ゆめうつつ

刀剣乱舞・文豪とアルケミスト関連の二次小説。主にコメディ中心。

月闇 ~堀川・三日月~

 長い戦のねぎらいにと本丸で時折開かれる宴は、今日も夜が更けるころには騒がしさもたけなわになっていた。

 いつもは皆が食事をする大広間で、にぎやかな笑い声がこだまする。小さな短刀や一部の脇差たちはもう自室に引き上げたようだが、大人のなりをした刀たちはまだ宴は始まったばかりと飽くことなく酒の入った盃を傾けていた。

 新撰組の刀たちのところで座っていた堀川は、部屋の隅の柱に寄りかかるように皆から離れて杯を傾けている山姥切に目を止めた。自分の傍らにいる和泉守は陸奥守と酒比べをしてまだ終わりそうにない。

 酒の入った徳利を手にして、散乱しつつある畳の上を器用によけながら彼の元へと近づいた。

「兄弟、一人なの? 山伏兄さんは?」

「あれだ」

 盃を持っていない手ですっと少し離れた向こうを指さす。

 酒を飲んでもまるで変わらない豪快な笑い声をあげながら山伏は、粟田口の一期一振と膝を突き合わせて互いに杯を交わしていた。

「まったく、貴殿の弟君たちはみな素直で明るくよい子ばかりであるな。このあいだも拙僧が遠征した時もみな自ら先だって資材集めに働いてくれたのだ。これも一期殿の薫陶ゆえであろう」

 山伏国広が顔色を全く変えずに盃を飲み干す。その乾いた盃にごく自然なしぐさで一期一振が酒を注いだ。

「いえいえ、山伏殿の兄弟たちもしっかりしたものではありませんか。堀川殿はこの本丸の家事管理を任されておりますし、山姥切殿にいたっては主の元で長谷部殿と勤めているではありませぬか。その二人に慕われている山伏殿もまた素晴らしき御仁とお見受けいたしまする」

 ほんのり酒で頬を染めながら、一期一振が照れながらも微笑んだ。

「いや、兄弟の手柄は兄弟のものよ。拙僧はただ見守ってやるしかできぬのでな。だが兄弟どもはかけがえのない誇れる存在よ。粟田口でもそうではないのか?」

「ええ、まことに。弟とはなんと愛しいものですな」

「そうだな。目に入れても痛くないほどにな」

 少し離れていてもその会話は部屋の隅にいる国広の二人にも聞こえていた。

 過ごした酒のせいなのか、それとも兄弟の会話に照れているのか、布に隠れた耳まで顔を赤くして顔をしかめている。

「まったく、ほかの奴らがいるところでなんて恥ずかしい話をしているんだ」

「まあ、一期さんとは顔を突き合わせれば必ずお互いの弟談義で話が弾むからね。しかたがないよ」

 堀川は広間の向こうから自分を呼ぶ声を聞いて振り返った。陸奥守と肩を組みながら顔を赤くした和泉守が大きく手を振って手招きしている。

 反射的に腰をあげかけて堀川は振り返った。

「僕は兼さんに呼ばれたからあっちに戻るけど、兄弟も一緒に来る?」

「いや、俺は少し飲みすぎたから外にでも風に当たってくる」

「いいけどもう寒いんだから長く外にいすぎちゃダメだよ」

 小さく頷くとふらりと縁側の廊下へと出てゆく。一人にさせるのは少し心配だったけれど、後で見に行ってみようとさらに大声で呼んでいる和泉守の元へ向かった。

「はーい、まっててよ、兼さん!」

 

 あの後、新撰組と織田組の刀の間で飲み比べが始まってしまったのに巻き込まれてしまった。おかげで兄弟と別れてからかなり時間がたってしまっている。和泉守も織田の者達も大半が酒につぶれて倒れている。無事なのは堀川を含めた数振りだけだ。

 かなり飲んだはずなのに酔っているそぶりもかけらも見せず、堀川はそっと宴会場の部屋を抜け出すときょうろきょろとあたりを見渡した。

(ここには戻ってないけどまだ風に当たっているのかな。もう部屋に戻っているならいいんだけど)

 冬にさしかかろうとしているこの季節はさすがに外気にあたる縁側の廊下は寒い。ここにずっといたら体が冷え切ってしまうだろう。

 床板から冷えが伝わってくる廊下を探しながら歩いていった。宴会場の喧騒も次第に遠くなる。中庭を囲む回廊に入ったところで、廊下のずっと先に見覚えのある白い布の塊が柱にもたれているのが目に入った。

 縁側のふちに腰を掛けながら酒の酔いもあるのかそのまま寝てしまったらしい。苦笑した堀川だったが、このままにしておいては風邪をひいてしまうだろう。

 とりあえず起こすために声をかけようとしたところで堀川の動きが止まった。

 

