ゆめうつつ

刀剣乱舞・文豪とアルケミスト関連の二次小説。主にコメディ中心。

秘宝の里 ~隊長 長曽祢虎鉄~

「最近退屈すぎるよね。俺たちずーっと本丸にいるし。道場の手合いも飽きたし、そろそろ外にでも出陣して敵の首落としたいんだけど」

 部屋でごろごろしていた大和守安定が急に真顔になって物騒な言葉を言い放った。だが同じ部屋にいる新撰組の面々は一瞬彼に視線を向けただけで、すぐに視線を元に戻した。

「そりゃ俺だって戦に出ねえでここにいるだけじゃ体がなまるばっかだけどなあ・・・」

 座卓に腕をついてだらけた様子の和泉守兼定が鷹揚にため息をついた。

 流行の衣装が載った雑誌をめくりながら、畳の上に寝転がっていた加州清光が呆れたように言葉を返す。

「無理でしょ。俺たち練度が上がりすぎているんだから、よほどのことがないと出陣させてもらえないよ。今は低い奴らの練度上げが優先だって言ってたしね」

「そうですよ。体を動かすなら今度うちの兄弟の修行についていくのはどうですか? 同行希望者はいつでも大歓迎って言ってましたよ」

 突然の堀川国広の提案に加州が思いっきり嫌そうに顔をしかめた。

「それって山岳修行だろ。何日も山籠もりってお風呂もないだろうし、汚れっぱなしになるじゃない。俺も安定もあんたの兄弟のペースに合わせるの絶対無理なんだけど」

「大丈夫ですよ。滝行でずいぶん綺麗になりますよ。いつもの滝は油断すると頭がつぶされるほど水量がすごくて汚れなんて洗い流せますから」

「滝はシャワーじゃないって。前から思ってたけど、あんたたち堀川派って結構思考回路が豪快だよね。山伏や山姥切の言動や行動を疑問もなく受け入れている時点で、やっぱり堀川も似てるんだなって思うけど」

「え、僕って兄弟たちと似てますか。そんなつもりはないんですけど」

「おい国広。顔がふやけているぞ」

「堀川はそんなつもりはないって言いたいんだろうけど、どう見たってうれしそうだよねー」

 和泉守兼定と大和守の双方に実は喜んでいるだろうと突っ込まれる。堀川派の三振りは容姿が三者まったく似ていないがゆえに、こういった些細なことで似ていると言われるだけでうれしくなるのだろう。

 わからなくもねえがなと和泉守がこっそりつぶやく。

「でもまあ、出陣はしてえよな。俺たちで」

 和泉守のその言葉に、部屋にいた皆は一様に黙る。それは心の底で願う思いだ。

 だがそれはこの本丸の現状では無理に望むべきものではないと知っている。本丸の事情もある、ほかの刀たちのこともある。それは新撰組の刀だけの問題ではない。

 重くなった空気を払しょくしようと、堀川がわざとらしく明るい声で提案した。

「僕たちもいつかは出陣できるはずですから、いまはのんびりしましょうよ。さっき燭台切さんから今日のおやつをいただいたのでお茶にしませんか?」

 堀川が棚の上に置いてあった皿を立ち上がって取りに行った。ほこりよけの布を取り去ると真っ白な丸いまんじゅうが四つ並べられていた。

「全部で四つだね。ここにいるみんなでちょうど分けられるけど。長曽根さんの分はいいの?」

 指差しで数を数えた大和守が堀川の方を向いて尋ねた。

「長曽根さんはさっき畑の内番の助っ人に行きました。おやつは先に僕たちで食べていいっていわれてますから大丈夫だと思います。長曽根さんが戻ってきたときに僕が取りに行きますよ」

「おー、うまそうだな。さっそく一個もらうぜ」

「手も拭かないで食べないでよ、和泉守。うわっ、大きな饅頭なのに一口で食べたよ」

「僕も自分の分取られないうちに食べようっと。堀川、和泉守の顔なんか青くなってるけどいいのかな」

「もう、兼さんったらそんなに大きな饅頭を一口で食べたら喉詰まらすに決まっているでしょ。ほら、お茶飲んで」

 堀川に手渡されたお茶を一気に飲み干した和泉守は一息つけたのか、胸をなでおろした。

「あぶねえ、息できなくなるところだった。無茶するもんじゃねえなあ」

「ほんとその図体でやることはガキだよね」

「そうそう、見た目は大人で中身は子供ってやつじゃない?」

「加州に大和守、てめえらうるせえぞ」

「本当のことでしょ。兼さんはいつもカッコよくいなきゃダメなんだから、一気食いなんて子供っぽいことしないでよね。お菓子を食べるときだってもっと優雅に上品でいないと歌仙さんを失望させるよ。憧れの歌仙さんに嫌われたくないでしょう?」

