お菓子作り ~包丁藤四郎~
最初に目に入ったのはぴかぴか銀色に光るたくさんの道具だった。
通り過ぎようとしていた包丁藤四郎は窓から差し込む陽光にきらめくそれらに引き寄せられて厨房の中へ入っていった。小さな体を背伸びして、作業台の上を覗き見る。
いままで食事の準備で厨房の手伝いをしたことは何回かあるけれど、こんな不思議な形をした道具は見たことがない。いったい何に使うんだろうか。
「あ、包丁だ!」
突然後ろから声をかけられて、びくっと体が跳ね上がった。いけないことをしているわけではないのになぜか気まずい思いになって、おそるおそる後ろに顔を向ける。
両手に袋を下げた鯰尾藤四郎と巨大な紙袋を抱えた骨喰藤四郎がさっき入ってきた厨房の戸口に立っていた。袋を持ったまま、鯰尾が盛大なため息をついて肩を落とす。
「見つかっちゃったなあ。せっかくうちの兄弟たちが出陣や内番でいない時を狙ってやろうと思ってたのに」
「見られたからには仕方がない」
鯰尾とは反対に感情のない声で骨喰が小さくつぶやく。彼らの視線が包丁に集まる。ただならぬ雰囲気を察して、ひくっと包丁は後ろにのぞけった。
粟田口の脇差たちがゆっくりと近づいてくる。
「知られたからには・・・ねえ・・・」
「え、え、なに。なにすんだよ」
兄弟たちにじっと見つめられて顔をひきつらせた包丁はおびえて声を震わせた。
「どうしたの。あれ、包丁君?」
彼らの後ろから背の高い燭台切光忠がひょいと頭を出した。
「なんかおびえているみたいだけど、何かあったのかい?」
ぱっといつもの楽しげな顔に戻った鯰尾はたいしたことじゃないですよ笑ってとひらひら手を振った。
「んー、出してあった道具を包丁に見つかっちゃったんですよ。どうしようかなって。だいたい包丁って今日は本丸の修理当番じゃなかった? 俺たち帰ってきたときまだ門のとこ修理終わってなかったみたいだけど」
「ちゃんと俺は当番を頑張ったぞ。でもあとは高いところだけだからもう終わりでいいぞって言われたんだ。さぼったわけじゃないぞ」
頬を膨らませて不機嫌に怒ると、兄弟の少し骨ばった手が頭に乗せられた。
「ああ、わかってますって。いつも包丁は真面目に当番頑張ってるもんな。そっか、じゃあこの後は暇なんだな」
持っていた袋を無造作に台の上に置くと、鯰尾は腰をかがめて包丁と視線を合わせた。
「包丁、俺たちと楽しいことしないか?」
「楽しいことって?」
すると鯰尾が言いたいことを察したのか燭台切も優しい笑顔を浮かべた。
「そうだね。包丁君は来たばかりでまだやったことなかったからいいんじゃないかな? 材料はたくさんあるし、まだ作業するスペースぐらいはあるよ」
「たくさんだと楽しい・・・」
ぼそっと骨喰が相変わらずの無表情のままつぶやいた。
なんだかわけがわからず包丁は彼らの顔を順繰りに見回す。
「いったい何するのさ」
にやっと口元を大きく笑ませて、鯰尾は明快に答えた。
「お菓子作りだよ。バレンタインデーで短刀の兄弟たちがくれただろ。だからホワイトデーは俺たちがお返ししようってこっそり準備してたんだ」
「お菓子? お菓子って作れるのか?」
「当たり前だろ。そうそう、包丁も作らないか? おまえ、いつもお菓子をもらうばっかりだろ。たまには作って誰かにあげるのもいいと思うぞ」
袋に入っていた粉が勢いよく銀色の入れ物に開けられた。
「ちょっと、材料はちゃんと量らないとダメだよ」
冷蔵庫から玉子やら牛乳やらを取り出していた燭台切がおおざっぱに材料を開けている鯰尾たちに注意の声をかけた。
「えー、目分量で大丈夫じゃないんですか?」
