ゆめうつつ

刀剣乱舞・文豪とアルケミスト関連の二次小説。主にコメディ中心。

兄弟 ~堀川・山姥切~

 出陣の報告を終えて主の部屋から退出した堀川が廊下を歩いていると、本丸の庭越しに向こうの廊下で見慣れた白い布が動いているのが見えた。何やらうつむいて考え事をしているのか、こちらには気づいていないようだ。

 抱えきれないほどたくさん書類の束を抱えている。たぶん特別任務の秘宝の里の出陣が終わり、たまっている本丸の仕事を片づけるのに忙しいのだろう。

 こちらは池田屋で夜戦続きだったから、出陣の時間もすれ違いになってしまっていて本丸で彼の姿を見かけるのも久しぶりだった。だから呼びかけた堀川の声がうれしさでわずかに上ずるのも仕方がないかもしれなかった。

「兄弟!」

 大きく手を振って声をかけると、うつむいていたその顔が声に反応してこちらを向く。布で顔が隠されてよくは見えないが、彼の表情が呼ばれてかすかに緩んだのはきっと気のせいじゃない。

 書類を抱えたまま山姥切が堀川のところへ近づいてきた。

「どうした? 池田屋へ行く部隊はもう出陣の時間のはずだろう」

「あ、まだ聞いてないんだね。僕はさっきの出陣で練度が最高値になったから、第二部隊から外れたんだよ」

 それを聞いて彼の目が軽く見開かれる。そしてつねならば表情を硬くしている彼が不意に目元を崩した。

「そうなのか。おめでとう、兄弟」

 そんな優しい声で、しかもめったにない笑顔を浮かべてだなんて、不意打ちすぎる。しかも自分とは身長差があるから布で顔が隠されていても見上げれていればしっかり見えてしまう。

 さすがの堀川も顔を赤くしてしまったのを自覚していた。恥ずかしくなって思わず目を横にそらしてしまう。

(しかも絶対に兄弟は無意識なんだ。わかってないから卑怯だよ)

 山姥切がこんな顔を見せられるのは同じ刀派の山伏国広とそして自分、堀川国広だけだというのはもう気づいている。

 彼はこの本丸最初の刀としての自覚があるから、ほかの刀に対してはいつも心のどこかで張りつめた態度をとっている。それを崩して素をさらけだせるのは同じ刀派である兄弟の前だけということなのだろう。

 最初に彼の方からよろしくと手を差し伸べようとしてくれた。なのにあの時、自分が真贋定かな国広ではないからと先に一歩下がってしまっていたのは自分の方だ。

 それでも、そんな僕でも兄弟たちは国広の刀だと受け入れる気持ちに変わりを見せることはなかった。

「どうした、急に黙ってしまって。やっぱり俺なんかに言われてもうれしくはない・・・」

「そんなことない、兄弟から祝われるのは嬉しいよ!」

 こぶしを握り締め堀川はきっぱりと言い切った。

「それに兄弟ももっと自分に自信を持って。だって兄弟は僕たち国広の第一の傑作であり、本丸をまとめる初期刀なんだから。それは僕たちの誇りでもあるんだよ!」

「え、ああ・・・」

 言葉が返せなくて山姥切は片手で布を引き下ろして表情を隠してしまった。わずかに布の下からのぞく顔が朱に染まっているのが見える。

(さっきのお返しだよ。兄弟なんだから誉めてもいいいよね。これでもまだ足りないくらいだけど)

 少し意地悪したい気持ちが出てきてしまった。ただ言ったことは本心からの言葉だ。いつもは心の中にしまって言わないだけで。

 ぎゅっとこぶしを握り締めて両手を勢いよく上に突き上げた。

「さー、これでやっと本丸でやりたかった家事に専念できる。出陣するのもいいけど、やっぱり片付けたい事とかは後回しになっちゃってたものね! まず最初にやることは・・・」

