ゆめうつつ

刀剣乱舞・文豪とアルケミスト関連の二次小説。主にコメディ中心。

焚火 ~物吉・鯰尾~

「あ、浦島さん。そんなに急いでどちらへ」

 脇差の部屋へ行こうとしたところでばったり廊下で出くわした物吉は、あわててどこかへ行こうとしている彼にけげんそうに尋ねた。浦島は足踏みしながら困った顔をして答えた。

「今うちの兄ちゃんたちがすごい険悪な雰囲気になっているらしくて、俺仲立ちに行かなきゃならないんだ。もし用があるなら、後ででもいいかな」

 浦島の属する虎鉄派の兄弟たちは複雑な生い立ちが絡むせいか、長曽根虎鉄と蜂須賀虎鉄の二人の間がものすごく微妙だ。その間に立って、浦島はなんとか仲をよくさせたいみたいだが、はっきり言ってその道のりは遠い。

 それでも決してめげずに二人の仲を取り持とうとする浦島はどこまでもけなげだ。それぞれにプライドが邪魔して仲良くなれない二人の兄もこの弟だけには甘い。

 さすがに慌てている彼の邪魔はできない。

「いえ、こちらは後でも構わないことですから。急いでご兄弟のところへ行ってあげたほうがよろしいと思いますよ」

「うん、俺が行けばきっと大丈夫なはずだよね!」

 元気に笑いながら浦島は手を振って去って行った。

「兄弟・・・か」

 脇差部屋のこたつに入りながら一人で物吉は湯呑にお茶を注いでいた。

 骨喰と青江は出陣、堀川は歌仙の手伝いで家事に大忙し、鯰尾はたしか畑の内番の手伝いだったはず。

 ここに来れば誰かしらいつもいるとは思っていたけど、今日はめずらしく誰もいなくて普段はにぎやかなこの部屋もがらんとしていて静かだ。

 物吉は熱いお茶に息を吹きかけてゆっくりと口をつけた。

 この本丸に来た時はすでにここはたくさんの刀がいてにぎやかで、脇差も自分で六振り目だったから、仲間たちはたくさんいた。だからいつも誰かしらそばにいたものだったけど。

 連隊戦が始まって多くの刀たちは本丸から出払っている。残った者たちもいろいろと忙しいので、練度の都合から部隊から外れてしまっている物吉みたいにたまに何もない者が出てきてしまう。

 普段だったらここには来れば誰かが笑いかけてくれた。

 ちょっと仕事の合間の休憩がてらにここに来て、誰かと話して笑えればそれでよかったのだけれど。

 一人きりの時ほどいつも考えないことをふと考えてしまう。ここに来てから一人きりということがほとんどなかったからこんなことは初めてだ。

(兄弟ってどんなものだろう)

 顕現する可能性のある刀の中に、物吉と同じ貞宗の名を持つ刀が二振りいるらしいと主が言っていた。この本丸の中も同派と言われる刀たちの絆の深さは見てきている。だとしてもまだほとんど会ったことのない刀を同じ刀派だと、兄弟だと言われてもうまく実感ができなかった。

 それでもいないといるとではまるで違うのか。

 困ったことが起こっているはずなのに、さっきの浦島の顔は大変とかそういう感情以外のものが混じっていた。

 湯呑を置く音すら、誰もいないと大きく聞こえてしまう。

(こういう時に独りっていうのを実感してしまうんだよね)

 ことんと頭をこたつにつけて顔をうずめた時、いきなり威勢の良い音を立てて障子が引きあけられた。

「あ、物吉、ちょうど良かった! 手伝ってほしいことがあるんだけど!」

 現れたのは脇差でもっとも元気な鯰尾だった。畑からそのまま直行してきたのか、顔や体のいたるところに土汚れがついている。

「ボクでお役にたてればいいですけれど・・・」

「よっしゃ! じゃあ、ちょっと庭に出てくれる? 簡単なことだから大丈夫だって」

 

