ゆめうつつ

刀剣乱舞・文豪とアルケミスト関連の二次小説。主にコメディ中心。

想起 =刀と主と=

 遥か昔の時代の戦場へ行くことのできる本丸の鳥居の前で、主のまだ少年特有の高い声が初めはか細くあったのが次第に力強く響いていく。これから新たな任務へ出陣する部隊を前に指令を申し渡していた。

「この度の任務は政府が作成した疑似戦場の仮想空間における戦力向上目的の作戦です。敵は通常の戦場よりも数段階弱められているとはいえ、気を抜けば怪我を負い、最悪折れる可能性もなくはありません。でも私はあなたたちの力を信じています。必ず皆が笑ってこの本丸へ戻って来られるように、そのことだけを祈っています」

 厳しい顔つきで一息に口上を述べたこの本丸の主たる審神者は、ふっと表情を緩めると年相応の幼い顔つきへと戻った。

「第三部隊隊長、ソハヤノツルキ。初陣の巴さ・・・ではありませんでしたね、巴形薙刀をよろしくお願いします」

「任せとけよ、主。こないだ来た村正も一緒に練度を上げてくるからな」

 歯を見せながら笑顔を見せると、ソハヤは主の隣で黙って立っている山姥切国広に目をやった。

「今日はお前から何か言うことはないのか?」

 少しの間を置いて山姥切は小さく首を振る。

「俺からはない。主が今言ったことがすべてだ」

 予想外の返答だったのか、ほんの少しだけ目を見開いたソハヤだったがすぐ言外の意味を承知したか愉快そうに口角を上に上げた。

「少し前までは主が発言する時は何かとお前が言葉を挟んでいたみたいだったけどな。何かあったのか?」

「別に。主も一人でこのぐらいできるようになったと言うだけの話だ」

「そうか。まあ俺が気にすることでもないよな。じゃあ行ってくるぜ、帰ってきたらこないだ作ってくれたうどん、また食わせてくれよ」

 思わぬ申し出に下に傾けていた顔をほんの少しだけ上げてソハヤと目線を合わせた。出陣前の緊迫感が部隊に漂っているこの時に、部隊長のこいつがそんな他愛のないことを頼んでくるのに戸惑った。

「あんなものでいいのか。変わっているな、あんたも」

「はっ、お前に言われたくはねえな」

 後ろ手にひらひらと手を振って、ソハヤ率いる第三部隊は鳥居の中に生じた時空のゆがみへと消えた。

 自分と一緒に始めて出陣した時は幾分こわばっていたソハヤの表情も、最近では何気なく散歩にでも行くかのような自然な顔で戦場へ出かけていく。新参の刀が初陣でも今のあいつなら安心して任せられるだろう。

 胸元で小さく手を振っていた主はほうと安堵のため息をついた。

「こういうのはいつになっても緊張しますね。ちゃんと出来たか、自分ではよくわからないですが」

「大丈夫だ。問題はない」

 主の不安交じりの問いかけに、山姥切はさらっと応えた。その言葉に主の顔がぱっと明るくなる。

「ダメ出しなしですか。本当に?」

「ああ、うまくやっている。このままならいずれ俺なんか必要なくなるだろうな」

 ついいつものようにつぶやいた卑屈な言葉に、笑顔を浮かべていたはずの主は少し表情を険しくして眉根を寄せた。

「切国、またそんなことを言って。私はあなたがそばにいてほしいんです。何度言えば分ってくれるのですか。初めて山姥切国広という刀を選んだ時から・・・これからもずっと」

 それだけ言うと主は怒ったのか、ふいっと背を向けて本丸の建物の中へと戻って行った。いまだ幼さの残る少年の主の後姿を見送りながら、その背を追うこともなく山姥切はその場に立ち尽くしていた。

 主の姿が見えなくなってから、腰に下げた己の刀に手をかけた。

 柄に手をかけて刀身を引き抜くと、磨き上げられた刃が光を受けて煌めく。飾り物ではない、戦場で振るうことを目的として鍛えられた。

「この本丸でただ一振り、主が自ら選んだ刀・・・か」

 本体であるその刀を目を細めてじっと見つめるその顔はどこか苦しげに歪んでいた。

 普段は思い出しもしない。本丸にいる他の刀たちと同じだと思っている。主もそのように振る舞うし、自分からもことさら言及したりはしない。

 ただ時折思う。ただなぜ主は自分という刀を選んだのか。

 何かの機会に聞いても主はさあと言うばかりでよく覚えていないという。

 主には審神者になる以前の記憶がない。ある日政府機関のとある場所で行われていた審神者を選定する場に、主がいつの間にか現れたと。

 名前を無くし、どこから来たかもすべて忘れて、誰も知らない場所にただ一人。今も以前の記憶は全く戻ってはいない。

 山姥切はここに顕現した初めの一振りとしての今の立場にまだ迷っていた。他の奴らの方がもっとうまく主を支えられるのではなかったかと。

 だが主に選ばれた理由がわかれば、それがどんなに些細で他愛のないものであっても、あの主の初期刀と呼ばれることへの自信につながるのだろうか。

 下から上へ陽光に輝く刀身を眺めると、気合を入れて刀を振り下ろした。切り裂かれた風が幾多もの戦場で擦り切れた布をなびかせる。

「あ、刀抜いてる。いいの、本丸で抜刀しちゃって」

 非難しているわりには緊迫感のない声が背後から投げかけられた。振り返れば袂をたすき掛けにした動きやすい内番姿の大和守安定が笑いながら立っていた。その傍らにはいつも共にいる相棒の加州清光もいる。