「うっ!」

 堀川に痛いところを突かれて和泉守が顔を引きつらせる。

 少しずつ指でつかんだ饅頭をかじりながら、加州が冷ややかに言った。

「和泉守って堀川には逆らえないよね」

「まあ無理じゃない。堀川ってどう見ても保護者気質だからね。和泉守はここの刀では一番若いし、気難しい刀だろうと仲良くできる堀川に口で逆らえるわけないじゃん」

 対する大和守は大きな口を開けてかわいい顔に似合わず結構豪快に食べている。さっさと食べ終わった彼は自分の分のお茶を湯呑に入れようと入口付近に置いてあった盆へ近づいた。

 急須を手に取ったところでさっと障子がひらいた。

「あれ、長曽根さんだ。早かったね」

「ああ。時間のかかる用件ではなかったからな」

 長曽祢は入り口に立ちながら部屋の中にいる新撰組の刀たちを見渡した。

 素早く堀川が食べかけの饅頭を皿において立ち上がる。

「僕、長曽根さんの分も取ってきますね」

「いや、甘いものは別にいい。今は茶だけもらえればいいからな。お前たちはゆっくり食ってろ」

 手で部屋を出て行こうとする堀川を軽く制して、けだるげに微笑んだ。

「でも、僕たちだけでってのも。長曽根さん、饅頭お好きではなかったのですか?」

「それは俺の元の主のことだ。だからといって俺もそうだとは・・・」

 長曽祢の視線が横に向けられた。その視線の先を堀川も追う。

 廊下のすぐ先には白い鶴が皿を持ってそこにいた。

鶴丸、何か用か」

「いや、さっきあんたたちに配った饅頭の数が足りないはずだと言われて届けに来ただけさ。そら、一個どうぞ」

 皿にのせられた饅頭は二つだ。白い色合いも、丸みを帯びた形もまったく同じだ。だが長曽祢は手を伸ばそうとはしない。

「俺は別にいらん。お前が食ってもかまわないぞ」

「そうしてもいいんだが、これは俺たち伊達で作ったやつでな。うちの貞坊なんか饅頭は初めて作ったものだからみんなに感想を聞きたくてうずうずしているんだ。食べてみてはくれないか?」