 庭に出ると先に行っていた鯰尾がどこからか集めたのか、大量の落ち葉を山のように積み上げていた。

 本丸の庭の落葉樹はもうすっかり枝から葉を落として丸裸だというのに、どこにこんな落ち葉があったのだろう。

「ちょっと秘密の隠し場所に隠しておいたんだ」

 よしっと気合を入れて立ち上がると、彼は額に浮かんだ汗を腕でぬぐった。

「あとは物吉はこれよろしく。俺は火おこしの準備をするから」

 気軽に投げ渡された竹の駕籠には綺麗に泥がぬぐわれて洗われたさつまいもが入っていた。薄い金属のアルミホイルという物体も入っているところを見ると、これで巻けということなのだろう。

 地面につかないように腰を下ろして、物吉は丁寧な手つきで芋を一つ一つ包んでいった。

 その間に鯰尾が手慣れた様子で火を起こす準備を始めた。さすがにここでは昔と違い火打石で火起こしなどはしない。ライターというスイッチを押せば火がつく便利な道具を使うようだ。だが落ち葉にうまく火をつけて、芋にいい感じに熱が回るように火を操るのは結構技術がいる。

 だが物吉は火と目の前の鯰尾がうまくかみ合わなくて少し目を細めた。

 そんな様子も背を向けているためか気にせずに、鯰尾は一人楽しげな声で話し出す。

「さっき収穫してた畑の中にさつまいもが残っててさ、これで今年はもう最後なんだって。だったら落ち葉もあるから焼きいもにしようって思って持ってきたんだ。もうずいぶん寒くなって来たし、みんなもあったかい芋食べたら嬉しいかなって思ったんだ。焼き芋ってなんかおいしいもんね」

 積み上げられた落ち葉から細く煙が上がる。うまく火がついたようだ。

「物吉、芋の準備はできた?」

「これでいいですか」

 丁寧に包まれた芋を受け取って、鯰尾はにっこり笑う。

「さすがいい仕事をするな。俺だったらけっこう雑になるもん」

 火が回り始めた落ち葉の中へ二人は芋を一個ずつ間を開けて入れていった。葉の焼ける匂いが漂い始める。

 赤く燃え上がっていく炎を鯰尾の黒い瞳がじっと見つめている。

 それを横目で伺いながら問うべきかと悩んでいると、不意に鯰尾が物吉の方を向いた。

「俺、ほんとは炎って苦手なんだろうね。たぶん」

 何ともないかのように、朗らかに笑いながらそう言った。言葉に詰まって物吉は何も言えなくなる。

 変わらない。いつもの陽気な鯰尾と何ら変わらない笑顔と声音。だけどそれだからこそ言葉に得体のしれぬ影が見える。

「でも記憶がないから。燃やされたはずなのにすっぽりその記憶が抜け落ちてる。だから怖いって記憶も忘れているんだ。兄弟には炎を見ればあきらかに顔色が変わるの奴もいるけれど、俺はなぜかそういうことはない。でも怖いんだ。いつか突然思いだして、炎を見て取り乱すかもしれないのが」

「でも君は自分でこの落ち葉に火をつけていたよね」

「うん、だから今は平気。でもいつまでも平気かはわからないから。そんなときそんな姿を弟たちには見せたくはない。俺、こんなんでも一応お兄ちゃんしているから、みっともない姿を見せて心配させたくないんだ」

 落ち葉の方を向いてうつむいているせいで、その表情はよく見えない。だけど、その声音はどこまでも落ち着いていた。
 手にした長い枯れ枝で落ち葉をかき回す。甲高い音がして火がはぜた。

「今日だって焼き芋をしたら弟とかみんなが喜ぶかなって思って気軽に考えたけど、でも一人でやるのはちょっとどうだろうなって気づいて。何があるかわからないからさ。そんな時に誰かしっかりした奴がいてフォローしてくれればいいなーって思ってたから、さっき物吉がいてくれてラッキーって思ったんだ」

