ゆめうつつ

刀剣乱舞・文豪とアルケミスト関連の二次小説。主にコメディ中心。

月の宴 ~歌仙兼定~

 朝餉の片づけが終わったころ、主から部屋に来てほしいと伝言を伝えられた。

 この僕に来てほしいというとどのような用件だろう。庭から流れ込む風が肌に幾分涼しくなってきたから、夏の薄い着物を片付けるのを手伝ってほしいということだろうか。それとも主の部屋の装いを秋めいたものに変えてほしいということだろうか。

 主は僕の季節の見立てを学ぼうとする姿勢を見せてくれる。やはり僕の主となるならば雅をわかってくれる方が嬉しいね。

 昨日は夏が戻って来たかと思わせるほど汗ばむ暑さだったが、今日は身体を動かしてもそれほど不快にはならない。

 ゆっくりでいいということだが主を待たせてはいけないね。

 主の部屋の床の間の花は変えた方がいいだろう。たしか南の方の庭にりんどうが咲いていたね。あれを数本手折ってそれに合う秋の草花も見繕って持って行こう。

 本丸の屋敷からなかなか外に出ることができない主の為にも、季節のうつろいを部屋の中でも感じることができるように。

 僕が主にしてあげられることはこのぐらいだからね。

 

 

「月見かい? そういえばもうそんな季節だったね」

 審神者の部屋へ呼び出しを受けて伺候した歌仙は目の前に座る小柄な主を見返した。

 主は歌仙にそろそろ十五夜なので月見の宴をしたいと告げた。たしか去年も、一昨年も月を眺めるというのは本丸でやっていた。だがそれは縁側にすすきと団子を飾るというささやかなもので、あとはお決まりの酒宴になってしまったが。

 新しい刀も増えたのでと主は言う。

 今年の夏の政府の指令は今までにない膨大なものだった。絶え間ない出陣と、連続する鍛刀でこの本丸の資材が枯渇しかけて長谷部と博多の顔が徐々に険しくなっていたのはつい最近のことだ。

「夏は忙しかったからね。政府も少しは僕らの事情も考慮してほしいものだよ。でも刀を本性とする僕らよりも、人である主の方が大変だったと思うが。身体の調子は大丈夫かい?」

 黒い髪を左右に振って主は大丈夫と気丈な声で返事をする。優しい表情を浮かべて歌仙に笑いかけた。

 顔色はよさそうだし、最近はどこかで倒れたという話も聞かない。最初の頃はあまりに体が弱くて、審神者としての任務に耐えられるのかと心配したものだが成長するにつれ体力もついてきたのだろう。

 そうでなければいくら霊力だけはあるとはいえ、現在本丸にいる六十数振りの刀を顕現させ続けるのは難しいはずだから。

 前年の事を思い出しながら歌仙は問いかける。

「例年のようにすすきと団子を飾って、広間で宴をするのかい?」

 しかし主はそれでは面白くないという。毎年何かしら趣向を変えた方が前からいる刀たちも楽しいだろうと。

 だが誰よりも楽しそうに笑っているのは主だ。季節ごとの行事で僕らと過ごすその時を主は大事にしていることを知っている。だからこそ歌仙はそんな主の願いをできる限り叶えたいとは思っていた。

 どうしたいのかと問うと、今度は庭でやりたいと。本当なら本丸の外のすすき野に遠出してやりたいけど、それは皆が止めるはずだからと。

 無理にわがままは言えない。それは主もよくわかっているのだろう。

 もし主に何かあれば、審神者を支えにして存在しているこの本丸の根源そのものが崩れてしまう。審神者がいなくなったがゆえに、立ちいかなくなった他の本丸の話を歌仙もいくつも耳にしていた。

 まだ若いながらも自身の役目の自覚をもつ主を歌仙は大事にしながらもただ見守っていた。

「本丸の庭で月見をするのであれば、侘びのある秋の月に似合うように庭を飾ってみようか。夏の任務終了の慰労を兼ねて、月を愛でながらのんびりするのもいいかもしれないね」

 それならば他の刀たちにもさっそく準備を手伝ってもらいましょうと主は言った。ほんの少しだけ歌仙の眉がひそめられる。

「秋の月は今年の豊穣を天に感謝して静かに眺めるものだからね。だからこそすすきとお供えを月に捧げるために飾るのだけど。しかしそれをわかっている刀がこの本丸にどれだけいることか・・・」

 最期の呟きは歌仙の口の中だけに低く剣呑に響いた。