 鶴丸の色素の薄い唇がゆっくりと笑みの形を浮かべた。

 横合いから大和守が茶をすすりながら口をはさんだ。

「結構おいしかったよ、それ。手作りだったんだ。お店で売ってるのかと思った」

「うん、燭台切が食材の下ごしらえとかちゃんとしているからだろうけど、和菓子屋で出しているのにもこれなら負けないんじゃない?」

 加州も饅頭を口に入れながら同意する。

「ふむ、そういうことならいただこうか」

「ぜひ食ってみてくれ」

 長曽祢の指先が手前の饅頭に触れる。その時風が軽やかに縁側の廊下を通り抜けた。

 そよぐ風に鶴丸の白い髪が揺れる。髪に隠れた彼の金色の瞳が煌めいたのは気のせいか。

 何かを感じ取ったのかためらうも長曽祢はそれを手にした。

 鶴丸に目で促されて彼はつかんだ饅頭を口に入れた。外の皮はごく普通の小麦のだ。歯を立ててそれを噛んだ。

 がたっと膝から崩れ落ちるように、長曽祢が突然膝を廊下についた。そのままうつむいて声を失い悶絶する。

 長曽祢の手から零れ落ちた食べかけの饅頭が鶴丸の足下に転がった。うずくまったまま動けない彼を見て、飄々としていたはずの鶴丸はまずいと表情を変えた。

「中身は赤いが・・・これは量を間違ったか?」

「てめえ、鶴丸! 長曽祢さんに何喰わせやがった!」

 威勢よく啖呵を切って和泉守が立ち上がった。無言で加州と大和守も膝を上げる。

 その横では堀川が長曽祢の側へ駆け寄った。

「大丈夫ですか、長曽根さん。ここに水があります。飲めますか?」

 堀川の差し出したコップを震える手で受け取る。水を口に含むと逆効果だったか、盛大に咳き込んでまた動かなくなってしまった。

「悪い、長曽祢。俺がそいつの味の加減を間違えたようだ」

「おい、悪いですむか・・・って逃げるな!」

「まだ最後の奴が残っているもんでね。後で詫びは入れさせてもらう」

「逃がすかよ!」

 逃げる鶴丸を和泉守たちは慌てて追いかけようと部屋を飛び出していった。

 まだ動くことのできない長曽祢を介抱していた堀川はその後をついていくことができず、顔をしかめた。

「ちょっと、兼さん! 本丸の中で乱暴はダメだよ。・・・いっちゃった。どうしよう、長曽根さんをこのままにして僕も追いかけるわけにはいかないし」

 置いていくことも追いかけることもできずに迷っている時、縁側の廊下から慌てたようないくつかの足音が近づいてくるのに気づく。

鶴丸はここに来てないか!」

 部屋の中へ放たれたその声を聞いて堀川の顔が瞬時に明るくなる。

「兄弟! 鶴丸さんなら新撰組のみんなが追いかけて行ったよ。それよりも長曽根さんが」

 入口に現れた山姥切国広は兄弟刀である堀川を一瞥して、傍らにうずくまる長曽祢の前に膝をついた。体を丸めて時折咳き込む彼はまだ声を出せずにいた。

「長曽祢はどうしたんだ」

「それが鶴丸さんが持ってきた饅頭を食べたら急に・・・」

 堀川が言い終わらぬうちに山姥切はその端正な顔を思いっきりしかめて盛大に舌打ちした。

「え、何か知っているの?」

 だが堀川の問いかけには答えぬまま、勢いよく立ち上がった。

鶴丸は和泉守たちが追って行ったんだな。こちらの予想以上に面倒なことになっている。・・・兄弟、悪いが俺はあいつらを追う。このことの詳細は主に聞いてくれ」

「ちょっと待って・・・って主さん?」

 布をひるがえして急ぎ足で部屋を飛び出していった山姥切と入れ替わるように、姿を現したのは審神者の主だった。

「ずいぶん怖い顔をして飛び出していきましたが、なにかありましたか?」

 首をかしげながら見送った主に、堀川が手短に事情を説明する。するとさすがに普段から穏やかな主の表情も苦々しいものを噛みしめたかのように変わった。

「長曽祢を手入れ部屋へ連れて行ってもらえますか。緊急事態ですので、これを使っても構いません」

 着物の袂から出した札を見て、堀川も軽く目を見開く。

「主さん、いいんですか?」

「はい。これ以上騒ぎを大きくしてはいけないので。新撰組のみんな止めるにはやはり局長の愛刀である彼が出て行かないと」

 

 

「御用改めだ! 鶴丸国永はいないか!」

 華々しく障子を両手で開け放って、和泉守は声を張り上げた。本丸の一角のその部屋では伊達の刀たちがおやつの饅頭ののせられた座卓を囲んでのんびりくつろいでいるところだった。

