ゆめうつつ

刀剣乱舞・文豪とアルケミスト関連の二次小説。主にコメディ中心。

連隊戦 ~監視~

 画面の向こうでは第一部隊が無事に最後の敵を切り倒した光景が映し出されていた。

 高速槍が襲ってくるこの局面ではいかに頑丈な刀装を装備してもそれをすり抜けて、直接本体へ仕掛けてくる攻撃をしのげるかにかかっていた。彼らが受けたのは一撃くらいで、それほどの傷にはなっていないようだった。

 新たに編成された部隊はこれで第三波目の敵の攻撃をしのいだ。戦いの最中いくつか刀装が削られたが、この先の敵の強さを考えても無くても大丈夫なはずだ。

 椅子に腰かけながら、主は首を上に向けてその大きな画面を見上げていた。

 この本丸の刀たちは強い。数えきれない戦場を駆け抜けてきただけのことはある。それは自分もずっとここから見てきたから知っている。

 練度の高い刀を各部隊から下げてまだ修練の必要な刀と交代させたが、この分なら大丈夫だろう。やはり彼は仲間たちの修練具合をよく見て部隊配置を考えているようだ。

 場面が変転する。暗闇の中からにじみ出るように現れた敵に、士気高らかと第一部隊が挑みかかってゆく。

「いけそうだな。陸奥守もよく隊をまとめている」

 ひとり言のようにつぶやかれたその低い声を聞いて、主の動きが止まる。かすかに語尾を震わせながら主は背後に控える彼に声をかけた。

「あの、いつまでここにいるのですか? まとめる報告書とか溜まっているのでは」

「何言ってるんだ。今の俺の仕事はあんたの見張りだ」

 迷いもなく言い切られた。何度同じことを繰り返しただろう。いくら問いかけてもその答えは同じ。

 腕を組んで壁に寄り掛かった姿勢のまま、山姥切はさきほどからそこから動いてはいなかった。

 主は小さくため息をつくと、椅子を回して彼の方に向き直った。もう一時間以上彼は自分の背後にいたはずだ。

 憮然とした様子で目を細めながら、山姥切はこちらを注意深く見張っている。

 彼は連隊戦における第一部隊隊長を他の者に任せ、今は出陣部隊から外れている状態だった。だからこそ審神者の見張りなどという無期限拘束される役目を自らかってでたのだろう。

「私は一人でも平気だよ、切国」

 油断させようとにっこり笑いかけても彼の堅い表情は崩れない。

「だからどこからその自信が出てくるんだ。俺はつい数日前にあんたがここで腰を抜かして動けなくなったのを忘れてはいないぞ」

「・・・それはそうなのだけれど」

 忘れたい過去を突きつけられて主は力なくうなだれた。

 頭を覆う布と長い前髪が彼の目元を隠してはいるが、その双眸はきつくこちらを睨みつけているのはわかる。

「だいたいあんたはじぶんのことをちゃんとわかっているのか。他の奴らを心配させたくなかったら一人でうろうろしないことだな」

 動けなくなったあの日以来、彼は自分が本丸の指令室であるこの部屋にいる間ずっと後ろにつき従っていた。何かを積極的に話しかけるでもなく、ただじっと部屋の片隅で気配を消すように黙っている。

 ただその眼だけは常に自分に注がれていた。目元はいつもかぶっている白い布で遮られて、彼が何を思ってこちらを見ているかまでは図ることができない。

 見た目にも線の細い主は自分の腕に目を落として、苦笑いを浮かべる

「いつもそんなに私は簡単には倒れたりしないよ」

「どうだか。あんたの言葉はいまいち信用できない時がある。ここではあんたに万が一のことがあれば俺たちの存在は維持できない。審神者のあんたがいなけれれば俺たちは人の器を失って刀に戻らなくてはならないんだ。あんたはそれを望むのか?」

「そんな未来、私は望んでもいないよ」

 言いながら主は目をつぶって天を仰ぐ。

 刀たちから不意に投げつけられる厳しい言葉。主としての自覚を、立場を、思い直せと突きつけられる。

 ここにいる山姥切もどうでもいいというそぶりを見せながらも、実は一番厳しい言葉を投げつけてくる。関心がなければそんな鋭い意見は言わないはずだ。

 この身の安寧はもはや自分だけのものではない。今は多くの刀の魂を背負っている。

 自分を見張ると言ってきかない彼は何を思ってこの背中を見つめているのだろう。

(少しは心配してくれるのだとうれしいのだけれど)

 だがそんなこと口にしようものならきっと怒り出すに違いない。自分自身ですらこじらせて気難しい彼から本音を聞きだすのはたやすくはない。

 その間にも戦局は動いていく。第三部隊まで交代し、敵の本陣へと乗り込んでいこうとしている。

 一刀のもとに切り倒される敵もいれば、装備を削っただけで敵本体に傷を負わせられない場合もあった。

「短刀たちが頑張っていますね。ただすこし敵を倒すのに手こずっているようにもみえます。この状況、切国はどう思います?」

 突然問われて顔を上げた彼は少し驚いたような表情を浮かべたようだ。しばし考えるそぶりを見せて、落ち着いた声音で答える。

「この局面は闇が深くて打刀や脇差だと打撃が足りなくなる。敵が闇にまぎれてこちらの間合いを取るのが難しいからな。こういう場所では極となった短刀の力がなければ難しい。あいつらは闇の中で最も眼が見える。だからこそ間合いも間違わない。ただ、各部隊に配置するとなると極は数が足りないのは事実だ。もうすぐ乱も修行から帰ってくる。そうすれば交代要員の余力ができて、戦力的にもだいぶ楽になるはずだろう」

「なるほど。さすが第一部隊隊長を長く務めただけはありますね。よく戦局を読んでいます」

「・・・これくらい他の刀でもわかることだろ」

 賛辞すら素直に受け取らない。己に卑屈で、それでいながら刀としての矜持は誰よりも誇り高く。

 矛盾を抱えたこの刀が傍らにいることは嫌ではない。むしろ心地よい。この本丸での戦いが始まった時からずっと彼は自分の傍にいた。

 主は前を向いたままの刀を横目で見た。

 かつては誰かが寄り添ってくれるぬくもりを知らなくてもいいと思っていた。

 自分に与えられたものはいつか近いうちに失うはずだと思い込んでいたから。

 だけど今となってはもう、この温かな安らぎを失いたくはなかった。

 ―――守りたい。ここの主として刀たちを一振りたりとも失いたくはない。

 主は着物の袂の陰に隠した手を思いを込めて強く握り締めた。

 それは、望んでもいい願いなのだろうか。

 


 主が出歩くときは誰かしら付き添いが付きます。どこかで倒れられたりしたら困りますからね。

 最近は調子が良かったせいか、みんな油断していたようです。先日動けなくなったせいで第一部隊から外れた山姥切が専属で見張ってます。

 戦局や部隊の様子をよくわかっているので、主にアドバイスを与えることも。ただ自分からはあまり言いませんが。

 連隊戦は長いです。きつい・・・。

 

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