 急に元気に声を出した堀川に慌てた様子で山姥切が制止の言葉を投げかけた。

「まて、これからやるつもりか? さっきまで出陣していたんだろう。少し休んでから方がいいんじゃないか?」

「んー、僕はね、動いている方がじっとしているよりも楽なんだ。休んでいるとなんか体がなまっちゃう気がしてね」

 廊下の軒先から体を伸ばすようにして堀川は空を見上げた。

「それにほら、いい天気でしょ。こんなにお日様が出ている日は洗濯物が気持ちよく乾くと思わない、兄弟?」

 振り返って彼に向けてにっこり笑う。

 顔色が一瞬にして変わる。山姥切の白い布をつかむ手に力がこもった。垂れ下がっていた布が彼の動きにあわせてふわりと舞い上がった。

「逃がさねえよ!」

 誰かの声とともに背後から逃げようとした山姥切が羽交い絞めにされた。抑え込む力が強くてさすがに振りほどけないようだ。

「さっすが、兼さん! どうもありがとう! ちゃんとそのまま捕まえててね」

 肩越しに振り返って相手を確認した山姥切がなんとか逃げようともがいている。ただその力の差は歴然だった。

「和泉守か! 離せ!」

「悪りいな、国広たっての頼みごとだったんでね。まあいい加減観念するんだな」

 うっすら額に汗を浮かべながら和泉守兼定が意地悪い笑みを浮かべる。

 身体を捕らえる腕に加減は一切ない。互いに練度が高いゆえに、和泉守ですら本気でやらねば抑え込めないのだ。

 目の前に立った堀川が微笑みながら手を伸ばす。

「ごめんね、兄弟。出陣が終わったら、まずはこれを洗濯したかったんだよね」

 手慣れた様子で山姥切からあっさり布を引きはがした。堀川と和泉守の二人がかりでは防げるはずもない。

 ひらりと宙を白い布が舞って、華麗に飛び上がった堀川がそれをつかんだ。

「じゃあ、さっそく真っ白くきれいにしてくるから!」

「洗う必要はない! 汚れたままで十分・・・兄弟!」

 取り戻そうとして伸ばしたその腕を和泉守がつかみ返して妨害する。その隙に堀川は布を抱えて嬉しそうに行ってしまった。

「だから離せ!」

 かみつかんばかり山姥切は睨み付けたが、和泉守はというとそんな険しい視線など意に介さず、斜に構えた顔で見下ろしたままだ。

「やらせてやればいいだろ、そのくらい。国広の手にかかれば洗濯なんてすぐ終わるだろうからな」

 堀川の姿が見えなくなるのを確認して和泉守がつかんでいた手を離す。

「そういう問題じゃない」

 着ていたジャージの上着をひっかぶって無理やり頭を隠そうとする山姥切がおかしくて声をあげて笑った。

「笑うな」

「いや、悪い。いつも生真面目な顔をしているあんたが国広を前にするとこんなにも変わるんだなと思ってな。さっきだって普通だったら俺はあんたに機動も隠蔽もかなわねえはずだが、あんたが目の前の国広に注意をそがれていたから捕まえられたんだぜ。わかってるか?」

「なんだ、それは。俺はいつもと変わらないが」

「まさか自覚ねえのかよ。まあ国広の奴はそこがいいんだって言うだろうけどな」

 今頃もうあの布は白い泡の中できれいに洗われている頃だろう。

 堀川がこの本丸に来たばかりのころ、ずっとやりたくて、やりたくて、なかなか言い出せなかったのをそばにいた和泉守は知っている。

 他の奴らが洗濯のために遠慮なく山姥切の布をはがそうとしているのを遠く離れたところから見ていただけだった。

 兄弟だから近いはずなのに、それすらも言い出せずに遠慮していたのはあいつらしくなかった。実際歯がゆくてあいつには悪いが何度余計な世話をしようと思ったことか。

「国広の奴も俺ばっかこだわってねえで、お前たちとやっと同じ兄弟だと思えるようになったんだ。真贋の有無なんてのどっかにやってな。だからあんたももっと自分に自信を持てばいいんじゃねえか。写しだなんだいうがあんたが戦場で誰にも引けを取らない見事な刀だってことはこの本丸の連中は知ってるぜ」

 ジャージをつかんでかぶったまま、黙って聞いていた山姥切は何か言いかけて口を閉じた。そして半目になると、冷え冷えとした視線を和泉守に向けた。

「偉そうなこと言うな。兼さんのくせに生意気だ」

「あ!? 生意気ってなんだよ。俺は褒めてんだぞ。だいたいお前こそ実は国広たちに世話焼かれるばっかのくせして、いちいち言うことがむかつくんだよ!」

 

 

  今は仲は良いんだけど、最初は距離感ありましたという感じ設定の国広兄弟です。

 兄弟の布を洗濯すること大切な思い出につながる堀川君。今日も本丸には洗いあがった布が翻ります。

 堀川君、カンストおめでとう。ついでに兼さんも。

 次は兄弟を巡って三日月とのバトルかな(不穏)

 

 脇差 堀川国広  二〇一六年十二月十七日

 打刀 和泉守兼定 二〇一六年十二月十五日 練度最高値到達

 

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