 急須からお茶を注ごうとしていたところで燭台切の手が止まった。部屋の柱に離れて寄りかかっていた大倶利伽羅も眼だけ動かして彼らを見つめた。

「和泉守君じゃないか。それに大和守君に加州君も。鶴さんに何か用かい?」

「ふぁふ、なんだよ。大きな声出さなくったって聞こえてるぜ」

 口にくわえていた饅頭を飲み込んで、太鼓鐘は目を細めて招かざる来訪者たちをねめつけた。

「それに鶴さんなら俺たちのところには帰ってきてねえよ。どこに行ったかなんてわからないしな」

 だが和泉守は不穏なまなざしをひそめようとはしない。素早く室内に目を走らせて目的の彼の痕跡を探す。

「うちの長曽根さんがおたくの鶴丸が食わせた饅頭にやられた。落とし前漬けてもらわねえとな。隠すとあんたたちのためにはなんねえぞ」

 同じ新撰組の刀がやられたせいか、和泉守の怒りは収まるところを知らない。だが言いがかりに黙っている太鼓鐘ではない。

「だから、知らねえって言ってるだろ」

「ちょっと貞ちゃん、喧嘩腰で相手するのはやめようか。それに和泉守君たちも怒るのはわかるけど少しは落ち着いて・・・」

 燭台切の制止の声を振り切って、太鼓鐘がこぶしを握り締め勢いよく立ち上がる。

「止めるなよ、みっちゃん。こいつら俺たち伊達の刀が嘘ついていると言っているんだぜ。喧嘩を売られているなら買わないと伊達者としての名が泣くだろ!」

 入口のところで腕を組んで立ち尽くす和泉守の傍へ歩み寄ると、毅然とした強い視線で口を軽くかみしめながら見上げた。

「へっ、ちっこいわりにいい度胸じゃねえか」

 気迫が籠もった太鼓鐘のその眼に彼もまた満足そうに笑む。

「ちょっと待ってよ。確かに彼は短刀で君より小さいかもしれないけどさ、たしか刀として存在してた時代は和泉守よりも数百年前だよ?」

「そうそう、兼さんはこの本丸でぶっちぎり最年少だよね。忘れたの?」

 幕末の刀が終わる時代に鍛刀された和泉守はことあるごとにそれを持ち出される。それが苛立たしい

 味方のはずの大和守と加州から容赦なく背後から追撃されて、険しい顔で彼らを睨み付けた。

「てめえら、いつも喧嘩ばかりしているくせにこういう時だけは仲いいんだからな。気が散るから黙ってろ!」

 まだ何か言いたげながらも沖田組の刀を一喝して黙らせた和泉守は再び眼下の太鼓鐘と視線を対峙させる。

 先に口を開いたのは自信に満ちた笑顔を浮かべた太鼓鐘の方だった。

「こっちが言われっぱなしっていうのもいい気分じゃねえからさ。勝負しない? 俺たち伊達とあんたたち新撰組で」

「いいぜ、こっちも喧嘩は断らねえ主義なものでな。後で後悔しても知らねえぞ」

 売られた喧嘩なのに本気で嬉しげな表情で彼の挑戦状をあっさり受け入れた。だが好戦的な彼らについていけない燭台切は額に手を当てて疲れたように目を閉じた。

「だからなんでそうなるのかな。貞ちゃんも練度上がりきってから出陣機会がなくなったものだからストレスがたまっていたとか。だからって言って勝負なんて・・・」

「さっきから大声で叫んでいるのは誰だ! 仕事にならん!」

 本丸の内側を通じる別の廊下から入ってきたのは剣呑な目をした長谷部だった。書類の束を抱えたまま、邪魔をされた原因と目を付けた和泉守たちを睨み付ける。

「うるさいのは貴様らか。本丸で騒ぎを起こすとは何をしている」

「ああ、長谷部君。ちょうどよかった、君からも彼らを止めてくれると助かるんだけど」

 新たに部屋に入ってきた彼の姿を見て、燭台切がほっと一息ついたのもつかの間。たてつくように和泉守が叫んだ。

「長曽祢さんがこいつらのところの鶴丸にやられたんだ。あいつを出せって言ってるのに知らねえっていうからだろ。まどろっこしい、今ここでやるか?」

 左手に持っていた刀の柄をつかんで、煽るつもりなのか鯉口を切るそぶりを見せた。

 だが太鼓鐘も瞬間的に放たれた殺気に眉一つ動かさない。

「長谷部がいるのにここで刀抜いたら勇気あるなってあんたのこと見直すけどさ、そしたら俺たちも説教されるだろ。それは嫌だぜ。なあ、なんかいい対決方法ない?」

 無邪気な短刀の視線にさらされて、不機嫌だった長谷部の表情に困惑の色が浮かぶ

「これだから伊達の奴らは苦手なんだ。いいか、本丸内で刀を抜くのは論外だが、他にも方法がないわけではない。燭台切、そこの卓袱台の上に座布団を乗せろ」

「なにをさせるつもりなんだい、長谷部君」

「室内でできる平和的な対決方法、腕相撲だ」

「は?」

 

 

