再戦 ~厚・薬研~
星も輝かぬ闇夜に沈む巨大な城郭は息をひそめて静まり返っている。天に上る月もなく、あたりは深遠の闇に隠れていた。
この国を治めるこの城のまわりには普段ならば見回りの警備の武士や酔客目当ての屋台などがちらほら見かけるのだろうが、彼らのいるあたりにはなぜか人の気配はなくひっそりとしている。
それはこちらにとっては好都合。闇に慣れたこの眼は照らす光なくとも先を見通せる。この時代の者の目に留まることなく、存分に暴れられるというものだ。
「あいかわらず嫌な気配が漂ってるよな」
江戸城の大手門にほど近い大名屋敷の屋根に座りながら、厚藤四郎は黒く浮かび上がる城をじっと見つめていた。
この部隊の隊長を任された厚は敵地から離れたこの場所で様子をうかがっていた。他の奴らは偵察に散っている。残ったのは厚と傍らで腕を組んで何やら考え事をしている薬研藤四郎だった。怜悧なその横顔は戦場に来ると不意に感情を消して、人を惹きよせぬ物憂げな表情を作る。
しかし厚にとっては本丸で古くから共にある兄弟刀だから、そんな時でも気にせず話しかけることはできたが。
黙ったままの薬研に向けて厚は本丸にいる時と何ら変わらない口調で声をかける。ただし視線だけは目の前の江戸城から離さなかったが。
「何で時間遡行軍の奴ら同じところばっか狙てくるんだろうな」
「仕方ねえだろ。人の思惑が重なり合う時は歴史改変の可能性が高くなる。この時代の江戸は戦こそないが、一番人の欲が入り混じったところじゃねえか。何か一つ歴史の筋道を変えるだけで、後の歴史が大きく変わっちまう。そういうところを狙ってくるんだろう、あいつらは」
「そうだけどよ、薬研。何度も何度も同じことを繰り返して懲りねえと思わねえか。阿津賀志山なんて時間遡行軍の奴らどんだけ出たんだよ」
「そういや今、和泉守の旦那が日向を連れて行かされてたな。仕方ねえさ、あの時代は武士の時代の始まりでもあるからな。上の奴の命を落せばいくらでも歴史は変わっちまうだろう。だから馬鹿の一つ覚えみたいに何度もあいつらはやってくるんだろうが。だがな厚、俺たちと違ってあいつらは本当に繰り返していると分かっててやってると思うか?」
「は? なんだよそれ」
「知らなきゃそれは繰り返しているって言わねえんだよ。・・・おっ、帰ってきたみてえだな。そっちはどうだった?」
厚に謎を残したまま薬研はそこで話を打ち切って、帰ってきた仲間たちの方へ顔を向けた。その顔は普段の面倒見の良い彼に立ち戻っている。
「言われたところ見てきたけどさ、いるぜ、うじゃうじゃと」
面倒だと言わん顔で後藤藤四郎がうんざりした声を漏らした。その後を眷属の虎の頭を撫でていた五虎退が続ける。
「姿は前に遭遇した敵と変わらないようですけど、少し前より強い気がします」
「まじか」
「だがやるしかないだろ、さてどうする隊長」
不敵に口元に笑みを浮かべる薬研が厚に指示を求めてくる。あごに手を当てて考えてみた。
敵の大将がいる場所までは一直線に進むしかない。あまり時間をかけては歴史を変えられてしまう。以前の行軍の時の記憶と、偵察をすべて考慮してもこれといった奇策は浮かばない。
「正面突破しかねえよなあ」
厚の言葉に各々頷く。真っ向正面な策だが他のみんなもそれしかないと思っていたようだ。
「ただし敵に突っ込むようなまねはするな。なるべく仲間でまとまって進むんだ。あいつらはめちゃくちゃ硬いから、単騎で飛び込んだって一撃じゃまず抜けないからな。誰かが装備を壊して、そのあと別の奴がすぐさま止めを刺す。そうやって敵を一つずつつぶす方がいい。俺たちが前とは違うところを見せ付けてやるんだ」
「今回は政府が資材とか全面的に支援してくれるみたいだからな。後方支援は十分ってことだ。大将は後のことは気にせずに存分に戦って来てくれって言ってたぜ」
「本当にいいって言ってたんだろうな、薬研。ここの奴らは刀装も容赦なく壊してくるだろ」
「だから平気さ。大将が長谷部の旦那たちを説得してくれたからな」
本丸の物品管理を任されている長谷部がいいと言ったならいいんだろう。まあ、大将が後で大変だろうけども、使いまくる予定の俺たちがちゃんと資材集めを手伝えばいい。
立ち上がった厚は後ろに控える薬研たちを見回す。この時代が初めての後藤は少し顔がこわばっているようだが、他の者たちは目の奥に鋭い光を宿らせている。手痛くやられた以前の戦いに報いるためにずっと力をつけてきたのだから。
傍らの薬研に視線を向けて同意の頷きを得ると、厚は両手で兜の尾を締め直して不敵に笑った。
「さあ、行くぞ。前の俺たちとは違う問いことを見せてやろうぜ」
第一部隊 延享江戸城周回部隊
隊長 厚藤四郎
薬研藤四郎
五虎退
愛染国俊
後藤藤四郎
小夜左文字