「普通の料理だったらあとで調節できるからそれでも何とかなるけど、お菓子は最初から材料を量らないと出来上がりで失敗するんだよ。だから最初はしっかり丁寧に分量を見て量ってね」
「はーい」
注意されてボールを量りの上において、鯰尾は分量を確認する。その様子を包丁は真剣なまなざしで作業台にしがみついて眺めていた。
粉を量っていた鯰尾が顔をややこわばらせて手にした匙の動きを止めた。
「・・・そんな風にじっと見られるとなんか緊張するっていうか」
「その白い粉から本当にお菓子ができるのか?」
鯰尾が図っているのは何の変哲もない白い粉だ。さっき、誰も見てないときにちょっとなめてみたけど全然甘くない。
すると後ろで燭台切が苦笑しながら答えた。
「確かにその小麦粉からお菓子ができるのは実際に見てみないとわからないし、不思議かもね。だからこそ自分で作るっていうのは面白いと思うんだよ」
そういう間にも燭台切は慣れない作業に手間取る鯰尾と骨喰に目を配り、さりげなくアドバイスを入れている。すると包丁の前にも銀色の底の丸い入れ物が置かれた。
「包丁君もやってみたらどうかな。きっと楽しいよ」
「でも俺・・・」
目線を気まずくそらし、両手をもじもじと組み合わせる。
たくさん並べられた材料。どう使うかよくわからないいろいろな形の道具。それに呪文みたいに数字の並んだ料理本。
不安げな様子を隠せない包丁を安心させるように燭台切がやさしく諭すように言った。
「大丈夫だよ。僕もちゃんとフォローするし。それに自分のために一生懸命に作ってくれたらきっとうれしいと思ってくれるはずだよ」
うれしい、と言われてぱっと粟田口の兄弟たちとそして俺たち兄弟を温かく見守ってくれる長兄の姿を思い浮かべた。そうだ、彼らに喜んでもらえたら自分もとっても嬉しい気がする。
でもまだ少し勇気が足りない。
「みっちゃーん、遅れてごめん! もう始めてるのか?」
入口から明るく元気な声が響いて、その声を聞いた燭台切の顔がぱっと明るくなる。
「貞ちゃん、大丈夫だよ。でも手をちゃんと洗ってよね」
「わかってるって」
腕を上に振り上げて、威勢よく腕まくりをした太鼓鐘貞宗が燭台切の傍に立っている包丁に気づいて視線を向けた。
「あれ、包丁もいるんだ。おまえもお菓子作るのか?」
「そうそう、彼も貞ちゃんと同じで初めてだから一緒に仲良く作ってね」
目を見開いた包丁は燭台切を慌てて仰ぎ見た。まだ作るなんて返事していない。
だがそれを聞いた太鼓鐘が目を輝かせて、包丁の手を取った。
「ほんとか! 初めて同士、頑張ろうぜ!」
彼の暖かい手がぎゅっと手のひらを包み込む。握る手は力いっぱいなのに痛くなくて、優しく元気をくれる。気づけばこくんと頷いていた。
「うん、よろしく頼むぞ」
「混ぜるときは切るように混ぜてね。そうそう、そんな感じ・・・って生地を押し付けちゃダメだよ」
燭台切の指示に従いながら各々材料を混ぜ合わせる。粉に砂糖や卵、牛乳などを混ぜると最初の粉っぽさがなくなって黄色いぼろぼろの塊になった。
包丁は抱えるほどある入れ物を片手で何とか支えながら、ゴムベラという道具で指示通りになんとか混ぜ合わせていた。
それでも短刀の小さい手にはこれらの道具はどうも大きすぎて、ちゃんと抑えようと力を入れたとたんにするっと抱えていたボールが滑った。
「あっ!」
手を離れてくるくる回転しながらボールは作業台のふちへと飛んでいく。あと少しで落ちそうになった時、誰かの手がボールを見事に捕まえた。
「おっと、危ないぜ。ほら、落ちなくてよかったな」
にかっと笑った太鼓鐘がボールを包丁の手に戻す。
「わ、悪かったな」
気拙げに礼を言うと、気にするなと手を振って自分のボールを掲げて燭台切に店に行った。
「おーい、みっちゃん。できたぜ、次どうするんだ」