「勝者、みっちゃん!」

 歓喜の声を上げて太鼓鐘は高々とつかんだ燭台切の腕を高く掲げた。目の前では力を使い果たした和泉守が台の上に力なく突っ伏している。

「さすがだな。馬鹿力の使い道がここにもあったというわけだ」

「馬鹿力ってもう少し言い方を考えてほしいんだけど、格好が悪いじゃないか」

 本気で感心した様子の長谷部に燭台切は苦言を呈した。

「貴様が太刀の奴らの中でも力があるのは事実だろう」

「うーん、僕は美意識というものは大事にしたいからね。自分がどう思われるかは気にするかな」

「ふん、付き合い切れん」

 鼻を鳴らして燭台切から呆れて視線を逸らした長谷部は机にうつぶせになったままの和泉守の頭を無造作に小突いた。

「起きろ、次の対戦の邪魔だ」

「うるせえ。くそっ、これが実戦だったら負けねえ自信があるのに!」

 勢いよく起き上がって盛大に悔しがる和泉守を見つめながら、後ろで大和守が首をかしげている。

「ねえ、清光。これ勝ち抜き戦だったよね。僕たちで燭台切さんに勝てると思う?」

「無理でしょ。あの体力馬鹿の和泉守が負けたんだよ。こういう時堀川がいれば外道な・・・じゃない、どんな手を使ってでも勝てるような作戦を考えてくれたと思うけど」

「だよね。僕たち打刀の中でも細いから、腕相撲だと下手すると折られちゃいそうだ」

「ちょっと待って。加州君に大和守君も。いくらなんでも仲間に対して僕はそんなことしないよ」

 慌てて燭台切が二人の会話を遮る。

「でもこれじゃあ僕たちが不利だよ。ねえ、長谷部。次に種目変えるのはありかな?」

  大和守に問われて長谷部は目をそちらに向けると、ゆっくり頷いた。

「お前たちの対決だ。好きに決めろ」

「わかった。清光、何かないかなあ」

「おまえ何も考えないでいったの? そうだな、こういうのは単純なほうがいいんじゃない? 安定が得意なものはあるだろ」

「僕が得意なもの・・・ああ、あれか!」

 すっと勢いよく手を上げると自信に満ちた満面の笑顔で人差し指を伊達の者達に突き付けた。

「じゃんけんでどうかな!」

 長谷部の眼が細くなって剣呑さを増す。どうやら先日の順番決め一件はまだ納得がいってないらしい。

 口をとがらせ太鼓鐘が不満そうに眉根を寄せた。

「えー、ただのじゃんけんだと面白くないよな。そうだ、この間粟田口の奴らに教えてもらったんだけど、あっちむいてほいっていうのとかどうだ?」

「んー、じゃんけんで勝てばいいんだよね。いいよ、新撰組の本気見せてあげるから!」

「こっちだって伊達の強さをみせつけてやるぜ!」

 早くも火花を散らしだした二人を加州は投げやりな目で見つめている。

「なんか嫌な予感しかしないんだけど」

「いいからさっさとやれ。時間が無駄になる」

 冷静さを崩さない長谷部に促されて、大和守は利き腕にもう片方の手を添えて正面の太鼓鐘に厳しい視線を注ぐ。

「いくよ、覚悟はいいよね」

 口元でにやりと笑った伊達の短刀は体を低く構えながら、手を後ろ手に隠した。

 二人の声が唱和する。

「最初はぐー、じゃんけん―――!」

 

 

「くうっ、また外れた―――! ちょっと全部指差した方向と違う方向けるっておかしくない?」

 上を指した指と反対方向を向いていた太鼓鐘に大和守は強く抗議した。それを聞いて今度は彼のほうがむっとする番だった。

「短刀の視力舐めるなよな。どんなに素早い奴でも動きが見れるんだぜ。だいたいそれを言うなら、じゃんけん全部勝ってるあんたの方がおかしいと思うけど」

「それはコツがあるんだよ。でも教えてあげないよ、沖田君から教えてもらった秘伝だからね!」

「・・・そんな秘伝あったっけ?」

 離れたところから加州がつっこみを入れてきたが大和守はあえてそれを無視する。

「僕がどうやっても動きが読まれるなら、一人じゃ無理か。じゃんけんは僕で、指差しは清光がするっていうのはダメかな。二人ずつ対決する方が面白くない?」

 フェイントに関しては加州のほうが手慣れていると踏んでのことだ。当然、太鼓鐘がその申し出を受け入れるわけはない。

「ダメに決まってるだろ。俺のところにみっちゃん入れたって、じゃんけんだと戦力にならないじゃねえか。太刀は視力もそんなによくねえしな。それにみっちゃんは政宗公の愛刀だから正々堂々するが当たり前で卑怯な手は使えねえんだって」

