ゆめうつつ

刀剣乱舞・文豪とアルケミスト関連の二次小説。主にコメディ中心。

主と刀と ~へし切長谷部~

 口元に手を当てて喉を鳴らす。乾いた咳が嫌な感じに部屋に鳴り響いた。

 この季節はすぐ体調を崩す。この本丸に来たばかりよりは幾分よくなっているとはいえ、少し風邪をこじらせればなかなかよくはならない。

 一向に良くならないのどの調子をなだめようと、菓子盆に盛られた中からのどによい飴を取り出した時だった。

「主」

 障子の向こうに膝をついた影が映しだされる。

「入っていいですよ、長谷部」

 主の声を受けてから長谷部は音を立てず静かに障子を滑らせて開け、入る前に慇懃に一礼した。

「へし切長谷部、主にお伺いしたいことがございまして参上いたしました」

「相変わらず堅苦しいね。いつも普通に入ってきていいって言っているでしょう」

 顔を上げた長谷部の顔は不本意だと言いたげにむっとした表情を浮かべていた。

「それはできません」

 融通の利かない返事に主はやれやれと苦笑する。もっと気楽にしていいという主の言葉だけは主命第一の長谷部が唯一逆らうことだった。このやり取りは最初からずっと飽くことなく続いているが。

 後ろ手に障子を閉めると、長谷部は姿勢を正して主の前に座りなおした。

 切れ長の鋭利な目が主を一瞥して、さらにその視線が険しくなる。

「また、無理をなさったようですね」

 部屋に敷かれた布団の上へ上体を起こして座っている主は、肩にかけてある薄藤色の羽織を手で直した。

「大したことはないよ。昨日、ちょっと咳したところをちょうど歌仙に見られてしまってね。怖い顔をされて布団に押し込められてしまったんだ。今日はもう、だいぶ良くなったかな」

「いえ、この長谷部にそのような偽りは通用しません。第一、顔色がよくない」

 主は布団の上に乗せられた自身の細い腕を見つめた。青白いその肌はまだ血の気が戻っていない。

 きゅっと布団を軽く握りしめて、観念したように息を吐いた。

「長谷部には何でもお見通しというわけだね」

「他の刀であろうともこの本丸に長くいる者は気づきます」

 目元に流れ落ちていた前髪を軽く払って、主はやっと長谷部に顔を向けた。

 「要件はなんだい?」

「主の現状に関わりのあることでもあります。今後のこの本丸における刀の顕現についてです」

 その言葉に主の眉が軽く跳ねる。主の表情の変化にも意に介さず、長谷部は厳しい口調で言葉をつづけた。

「年末から新年にかけて、政府の通達により再び新たなる刀剣男子の顕現が三振り予告されています。さらに現在も続いている池田屋における日本号探索、および延享での太鼓鐘貞宗探索などこの本丸ではほかにも刀を増やす予定となっています。ですが、主、今のご自分の状況をかんがみてそれは可能だと思っているのですか」

「・・・また見つけられないかもっていうこと?」

 軽く笑ってはぐらかそうとしたが、やはり長谷部は騙されてはくれない。眉根を険しく寄せて長谷部が咎める視線を主に向ける。

「これ以上新参の刀が増えた場合、審神者として主がこの本丸にいる我らすべての刀の存在を支えきれるかどうかということです」

 まっすぐ視線が主を射抜く。

 真意を問いかけるその真摯な目を主はそらすことはしなかった。

「やはり君の眼はごまかしきれないね。新しい刀を受け入れて少しでも体調を崩していれば、いつかは気づかれて言われると思っていたけど」

 布団から足を抜けださせて、主は長谷部に向かって姿勢正しく正座した。

「へし切長谷部」

 線の細い少年の姿をした主は優しげな声音から一変、乾いた感情のこもらぬ声で言い放った。

 先ほどまでの優しさなどかけらもなくなったその声に、さすがの長谷部も背筋を正す。刀の名を愛称ではなく真の名で呼ぶときの主は、本気だ。

 真っ向から対峙した時、この主は稀有な存在感を放つ。それは幾百年もの年月を超えてきた刀たちですらも圧倒しうる絶対的な覚悟。

 齢わずか15才ほどにしかならないはずのこの主のどこにそんな意志の強さの源があるというのか。身体も脆弱で、病勝ちで、聖域にあるこの本丸から出ることもままならないというのに。

