ゆめうつつ

刀剣乱舞・文豪とアルケミスト関連の二次小説。主にコメディ中心。

写しの刀 ~ソハヤ・山姥切~

「現在まで連隊戦を戦ってみたところ、第一部隊は第七局まで、第二部隊は第八、九局、そして第三部隊は敵大将のいる第十局という体制で戦えば無理なくこなせそうだ。そのため空となった第四部隊には現在本丸でも最も低い練度の刀と来たばかりの刀を配置して、鍛錬のため長篠へ出陣させている」

 手元の出陣計画表に目線を落としながら、山姥切は淡々と事務的口調で主に報告する。だがその主は、うんとか、ああとかあいまいな生返事しかしかせず、さらにどこかぼんやりと考え事をしているようだ。

 目を細めて報告を止めたが主は彼の言葉が止まったのにも気づかないようだ。しばし黙って主を見つめていた山姥切が怒りのこもった一言を発した。

「・・・あんた、聞いているのか」

「あ、ごめんなさい。要点はちゃんと聞いているよ。一応」

 一応という言葉に彼の眉がピクリと動く。手にしていた計画表を音を立てて乱暴に主の前へ叩きつけた。

「いま言ったことはここに書いてある。後でちゃんと読め」

「・・・うう、ごめんなさいっていっているでしょう、切国」

 すっかり機嫌を損ねてそっぽを向いてしまった初期刀は主の謝罪の言葉を受け入れようとはしなかった。

 仕方なしに主は叩きつけられた計画書を拾い上げて、一枚一枚めくって眺めてゆく。

「・・・もう長篠まで行けるのか。この間来た刀も少しは力をつけてきたようですし」

 穏やかな主の目が横を向いたままの山姥切の顔に据えられた。主の眼の奥の光に怪しげな光がともる。

「山姥切国広、君に主命を与える」

「は? いきなり何を・・・」

 急に声音の変わった主を振り返った。反駁する彼に耳を貸さずに主は笑顔で言葉をつづける。

「これより第四部隊隊長に任ずる。彼らとちょっと出陣しておいで。さっきも言ったけれど、これは主命だから。いくら初期刀の君でも逆らうことは許さないよ」

 

 

「山姥切さんが僕たちの隊長をするんですか。なにかあったんですか?」

 信じられないという目で秋田藤四郎が下から見上げている。純真なその眼に見つめられている山姥切はどうも居心地が悪そうだ。

「俺が理由を教えてほしいくらいだ」

 けだるげに答えた彼は布を目深にかぶって表情を隠してしまった。

 今、第四部隊を率いて長篠に出陣していた。ほど近い野では織田・武田両軍が布陣を敷いて睨み合っている。両軍の緊迫した気配はここまではっきりと感じられた。会戦までもう間もなくだろう。

 放たれた斥候に見つからないように、身をひそめながら歴史遡行軍の気配を探す。

「俺の練度のせいで検非違使は一番強いやつが出てくるのに。あの主め、どうなっても知らないぞ」

 先ほど部隊の隊員変更によって、いつも本丸に詰めているはずの山姥切国広が隊長として編入してきた。聞いたところとっくに練度が最高にまでなっているのになぜ今更この練度上げ専門部隊に配置されてきたのか、来たばかりのソハヤには全くわからなかった。

 布で自分を隠すあの姿は本丸ではある意味目立つから気になっていた。

 だがソハヤはここに来るなりすぐさま出陣やら遠征やらに駆り出されていたために、この本丸で最古参と言われる彼とは今までまともに話を交わしたことはなかった。考えれば挨拶すらまともにしていなかったなと思い出す。

 ソハヤは彼に近づくとさりげなく話しかけた。

「俺はソハヤノツルキ、あんたとはちゃんと話したことはなかったと思ってな。俺は坂上宝剣の写し。徳川家康公の守り刀だったんだが、ずっと眠らされていてよ」

「・・・写し」

 布からのぞく口元がかすかに動く。かすれるほど弱々しい呟きは誰の耳にも届かない。

 それに気づかず自然なしぐさでソハヤは右手を広げて差し出した。

「あんたも俺と同じく写しだって聞いた。これから仲間としてよろしく頼む」

 突然慌てた様子で秋田がソハヤの裾にしがみついた。その必死さにしがみつかれたソハヤの方が驚いた。

「それは言ってはダメです。山姥切さんは・・・」

「あんたと俺は同じじゃない」

 布で顔を隠したまま、はっきりと言い切った。山姥切は差し出された手に応える気はないようだ。ややうつむき加減に両手をだらりと下げている。

「あんたは坂上宝剣の霊力を継いだ霊刀なのだろう。俺は違う。山姥切という名を付けられたがその逸話は本科のものだ。俺には妖を切る霊力など持ち合わせていないからな。名も謂れも俺だけのものは何もない。だからあんたとは立場が違う」