離れたところで彼らが話すのを横目見て、再び自分のボールに目を戻す。胸の奥から湧き上がる気持ちがこらえきれなくて吐息をこぼした。
うつむいた後ろから声をかけられた。
「包丁、できた?」
「・・・なんかうまくいかないぞ」
包丁の周りの台には混ぜ合わせているうちにこぼれた生地の塊がいくつも落ちている。黒目だけ動かして鯰尾がそれらを眺めた。
「初めてだから仕方ないんじゃないのかな。落ち込まなくても大丈夫だよ」
「同じ初めてなのに、あっちはそうじゃないぞ」
隣の太鼓鐘の方の台にはそれほど落ちていないし、作業をちらっと見たがおおざっぱに混ぜているようで手際はよかった。
「同じくらいにここに来たのに、なんで俺ばっかうまくいかないんだろ」
「俺ばっかって、どうしてそう思うんだ?」
「短刀だけで大阪城へ行ったときだって、俺はすぐ敵の攻撃でぼろぼろになってたんだ。俺もちゃんと頑張っているんだぞ。でもどんなに頑張っても敵にすぐやられるんだ」
目が熱くなる。なんで泣きたくなるんだよ。でも止めたくても止まらない。
ぼろぼろとあふれ出る涙が目じりを濡らす。
「このままじゃ俺はいつまでも子供扱いされたままだよ」
「・・・包丁も役に立ちたいっていうのを見せたい年頃なんだなあ」
ぽんと手のひらが頭の上にのせられた。兄弟の暖かい手がほんのり心を優しくする。
「ずっと前に同じようなことを今では極になって強くなった兄弟たち言っていたかな。太刀とか打刀たちに比べてどうしても短刀はやられやすかったから、出陣で真っ先に短刀が怪我を負って退却しなければいけなくなることが当たり前で。主の命令で誰も絶対に折れるわけにはいかないからって言われて退却するときもみんな納得できなくて。もっと強くなりたいって歯を噛みしめていた兄弟たちの悔しそうな顔、今でも思い出せるよ」
「え?」
そんな話知らない。鯰尾が包丁を見ながらもどこか遠くを見るような目でゆっくりと語り続ける。自分が来る前の、もっとずっと前の短刀の兄弟たちの話。
「包丁が来るずっと前は極なんてまだなれなかったから、どうしても生存値の低い短刀はみんな戦闘でやられることが多かったんだよ。今は戦闘で誰よりも強気の厚や薬研も、自分の負傷による強制帰還した後の手入れ部屋で悔し泣きしているの何度か見たことあるし。あ、これはみんなには内緒にしておいて。きっと見られてないと思っているはずだから。でもあいつらが極になったとたんに俺たち脇差は手合せでこてんぱんにされているけどね。だけどさ、今の包丁みたいに短刀のみんなが一度は悔しい思いしたのは事実だよ」
「みんなそうなの?」
「うん。それに包丁が怪我をするってことはみんなよりも深くの敵の懐へ飛び込んでいける覚悟があるからだと思うけど違うかな」
胸がきゅっと跳ね上がった。小さく、本当に小さく頷く。
うつむいたまま包丁は消え入りそうな声でつぶやいた。
「鯰尾兄って、いつも鶴丸さんといたずらしているだけなわけじゃないんだな。ちゃんとみんなのこと見ているのか。見直したぞ」
「・・・今まで包丁は俺のことどういう目で見ていたか気になるんだけど。うん、いち兄来るまではけっこう長いこと骨喰と一緒に粟田口のお兄ちゃんやってたからね。それでもやっぱりいち兄に比べたらまだまだだったけどさ」
「それでもすごいや」
自身のことだけでまだまだいっぱいの自分よりはずっと。
包丁は己の幼さの残る両の手をきゅっと握りしめた。
「もう混ぜ合わせるのは終わったかな。そろそろ生地ををまとめようか」
ひょっこりと燭台切が顔を出して声をかけた。
「まとめてどうしますか。もう焼いちゃっていいんでしょうか」