「ちょっと貞ちゃん、その言い方だと僕のことを誉めているのか貶しているのかわからないんだけど」

 指をこめかみに当てながら、燭台切が困った表情を浮かべている。その背後から長谷部がさらに容赦のない一言を添えた。

「さすが伊達の刀だな。真剣勝負の戦いでは情に囚われず、さらに状況判断は適格だ」

「・・・長谷部君、知ってたけど君も本当に容赦ないよね」

 フォローぐらいしてほしいところなんだけどと愚痴にもつかない言葉をこぼす。

 一方、加州はというと再び勝負を始めた大和守たちを一人離れたところから醒めた目で眺めていた。

「安定も和泉守も伊達との勝負に夢中で、俺たちがなんでここに来たか忘れてるじゃん」

 部屋の中心で声高に上がる掛け声と、うるさいぐらいどなる和泉守の声援が耳をつんざく。

 長曽祢の仇討のために鶴丸国永を探しているはずなのに、なんでここで伊達の刀とじゃんけん勝負をしているのか。元凶の鶴丸はどこに行ったのかわからないとういうのに。

「堀川に任せてきちゃったけど大丈夫かな」

 刀の付喪神が、しかも屈強な長曽祢さんがたかが饅頭ひとつごときでどうにかなるとは思わない。だがそれでも少し心配になって様子を見に行こうと庭の縁側の廊下に面した部屋の入口に近づいた時だった。

 音もなく襖がひらく。そこに立っている人物を認めて、加州は軽く目を見開いた。

「長曽根さん、もう具合はいいんですか?」

「ああ、無様な姿をさらしたな。すまない」

 何事もなかったかのようにさらりと言うと、長曽祢は部屋の中央に険しい視線を投げた。

「大和守、そこまでだ」

 大きく振りかざした腕をぴたりと止めて、顔だけこちらに向けた彼は驚きを顔いっぱいに浮かべた。

「あれ、長曽根さんだ」

「なんだよ、元気じゃねえか」

 拍子抜けした和泉守が肩をすくめた。

「違うよ、兼さん。手入れ部屋で無理やり治したんだよ。主さんから手伝い札をもらってね」

 長曽祢の後ろからひょいっと顔を出した堀川が軽率な発言をたしなめた。

 思うところがあっても自嘲するばかりでめったに顔には出さない長曽祢が神妙な顔つきで折り目正しくその場に座った。そして両手を畳の上につけると、そのままこうべを垂れた。

 彼の突然の行為に驚きで目をむいた他の刀たちの視線が一心に集まる。

「このたびは我々の仲間が迷惑をかけた。すべての責は俺にある。申し訳ない」

 深く頭を下げる彼にいらだった口調で真っ先に抗議の声を上げたのは和泉守だった。

「なんで長曽根さんが謝るんだよ! 先にやったのはこいつらのとこの鶴丸だぜ。あんたが謝る必要なんかねえんだよ!」

 立ち上がった彼は頭を上げさせようと長曽祢の肩に手をかけた。だが巌にでもなったのか、びくともしない。

「おい、聞いてんのかよ!」

「やめなよ、兼さん」

 さらに力をかけて起き上がらせようとしたところで、横合いから厳しくたしなめる声が耳に響いた。

 顔を向けると厳しい顔つきをした堀川が青い目の色合いをさらに濃くしてきついまなざしをこちらに注いでいた。

 彼の手が伸びると有無言わさず、頭を伊達の者達の方に向けて床に押し付けられた。

「って、国広なにすんだよ!」

「ほら、兼さんも頭を下げてちゃんと謝って!」

 納得のいかない和泉守の頭を押さえつつ、堀川もまた深くこうべを垂れた。

「僕たち新撰組の刀が燭台切さんたちにご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。ほら、清光と安定も謝るんだよ」

「いてっ、なんで俺たちが謝らなきゃなんねえんだよ!」

 抗議の声を上げたとたんにさらに頭を上から押さえつけられた。涼しい顔をしながらにこやかに堀川は相棒をたしなめる。

「長曽根さんの謝罪を台無しにするつもりなの? 僕たちのために頭を下げてくれたんだよ。僕たちが関係のない燭台切さんたちに喧嘩を仕掛けたのは事実だからね。これでどっちが悪いかすぐにわかるよね?」

