にいくつもの種類を作っていくのは正直、難しいよ。雑煮だけでもどれだけの種類があるか」

 考え込む二人に小夜はさりげなく声をかけた。

「そんなに難しく考えなくてもいいのではないですか?」

「ん、どういうことかな、お小夜」

 歌仙に覗き込まれるように問われて、小夜はたんたんとした声でつぶやいた。

「僕はさっき言いましたよね。かつての京はこの国のモノを取り入れて文化をつくり上げたのだと。この本丸も同じではないのですか。あまたの刀が集ってこの本丸で共に暮らしている。ならば今は難しくてもここでしか作れないものを一つ一つ築きあげていくべきだと思う」

 小夜のその言葉にまず歌仙が何か思いったったようだ。

「そうだね。僕は形にこだわりすぎていたらしい。料理など時代とともに変遷していくもの。この本丸も皆が好む味を求めていけばいいのかもしれないね」

「今までだってみんな僕たちの作っている料理を食べてくれているしね。特別な料理だからって気負うこともなかったかな」

「考えてみたのだが、一度に同じものを作る必要はないのではないか。たとえば雑煮などはその都度味を変えられるだろう」

「ああ、そうか。一回目を京風、二回目を江戸風、三回目をまた別のにすれば味のバリエーションができて楽しいし、飽きないかもね」

「祝い肴の方もすべて同じ土地のものをではなく、それぞれの刀の故郷から僕たちがいいと思ったものを織り交ぜて作るのもいいかもしれない」

「そうするともう一度練り直しだね。ほかの刀に聞いたとしても料理法まではむずかしいから主のところへ行ってネットで何かいい情報がないか調べてみるよ」

「では僕は書庫へ行って利用できそうな文献を見繕ってこよう」

 途端に平和になった燭台切たちを大倶利伽羅は胡乱な眼で見つめた。

「くだらん。おい、あいつにさっさと厨房に戻って来いと伝えておいてくれ」

 ふいっと身をひるがえすと、そばにいた小夜に言い残してどこかへ行ってしまった。

「食べものでこんなにも本気なるなんて燭台切さんと歌仙さんらしいね。今年の正月もおいしいものが食べられそうで楽しみだなあ」

 あははと大和守は笑ったが、加州だけは額に手を当てて呻いた。

「でもさあ、俺たちのいないときにやってほしいんだけどね」

 

 

 のんびり会話しながらも立ち会いは本気でやってます。描写甘いですが。

 うちの本丸は厨房を歌仙と燭台切が仕切って、ほかの何名かが当番で手伝いにはいります。今回の当番は小夜と大倶利伽羅ですね。二人とも結構器用に包丁使いそう。

 去年よりもあきらかに刀増えたから正月とか行事の時は厨房は戦場でしょう。

 

                = TOP =