「いやいや、一度冷蔵庫で寝かせないといけないんだよ。生地を馴染ませるためにね。その間ちょっと時間があるからお茶にでもしようか」
つい先走りそうになっている鯰尾に燭台切は苦笑する。
「生地を均等の厚さに綿棒で伸ばして。それからこの型で型抜きしてから飾りつけしようか。ドライフルーツにナッツ、あとアイシングもあるから文字も書けるからね。自分たちの好きなように飾りをつけて」
「あのー、クッキーの色を変えたいんですけどできますか?」
鯰尾が手を上げてで質問する。
「できるよ。そうだなあ、例えばココアパウダーを混ぜれば黒くなるかな。竹墨のほうが黒くなるけど、お菓子につかうにはココアの方がいいかな」
「じゃあ、俺はそれでいきますね」
なぜか嬉々としてココアパウダーを取りに行く鯰尾の背を骨喰がじっと見つめている。
包丁と太鼓鐘はシンプルな生地のままで飾りつけをすることにした。伸ばして平らになった生地をぽんぽんと軽快に型抜きしていく。
「これ面白いな。本当にクッキーの形になったぞ」
「ほんとだよな。型もいろいろあるからいろんなのできるぜ」
型抜いたクッキーの生地に今度は様々な飾りをつけていく。上にかざすとほんの少し光を透けさせて鮮やかな色あいになる小さな宝石のようなドライフルーツを一つずつ丁寧においていく。
短刀にはいたく親切な燭台切に教わりながらカラフルなアイシングで模様を描いていく。何もないシンプルだったクッキーの生地は飾りをつけられるにつれてきらきらと煌めく宝物に変わっていく。
手慣れてきてからは一人で夢中になって飾りをつけていると、横から視線を感じて顔を向けた。なぜか太鼓鐘が驚いたような顔をして手を止めてこちらを見ていた。
「な、なんだよ」
「いや、意外っていうか、飾りつけにセンスがあるなって思ってさ。包丁っていつも敵の中へ突っ込んでいくイメージがあるから、もっとおおざっぱに飾りつけするかと思ったからびっくりしたぜ」
「だってお菓子だぞ。お菓子はかわいい見た目のほうが絶対においしいんだからな。俺が作るんだからかわいくしないとダメだろ」
包丁の返答が思いがけなかったのか、しばし目を見開いた太鼓鐘が不意ににやりと楽しげに笑った。
「ふうん。そのこだわり、俺もわかる気がするぜ。なるほどなー」
どきっと胸がはねた。わかったってどういうことだ。
伊達男をそのまま具現化したと言われる短刀はてきぱきと飾り終わったクッキーの生地を鉄板の上にのせていく。包丁のも並べてそれらは鉄板ごと燭台切がオーブンに持って行った。
「俺さ、おまえのことちょっといいなって思ってるんだぜ。刀の特性はそれぞれでそれがみんなの個性になっているんだってよくみっちゃんは言ってるけどさ、それでもやっぱ自分にない力を持っている奴のこと羨ましいなって思うこともあるんだよな」
「え?」
「俺ってさ、なんでもそつなくこなせるし、戦闘能力だってわりと高い方じゃん? でもこれは誰にも負けないっていうのがないからさー。大阪城へ一緒に行った短刀の中でもそんな感じだったし。包丁は敵から隠れて攻撃するのがすっげえうまいじゃん。俺はなんか目立つのかな、隠れてても敵に見つかることもあるからなあ」
自分のダメなところを話しているのに、太鼓鐘の口調には嫌味も卑屈さもない。本来の陽気な性質からあふれ出すからっとした明るさが場合によっては重くなりがちな話を陰鬱にさせないのだろう。
だから耳を傾けていても嫌にならないのはきっと彼の持ち味だ。
「太鼓鐘にも悩みあるんだな」