 物吉の胸がかすかに痛んだ。

 炎、それは大阪城の記憶。焼け落ちてゆく天下の名城の中で、滅びゆく一族と運命を共にするはずだった刀たち。過去の栄華も誇りもすべて赤い炎が呑み込んでゆく。

 物吉はその光景を勝者の陣幕の中でかつての主のそばで見つめていた。

 うずく胸の痛みを服を掻き抱いて押えながら、物吉は叫びかけた。

「鯰尾さん、ボクは・・・!」

 それを遮るように、鯰尾がばしんと物吉の背中を威勢よく叩いた。

「俺は過去は気にしないことにしているんだ。だから物吉も気にすることないよ!」

 にっこりと満面の笑顔を浮かべて彼をさらにばんばんと叩く。鯰尾は自分よりも練度が高いから叩く力も強くて結構痛い。

「でも俺がらしくないことを言ったのはほんとだよね」

 そう言って鯰尾はゆっくりと鎮まってゆく炎の残り火を見つめた。えいっと気合を入れてがさがさと落ち葉をかき回す。

「お、あった!」

 燃えた落ち葉の残骸から枝に突き刺して取り出したのは先ほど入れたさつまいもだった。アルミホイルでくるまれたそれを、鯰尾はやけどしないようにはがしてゆく。中から出てきた芋はところどころ焦げながらもホカホカとおいしそうな湯気が立っている。鯰尾はそれを手で半分こにした。

「はい、どうぞ」

 突き出されたそれと鯰尾とを交互に眺める。

「あの、これは」

「作業した奴の特権でしょ。こうやって食べるからおいしいんだよ」

 自分の分を手にして、物吉に残りの半分を押し付けるように手渡した。

 おそるおそるそれを口にする。触れた唇があまりの熱さにやけどしそうになったが、歯を立てて食べると焼いた芋の甘味が十分に口の中に広がる。

「おいしいでしょ。あとで兄弟たちにも持っていかないと」

「兄弟と食べたら、おいしいんでしょうね」

 物吉のその言葉に、けげんそうな面持ちで鯰尾が振り返った。

「それもそうだけど、俺は脇差のみんなと食べても同じくらいおいしいよ。だって大切な仲間だろ」

 鯰尾の何気ない言葉に心にかかっていたかすかな靄が消えていく。

「そうですね・・・」

 今は同じ刀派がいなくても、でも自分には同じ脇差で受け入れてくれる仲間がいる。

 たとえかつては敵同士だったとしても、この本丸ではそれは過ぎ去った遠い過去であり、今のことではない。

「早く食べてしまって、鯰尾さんのこのおいしい芋を皆さんに届けましょう」

 


「そう言えば貞宗派ってあと二振りいるんだよな。何か知ってる?」

 焼き芋を本丸の人たちに配りながら、鯰尾は突然聞いてきた。

「うーん、ボクも一緒にいたわけではないから良くは知らないのですが・・・」

「伊達にいた太鼓鐘っていう短刀なら燭台切さんが聞かなくても無理やり教えてくれるから本人に会ったことないのに結構知っているんいるんだけど、もう一振りは完全に謎だな。主に聞いてもなんか言葉にごすし」

「そうですね、なぜかボクにも教えてはくれないんです」

「なんでだろうね」

「なんででしょうね」

 

 

 いつも明るい鯰尾君。いつも一緒の骨喰が影を背負うなら、彼はつねに陽気な子。

 でもどこかになにか記憶の底に引っかかるものがあるんじゃないかとは思います。

 それを明るさで吹き飛ばしそうな気もしますが。

 あと、物吉君にはごめんとしか言いようがない。かつての愛染と同じ状況がこの本丸で発生している。

 貞ちゃんのお迎えははたしてどのくらいかかることか・・・。

 亀甲さんは・・・あとでいいか。いやいやいや。

 

 脇差 鯰尾藤四郎  二〇一六年十二月二十三日  練度最高値到達
 

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