 

 空にかかっていた月が雲に隠れていく。柔らかな月光は次第にどこかへ消えていった。本丸の明かりの届かぬ暗がりに真の闇が舞い降りる。

 暗い縁側に一人、柱に頭を預けるようにして山姥切は眠っていた。飲みすぎた酒と連日の出陣による疲れとで意識を保てなくなったらしい。縁側に腰を掛けてぼんやりと月を眺めている間に、眠りに落ちてしまったようだ。

 疲れ切っているため、ぴくりとも動かない。眠りに落ちたた時にずれたのか、いつもかぶっている白い布が頭から落ちてその隠れていた顔が表に現れている。

 闇の中に深蒼の衣が広がる。いつからそこにいたのか。ただ眠りに落ちる山姥切の背後にひっそりと立っていた。

 ひそやかにそっと手を伸ばし、目の前に眠る者からこぼれ落ちる金色の髪に触れようとしたその時だった。

 三日月の首元に何かが触れた。

「兄弟にさわらないでください、三日月さん」

 首に鞘に入った本体を突きつけて、背後から堀川が静かに睨み付けていた。

 わずかに表情を止めた三日月は後ろを見ずに、ゆっくりと言葉を紡ぐ。

「これは堀川の。俺に悟られずに近づくとは、さすがに脇差とあって闇の中での接近はお手の物か。だがこの本丸では刀を用いての私闘は禁じているのではなかったかな」

「ご心配なく。抜刀しなければ問題ありませんから」

 冷ややかなその返答に、三日月も苦笑する。

「いささか乱暴な論理である気もするが、さすがは新撰組の刀よの。手段を選ばぬ」

 感心したそぶりの三日月の言葉にも、堀川はいっさい反応しない。その眼はただ己の兄弟に向けられた彼の指先にだけ注がれている。

「その手が少しでも兄弟に触れれば、僕は刀を抜くかもしれませんね」

 手にした本体を三日月の喉に触れるぎりぎりに寄せた。

 背中越しに放たれる静かな殺気にも三日月はいっかな動じない。

「この天下五剣に称せられた三日月宗近に向かって勇ましきことだな。練度が高くなったとはいえ、脇差のその身がいつも傍にいる打刀なしで俺に立ち向かうとでもいうのか?」

 ふっと表情を緩めると堀川は自信に満ちた笑顔を浮かべた。

「・・・兄弟を守るためなら。それに今は闇夜です。今ならば太刀であるあなたよりも戦えます」

 まるで戦場にいるかのような気迫のこもった堀川の言葉に、三日月は小さく笑うと伸ばしていた手を下した。

「興が覚めた。今のところはそなたの気迫に免じて引いてやろう」

 堀川は突きつけた本体を下ろすと、三日月と山姥切の間に入って立ちふさがった。その背に大切なものをかばうしぐさで、目の前に立つ月の化身を見上げた。その眼の中に月が見える。冴え冴えとした細く研ぎ澄まされた刃。

「そなたはもっと物事を割り切れる性質の刀かと思っていたが。これも縁をあの審神者に縛られたが所以か」

「え?」

 思わぬ三日月の言葉に堀川の目が軽く見開かれる。だが三日月はそれ以上言葉を重ねる気はないようだった。

 しばしにらみ合うように見つめあうと、不意に三日月は着物をひるがえし、本丸の向こうへと歩み去って行った。

 

 

 三日月の姿が見えなくなったところで、堀川はへなへなと崩れ落ちた。はあっと深く息を吐く。

 強気な言動を見せはしたが実際に対峙するとなるといいようのしれない圧力を受けた。あれが天下五剣たる貫禄なのか。

 後ろにいる兄弟は今の騒動など聞こえないほど熟睡しているようだ。その穏やかな寝顔を見てくすりと笑う。

「このままここにいたら確実に風邪をひくよ」

 自分よりも大きな彼を気合を入れて肩に担ぐ。全身でもたれかかられるとやはり重い。さすがに脇差と打刀の体格差は大きかった。

 それでも笑顔を浮かべたまま堀川は兄弟を引きずるように部屋へと運んで行った。

 

 

 何か企んでいるうちの本丸の三日月です。

 なんかいつもらすぼすとか勝手に言っているせいで、こんな風になってしまった。

 堀川君は兄弟が大事なので得体のしれない三日月さんを近づけたくないようです。今のところまんばくんも嫌がっているしね。

 山姥切はある程度の酒を飲むとつぶれそうですが、山伏と堀川君はなんか強そうだしつぶれなさそう。

 兼さん? 兼さんは飲んで思いっきり騒いで潰れます。そして翌日堀川君に怒られる。

 

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