 抜き身の刀を手にしている山姥切を何気なく見つめた加州はふっと口元をゆるませながら言った。

「いいんじゃない、別に誰かと喧嘩してたわけじゃないんだから。あんたは本丸内抜刀禁止の規則を作った第一原因だけどさ、俺もあんたも出陣機会が最近なくなってるから刀くらいは振るいたくなるよね。だって俺たちもともとそのために呼び出されたんだし?」

 ほんの少しだけ首を傾げて見上げるその眼はこちらの心の奥を覗きこもうとしている気がした。

「違反報告をするならすればいい」

 そっけなく言い捨てると、振り下ろした刀を再び鞘に納めた。その言葉に加州は呆れたようにつぶやく。

「そのくらいで言わないって。相変わらずそういうとこ堅いよね。あ、なら今度内番をさぼるの見逃してくれる?」

「それとこれとは別だ」

「そう言うと思った。そうだ、さっき堀川が探してたよ。早く行ってあげれば」

「清光、俺たちも行こうよ。早くしないとおやつの試食なくなっちゃうよ」

 急かせる大和守に引っ張られるようにその場を立ち去ろうとした加州の背中へ、山姥切は迷いながらも声をかけた。

「加州、俺でよかったと思うか? もし他の奴、例えばあんたならもっとうまく・・・」

 突然の山姥切の言葉に話がよく見えないらしい大和守が顔をしかめた。

「いきなり何言ってるの。意味わかんないよ」

 だが加州は真面目な顔つきになって、ほんのかすかに目の奥へ剣呑な光を宿す。加州とは実はこの話をするのは初めてではない。だからこれだけの問いかけで何を言いたいのか瞬時に分かったようだ。そして目の奥に怒りの色がほの見えた。

「何を思いつめているのかしらないけどさ。自分の立場っていうものを疑っているなら、それは主のことも否定することになるんだけど、そこのところ分かっている?」

 加州に言われて軽く心臓が跳ねた。そこまでは考えていなかった。厳しく言われた意味を悟ると気まずくなって目をそらす。

「それは」

「いっとくけど俺は今の状況に満足しているからね。今の主は俺の事ちゃんと愛してくれているし、俺だって主の事大好きだからさ。だから今更可能性がどうこう言うつもりはないよ。それに他の奴らも俺と同じ考えのはずだし、あんたもうだうだ悩まないでこうなったからには仕方がないって割り切った方がいいんじゃない? まあ、無駄に真面目に考えすぎるまんばには難しいだろうけどさ」

「なんか清光がそういうの真剣に話しているの珍しいよね」

「・・・安定、ちょっと邪魔しないでくれる?」

 横槍を入れてきた大和守を一瞬だけ睨むと、加州はもう一度山姥切に目をやった。

「写しだなんだってぐだぐだ言っててもさ、あんたは国広の最高傑作だって自分で言ってるだろ。だったらこの本丸で一番最初に最高練度に到達した最古参の刀だって意味をいい加減理解しなよ。一番主の傍にいていろいろなものを見てきたくせに・・・ったく、いくら言ってもわからないから俺だって余計な気を回さなきゃならないし。ほんと面倒な奴」

 話についていけずきょとんとしている大和守の腕をつかむともうこれで話は終わりとばかりに勢いよく踵を返した。そのまま彼の腕をつかんで引っ張りながら本丸の方へ歩き去ろうとする。

 加州の突然の動きにびっくりした大和守がちらりと山姥切に視線を投げると戸惑って相方に聞いた。

「ちょっと、もういいの?」

「俺からはもう言うことはないよ。あとは自分で考えないとさ。でもどうせ、いくら考えても答えは同じだろうけどね」

 顔を振り向かせて涼しい目線を送ってきた。だがその口元は言葉とは裏腹に意地悪げに笑っていた。

「自分に自信持ちなよ、総隊長殿」

 にぎやかな二人が去った後もその場に立ちすくんで言われた言葉を反芻する。

 いくら考えてもたどり着く結論は同じ。結局あの主の隣へ帰っている。姿を見せると必ず笑顔を向けてくる。はにかんで、なぜか嬉しそうで。

 乱暴に布を目深にかぶり直すときつく唇をかみしめる。

(自分に対する自信なんて、そんなものがあればとっくに・・・)

 顔を上げて目の前に佇む本丸の広い本丸の建物を見つめた。あそこはあちらこちらから声が聞こえてくるほどににぎやかだ。

 主と共に初めてここを訪れた時は誰もいない静かなところだった。隣で同じようにこの建物を見つめていた今よりも幼い主は面立ちは毅然としながらも、手だけは俺の布をつかんで離さなかった。その手が細かに震えていたのを思い出す。

 あの時から数年。幼かった主は身体だけではなく審神者としても成長した。時間遡行軍との長い戦いの中でこの本丸に顕現した名剣名刀ぞろいの刀との絆を結べるほどに。

 その傍らで俺は何をしてきたのだろう。人のように振る舞いながらも本質は刀であるこの自分もまた何か変わることはできたのだろうか。

 誰もその答えを教えてはくれない。

 加州の言う通り、その答えは自分で見つけなくてはいけないのだろうから。

 

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