「そりゃ俺だってあるぜ。なんせここには誰かさんの口癖じゃねえけど、名だたる名剣、名刀ばっかだもんな。お前のところの粟田口の兄弟だって、大大名たちの誰もが欲しがる憧れの刀だったろ? 自分よりもすごい謂れのある刀がいっぱいで、自分で自分に自信を持ってなきゃ劣等感でつぶされちまう。だから俺は俺の由来である前の主のいた伊達家のことは誇りにしてるぜ。あの家にあって大事にされたから俺は今も刀として名を残したんだ。でもここに顕現して敵と戦うならそんなのよりも俺は力が欲しい。俺はみっちゃんたちと肩を並べられるようにもっと強くなりたいんだ」
右手を肩まで上げてぎゅっとこぶしをつくる。
「それに短刀たちの間だけじゃなくて、脇差や打刀、太刀にだって負けねえ力が欲しいじゃねえか。ちがうか」
力説する太鼓鐘の眼は輝いている。本気でそう思っているのが感じ取れた。
「俺は伊達のみんなと出陣している永享で足手まといにならないようにしたいんだよな。敵の奴ら、俺を一番やりやすいって狙い撃ちにするからすぐ重傷にさせられちまうのがほんと悔しくて。やっぱあそこで刀装一個ってきついよなあ。あ、俺の事ばっかしゃべってたな。包丁もなりたいって目標あるんだろ?」
「俺は・・・」
みんなの背中が見える。壁になるように敵から立ちふさがってくれる粟田口の兄弟たち。その中でひときわ誇り高く、皆を庇護するかのように凛々しいいち兄の高い背中がある。その背が守ってくれているのがわかるからとても安心する。だけど。
口を開いて一瞬ためらう。こんなこと言うのはおこがましくて、でも言わなければ本当にはならない気がして、ありったけの勇気を振り絞る。
「俺は守ってもらうんじゃなくて、みんなを守れるようになりたいんだ。いつまでも粟田口の末っ子でいるわけにはいかないぞって」
兄弟たちと同じ立ち位置で敵に立ち向かえるようになりたい。守られるんじゃなくて、頼られるようになりたい。
俺だって世の中の誰もが嘱望した粟田口が一振り。かの家康公が所持した愛刀。皆が望む刀に似合うだけの力が欲しい。
「だよな。やっぱ俺もおまえも刀なんだな。あーあ、俺たち早く極修行に行けないかな」
「でもこれって来た順番なんだよな。だったら俺一番最後になるんだろ」
「たしか主の予想だと短刀全部先になるんじゃないかって言ってたから、不動、信濃、俺に包丁の順番だって言ってたかな」
「うー、やっぱりそうじゃん」
唸り声をあげてがっくり肩を落とす。ここでも末っ子扱いだ。
落ち込む包丁の鼻を何かがくすぐった。甘い芳醇な香り。少しずつその甘い匂いは強くなっていく。
「お菓子の匂いだ!」
ぱっと顔を明るくした包丁はスキップしながらオーブンに向かう。
天窓からのぞくとオレンジ色の光に照らされてクッキーの生地がふんわり膨らんでいた。
「おいしそう・・・」
「うん、この調子ならうまくできそうだよ。包丁君も頑張ってたからよかったね」
「みっちゃん、俺は?」
「もちろん貞ちゃんもだよ」
「えへへへ」
しばらく待つと機械が音を鳴らして出来上がりを知らせた。分厚い手袋をはめた燭台切が鉄板ごと焼きあがったクッキーを取り出した。
包丁と太鼓鐘は目を輝かせて自分たちが作ったクッキーを眺めた。
「うわあ、すごいや。これ本当に俺が作ったのか?」
「そうだよ。初めてなのにすごく上手にできたね」
ほめ上手な料理の先生は次に鯰尾と骨喰の作ったクッキーの生地をオーブンに投入しようとして手を止めた。
何とも言えない表情を浮かべて脇差の二振りの方を見やった。
「鯰尾君、これは・・・」
「え、ダメですか。ちゃんと食べれるはずですけど」
「そういうことじゃないんだけど。まあ、君がいいならいいけどね」
あきらめに満ちた声でそのまま鉄板をオーブンに入れて焼き始めた。
厨房の隣の小さな食堂に場所を移してそこで焼きあがったクッキーの粗熱を取っている間に、カラフルな色合いの袋やリボンの入った籠が目の前に置かれた。