 突然のことに茫然としていた燭台切も慌てて長曽祢の前へ膝をついた。

「君が謝ることじゃないし、僕たちもそんなことをされるほど何かをされたわけじゃないよ。だから頭を上げてくれないかい」

 だが長曽祢は頭を下げたままピクリとも動かない。正しきことは正しき方向へ正すその矜持は彼の元の主から受け継いだ性質なのだろう。

 いかに燭台切が言葉を重ねようとも、彼は一顧だにしなかった。

 和泉守たちから少しずつ離れながら、沖田組の二振りは体を寄せ合ってこそこそと言い合う。

「笑顔で説教する堀川が一番怖いよ」

「逆らうなよ、安定。あいつがうちでは一番怒らせると性質が悪いからな」

 これで自分たちも逆らうのは得策ではないと素早く察した彼らは口早に謝罪の言葉を述べて神妙に座っている。

 堀川の圧力に屈して不満を抱えながらもやっとおとなしくなった和泉守を横目で見やった長曽祢はゆるゆると頭を上げた。

「迷惑をかけたこいつらの処罰は主にゆだねる。それで構わないだろうか」 

「ああ、本丸を騒がせたからな。後で俺もともに行こう。だがそもそもなぜこいつらは伊達に喧嘩を吹っかけてきたんだ」

「ああ、それはですね。事の発端は鶴丸さんが僕たちに持ってきた饅頭が・・・」

「やはりあいつのせいか」

 そこまで言ったところで長谷部が忌々しげに吐き捨てた。

「詳しい説明は主のところで聞く。まったく、最近出陣もなくて暇だとか言ってろくなことをしない。燭台切、あいつの手綱はきっちり締めておけ。これ以上本丸内をかきまわさせるな」

 軽く両手を上げてこちらも神妙にため息をつく。

「わかったよ。鶴さんも何を考えているんだか」

 平安の時より長く存在してきた刀ゆえ、同じ伊達の刀だろうとその心の奥底の考えまでは読み取れない。それでも一度ちゃんと話さないといけないよねとあきらめながらも心を決める。

「あのお話しているところすみません。こちらに兄弟は来なかったでしょうか」

 普段通りの控えめな言動にもどった堀川がうかがうように燭台切を見上げていた。

「兄弟って山姥切君の方かな。いや、今日はここには来てないよ」

「そうですか。じゃあ、鶴丸さんを探しに行ったのかな」

「彼にもけっこう迷惑をかけているよね。本当にごめんね。でも鶴さんはどこへ行ったんだろう。たしかまだ歌仙君と一期君も探しているはずだけど。これだけみんなが探していてみつからないななんて、どこに隠れているんだか」

「なあみっちゃん、隠れているっていうより、あちこち動き回ってるから見つからないだけじゃねえか」

 太鼓鐘にそういわれて考え込む。確かに彼が一つのところに落ち着いて腰を据えていたためしはない。今日もこの部屋には姿を現さなかった。毎日一度はちょっとでも顔を出すのに。

 これから主の部屋へ向かうという長曽祢と長谷部に付き従って新撰組の刀たちもひとしきり謝罪を済ませてから部屋から去って行った。残るは自分と太鼓鐘だけになったこの部屋が急に広く感じられる。

 皆がいないとこんなにも手狭に思えるのか。いや、そうじゃない。

「そういえば加羅ちゃんいつのまにいなくなったんだろう」

 

 

「え、次の里に長曽根さんが隊長で僕たちと一緒に出陣していいの?」

 心底驚きの声を上げて大和守が正座していた体を乗り出した。思わぬ言葉を受けて嬉しげな顔をして今にも飛び上がりそうだ。

「でも俺たち長曽根さん以外は練度あがりきっているよ」

「確かに清光の言うとおりですけど、秘宝の里は本来隊長が部隊を誰にするか決める権限があるので」

 審神者の部屋で彼らを前にして座る主が目を伏せながら申し訳なさそうに言葉を続ける。

「それに彼が今回一番ひどい目にあっているので、彼の部隊は私が好きな者を選んでくださいと言ったのです」

「俺たち全員一緒・・・よっしゃ! 長曽根さん、ずっとついていくぜ!」

「わーい、やったあ!」

「こら、おまえら離れろ。お前たちを置いていくと何をするかわからんからな」

 口ではそう言いながらも肩を組む和泉守と思いっきり胸に抱きついてきた大和守を振り払うでもなくされるがままにさせる。

「よかったね、兼さん」

新撰組はやっぱりみんな一緒がいいですよね。ほら、清光も一緒に喜ばないんですか?」

 座ったまま動かない加州に主は優しく声をかける。声をかけられた瞬間動揺を表すかのように小さく肩を震わせたが、すぐさま目をそらした。

「嬉しいけど、でも」

「我慢するなよ、清光。お前だって嬉しいんだろ。だって僕たちの沖田君は局長のことが大好きだったんだ。その局長の刀の長曽根さんのこと、君は一緒に戦えてうれしかったっていつも言ってるじゃないか」