 それだけ言うと急に身をひるがえして一人だけ先に進んで行ってしまった

 追うか追わぬか迷っていたが、きゅっと唇をかみしめて秋田はその場にとどまった。彼の後を追いかけても自分では何もできないと気付いたのだろう。

「どういうことなんだ」

「写しということは山姥切さんのなかで一番気にしていることなんです。この本丸でたくさんの名刀に囲まれているのに、自分が写しだっていうことをいつまでも負い目に感じているようで」

「俺は地雷を踏んだってとこか。これは嫌われたかな」

 ソハヤが肩をすくめて言うと、秋田はふるふるとふんわりとした髪を震わせた。

「それはないと思います。あの方のそっけない態度はいつもです。僕の時もそうでした」

「ならなんで握手をしてくれなかったんだ?」

「あなたが立派な来歴を持った霊刀だからです。名のある名刀と自分が対等の立場に立つのはおこがましいと、そう考えるんですよ、山姥切さんは」

 

 

 あのすれ違いの後だ。戦いにまで影響が残るかと思いきや、いらぬ心配だった。

 ひとたび敵の姿を確認するや、そいつは表情と気配を急変させる。

 戦いへの喜びもあらわに、真っ先に敵の中へ飛び込んでゆく。どんなに大きな敵でも一刀であっというまに切り伏せてしまった。

 視線だけを仲間の方に向けた山姥切は仲間の様子を確認する。

「秋田、大丈夫か」

「はい、まだいけます」

「よし後藤、次は先陣で敵に切り込め。狙うは槍だ。行けるか」

「よっしゃ、任せろ!」

 仲間の状況把握も怠らない。敵に襲われて危ない仲間がいれば、助けに入り、切り倒す。そのさなかにも味方と敵の状況を判断し、指示を下す。

 強い。ソハヤは武者震いをするほどそれを近くで感じていた。

(格が、違う。さすがあの本丸の刀で最も早く練度が最高となり、最前線の激戦に投入されるという第一部隊を隊長として長く率いてきただけはある)

 第四部隊の中でも一番練度の低いソハヤはその差を痛いほどかみしめる。

 そんなやつがどうして写しだなんだと気にする必要があるんだか。

 今、ここにどんな姿でいられるかが大切じゃないのか。

  敵の大将を倒した後、刀にこびりついた血をぬぐっていた山姥切にソハヤは再び近づいた。ソハヤの接近に彼が警戒を見せたのはわかっていたが、そんなことはお構いなしだ。

「お前は写しが本科をただ写しただけのものだと思っているのか?」

 相変わらず周りを拒むかのごとく布を目深にかぶっていて顔は見えなかった。だからそれを聞いたあいつがどんな表情をしていたのか、俺は知らない。

 ただ張りつめたように言い放った声だけが耳に届いた。

 違う、と。

 

 ――――俺はコピーじゃない。

 戦場を見渡せる丘の上でそいつは言った。

 眼下には俺たちが守った正しい歴史の流れのままに人間たちが定められた運命の上で戦っていた。

 敵味方入り乱れている戦場では尊きも卑しきも関係がない。誰もがいつ命を落とすかわからない、それが戦場だ。

 だから本物か偽物かなんて、真剣な命のやり取りの前にどうだっていいだろう。

 ――――写しからはじまってもいいじゃねえか。

 初めてそいつの顔がはっきり見えた。はっとしたように顔をあげ、長く伸びた金色の髪に隠れた目を見開いて彼は俺を見ている。

 ――――問題はその後だ。生きた証が物語よ。

 生きるために、勝つために戦い続ける。

 俺たちもまた刀であった身が人としての器を得た。今までとはちがう刀生を歩むことができるのだ。

 人に振るわれるだけではない、自らの意思で未来をつかみとれる手がある。

 わかっているはずだ、俺より長く人の姿を得ているんだ。

 ただ目をそらして気づかないふりをしているだけで。

 ――――お前の物語をつくりな。

 少しずつお前が作りあげてきた刀生。

 後ろにも秋田や後藤などお前のことを心配するように見ている奴らがいる。

 お前があの本丸でぶつかり合いながらも築き上げてきたものはたくさんあるはずだ。

 そんなお前が、俺はうらやましい。だから。

 俺もこれから自分の新しい物語をつくる。

 

 

 

 ソハヤと山姥切の回想回収から。

 あの回想、卑屈感すごかった。それをさらりとかわすソハヤさんはさすが。

 せっかくの数少ない公式セリフなのに、あまり話さないのはしかたないが。

 はやくゲーム内で国広兄弟三人での回想つくってくれないかな・・・。

 連隊戦をコツコツしながらソハヤさんをお迎えできました。鍛刀チャレンジは全敗でしたからここでお迎えできてよかった。

 あと残りは大包平だけです! 

 

 太刀 ソハヤノツルキ 顕現 二〇一六年十二月二十九日

 

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