「これにクッキーを入れて、プレゼント用の包装をするんだ。こういうのは君たち得意なんじゃないかな」
「もちろんだぜ、みっちゃん。伊達仕込みの抜群のセンスを見せてやるぜ」
「きれいなのいっぱいだ。この綺麗なのでお菓子をかわいく飾ればいいんだろ」
これとこれとと粟田口の兄弟たちの分をそれぞれ選んでいく。作るのも楽しいけど、渡す人のことを考えて選ぶのも楽しい。
それぞれの袋にクッキーを詰めていると、鯰尾たちのクッキーもどうやら焼きあがったようだ。
それを一つ手に取って鯰尾は勢いよく得意げにほかのみんなに見せた。
「どうだ! 鯰尾様特製の馬糞型クッキーだ!」
黒い色をしたクッキーはそれっぽく見えるような楕円形で、中央にはご丁寧にも馬糞と書かれている。
「どうしてこれだけこうなったのかよくわからないけど、表面も浮き上がってゴツゴツしているよね。なんか本当にそれっぽくなっちゃったというか。鯰尾君、本当に僕が言った通りココアパウダーしか入れていないよね」
「もちろんですよ。だからちゃんと食べられるはずって言ったじゃないですか」
「だからって、これをみんなにあげるのはどうかと思うんだけど・・・」
「兄弟が馬鹿なのはいつものことだからな。仕方がない」
横で先に自分のクッキーを袋に詰めていた骨喰がポツリとつぶやく。
「あー、そんなこと言うか」
「兄弟にそれを渡したらあとで俺たちがいち兄に怒られる。みんなには俺のをあげればいい」
確かに見れば骨喰の作ったものは形の綺麗に整ったいかにもおいしそうなクッキーだ。鯰尾の得体のしれない物体よりはきっと兄弟たちも喜ぶだろう。
だがそれで納得できないのは鯰尾だ。
「えー、せっかく作ったのにもったいないだろう」
「それはそういうのを喜ぶ奴にあげればいい」
表情を止めてしばし考え込んだ鯰尾は何か思いついたのかぽんと手を打った。
「そういえばバレンタインデーにやられたお返し、まだしてなかったっけ。わかった、俺のはそっちに回すよ」
「そのほうがいい」
「誰にあげるのか、なんとなく聞かなくてもわかったけどね・・・」
額に指を当てながら眉根を寄せて燭台切がつぶやく。
その間にも包丁たちはせっせと自分たちのクッキーをラッピングしていく。
「おー、そのリボンと袋の組み合わせいいな!」
「そっちは何か見たことのある色合いだけどこれってなんだ?」
「これか? みんなの色を袋とリボンで表現したんだ。鶴さんは白と金だろ、加羅ちゃんは赤と黒に金のライン。みっちゃんも黒いなかに金のアクセント・・・ってこうやって見ると伊達のみんなって金色が多いな」
むーと難しい顔で太鼓鐘が袋を手にして眺めていると、向こうの厨房にいた燭台切が声をかけてきた。
「貞ちゃんも包丁君もできたかな」
「あ、だめだぜ、みっちゃん。クッキーは見てるかもしれねえけど、ラッピングは渡すまで見るなって言っただろ」
「ごめんごめん、大丈夫まだ見てないから安心して。それにしても君たちすっかり仲良しになったね」
言われて思わず二人で見つめ合うと、にかっと笑い合った。
テーブルの上にはたくさんのラッピングされた袋が並んでいた。
これからみんなが帰ってきたらあげるんだ。いつももらってばっかだから、きっとびっくりするだろうな。
渡すときのことを想像して包丁は幸せな笑顔を浮かべた。
ホワイトデーのお返しにクッキーを作りましたというお話。
包丁君は最後に来た粟田口なので末っ子なイメージ。でも負けん気と芯の強さは粟田口のみんなと同じだと思う。
うちのいち兄はもらったら泣きそうだ。
短刀 包丁藤四郎 練度最高値到達 二〇一七年三月十二日
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