「安定、なにばらしてるんだよ!」

「いいだろ、恥ずかしがることないじゃん」

 頬を赤く染めて立ち上がった加州の腕を大和守は乱暴に引っ張る。そのまま彼らは一緒になって長曽祢の胸元へ倒れこんだ。

「ほら、国広も来いよ!」

 それを見ていた和泉守も少し後ろに控えていた堀川の手首をつかんで引き寄せた。

「ちょっと兼さん、さすがに全員は支えきれない・・・ってうわ!」

 最後に堀川が乗っかった重みで屈強な長曽祢といえども支えきれずにみんなまとめて後ろに倒れてしまった。

「・・・えへへ」

「くっ・・・あはは!」

 誰かが思わず笑い出す。つられて徐々に皆の顔に笑顔が浮かんでゆく。 

  苦笑していた長曽祢は上の乗っかったままの仲間たちに向けて手を振った。

「そういうわけだ。お前らわかっているな。新撰組の名と誇りを受け継いだ刀として恥じない働きをしろよ」

「あたりめえだぜ。長生きのじいさん連中に実戦では絶対負けねえところを見せてやる」

 気迫のこもった副長の愛刀である和泉守の言葉に長曽祢は深く頷く。

「刀の最後の時代を駆け抜けた俺たちの力、この身をかけて示してやろう」

 

 

「よかったのですか、新撰組の連中を秘宝の里へ出陣させて。あれでは他の奴らに示しがつきませんが」

 静けさが戻った審神者の部屋で長谷部は縁側に一人座る主の少し後ろに立ちつくしていた。あのにぎやかな幕末の刀たちがいなくなっただけで、こんなにも静かになるのかと思う。

 静かに語りかけるように長谷部は傍らの主に問いかけた。批判するでもない、そもそも彼は主の決めたことに対してほとんど反抗的な態度をとったことはない。

 この問いかけも問いただすというよりはただの意思の確認に過ぎない。

「刀は戦場で振るわれることでその存在意義を見出す。飾られているだけでは何のために在るのかわからなくなるからね。それに彼らは華々しい幕末の時代に輝いた刀たちだから、この本丸にとどめておくばかりで戦場に出られないのは彼らにとって一番の苦痛でしょう」

「俺たちのことをだいぶわかってきたようですね」

審神者になって二年は経ったからね。でもまだ審神者としても君たちのことも学ぶことばかりだよ」

 自嘲するような笑みを浮かべて、主は視線を遠く庭の向こうに投げる。桜の季節は過ぎ、あまたの花々が乱れ咲く春が訪れた庭園はこの本丸で最も美しい季節かもしれない。

 初めの年はこのようにのんびり庭を眺めている余裕などなかった。その次の年もそうだ。やっと三年目に至って主は用件に追われることのない時間を過ごすことができるようになった。

 主を第一に考える長谷部としてはもう少し体をいたわってほしいとは思う。だがどんなに体に負担がかかろうともこの主はそれを言うことすら許さない。目の前にあるその年の割には小さな背のどこにそんな意志の強さがこめられているのか。それともこれこそが人間の中にある本来の強さなのか。

「だからね、これからは少しずつ今まで休んでいた刀たちにも出陣してもらおうと思っているから」

 唐突に語り始めた主に長谷部は思考のふちから呼び戻された。

「は、主の命であれば」

「うん、だからね、秘宝の里の次に予定されている大阪城なんだけど長谷部に行ってほしい。隊長は博多藤四郎、部隊のメンバーは黒田ゆかりの刀たちで」

 黒田ゆかりの刀。その言葉を聞いたとき、神妙に控えていたはずの長谷部が明らかに動揺した。その構成はわかっている。その中にあの槍がいることも。

 直々にあたえられた主命に反駁することもできずに、長谷部はただ沈黙を貫いた。

 

 

 かなり時間オーバー気味ですが、一応終わりました!

 うちの新選組は結構力が有り余ってるのかもしれません。カンストしてずっとみんなで出してなかったから、たまには一緒に出陣させてあげたかった。

 騒ぎを起こすとき、真っ先に先陣切るのは兼さん。でもあとできっちり堀川君に怒られる。

 そしてこの話は最初の大倶利伽羅につながります。

 あとは鶴さんの番外編も書かなきゃ。なんでそんなことしたのかなって。

 ゲームの方も全員近侍曲獲得できてよかった。

 次の大阪城は博多率いる黒田組で出陣です。

 

 

第四回秘宝の里卯月 第四陣(新撰組部隊)

 隊長 長曽祢虎鉄

    和泉守兼定

    堀川国広

    加州清光

    大和守安定

    蛍丸

 ボスマス到達 18回  笛1個 琴1個 三味線0個

 

 秘宝の里最終数値 ボスマス到達回数 230回

  玉106051個  笛25個 琴14個 三味線15個

 

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