「あなたたちの主は私です。審神者である私の決意は刀であるあなたたちによって揺るがしていいものではない。新たにこの本丸へ刀が顕現すれば無条件で受け入れる。これは誰が何と言おうと変えない」

「ですが!」

「くどい、へし切長谷部!」

 部屋の外まで響きそうなほどの声量だった。主の思わぬ大きな叫び声に、さすがの長谷部も目を見開いて驚きの表情を浮かべていた。

 それを見てはっとしたように主は顔を伏せる。

「すみません。思わず声を荒げてしまいました」

「いえ、主がそのような大きな声を出せるとは思ってもいなかったので」

 でしたら、という長谷部の言葉に力なくうつむいていた顔をあげる。

「万が一、刀を増やして主の命に尋常ならざることがあった場合、このへし切長谷部を刀解してください。そうすれば少しなりとも時間を引き伸ばし、その間に対策を・・・」

「そういうことではない! だからどうしてそんなことを言えるのですか、あなたは」

「もし必要でしたら、主の力に余力ができたときにまた別のへし切長谷部を顕現させればいいのです」

「でもそれは君であって君ではありません。へし切長谷部という名の別の刀です。私がそばにいてほしいと願うのはこの本丸で顕現した時から、刀のみんなに文句を言われながらも仕切り、私に小言を言い続け、そして誰よりも先に気づいてくれる長谷部、君です。それはほかの誰も代わりにはなりません」

「一応ほめ言葉と受け取ってよろしいのでしょうか」

「真実を言っただけです。他意はありません」

 正座したまま、手を畳につかせながらにじり寄ってきた主は、まっすぐなまなざしで背の高い刀を見上げた。

「長谷部、私は本丸に顕現した刀を誰も刀解しない。君がそれを望んでも、この私が許さない。これ以上そんなことを言っても、思うこともダメです。これは主命ですよ、わかりましたね」

「・・・御意」

 震える声で長谷部は深くうなだれた。やっと納得してくれたのを見て、主は深くため息をついた。

「長谷部のそういう意固地なところは嫌いではないんだけどね」

 手のひらを上にして寝巻の浴衣のたもとを軽く広げる。

「ご覧、長谷部」

 主が目を閉じた。不意に部屋の中が薄暗くなる。

 ふわりと広げられた主の両腕に絡まるように細く光る糸のようなものが幾重にも広がって現れた。光の細かい粒子を舞わせながら、銀色に光るその朧な糸は主の腕に巻きついて浮き上がるように宙に踊っている。その先はさらに広がりながら空間の中へと消えていた。

「これは君たち刀と私の絆を具現化したもの。これだけたくさんの刀と私は縁を結んでいる。この糸は過去を何もかも忘れてしまった私にとってかけがえのない大切な宝なのです。だからこの中の糸一つとて無くすつもりはない」

 長谷部は目の前の糸の一つに指を触れた。その瞬間頭に浮かんだのは畑仕事をする小夜左文字。驚いて手をひっこめたところでもう一つの糸に触れる。今度浮かんだのは弟たちと戯れる一期一振。

「ね、わかるでしょう?」

 部屋の明るさが元に戻って、主の腕から糸の幻が光の粒となって消えた。

「長谷部のもあるよ、ほら」

 主が人差し指を上に差し出すと、宙から現れた糸が主の腕から巻き付いて、長谷部の手に絡まるように巻き付いていた。

「主・・・」

 感激して声を詰まらせる長谷部ににっこり笑いかけながら、主はすべての糸を消した。

「私は審神者である限り決して倒れない。君たち刀の存在が審神者としての私にかかっているのだから。だから長谷部、私の背中を見守っていてほしい」

「はい、主の心のままに」 

 

 今回は主と長谷部のお話。

 審神者と刀は縁をつなぐ見えない糸でつながっているという設定です。

 だからここの審神者はなんとなく刀に起こったことを感じ取れます。

 基本的に主君は体は弱いですが、審神者としての潜在能力は結構高いです。ただ専門的な勉強をしている最中なので、審神者としてはうまく能力を使いこなせているわけではありません。

 長谷部の主第一は絶対です。いざとなれば自分ですら差し出しそう。それをわかっているから、先に主が主命で止めました。

 ちなみに一週間ほど機嫌のいい長谷部は、普段なら咎める山姥切の主への暴言も笑顔でスルーして逆に不気味がられるという後日談が。

 

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